設定

この本
外観
書体
文字サイズ

ブックマーク

目次

目次がありません

アン・ヴェロニカ:現代の恋愛物語

Ann Veronica: A Modern Love Story

出版年
1909年
翻訳
開原かいばら 藍誠あいせい
概要
古い慣習が残る社会で、自由を求める女性の葛藤を描いた作品である。家庭を飛び出した主人公は、大都市で自立を目指しながら自らの道を探し求める。自己の意志と社会の壁との間で揺れるドラマが展開される。

現代の恋物語

H・G・ウェルズ著

「見て見ぬふりは、育ちのよい娘なら誰もが身につけているたしなみの一つ。
あまりにも念入りに教え込まれるので、しまいには自分の考えや
自分の知っていることさえ、見て見ぬふりができるようになる。」


第一章

アン・ヴェロニカ、父と話す

第一節

九月も末のある水曜日の午後、アン・ヴェロニカ・スタンリーは、厳粛な興奮を胸にロンドンから帰ってきた。その晩こそ父ととことん話をつけようと、固く心に決めていた。これまでも、そんな決意をしかけてはためらったことがあったが、今度ばかりは、はっきりと腹をくくったのだ。とうとう危機が訪れた。彼女はむしろ、それを喜んでさえいた。帰りの汽車の中で、これを決定的な転機にすると決めたのである。この小説が、それ以前でも以後でもなく、まさにそのときの彼女から始まるのは、そういうわけだ。この危機と、そのあとに起こったことこそ、この小説が語ろうとする物語なのだから。

ロンドンからモーニングサイド・パークへ向かう汽車の客室を独り占めしていた彼女は、両足を座席に上げて座っていた。母が見たならさぞ嘆き、祖母なら卒倒しかねない格好だった。顎のところまで膝を引き寄せ、その前で両手を組んで、すっかり物思いに沈んでいたので、駅名の入った灯りを見て、もうモーニングサイド・パークだと気づいたときには、びくりとした。汽車は駅に入ってきたところなのに、もう出てゆくのだと思った。「あら、大変!」と口走り、すぐさま立ち上がると、ノート数冊と分厚い教科書と、チョコレート色と黄色の表紙の小冊子を入れた革の書類入れをつかみ、身軽に車両から飛び降りた。そこで初めて、汽車は速度を落としているところなのだとわかった。慌てたおかげで、汽車に沿ってホームの端から端まで、また歩かなくてはならなくなった。「またやっちゃった」と彼女は言った。「ばかね!」

胸のうちでは腹を立てながらも、人目のあるところでは、もうすぐ二十二になる若い淑女にふさわしく、落ち着き払った穏やかな顔で歩いていった。

駅前の道を下り、こぎれいだがやけに目立つ石炭商と不動産屋の事務所を通り過ぎ、肉屋の脇の小さな木戸へ向かった。そこを抜けると、野原を通って家へ帰る道がある。郵便局の前には、帽子もかぶらず、灰色のフランネルを着た金髪の青年が立って、たいそう念入りに手紙へ切手を貼っていた。彼女を見るなり、青年は硬直し、ひどく鮮やかな桃色になった。彼女は涼しい顔で、そんな人間などいないふりをした。もっとも、アヴェニューをまっすぐ帰らず、野原を回る道を選んだのは、その青年がいたせいかもしれない。

「ふむ!」と青年は言い、心もとなげに手紙を眺めてから、柱形の郵便ポストへ投げ込んだ。「えい、ままよ」と言った。それから数秒、両手をポケットに突っ込み、口笛を吹くように唇をすぼめたまま、どっちつかずにうろうろしていたが、やがてアヴェニューを通って家へ帰ることにした。

木戸をくぐると、アン・ヴェロニカはもう青年を忘れていた。顔には再び、厳しく思い詰めた表情が戻った。「やるなら今。今しかない」と彼女は自分に言った……。

モーニングサイド・パークは、世間でいうところの、いまひとつ成功しなかった郊外住宅地だった。ローマ征服以前のガリアさながら、三つの部分から成っていた。まずアヴェニューがある。いかにも優雅を気取った曲線を描いて、鉄道駅から未開発の田園地帯へ延び、両側に黄色い煉瓦造りの大きな邸宅が並んでいた。次に舗装された商店街、郵便局を囲む小さな店の一群があり、鉄道のアーチの下には労働者の住居がひしめいていた。サービトンとエプソムから来る道はそのアーチの下をくぐり、その道端には今、溝に鮮やかな菌類が生えたように、いわば第四の階級ともいうべき小さな赤白の粗塗り壁の家々が現れつつあった。けばけばしい破風と、ひどく派手な日よけを備えていた。アヴェニューの裏手には小高い丘があり、鉄柵沿いの小道がその頂を越えて、楡の木の下の踏み越し段へと続き、そこで二つに分かれた。一方はまたアヴェニューへ戻っていた。

「やるなら今。今しかない」と、アン・ヴェロニカはその踏み越し段に上りながら、もう一度言った。「もめるのは大嫌いだけど、ここで踏ん張るか、何もかも言いなりになるか、どちらかだわ。」

彼女は気楽な姿勢で腰を下ろし、アヴェニューの家々の裏を見渡した。それから、木々の間に赤白の新しい家がのぞくほうへ目を移した。何かの棚卸しでもしているようだった。「ああ、もう!」と、とうとう言った。「なんてところなの! 

「息苦しいなんてものじゃないわ。

「お父さん、わたしを何だと思ってるのかしら。」

やがて踏み越し段から下りたときには、血色のよい顔から、胸の内の葛藤も、かすかな迷いも消えていた。そこにあったのは、心を決めた人の澄んだ穏やかな表情だった。背筋は伸び、榛色の目はまっすぐ前を見つめていた。

アヴェニューの角に近づくと、帽子をかぶらず灰色のフランネルを着た、あの金髪の青年が現れた。偶然を無理に装っているところがあった。ぎこちなく挨拶をした。「やあ、ヴィー!」

「こんにちは、テディ!」と彼女は答えた。

彼女が通り過ぎるあいだ、青年は一瞬、所在なく立っていた。

だが、今の彼女にテディなど相手にする気がないのは明らかだった。青年は、自分がこのまま野原を横切る道へ進むほかなくなったと悟った。どんなときでも、面白くもない散歩道である。

「ああ、くそ!」と、その道へ向かいながら、彼は心底腹立たしげに言った。「ちくしょう!」

第二節

アン・ヴェロニカ・スタンリーは二十一歳と半年だった。黒髪に、形のよい眉、澄んだ肌。その顔立ちを形づくった力は、仕事を慈しみ、いつまでも手をとどめて、繊細で美しい仕上がりにしたらしい。ほっそりとして、ときには背が高く見えた。いつも健やかな心身を当たり前のように享受している者らしく、歩くにも身をこなすにも軽やかで楽しげだったが、ときには少し背を丸め、考え込んでいることもあった。結んだ唇には、満足と、ごく淡い微笑のあいだのような表情が浮かんでいた。物腰は静かで控えめだったが、その仮面の裏では激しい不満が渦巻き、自由と生を渇望していた。

彼女は生きたかった。何かをしたい、何者かになりたい、経験したい――何を、と明確にはわからないまま、身を焦がすほど待ちきれなかった。けれど経験は、なかなか訪れなかった。周囲の世界は何もかも――どう言えばよいだろう――夏に住人が留守にする家のように、覆いをかけられているようだった。日よけはすべて下ろされ、陽光は締め出され、その灰色の包みの中にどんな色が隠されているのかもわからない。彼女はそれを知りたかった。それなのに、いつか日よけが上がり、窓や扉が開き、あれほどまばゆい光を約束していそうなシャンデリアの覆いが取られ、灯りを備えられて輝き出すという気配は、まるでなかった。周囲には薄ぼんやりした魂が行き交い、話すばかりか、考えることまでひそひそ声で済ませているようだった……。

学校時代、とりわけその初めのころ、世間は彼女に実にはっきりとものを言っていた。すべきこと、してはいけないことを教え、学ぶべき課業、するべき遊び、そしてまことに適切で多彩な関心事を与えてくれた。やがて彼女は、恋をすること、結婚すること、と呼ばれるかなり大きな関心の領域があり、そこには異性と戯れに付き合ったり、誰かを「気にしたり」といった、魅力的で楽しそうな枝分かれもあると気づいた。いつもののみ込みの早さで、その領域へも踏み込もうとした。だが、ここでは待ったがかかった。教師、年上の学友、叔母、そのほか多くの責任ある権威筋を通じて、世間はただちに、そんなことは絶対に考えてはいけない、と言い渡した。歴史と修身を教えるミス・モファットは、とりわけ明確だった。そういうことに心を奪われ、それが言葉や服装や身のこなしに表れる娘たちに対しては、誰もが軽蔑と憐れみを示す点で一致していた。つまりそれは、ほかのどんな関心事とも違う、特殊で別格の、ひたすら恥じるべき領域だったのだ。それでもアン・ヴェロニカには、そういうことを考えずにいるのは難しかった。とはいえ、かなりの誇りを持っていたので、その好ましからぬ話題など自分には無縁だという顔をし、できるかぎり心を遠ざけることにした。その結果、学校時代の終わりには、先に述べたような覆いをかけられた感じと、何をしてよいかわからぬ頼りなさだけが残った。

そういうことを禁じてしまうと、世間には自分の居場所など特にないのだ、と彼女は知った。父の家で何の役割もなく暮らし、訪問、テニス、選び抜かれた小説、散歩、ほこり払いで変化をつけるほか、することもなかった。勉強のほうがましだと思った。頭のよい娘で、高等女学校では学年一番だったから、サマーヴィル・カレッジかニューナム・カレッジへ進もうと果敢に闘った。だが父は、友人宅の夕食でサマーヴィルの女子学生に会い、議論をしたことがあり、そういう教育は女らしさを失わせると思っていた。ただ家にいてほしい、と言うだけだった。ひとしきり押し問答があり、そのあいだも彼女は学校に通い続けた。ようやくトレッドゴールド女子大学の理科課程で折り合いがついた――学校にいるうちにロンドン大学の入学資格は得ていた――その後、成人になり、成人であることと通学定期を持っていることを根拠に、玄関の鍵を持たせてほしいと叔母とやり合った。かつての恥ずかしい好奇心が、文学や美術という薄い衣をまとって、また心に戻り始めた。彼女はむさぼるように本を読んだ。やがて叔母の検閲があるため、禁じられそうな本は堂々と持ち帰らず、こっそり持ち込むようになった。同行者として認めてもらえる友人が見つかれば、劇場にも出かけた。一般理科の試験を二科目で優等の成績で通過し、理科の専門課程へ進んだ。もともと形態をとらえる感覚が鋭く、頭の働きもひときわ明晰だったので、生物学、とりわけ比較解剖学に大いに興味を覚えた。もっとも、それが彼女自身の人生に投げかける光は、必ずしも直接的ではなかった。解剖は得意だった。一年もすると、トレッドゴールドの実験室で古びた知識の蓄えを切り売りしている理学士の女性教師の限界に、いらだつようになった。教師の頭蓋骨についての知識が、どうしようもなく誤っていて曖昧であることには、すでに気づいていた――頭蓋骨こそ、比較解剖学者の力量を試すものなのだ。ラッセルが教えているウェストミンスターのインペリアル・カレッジに入り、学問の源泉で研究を続けたいという願いが芽生えた。

そのことはすでに尋ねていたが、父は曖昧に答えただけだった。「まあ考えてみよう、ヴィー。考えてみなくてはな。」

こうして「考えてみる」状態のまま話は宙に浮き、彼女はトレッドゴールドでもう一期過ごすほかないようになった。そのあいだに小さないさかいが起こり、鍵の問題、いや実際にはアン・ヴェロニカの立場全体の問題が、切迫した局面を迎えた。

モーニングサイド・パークのアヴェニューに住むさまざまな実業家、弁護士、官吏、未亡人たちのほかに、一風変わったものに共鳴する芸術家肌の一家、ウィジェット家があった。アン・ヴェロニカはその一家とたいそう親しくなっていた。ウィジェット氏は新聞記者で美術評論家でもあり、緑がかった灰色のツイード服と「芸術的な」茶色のネクタイを愛用していた。日曜の朝にはアヴェニューでトウモロコシの穂軸のパイプをふかし、妙な時刻の汽車の三等でロンドンへ出かけ、ゴルフをあからさまに軽蔑していた。住まいは駅に近い、小さめの家の一つだった。男女共学で育った息子が一人、娘が三人いた。娘たちの赤毛にはひときわ陽気な趣があり、アン・ヴェロニカはたまらなく好きだった。そのうち二人は高等女学校での大の親友で、家にある本の範囲を越えて彼女の心を探検に送り出す、大きな力となった。色あせた緑とくすんだ紫を基調とする、陽気で無頓着で、金欠を少しも恥じない一家だった。娘たちは高等女学校からファデン美術学校へ進み、美術学生の舞踏会、社会主義者の集会、劇場の最上階席、制作についてのおしゃべり、そして時折は制作そのものという、明るく出来事の多い暮らしに入った。そして折に触れ、地道に勉強を続けるアン・ヴェロニカを、その経験の輪に引き込んだ。年に二度開かれる大きなファデン舞踏会の最初の一つ、十月の会に来ないかと誘われ、アン・ヴェロニカは大喜びで承知した。ところが今になって父が、行ってはならないと言うのだった。

父は「断固として」言い渡した。行ってはならない、と。

参加するとなると二つのことが伴った。アン・ヴェロニカがどれほど巧みに立ち回っても、叔母と父の目をそこからそらすことはできなかった。ふだんの威厳ある控えめな態度も、何の役にも立たなかった。一つは海賊の花嫁に扮した仮装をすること。もう一つは、舞踏会が終わったあと、夜の残りがどれほどになるにせよ、ロンドンに泊まることだった。ウィジェット家の娘たちと、選び抜いた仲間と一緒に、フィッツロイ・スクエア近くの「ちゃんとした小さなホテル」で過ごすのである。

「まあ、あなたったら!」と叔母は言った。

「だって」とアン・ヴェロニカは、困りごとを分かち合うような顔で言った。「行くって約束したのよ。そんなことになるとは思わなかったし――今さらどうやって断ればいいのかわからないわ。」

そこで父が最後通告を出した。口でではなく、手紙で伝えてきたのだった。彼女にはそれが、ひどく卑怯な禁じ方に思えた。「わたしの顔を見ては言えなかったのね」とアン・ヴェロニカは言った。

「でも本当は、もちろん叔母さんの差し金だわ。」

そんなわけで家の門に近づいたとき、アン・ヴェロニカは自分に言った。「何としても、ちゃんと話をつける。話をつけるんだわ。もし聞いてくれなかったら――」

けれどそのときは、その先を、声に出さぬ言葉にさえしなかった。

第三節

アン・ヴェロニカの父は、企業関係の仕事を数多く扱う事務弁護士だった。五十三歳、痩せていて、信用できそうで、苦労のにじむ顔をし、神経痛持ちで髭はきれいに剃っていた。口元は厳しく、鼻は尖り、髪は鉄灰色、目は灰色。金縁の眼鏡をかけ、頭頂には小さな丸い禿があった。名はピーターといった。間を不規則に空けて五人の子をもうけ、アン・ヴェロニカは末っ子だったから、父親として彼女に接するころには、いくらか慣れ、いくらかくたびれ、いくらか注意も散漫になっていたのかもしれない。「おちびのヴィー」と呼んでは、不意に頭などをなでて彼女を当惑させ、十一歳から二十八歳まで、そのときどきで勝手な年齢の娘として扱った。シティ[訳注:ロンドンの金融・商業の中心地]での仕事にはひどく頭を悩まされ、残った精力の一部を、本人が大まじめに取り組むゴルフという遊戯に、残りを顕微鏡岩石学の実践に費やしていた。

哲学的な意味など考えないヴィクトリア朝流に、顕微鏡を「趣味としてやって」いたのである。

十八歳の誕生日に顕微鏡を贈られたのがきっかけで、顕微鏡技術に関心を持ち、たまたまホルボーンの顕微鏡商と親しくなって、その傾向が定着した。指先は驚くほど器用で、細かな工程が好きだった。今では岩石薄片を作るアマチュアとして、世界でも屈指の腕前になっていた。家の最上階の小部屋に、身の丈をはるかに超える金と時間を注ぎ、新しい研磨装置や顕微鏡の付属器具を作り、岩の切片を透明になるまで薄く磨き、美しく、堂々たる標本に仕立てていた。本人の言うところでは、「気晴らしのため」だった。

とりわけよくできたものはロウンディーン顕微鏡学会に出品し、その高度な技術はいつも賞賛を集めた。科学的な価値はそれほど高くなかった。岩石を選ぶ基準が、加工の難しさか、完成後に学術社交会で見栄えがするか、そのどちらかだけだったからだ。「理屈屋ども」の作る薄片には、甚だしい軽蔑を抱いていた。なるほど、いろいろなことの証明にはなるのかもしれない。だが、厚くて、むらだらけの、惨めな仕事である。それなのに、見る目もなく心得違いをした世間は、ああいう連中にありとあらゆる栄誉を与えるのだった……。

本はほとんど読まず、読むとしても主に『赤い剣』『黒い兜』『紫の衣』といった色彩豊かな題名の、健全で軽い小説だった。それもまた「気晴らしのため」であった。

冬の晩、夕食後にそういう本を読んだ。アン・ヴェロニカにとって、それは灯りを独り占めにする癖と、すっかり履き古した斑入りの子鹿革のスリッパを暖炉の囲いに投げ出す姿と結びついていた。どうしてあれほど気を晴らす必要があるのかと、ときどき不思議に思った。愛読紙は『タイムズ』で、朝食時に読み始めると、しばしばあからさまにいらだち、続きを汽車で読むために持って出た。家にはほかに新聞はなかった。

一度アン・ヴェロニカは、自分はもっと若かったころの父も知っているのだ、と思いついた。だが日々は次々に過ぎ、一日ごとに、その前の日の印象をほとんど消してしまっていた。それでも、自分が幼かったころ、父がときにはテニス用のフランネルを着ていたことや、ひどく器用に自転車で門から玄関まで乗り入れたことは、確かに覚えていた。あのころは母の庭仕事を手伝いもした。母が梯子に立ち、水仕事場の壁につる草を釘で留めていると、そばであれこれ気を配っていた。

末っ子としてのアン・ヴェロニカの巡り合わせは、自分が育つにつれて、活気も変化も乏しくなる家で暮らすことだった。十三歳のときに母が死に、ずっと年上の二人の姉は、一人は従順に、一人は反抗して、嫁いでいった。二人の兄も、彼女よりずっと先に世に出た。だから彼女は、せめて父とうまくやろうとした。だが父は、そうして親しくなれるような父ではなかった。

娘や女に対する父の考えは、感傷的で慎み深いものだった。女とは、現代の語彙では言い表せぬほど悪く、しかもそういう場合には往々にして、望ましくないほど魅力的であるか、それとも、この世を生きるにはあまりに清く善良であるか、そのどちらかだと思っていた。大勢いて千差万別の女という性を、途中のあらゆる種類を排して、この単純な二分類に収めていた。その二つは、思考の中でさえ混ぜず、遠く隔てておかなくてはならなかった。女は陶工の器のように、崇拝されるためか、辱められるためか、そのいずれかに作られたものであり、しかも壊れやすい器なのだ。彼は娘を欲しいと思ったことがなかった。娘が生まれるたびに、妻には大げさなほど優しく愛情を示して失望を隠し、浴室で、ふだんは口にしない悪態を、心底熱烈に吐いた。母性的な傾向の強くない、男らしい男で、黒い瞳を持ち、華やかな色の似合う、優美で活動的な小柄な妻を、感傷の中に本物の情熱を交えて愛していた。だが子どもが次々にできるのは、妻として少々慎みを欠き、ある意味では自分の領域への侵入だと、いつも感じていた――それを考えとして認めることは、一度も自分に許さなかったが。とはいえ、二人の息子には輝かしい将来を計画し、息子たちは人間らしい程度の曲折や遅れを伴いながら、その道を進んでいた。一人はインド高等文官職に、もう一人は急速に発展する自動車事業に就いていた。娘たちは母親が面倒を見てくれるものと期待していた。

娘についての考えなど、彼にはなかった。娘とは、男の身に降りかかるものなのだ。

もちろん、幼い娘というものは、なかなか愉快である。陽気に走り回り、はしゃぎ、明るく愛らしく、柔らかな髪をたっぷり持ち、兄弟よりずっと上手に愛情を表す。微笑んで見守る母親についた、可愛い小さな付属物で、母親そっくりの仕草をまね、何かにつけて微笑ましいほど似たことをする。驚くような言い回しを口にするので、シティで人に披露できるし、『パンチ』[訳注:英国の風刺雑誌]に載せてもよいほどだ。「バブズ」「ビブズ」「ヴィドルズ」「ヴィー」と、いろいろな愛称で呼び、ふざけてぽんとたたけば、たたき返してくる。膝に座るのが大好きだ。そういうことはすべて愉快で、あるべきとおりである。

だが幼い娘と、娘とは、まるで別物だ。そこにはスタンリー氏が一度も考え抜いたことのない関係が生じる。ふと考え始めると、ひどく気が乱れるので、すぐさま気晴らしに逃げ込んだ。心を慰めてくれる、色の名を冠した小説も、人生のこの側面にはほとんど触れず、指針など一切示してくれなかった。主人公たちには決して娘がおらず、よその娘を借りてくるだけだった。実際、彼から見たこの種の小説の唯一の欠点は、親の権利を少々軽んじすぎることだった。本能的には、娘は自分の絶対的な所有物で、自分に従う義務があり、自分の好きなように人に与えるなり、手元に置いて老後の慰めとするなりできるものだと考えたかった。この所有権の考えを包む、ある種の感傷的な美しさは認め、望んでもいた。何でも体裁よく装われているのが好きだったが、それでも所有権には違いなかった。娘を育てるために費やした苦労と金への見返りとして、所有権はまったく妥当に思えた。娘は息子とは違うのだ。しかし、自分の読む小説も、自分の暮らす世間も、こういう前提に賛成していないことはわかっていた。それに代わるものは何も示されず、そうした考えは、いわば声をひそめて心の中に残った。新しいものと古いものが相殺し合い、娘たちは半ば独立した扶養家族になった――ばかげた話である。一人は望みどおりに結婚し、一人は望みに背いて結婚した。そして今度はアン・ヴェロニカ、おちびのヴィーが、この美しく安全で守られた家に不満を抱き、帽子もかぶらない友人たちと社会主義の集会や美術学校の舞踏会へ出歩き、科学への野心を女らしからぬところまで伸ばそうとしている。父親を、自由の資金を渡すだけの支払係としか思っていないらしい。そして今や、慎み深く安全なトレッドゴールド女子大学を出て、ラッセルの放埒な授業へ行かねばならぬと言い張り、海賊の衣装で仮装舞踏会へ行き、ウィジェット家のがさつな娘たちと、ソーホーの得体の知れないホテルで夜の残りを過ごしたいというのだ! 

できるだけ彼女のことを考えないようにしてきたが、事態も妹も、もはや放置を許さなかった。ついに『ライラック色のボンネット』を脇へ置き、書斎へ入ってガス暖炉に火をつけ、あの手紙を書いた。好ましからぬ親子関係を、頂点へ追い込んだ手紙である。

第四節

親愛なるヴィーへ、と彼は書いた。娘どもときたら! ペンを噛んで考え込み、紙を破ると、もう一度書き始めた。

「親愛なるヴェロニカへ――叔母さんの話では、ロンドンの仮装舞踏会について、ウィジェット家の娘さんたちと何やら約束をしてしまったそうだね。妙ちきりんな身なりをして、その上をオペラ用の外套で包んで出かけ、催しが終わったあとは、そのお友達と、年長の人も一人としていないまま、ホテルに泊まるつもりだと聞いた。さて、お前が心から望んでいることに異を唱えるのは残念だが、遺憾ながら――」

「ふむ」と考えて、最後の数語を消した。

「――だが、これは許されない。」

「違うな」と言って、また試みた。「だが、そういう冒険を禁ずることこそ私の義務であると、はっきり言っておかねばならない。」

「くそ!」と、書き損じだらけの手紙に向かって言い、新しい紙を取って、書いた分を清書した。その仕草には、次第にいらだちが忍び込んだ。

「そもそも、お前がそんなことを思い立ったこと自体、残念に思う」と続けた。

しばらく考え、新しい段落を始めた。

「実のところ、今回のばかげた計画はそれを表面化させたにすぎないが、お前は、自分のような立場の若い娘が何をしてよく、何をしてはいけないかについて、ずいぶんおかしな考えを抱き始めている。私の理想も、父と娘のあいだで何がふさわしいかということも、お前にはよくわかっていないようだ。私に対するお前の態度は――」

彼は深い物思いに沈んだ。正確に言い表すのは、実に難しかった。

「――また叔母さんに対する態度も――」

しばらく、ぴたりとはまる言葉を探した。それから続けた。

「――いや実際、人生における確立された事柄の大半に対する態度は、率直に言って、感心できない。落ち着かず、攻撃的で、若者特有の未熟で思慮のない批判ばかりしている。お前は人生の肝心な事実を少しも理解していない(この先も知らずにいてくれるよう、神に祈る)。そして向こう見ずな無知のまま、生涯の後悔に終わりかねない立場へ飛び込もうとしている。若い娘の人生の周囲には、うろつき回る落とし穴がある。」

この最後の一文を読むヴェロニカの姿がぼんやり浮かび、彼は一瞬手を止めた。だが今や感情が高まりすぎていて、どこかしっくりこない原因が比喩の混乱にあるとは気づけなかった。「まあ、そうなんだ」と、反論するように言った。「それに尽きる。そろそろ知っておくべきだ。」

「若い娘の人生の周囲には、うろつき回る落とし穴があり、何としてもそこから守らねばならない。」

唇を引き締め、厳粛な決意で眉を寄せた。

「私がお前の父であるかぎり、お前の人生が私の保護に委ねられているかぎり、分を超えた冒険へと走りたがる、その妙な性向を抑えるために権威を用いることは、あらゆる意味で私の義務だと感じている。いつか感謝する日が来るだろう。いいか、ヴェロニカ、お前に悪いところがあると思っているのではない。そんなものはない。だが娘は悪そのものばかりでなく、悪のそばにいるだけでも汚されるし、無分別だという評判は、本当に非難すべき振る舞いと同じほど深く、その身を傷つけかねない。だからこの件では、お前のために最善を尽くしていると、どうか信じてほしい。」

署名して、考えた。それから書斎の扉を開け、「モリー!」と呼び、戻って、ガス暖炉の青い炎と橙色の光を背に、炉前の敷物の上で威厳ある姿勢を取った。

妹が現れた。

黒と紫とクリーム色の入り組んだ模様に、レースや飾り細工をふんだんに施した、あの手の複雑なドレスを着ていた。いろいろな点で、兄と同じ主題を少し若い女性版に変奏したような人だった。尖った鼻も同じだった――実際、一家の中でこの鼻を免れたのはアン・ヴェロニカだけだった。兄が前かがみなのに対して、妹の姿勢はよく、どことなく貴族的な威厳があった。それは名家の副牧師、ウィルトシャーのエドモンドショー家の一族と、長く婚約しているうちに身につけたものだった。その男は結婚前に亡くなり、兄が妻を失うと、妹は助けに来て、末娘の世話の多くを引き受けた。だが最初から、そのやや古風な人生観は、郊外の空気とも、高等女学校の精神とも、亡き小柄で軽やかなスタンリー夫人の思い出とも、そりが合わなかった。夫人の実家は、どこから見ても――いちばん親切に言っても――取るに足りない家柄だった。ミス・スタンリーは当初から、末の姪にこの上なく温かな愛情を注ぎ、第二の母親、それも前よりよい母親になろうと決めていた。だが闘わなくてはならないことが多く、叔母自身にも、アン・ヴェロニカには理解できないところが多かった。今、叔母は気遣いを控えめに表しながら入ってきた。

スタンリー氏は上着のポケットから出したパイプで、手紙を指した。「これをどう思う?」と尋ねた。

妹は指輪をいくつもはめた手で取り上げ、裁きを下すように読んだ。兄はゆっくりパイプに煙草を詰めた。

「ええ」と、ついに妹は言った。「毅然としていて、愛情もあるわ。」

「もっと言うこともできたが。」

「言わなければならないことを、ちょうど言ったと思うわ。まさに必要な手紙よ。あの催しには、本当に行かせてはだめ。」

妹は口をつぐみ、兄はその先を待った。

「あの人たちの害も、引きずり込まれる暮らしの種類も、あの子にはよくわかっていないのだと思うわ」と妹は言った。「せっかくのご縁を、みんな台無しにしてしまう。」

「ご縁があるのか?」と、兄は水を向けた。

「あの子はとても魅力のある娘ですもの」と言い、付け加えた。「そう思う人にはね。もちろん、話せることができるまでは、あれこれ言いたくないけれど。」

「なおさら、噂になるようなことはさせられんな。」

「わたしも、まったくそう思うわ。」

スタンリー氏は手紙を取り、しばらくそれを手に持って、考えながら立っていた。「何を差し出してもいい」と彼は言った。「うちのおちびのヴィーが、幸せで不自由のない結婚をしてくれるなら。」

翌朝、ロンドン行きの汽車に乗るため家を出る間際、彼は何気ない、さりげない様子で、その手紙を応接女中に渡した。アン・ヴェロニカは受け取ったとき、初め、一種の突拍子もない空想として、中には小遣いが入っているのではないかと思った。

第五節

父と話をつけるというアン・ヴェロニカの決意は、容易には実行できなかった。

父がシティから戻るのは六時ごろの予定だったので、彼女は夕食までウィジェット家の娘たちとバドミントンをしに行った。夕食の空気は芳しくなかった。叔母は、かすかな動揺を下に隠して、穏やかに愛想よく振る舞い、まるで来客に話すように、その夏、庭の奥でマリーゴールドが恐ろしいほど広がったことを話した。小さな耐寒性の一年草にとっては、いわば黄禍である。一方、父は食卓へ書類を持ち込み、それに気を取られている顔をした。「来年は本当に、マリーゴールドをすっかりなくさなくてはならないみたいね」とモリー叔母さんは三度繰り返した。「マーガレットも片づけて。あきれるほど種をまくんですもの。」

アン・ヴェロニカが話し合いを申し込めそうになるたびに、応接女中のエリザベスが野菜を勧めに入ってきた。食事が終わるとスタンリー氏は、煙草を吸ってゆっくりするふりをしたあと、不意に階上の岩石学へ逃げていった。ヴェロニカが扉をたたくと、鍵のかかった向こう側から、「あっちへ行きなさい、ヴィー! 忙しいんだ」と答え、研磨機を大きな音で回した。

朝食時も無理だった。いつにも増して熱心に『タイムズ』へ没頭し、やがて急に、いつも使う二本のうち早い汽車で行くと言い出した。

「駅まで一緒に行くわ」とアン・ヴェロニカは言った。「わたしもその汽車でロンドンへ出ればいいもの。」

「走ることになるかもしれんぞ」と父は時計に助けを求めるように言った。

「わたしも走るわ」と彼女は申し出た。

ところが実際には、二人はきびきびと歩いた……。

「ねえ、お父さん」と切り出して、彼女は急に息を詰まらせた。

「あの舞踏会のことなら」と父は言った。「無駄だよ、ヴェロニカ。もう決めたんだ。」

「友達みんなの前で、わたしがばかみたいになるじゃない。」

「叔母さんに相談してから約束するべきだったんだ。」

「もうそれくらいの歳だと思ったのよ」と、笑いとも泣き声ともつかぬ息を漏らした。

父の足が速まり、小走りになった。「アヴェニューで言い争ったり泣いたりするのは許さん」と言った。「やめなさい! ……言いたいことがあるなら、叔母さんに言うんだ――」

「でも、お父さん、聞いて!」

父は命令するように『タイムズ』を振った。

「決まったことだ。行ってはいけない。行ってはいけないんだ。」

「でも、ほかのこともあるの。」

「知らん。ここで話すことではない。」

「じゃあ今夜、書斎へ行ってもいい? ――夕食のあとで。」

「私は――忙しい!」

「大切なことなの。ほかで話せないなら――どうしても、はっきりさせたいのよ。」

前方を一人の紳士が歩いていた。この速さでは、たちまち追いついてしまうのは明らかだった。アヴェニューの端の大邸宅に住むラメージだった。最近、汽車の中でスタンリー氏と知り合い、ちょっとした親切を一、二度示していた。取引所外の株式仲買人で、金融新聞の経営者でもあった。ここ数年で急速にのし上がり、スタンリー氏は、感心するのと嫌悪するのとがほとんど半々だった。こちらの言葉の端々を聞かれるかもしれないと思うと、耐えられなかった。スタンリー氏は歩調を緩めた。

「こんなふうに私を追い詰める権利はないぞ、ヴェロニカ」と言った。「決まったことを蒸し返して、いったい何の役に立つのか、さっぱりわからん。助言が欲しいなら、叔母さんに聞けばいい。ただし、どうしても自分の意見を並べたいと言うなら――」

「じゃあ今夜ね、お父さん!」

父は腹立たしげな声を出したが、承知と取れなくもなかった。そのときラメージが振り返って立ち止まり、丁重に挨拶して、二人が追いつくのを待った。五十近い四角い顔の男で、鉄灰色の髪をし、よく動く口元はきれいに剃られ、少し出張った黒い目が、今はアン・ヴェロニカをつぶさに見ていた。服装はシティというよりウェスト・エンド[訳注:ロンドンの上流社交・娯楽の中心地域]風で、洗練された都会人の物腰を気取っていた。それがどういうわけか、アン・ヴェロニカの父をいつもひどく落ち着かなくさせ、いらだたせた。ゴルフはせず、運動には乗馬をした。それも気に入らなかった。

「この木のおかげで、アヴェニューは蒸しますな」と、並んだところでスタンリー氏は言った。自分の乱れた、ほてった顔への言い訳だった。「春に枝を払うべきだった。」

「時間はまだ十分ありますよ」とラメージは言った。「ミス・スタンリーもご一緒にロンドンへ?」

「わたしは二等です」と彼女は言った。「ウィンブルドンで乗り換えます。」

「では皆で二等にしましょう」とラメージは言った。「よろしければ?」

スタンリー氏は強く反対したかったが、すぐには言い方が思いつかず、うなり声だけで済ませた。こうして提案は可決された。「奥さんはいかがです?」と尋ねた。

「まあ、いつものとおりです」とラメージは言った。「あれほど寝ているのは、ひどく退屈らしい。けれどね、寝ていなくてはならんのです。」

病身の妻の話題は退屈だったので、すぐアン・ヴェロニカに向き直った。「それで、あなたはどちらへ?」と尋ねた。「この冬も、あの科学の勉強を続けるのですか? 遺伝の一例でしょうな。」

一瞬、スタンリー氏はラメージを好きになりかけた。「生物学をやっているんでしたね?」

ラメージは、生物学について自分の受ける印象を話し始めた。月刊評論誌から拾えるだけ拾っている、ありふれた雑誌読者として、学問の源に近い人から何か教わる機会はありがたい、というのだった。ほどなく二人は、打ち解けて楽しく話すようになった。汽車に乗っても会話は続き――父には、いささか自分への敬意を欠いていると思えた――父は耳を傾けながら、『タイムズ』を読むふりをした。ラメージの女性に対する優雅な気遣いと、アン・ヴェロニカの落ち着き払った応答が、不愉快に胸へ刺さった。それらは、これから行われる、できれば避けたい話し合いについての父の構想と、調和しなかった。結局のところ、ある意味では娘を大人と見てもよいのかもしれない。それが突然、痛烈な発見として迫った。彼は何事も濃淡をつけずに分類する男で、年齢に関しては、女は娘と女の二種類しかなかった。主な違いは、頭をなでてもよいかどうかである。ところがここには、娘――自分の娘であり、頭をなでられるのだから娘に違いない――がいて、驚くほど見事に、巧みに、大人の女をまねていた。父はまた耳を澄ました。彼女は、あの近代的で進歩的な戯曲の一つを、驚くべき、いや途方もない自信で論じていた。

「あの求愛の演技には」と彼女は言った。「説得力がないと思いました。騒がしすぎるのよ。」

言葉の意味は、すぐには父に届かなかった。やがてわかった。何ということだ! 娘が求愛を論じている。しばらく何も耳に入らなくなり、その日の『タイムズ』の半段を占める、行間を広く取って組まれた「書籍戦争」の声明[訳注:『タイムズ』と出版業界の書籍販売をめぐる争いに関する告知]を、石のような目で見つめた。自分で何を話しているか、わかっているのだろうか? 幸い二等車なので、いつもの同乗者はいなかった。それでも誰もが新聞の陰で聞き耳を立てている、と彼には思えた。

もちろん、娘というものは、意味など理解できるはずのない言葉や意見を繰り返すものだ。だがラメージほどの中年男なら、友人であり隣人でもある者の娘を相手に、そんな話を引き出すべきでないとわかるはずだ……。

まあ、どうやら話題を変えているらしい。「ブロディックは重い役者ですからね」と言っていた。「それに、あの芝居の主眼は横領事件でしたし。」

ありがたい! スタンリー氏は新聞を少し下げ、ほかの三人の乗客の帽子と額をじっと調べた。

ウィンブルドンに着くと、ラメージはさっと外へ出て、ミス・スタンリーをまるで公爵夫人のように、手を添えてホームへ降ろした。彼女のほうも、中年だがまだ騎士ぶった商売人からそうした心遣いを受けるのは、当然のことのように降りた。それからラメージは隅の席へ座り直して言った。「若い人は伸びるのが早いですな、スタンリーさん。髪と脚ばかりの姿でアヴェニューを駆けていたのが、つい昨日のようだ。」

スタンリー氏は眼鏡越しに、敵意に近いものを込めて眺めた。

「今では帽子と理屈ばかりです」と、冗談めかして言った。

「ひときわ賢い娘さんのようですね」とラメージは言った。

スタンリー氏は、隣人の髭のない顔を、ほとんど警戒するように見た。「こうした高等教育も、少しやりすぎているのではないかと思いますな」と、深遠な意味を伝えるような口ぶりで言った。

第六節

その日が進むにつれて、考えが積み重なるかのように、父はすっかりそう確信するようになった。午前中ずっと末娘が思考に入り込み、午後にはなおさらだった。車両から降りる若く優美な背中、自分をきっぱり無視する姿が目に浮かび、汽車がウィンブルドンを出るときにちらりと見た、明るく穏やかな顔を思い出した。求愛に説得力がないと話したときの、澄んだ、淡々とした口調を思い返すと、困惑といらだちが募った。実のところ娘を非常に誇りに思っていた。それだけに、その無邪気で大胆な自信、父から完全に独立している、父がいなくても何の不安もないと言わんばかりの自信に、並外れた怒りと恨みを覚えた。しょせん、女に見えるだけなのだ。無分別で無知で、まったく経験がない。まったくだ。彼は、言って聞かせるべき言葉を考え始めた。断固として、明快な言葉を。

チャンスリー・レーンのリーガル・クラブで昼食を取り、オギルヴィに会った。その日は娘の話がついて回った。オギルヴィは、その件で依頼人が抱えた厄介事で頭がいっぱいだった。重大な、悲劇的とさえいえる問題だった。そのいきさつをいくつか話した。

「妙な事件でね」と、オギルヴィはいつもの癖で、パンにバターを塗って細かく切りながら言った。「妙な事件だ――考えさせられるよ。」

一口食べてから続けた。「十六か十七の娘がいる。正確には十七歳半だ。まあ、ロンドンを歩き回っている。女学生さ。家は堅実なウェスト・エンドの人たち、ケンジントンの住人だ。父親は死んでいる。娘は出かけて、帰ってくる。そのあとオックスフォードへ進む。二十一、二十二になる。なぜ結婚しないのか? 父の遺言で金もたっぷりある。魅力的な娘だ。」

しばらくアイリッシュ・シチューを食べた。

「もう結婚していたんだ」と、口をいっぱいにして言った。「店員とね。」

「何ということだ!」とスタンリー氏は言った。

「ワージングで知り合った、顔のいい悪党だ。実にロマンチックだの何だの。男が手を回した。」

「だが――」

「娘には手をつけずにおいた。娘の側は、純然たる恋物語のたわごと。男の側は、純然たる打算だ。やる前にサマセット・ハウスへ行って遺言を調べている。そうさ。実に結構な立場だ。」

「今はもう、男を好きではないのか?」

「少しも。十六の娘が好きなのは、髪と血色のよさと月の光とテノールの声さ。うちの娘たちだって大半は、機会さえあれば手回しオルガン弾きと結婚するだろう――あの年頃にはね。うちの息子は煙草屋の三十女と結婚したがった。ただ息子なら話は別だ。あれは片づけた。さて、そういうわけなんだ。依頼人たちは途方に暮れている。醜聞には耐えられない。ご亭主に外国へ行ってもらって、重婚を黙認するわけにもいかない。男は娘の年齢と住所を偽ったが、そんなことで決定的な打撃は与えられん……。このざまだ! 娘は一生台無し。東洋式に戻したくもなるよ!」

スタンリー氏はワインを注いだ。「忌々しい悪党め!」と言った。「蹴りを入れてやる兄弟はいないのか?」

「気が済むだけだ」とオギルヴィは考えた。「ただの肉体的な快楽さ。手紙の調子からすると、もう蹴りは入れたようだ。もちろん、気分はいい。だが事態は変わらない。」

「こういう悪党どもが」とスタンリー氏は言い、口をつぐんだ。

「昔からそうさ」とオギルヴィは言った。「こちらの仕事は、先回りして食い止めることだ。」

「昔は娘たちも、こんな突飛な考えは持たなかった。」

「たとえばリディア・ラングイッシュ[訳注:シェリダンの喜劇『恋がたき』で、恋愛小説に夢中になり駆け落ちを夢見る娘]とかね。ともかく、今ほど出歩きはしなかった。」

「そうだ。そこが始まりだな。あの忌々しい小説だ。出版界から洪水のように押し寄せる、人を迷わせる偽物の読み物。あのまがいものの理想と、進歩的な思想。『そうした女』だの、ああいう類のものだ……」

オギルヴィは考えた。「この娘は――本当にとても魅力的な、率直な人なんだが――学校で演じた『ロミオとジュリエット』に想像力をかき立てられたと、そう言っていたよ。」

スタンリー氏は、それは関係ないこととして扱うことにした。「書籍にも検閲が必要だ。今ほど切実に必要な時代はない。芝居に検閲があってさえ、妻や娘を連れていけるまともなものは、ほとんどない。どこにも、ほのめかしの汚れが忍び寄っている。あの防壁がなければ、どうなることか?」

オギルヴィは自分の話題を追った。「私としてはね、スタンリー、実際に害をなしたのは、削除版の『ロミオとジュリエット』だったんじゃないかと思うんだ。あのお嬢さんが見たものに、乳母の役が残っていたら、どうだろう? もっと知って、もっと控えたかもしれん。そこが気になってね。残っていたのは月と星ばかりだった。あとはバルコニーと、『ああ、ロミオ!』さ。」

「シェイクスピアは現代の代物とはまったく違う。まったく別物だ。私はシェイクスピアを論じているのではない。シェイクスピアから不道徳な箇所を削れなどとは思わん。そういう人間ではない。そこはまったく同感だ。だが、この現代の毒気は――」

スタンリー氏は乱暴にマスタードを取った。

「では、シェイクスピアには立ち入るまい」とオギルヴィは言った。「気になるのは、今の若い女性が、事実上、空気のように自由に出歩いていて、角を曲がれば婚姻登記所も、さまざまな便宜もあるということだ。行動を抑えるものといえば、衰えつつある正直の習慣と、想像力の限界くらいしかない。その想像力にしたって、互いに煽り合っている。もちろん私の仕事ではないが、もっと教えるか、もっと縛るか、どちらかにすべきだと思うね。どちらかだ。あの無垢さに対しては自由すぎるし、あの自由に対しては無垢すぎる。言いたいのはそこだよ。アップル・タルトはどうする、スタンリー? 近ごろここのアップル・タルトは実にうまい――実にうまいよ!」

第七節

その晩、夕食の終わりに、アン・ヴェロニカは切り出した。「お父さん!」

父は眼鏡越しに彼女を見て、重々しく、慎重に言った。「私に言いたいことがあるなら、書斎で言いなさい。ここで少し煙草を吸ってから、書斎へ行く。何を言うことがあるのかわからんがね。あの手紙で、何もかもはっきりしたと思っていた。今夜は目を通さねばならん書類がある――大事な書類だ。」

「長くはかからないわ、お父さん」とアン・ヴェロニカは言った。

「わからんな、モリー」と、妹と娘が立ち上がると、父は食卓の箱から葉巻を取りながら言った。「こんな小さなこと――何のことにせよ――どうしてお前とヴィーで話し合わず、私を煩わせるんだ。」

この争いが三角形になったのは、これが初めてだった。三人とも、日ごろから互いに気恥ずかしさを覚えていたからだ。

父は言葉を途中で切り、アン・ヴェロニカは叔母のために扉を開けた。空気は感情で重くなっていた。叔母は衣擦れの音を立て、威厳を保って部屋を出ると、階上の自室という要塞へ引き上げた。兄には全面的に賛成だった。娘が自分に相談しないことが、悲しく、腑に落ちなかった。

それは愛情の不足を示し、わざとの、不当な無視であり、傷ついてみせるという仕返しを正当化するもののように思えた。

アン・ヴェロニカが書斎へ入ると、ガス暖炉の周囲には、念入りに考えて配置した跡が、そこここにあった。二脚の肘掛け椅子は少しずつ動かされ、炉囲いの両側で向き合っていた。緑の笠をかぶったランプの丸い光の中には、桃色の紐で縛った青と白の書類の厚い束が、いかにも出番を待つように置かれていた。父は印刷された文書を手にし、彼女が入ったのに気づかない様子だった。「座りなさい」と言って、しばらく精読した――まさしく「精読」という言葉がふさわしかった。それから紙を脇へ置いた。「それで、いったい何の話だ、ヴェロニカ?」と、わざと皮肉を響かせ、眼鏡越しに少しからかうような目で尋ねた。

アン・ヴェロニカは明るく、少し昂揚して見えた。座るようにという父の勧めには従わず、敷物の上に立ち、父を見下ろした。「ねえ、お父さん」と、ひどく筋道の通った声で言った。「わたし、あの舞踏会にはどうしても行くのよ。」

父の皮肉が深まった。「なぜだね?」と、柔らかく尋ねた。

答えはまだ十分に用意できていなかった。「だって、行っていけない理由が見つからないもの。」

「私にはあるんだよ。」

「どうして行ってはいけないの?」

「ふさわしい場所ではない。ふさわしい集まりでもない。」

「でもお父さん、その場所や集まりについて、何を知っているの?」

「それに、まったく常識外れだ。正しくない。礼儀にも反する。お前がロンドンのホテルに泊まるなど、ありえない――考えることさえばかげている。何に取りつかれたのか、わからんよ、ヴェロニカ。」

父は首をかしげ、口の両端を下げ、眼鏡越しに彼女を見た。

「でも、どうしてばかげているの?」とアン・ヴェロニカは尋ね、マントルピースの上のパイプをいじった。

「わかるだろう!」と父は、困ったように訴えた。

「それがね、お父さん、わたしはばかげているとは思わないの。そこを話し合いたいのよ。結局、わたしが自分のことを自分で守れると信じてくれるか、くれないかということなの。」

「その提案から判断すれば、信じられんと言うほかない。」

「わたしにはできると思うわ。」

「私の屋根の下にいるかぎり――」と言いかけて、父は止まった。

「できない子として扱うつもりなのね。でも、それは公平じゃないと思う。」

「お前の公平というものは――」と言って、その文をやめた。「いいかね」と、辛抱強く道理を説く調子になった。「お前はまだほんの子どもだ。人生を何も知らない。危険も、何が起こりうるかも、何も知らない。すべては無害で単純だ、などと思っている。そうではない。そうではないんだ。そこがお前の間違いだ。あることでは、いや多くのことでは、年長者を、自分より人生を知る者を信じなくてはならん。叔母さんと私は、このことをすべて話し合った。それで決まった。行ってはいけない。」

会話は一瞬、宙に浮いた。アン・ヴェロニカは、複雑な事態を見失わず、取り乱さずにいようとした。体を横向きにし、火を見下ろしていた。

「ねえ、お父さん」と言った。「舞踏会のことだけじゃないの。あれに行きたいのは、新しい経験だからよ。面白そうだし、いろいろなものを見る目もできると思うから。わたしは何も知らないって言うわね。たぶん本当よ。でも、どうすれば知ることができるの?」

「お前には、知らずにいてほしいこともある」と父は言った。

「わたしは、そうは思わない。知りたいの――できるだけたくさん。」

「ふん!」と父は苛立ち、桃色の紐のかかった書類へ手を伸ばした。

「本当にそうなの。それが言いたいのよ。わたしは一人の人間でいたい。いろいろ学んで、いろいろ知りたい。この世で生きるには貴重すぎるものみたいに守られて、狭い隅に閉じ込められていたくないの。」

「閉じ込められているだと!」と父は叫んだ。「大学へ行くのを邪魔したか? 常識的な時間に出歩くのを、一度でも止めたか? 自転車だって持っているじゃないか!」

「ふうん」とアン・ヴェロニカは言い、続けた。「一人前に扱ってほしいの。女の子だって――わたしの歳なら――大人よ。中間試験は済んだんだから、ちゃんとした環境で大学の勉強を続けたいの。成績が悪かったわけでもないわ。まだ一度も試験に落ちたことはない。ロディは二度も落ちたのに……」

父が遮った。「いいか、ヴェロニカ。はっきりさせておこう。あの不信心者のラッセルの授業には行かせない。トレッドゴールド以外へは、どこにも行かせない。その点は考え抜いた。お前もそのつもりでいなさい。いろいろ考慮すべきことがあるんだ。私の家に住むあいだは、私の考えに従わねばならん。あの男の学問上の地位や研究の水準についてさえ、お前は間違っている。ロウンディーンには、あの男を笑う者がいる――鼻で笑っているんだ。私も弟子の仕事を見たことがあるが、あれは――まあ、恥さらしも同然だった。実習助手についても噂がある。ケイプスとか何とかいう男だ。自分の科学だけでは満足せず、月刊評論誌に記事を書くような人間だ。ともかく、決まりだ。あそこへは行かせない。」

娘はこの宣告を黙って受け止めた。だがガスの火を見下ろす顔に浮かんだ頑固な表情が、それまで隠れていた父娘の似かよりをあらわにした。話すときには、唇がぴくりと動いた。

「じゃあ、卒業したら家へ戻れというのね?」

「それが自然な道だろう――」

「それで何もしないの?」

「娘が家でできることなら、いくらでもある。」

「誰かがかわいそうに思って、結婚してくれるまで?」

父は穏やかにたしなめるように眉を上げた。足をいらだたしく打ち鳴らし、書類を取り上げた。

「ねえ、お父さん」と彼女は声を変えて言った。「わたしが我慢しないとしたら?」

父は、それが新しい考えであるかのように彼女を見た。

「たとえば、わたしがあの舞踏会へ行ったら?」

「行きはしない。」

「でも」――一瞬、息が続かなかった。「どうやって止めるの?」と尋ねた。

「私が禁じたんだぞ!」と父は声を上げた。

「ええ、知ってる。でも行ったら?」

「こら、ヴェロニカ! だめだ、だめだ。それはいかん。よく聞きなさい! 禁止する。背くなどという脅しさえ、聞きたくない。」

父は大声になった。「禁じたんだ!」

「間違っていると示してくれることなら、何でも諦めるわ。」

「私が諦めろと言うものは、何でも諦めるんだ。」

沈黙の中で、二人はにらみ合った。どちらの顔も赤く、頑固だった。

彼女は、外からは見えない不思議な力業で、身じろぎもせず涙を抑えようとしていた。だが口を開くと唇が震え、涙があふれた。「あの舞踏会へ行くんだから!」と、泣きじゃくりながら言った。「あの舞踏会へ行くの! ちゃんと話し合うつもりだったのに、お父さんは話し合ってくれない。頭ごなしなんだもの。」

涙を見ると、父の表情は、勝ち誇りと心配の入り交じったものに変わった。立ち上がり、肩を抱こうとしたらしかったが、彼女はさっと身を引いた。ハンカチを出し、一拭きすると同時にぐっと息をのみ、泣くのを収めた。父の声からは、もう皮肉が消えていた。

「さあ、ヴェロニカ」となだめた。「ヴェロニカ、そんなのはまったく道理に合わない。我々はみな、お前のためにしているんだ。叔母さんも私も、お前に何がいちばんよいか、それしか考えていない。」

「でも、生きさせてくれない。存在することさえ許してくれない!」

スタンリー氏は辛抱を失った。露骨に威圧した。

「何というたわごとだ? 何をわめいている! いいか、お前は生きている、存在しているじゃないか! この家がある。友達も、知人も、社会的な地位も、兄弟姉妹も、あらゆる恵みがある! それなのに、どこぞの男女混合の教室へ行って兎を切り刻み、妙な衣装で夜な夜な踊り回りたいという。ろくに知りもしない美術学生だの、何者だかわからん連中と一緒にだ。それは――それは生きることではない! どうかしているぞ。自分が何を求め、何を言っているのかもわかっていない。道理も筋道もない。傷つけるようで残念だが、すべてお前のために言っているんだ。行ってはいけない、絶対に行かせない。この点は動かん。断固として、まるで――まるで金剛石のように、一歩も譲らん。そしていつか、ヴェロニカ、よく覚えておきなさい、今夜の私の毅然とした態度に感謝する日が来る。お前を失望させるのは胸が痛むが、こればかりは許すわけにいかん。」

父は横へにじり寄ったが、彼女は身を引き、炉前の敷物を父だけに明け渡した。

「じゃあ」と彼女は言った。「おやすみなさい、お父さん。」

「何だ?」と父は尋ねた。「キスもなしか?」

彼女は聞こえなかったふりをした。

扉が静かに閉じた。父は長いあいだ火の前に立ち、その事態を見つめていた。それから腰を下ろし、ゆっくり考えながらパイプに煙草を詰めた……。

「ほかに何と言えたのかわからん」と彼は言った。

第二章

アン・ヴェロニカ、さまざまな見方を集める

第一節

「ファデン舞踏会には来るの、アン・ヴェロニカ?」とコンスタンス・ウィジェットが尋ねた。

アン・ヴェロニカは答えを考えた。「行くつもりよ」と言った。

「衣装は作ってる?」

「たいしたものじゃないけどね。」

一同はウィジェット家の年上の娘たちの寝室にいた。ヘティは足首をくじいたとかで寝込んでおり、雑多な顔ぶれが集まって、おしゃべりで退屈を紛らわせていた。広く、散らかり、人目など気にしない部屋で、巨匠の卵たちが描いた額なしの木炭画が飾られていた。扉のない本棚の上には石膏像と人間の頭蓋骨の半分が載り、棚には奇妙な取り合わせの本――ショーとスウィンバーン、『トム・ジョーンズ』、『フェビアン論集』、ポープとデュマ――が肩を寄せ合っていた。コンスタンス・ウィジェットは、そのために台所から運び上げた机で、いくらかは金になりそうな仕事、粗い白布に色の型染めをする仕事に、豊かな銅赤色の髪を垂れていた。一方、彼女のベッドには、くすんだ緑のドレスを着た三十ほどの痩せた女性が座っていた。コンスタンスが手を振ってミス・ミニヴァーと紹介した人だった。ミス・ミニヴァーは感情豊かな大きな青い目で世の中を眺め、その目は眼鏡でさらに大きく見えた。鼻は細くつまんだようで桃色をしており、口元には妙にすねたところがあった。顔から顔へ視線を移すたび、眼鏡が素早く動いた。話したくてたまらず、機会をうかがっているようだった。襟には象牙の丸いバッジがつき、「女性参政権を」とあった。

アン・ヴェロニカは病人のベッドの足元に座っていた。少々運動家のテディ・ウィジェットは、部屋に一つしかない椅子を占領していた――朽ちかけていて、実質的には三脚、椅子というのはほとんど名目だけだった――そこで紙巻煙草を吸い、ずっとアン・ヴェロニカの眉を見ていることを隠そうとしていた。テディは、二日前、彼女をアヴェニューから迂回させた、あの帽子のない青年である。二人の姉より年下で、男女共学育ち、女性のいる場にはすっかり慣らされていた。共用の化粧台には、アン・ヴェロニカが持ってきたばかりの薔薇を生けた鉢が飾られていた。彼女はこのあと午後に叔母と訪問へ出かけるので、ひときわきちんとした身なりをしていた。

アン・ヴェロニカは、もっとはっきり言うことにした。「わたしね」と言った。「来ちゃいけないって言われたの。」

「ええっ!」とヘティが枕の上で頭を回した。テディは深い感慨を込めて、「何てことだ!」と言った。

「そうなの」とアン・ヴェロニカは言った。「だから話がややこしくなってるのよ。」

「叔母さん?」と、彼女の事情に詳しいコンスタンスが尋ねた。

「違うの。父よ。それが――本気で禁止してるの。」

「どうして?」とヘティが尋ねた。

「そこなのよ。理由を聞いたけど、何もなかったわ。」

「お父さまに、理由をお聞きになったの!」と、ミス・ミニヴァーが激しい口調で言った。

「ええ。ちゃんと話をつけようとしたのに、話してくれなかったの。」

アン・ヴェロニカは一瞬考えた。「だからこそ、行くべきだと思うのよ。」

「お父さまに理由をお聞きになったの!」

ミス・ミニヴァーは繰り返した。

「うちはいつも、父とはとことん話すわ。かわいそうな父さん!」とヘティは言った。「近ごろは、ほとんど好きになってきたくらいよ。」

「男には」とミス・ミニヴァーは言った。「理由なんて決してないの。絶対に! しかも本人たちは、それに気づかない! まるでわかっていないの。それが最悪の性質の一つ、まさしく最悪の一つなのよ。」

「でもね、ヴィー」とコンスタンスは言った。「禁止されているのに来たら、ものすごい騒ぎになるわよ。」

アン・ヴェロニカは、もっと打ち明けようとしていた。自分の立場にはひどく困惑していたし、ウィジェット家の空気は気楽で同情的で、話したい気にさせた。「舞踏会だけじゃないの」と言った。

「授業のこともあるわね」と事情通のコンスタンスが言った。

「何もかもよ。どうやら、わたしはまだ存在しちゃいけないの。勉強もだめ、成長もだめ。家にいて、仮死状態のままでいなくちゃならないのよ。」

「ほこり払い!」とミス・ミニヴァーが墓場のような声で言った。

「結婚するまでね、ヴィー」とヘティが言った。

「わたし、我慢する気にはなれないわ。」

「自由が欲しいというだけで結婚した女は、何千人もいるのよ」とミス・ミニヴァーは言った。「何千人も! ああ、いやだ! それで、もっとひどい奴隷の身になったの。」

「たぶん」とコンスタンスは、鮮やかな桃色の花びらを型染めしながら言った。「女の宿命なのね。でも、ひどい話だわ。」

「何が宿命なの?」と姉妹が尋ねた。

「奴隷になること! 踏みにじられること! 考えると、全身に靴跡がある気がする――男の靴の跡がね。勇敢に隠しているけれど、そうなのよ。くそっ! はねちゃった。」

ミス・ミニヴァーの態度が重々しくなった。誰もが知る大いなる秘密を授けるように、アン・ヴェロニカに語りかけた。「現状では」と言った。「そのとおりなの。私たちは男の作った制度のもとで暮らしている。そして制度の行き着く先がそれなのよ。世界中のほとんどすべての娘がそう。教師やタイピストをしている一握りの私たちを除いてね。でもその私たちだって、薄給で酷使されている――どれほど搾り取られているか考えると、恐ろしいわ!」

どんな一般論を述べかけていたにせよ、彼女はそれを見失った。一瞬宙に浮き、それから結論めかして続けた。「参政権を得るまでは、ずっとそうなのよ。」

「僕は参政権に大賛成だ」とテディが言った。

「娘は薄給で酷使されるしかないのね」とアン・ヴェロニカは言った。「まともな収入を得る方法はないのかしら――自立して。」

「女性には事実上、経済的自由がまったくないの」とミス・ミニヴァーは言った。「政治的自由がないからよ。男たちが、そうなるようにしてきたの。女性の唯一の職業、つまり、まともな職業は――舞台を除けば――教師よ。でもそこでは、互いに踏みつけ合っている。ほかのどこも――法律、医学、証券取引所――偏見が道をふさいでいるの。」

「芸術があるわ」とアン・ヴェロニカは言った。「それに、書くことも。」

「誰にでも才能があるわけではないわ。そこですら、女には公平な機会など与えられない。男たちが敵に回るの。何をしても小さく見られる。いちばん優れた小説はみんな女性が書いてきたのに、今でも男たちが女流作家をどう嘲るか、ごらんなさい! 女が世に出る道は一つだけ。男を喜ばせることよ。私たちはそのためにいると、男たちは思っているの!」

「僕らは獣だな」とテディは言った。「獣だ!」

だがミス・ミニヴァーは、その告白を気にも留めなかった。

「もちろん」とミス・ミニヴァーは言った――声は規則正しく波打ち続けた――「私たちは男を喜ばせるわ。その才能があるもの。周囲も裏側も内側も見通せる。そして多くの女は、その知識を、私たち特有の黙ったやり方で、大きな目的のために使っている。全員ではないけれど、一部はね。あまりにも多くの女が。もし仮面をかなぐり捨てたら、男たちは何と言うかしら――私たちが本当は男をどう思っているか、本当はどんな人間か、知らせてやったら。」

興奮の赤みが頬に忍び寄った。

「母性が」と彼女は言った。「私たちの身を滅ぼしたのよ。」

そこから、女性の地位について、驚くべき断言に満ちた、長く、混乱した、力強い演説が始まった。コンスタンスは型染めを続け、アン・ヴェロニカとヘティは耳を傾け、テディは賛同するような音を差し挟みながら安煙草を消費した。ミス・ミニヴァーは話しながら、手で頼りない小さな仕草をし、丸めた肩から顔を突き出した。そしてときにはアン・ヴェロニカを、ときには壁にかかったフリューレン近くのアクセン通りの写真を、じっとのぞき込んだ。アン・ヴェロニカはその顔を見つめ、漠然と共感しながら、ひ弱な体とひきつるような動きには、何となく好感が持てず、美しい眉をわずかな困惑で寄せた。話は要するに、聞きかじった文句の断片、読んだ文章の一節、明言せずほのめかすだけの議論が混ざり合ったものだった。それらすべてに、薄いのに強烈な、奇妙な熱狂のソースがかかっていた。アン・ヴェロニカはトレッドゴールドで、混乱した説明から筋をほぐし出す訓練を少し受けていた。そして、この流暢な混沌の中には何かある――実在する何か、意味のある何かがある――という不思議な確信を覚えた。だがついていくのは非常に難しかった。全体を貫く男への敵意、ミス・ミニヴァーの頬と目を燃え立たせる苦い復讐心、長い年月をかけて積もり、とうとう耐えられなくなった不当な扱いの感覚が、理解できなかった。その耐え難い不当さが何なのか、見当もつかなかった。

「種そのものは私たちなの」とミス・ミニヴァーは言った。「男はただの付随物よ。偉そうにしているけれど、本当はそうなの。どんな動物の種でも、雌のほうが雄より大切で、雄は雌に気に入られなくてはならない。雄鶏の羽をごらんなさい。人間以外では、どこにだって競争があるでしょう。鹿も牛も、どこでも雄が私たちを求めて闘わなくてはならない。雄がいちばん大切にされるのは、人間だけ。それも母性のせいなのよ。私たちが大切である、そのこと自体が私たちをおとしめるの。

「私たちが子どもの世話をしているあいだに、男たちは権利と自由を盗んだの。子どもが私たちを奴隷にし、男たちがそこにつけ込んだ。シャルフォード夫人の言うとおり、偶然的なものが本質的なものを征服したのよ。もともと最初の動物には雄はいなかった。一匹もね。証明されているの。それから下等な生き物のあいだに現れるのよ」――彼女は生命の階梯を示すように、細かな身振りをした。まるで標本を持ち上げ、眼鏡越しにのぞいているようだった――「甲殻類とか、そういうもののあいだに、雌よりずっと劣った、小さな生き物として。ただの居候なの。見れば笑ってしまうようなものよ。人間のあいだでも、初めは女性が支配者で指導者だったの。すべての財産を所有し、あらゆる技術を発明したのよ。

「原始の統治は母権制だったの。母権制よ! 万物の王たる殿方は、ただ走り回って、言われたことをしていたの。」

「でも、本当にそうなの?」とアン・ヴェロニカは言った。

「証明されているの」とミス・ミニヴァーは言い、付け加えた。「アメリカの教授たちによってね。」

「でも、どうやって証明したの?」

「科学によってよ」とミス・ミニヴァーは言い、手袋の裂け目から指ののぞく手を、弁論家らしく差し出して、急いで先へ進んだ。「そして今、私たちをごらんなさい! 何になったかを。玩具よ! か弱い飾り物! 病人の性よ。寄生虫や玩具になってしまったのは、私たちのほうなの。」

アン・ヴェロニカには、それはばかげていると同時に、並外れて正しくも感じられた。ときどき明晰な言い方のできるヘティが、枕から彼女の代わりに言葉にした。ミス・ミニヴァーの修辞的な間を、果敢に突いた。

「玩具というのは、ちょっと違うわ。わたしをもてあそぶ人なんていないもの。コンスタンスやヴィーを、か弱い飾り物だと思っている人もいないわ。」

テディが何やら混乱した音を出した。胸の中で街頭騒ぎが起きたようだった。何かの発言が喉で別の発言に暗殺され、咳の下へ慌てて埋められた。

「そう思わないほうが身のためね」とヘティは言った。「要するに、わたしたちは玩具じゃないの。玩具じゃなくて、厄介な置き物よ。手のかかるものなの。そのへんに放っておいてはいけない、燃えやすいがらくたと思われている。わたしたちが種で、母親になるのが役目、それはいい。でも、みんなに火がついて、それ以上の説明を待たず、生まれてきた目的を果たし始めるといけないから、誰も認めたがらない。まるでわたしたちが何も知らないみたいに! 実際の問題は年齢よ。昔は十七で嫁に出して、文句を言う暇もないうちに、さっさと押し込んだ。今はそうしない。なぜだか知らないけれど! 今じゃたいてい二十代もずっと進むまで結婚させない。それも、ますます遅くなる。そのあいだ、わたしたちはぶらぶらしていなくちゃならない。大きな空白ができたのに、わたしたちをどうするか、誰にも計画がないの。だから世の中は、無駄にされ、待たされる娘でいっぱい。ぶらぶらして! そうすると考え始め、質問し始め、どっちつかずになっていく。半分は人間、半分は宙ぶらりんの雌なのよ。」

ミス・ミニヴァーは困惑した顔で聞き、口だけが、役にも立たない解説の形を作っていた。ウィジェット流の思考は、修辞に傾きがちな弱い頭を戸惑わせた。「救いはないのよ、皆さん」と息せき切って切り出した。「参政権以外には。それさえ手に入れば――」

アン・ヴェロニカは、ミス・ミニヴァーを少し無視するように口を挟んだ。「そうなのよ」と言った。「わたしたちのための計画がないの。どうすればいいか、何も考えていない。」

「ただ」とコンスタンスが首をかしげ、仕事の出来を眺めながら言った。「がらくたにマッチを近づけないことだけね。」

「それで、自分たちで計画を立てることも許さないの。」

「立てるわ」とミス・ミニヴァーは、押し黙らされることを拒んだ。「そのために何人かが殺されなくてはならないとしても。」

そして決意で白くなるほど唇を結び、うなずいた。世界の始まり以来、殉教者を生んできた、闘争と自己犠牲への情熱に満ちているのは明らかだった。「すべての女性に、すべての娘に、私と同じくらいはっきり見せてあげられたら――参政権が私たちに何を意味するか。いったい何を意味するかを……」

第二節

叔母のもとへ戻ろうとアヴェニューを歩いていたアン・ヴェロニカは、軽い足音で走ってくる追い手に気づいた。テディが少し息を切らして追いついた。無邪気な顔を赤くし、麦藁色の髪が乱れていた。息が続かず、言葉は途切れ途切れになった。

「ねえ、ヴィー。ちょっと待って、ヴィー。こういうことなんだ。自由が欲しいんだろ。ねえ。つまり――自由が欲しいなら。ちょっと思いついたんだ。ロシアの学生がどうするか、知ってる? ロシアでさ。形だけの結婚。ただの形式なんだ。娘を親の支配から解放する。わかる? 僕と結婚するんだ。簡単に。それ以上の責任は一切なし。今していることにも――差し障りなし。どうかな? 僕は喜んで。許可証を取って――ただの思いつきだよ。僕には少しも構わない。君が喜ぶなら何でもするよ、ヴィー。何でも。君の靴のほこりになる値打ちもないけど。それでも――そういうわけ!」

彼は口をつぐんだ。

アン・ヴェロニカは思い切り笑い出したかったが、そのあまりに真剣な顔に抑えられた。「本当に親切ね、テディ」と言った。

彼は胸がいっぱいで言葉も出ず、黙ってうなずいた。

「でも、よくわからないわ」とアン・ヴェロニカは言った。「今の問題に、それがどう役立つのか。」

「そうか! まあ、言ってみただけだよ。投げてみただけ。もちろん、いつでも――理由が見つかって――考えが変わったら。いつだって力になる。気を悪くしてないといいけど。よし! じゃあ行くよ。ホッケーの約束がある。ジャクソンのところ。ものすごい連中なんだ! じゃあね、ヴィー! 言ってみただけだから。わかる? 本当に何でもない。ふと思っただけ。」

「テディ」とアン・ヴェロニカは言った。「あなたって、いい人ね!」

「ああ、まったく!」とテディはぎくしゃく言い、架空の帽子を持ち上げて、去っていった。

第三節

その午後、叔母と訪れた先での会話と、ウィジェット家での会話との関係は、初めのうち、グラッドストン氏の石膏像と、解剖台に無造作にさらされた内臓との関係に、よく似ていた。ウィジェット家では驚くほど何も包まずに話したが、パルスワーシー家は、人生の意味をすべて表面に見いだしていた。覆いだらけのアン・ヴェロニカの世界で、最も厚く包まれた人たちに思えた。ウィジェット家の心の家具は、すり切れ、みすぼらしかったかもしれない。だが目の前に、隠さず置かれ、ほとんど容赦のない陽光の中で、あからさまに色あせていた。レディ・パルスワーシーは、石炭卸売業で勲功を立て、ナイトになった男の未亡人だった。十七世紀の立派な法律家の血を引く地方の名家の出で、モリー叔母さんの亡き副牧師とは遠縁にあたった。モーニングサイド・パーク社交界の指導者で、表面的で飾り立てた流儀ながら、たいそう親切で感じのよい女性だった。同居するプラムレイ夫人は、モーニングサイド・パークの医師の姉妹で、困窮淑女援助協会の委員として、非常に活動的で役に立つ人だった。二人はモーニングサイド・パーク社交界の最上層すべてと、気楽で親しい間柄だった。月一度の午後の集まりにはかなりの客が来たし、ときには音楽の夕べも開いた。他家の晩餐に出れば、その席に仕上げの品格を添えた。正式な広さのクロッケー場と、その先にテニス場を持ち、人と人を引き合わせる術を心得ていた。そして何についても、まったく話さなかった。議論もせず、噂話さえ促さなかった。ただ、感じがよかったのである。

アン・ヴェロニカは叔母の隣で、つい先ほど生まれて初めて求婚されたアヴェニューを、また歩いていた。そして生まれて初めて、叔母の心のありようを考えた。叔母が人に与える印象は、静かで完全な確信だった。何もかも知っていて、本能的な慎みから、それを語らずにいるだけのようだった。だが、その本能的な慎みの抑制は非常に大きかった。下品なことや性に関わることだけでなく、宗教、政治、金銭や犯罪へのあらゆる言及にまで及んでいた。アン・ヴェロニカは、こうした除外が、結局のところ、何かを抑え込んだものにすぎないのだろうか、と考え始めた。叔母の心の中の、あの鍵のかかった部屋には、そもそも何かあるのだろうか? 家具はそろっていて、少しほこりと蜘蛛の巣があり、空気を入れ替えればよいだけなのか。それとも、一、二匹のゴキブリか、鼠のかじる音でもあるほかは、がらんどうなのか? 鼠のかじる音に相当する心の働きとは何だろう? 比喩が迷子になりかけていた。けれど叔母は、テディのさっきの気軽な結婚の申し出を、どう思うだろう? ウィジェット家の会話をどう思うだろう? もし静かに、だがはっきりと、退化した甲殻類の寄生性の雄について話してやったら。彼女は、説明のつかない忍び笑いをこらえた。

人類学の知識がどっと頭へ押し寄せ、はしたない滑稽味が燃え上がった。考えがときどき反乱を起こし、暴れ回るように、こんな奇怪な方向へねじれることは、彼女のひそかな悩みの一つだった。結局のところ、と彼女は考えた。叔母の満足げな顔の背後にも、誰に劣らぬ凄惨な過去がある――もちろん叔母個人の過去ではない。それはあの副牧師だけで、信じ難いほど無味乾燥らしかった。そうではなく、祖先の過去だ。そこにはあらゆる破廉恥なことがあった。火と殺戮、族外婚、略奪婚、コロボリー[訳注:オーストラリア先住民の歌舞を伴う集会や儀式]、人食い! 叔母にどこか似る面影を早くも持った女の祖先たちが、髪こそ今ほどきちんとしておらず、作法も仕草もまだしつけられていなかっただろうが、それでも直系の祖先として、大青たいせいの青い染料を塗った裸身で、短く刺激的な人生を踊り抜いたに違いない。すっかり鎮められたミス・スタンリーの頭の中には、そのこだまがどこにもないのだろうか? あの空室は、本当に空室だとしても、驚くほどけばけばしく飾られた昔の部屋に対応しているのだ。記憶が遺伝しないのは、むしろよいことなのかもしれない。

アン・ヴェロニカは今や、自分の考えにかなり衝撃を受けていた。それでも考えは奇行をやめなかった。歴史の大きな展望が開け、彼女と叔母は、原始的で情熱的で、まったく行儀のなっていない樹上生活者へ戻りかけていた。腕で枝から枝へぶら下がり、実に恐ろしい振る舞いに及びかけたところで、幸いパルスワーシー家に着いたため、この空想の遊びは止まり、アン・ヴェロニカは再び、覆いをかけた暮らしの義務へ引き戻された。

レディ・パルスワーシーはアン・ヴェロニカが好きだった。ぎこちなくならず、目は落ち着き、服装はほとんどいつも整っていて、品があったからだ。若い娘にちょうどよい程度に、きちんと硬く、はにかんでいる、とレディ・パルスワーシーは思っていた。おしゃべりすぎず、受け答えに困ることもなく、今どきの娘にありがちな、重苦しい押しの強さ、育ちすぎて咲き崩れたような感じ、自己中心性や無配慮を、ほとんど持っていなかった。もっともレディ・パルスワーシーは、アン・ヴェロニカがホッケーで風のように駆ける姿を見たことがなかった。テーブルに腰をかけるところも、神学を論じるところも見聞きしたことがなく、その優美な体つきが、巧みに選んだコルセットのおかげでなく、生まれつきだとも気づいていなかった。コルセットは着けているに決まっていた――軽いものかもしれないが、それでもコルセットはコルセットだ――それ以上は考えもしなかった。実際に見てきたのは、スタンリー家の血が最も表に出る、お茶の席での彼女だけだった。近ごろは、お茶にまるで出せない娘が大勢いる。遠慮のない笑い声、腰を下ろすときの脚のひどい置き方、俗語交じりの無礼な話し方。たしかに八〇年代や九〇年代の娘のように煙草は吸わなくなったが、繊細な知性には、なお煙草の風味が感じられた。礼節がなく、物事の円熟した表面を、ほとんどわざと引っかくかのようだった。レディ・パルスワーシーとプラムレイ夫人は、その礼節と円熟した表面のために生きていた。アン・ヴェロニカは、不愉快な不協和音を恐れず小さな集まりに招ける、数少ない若者の一人だった――花がなくてはならないのと同じく、若者もなくてはならない。それにミス・スタンリーとの遠縁という関係が、娘に対するかすかな、心地よい所有感を与えていた。二人は彼女について、それぞれ小さな夢を抱いていた。

プラムレイ夫人は、美しい更紗の居間で二人を迎えた。フランス窓の先には手入れの行き届いた庭が開け、クロッケーの芝地、その向こうにテニスのネット、遠くには洒落たダリアと燃えるようなヒマワリに縁取られた薔薇の小道があった。夫人はミス・スタンリーと意味ありげに目を合わせ、アン・ヴェロニカには、いつもより少し親愛を込めて挨拶した。それからアン・ヴェロニカは、モーニングサイド・パーク社交界の名士たちが点在する庭のお茶へ進み、そこでレディ・パルスワーシーにつかまり、お茶を渡され、あちこち連れ回された。芝地の向こうで、決めかねたようにたたずむマニング氏を、彼女は見つけるなり、見なかったふりをした。レディ・パルスワーシーの甥で、三十七歳の背の高い青年だった。端正で思慮深く、無表情な顔に、豊かな黒い口髭があり、身振りには、重々しくゆったりした贅沢さがあった。アン・ヴェロニカにとって会は、この紳士と二人きりで話すのを避けようと、目立たぬように立ち回り、結局は失敗する遊戯となった。

マニング氏は以前にも、アン・ヴェロニカに興味を持ち、彼女にも自分に興味を持たせたがっていることを示していた。それなりの地位にある官吏で、以前、美学について、格言めいて曖昧で、互いに理解を示す会話を交わしたあと、「余暇の成果」と称する小冊子を送ってきた。実際には、かなり丁寧に仕上げた詩だった。マニング氏の感情の美しい諸相を扱っていたが、アン・ヴェロニカの頭はまだ主に根本的な問題にかかずらい、韻文の形式にも喜びを覚えなかったので、まだページの袋を切り開いてさえいなかった。だから姿を見たとき、ごくかすかに、しかしはっきりと、「ああ、困った!」と心の中で言い、回避作戦を始めた。だが最後には、教区牧師の叔母と、新しい教会のランプには臭いがするという話の細部を語っているところへ、マニング氏がまっすぐやってきて、その作戦を崩した。会話に割り込んだというより、会話の上へそびえ立ったのだった。少々わざとらしく背をかがめてはいたが、背の高い男だったからだ。

アン・ヴェロニカを見下ろす顔には、好意を示そうという意図が満ちていた。「今日は実にすてきですね、ミス・スタンリー」と言った。「さぞお元気で、気分もよろしいのでしょう。」

その言葉の効果に満足してにこにこし、熱心に握手した。そこへ突然、レディ・パルスワーシーが共犯者として現れ、教区牧師の叔母を引き離した。

「この夏の終わりの暖かさが、言葉にできないほど好きなんです」と彼は言った。「言葉にしようと試みたこともあります。だめですね。穏やかで、豊かで。音楽が欲しくなる。」

アン・ヴェロニカは同意し、その同意の仕方だけで、たぶん存在するはずの詩を知っている可能性まで、何とか包み込もうとした。

「作曲家というのは、すばらしいでしょうね。すばらしい! 『田園』。ベートーヴェンですよ。あれがいちばんだ。そう思いませんか? タン、タ、タン、タ。」

アン・ヴェロニカはそう思った。

「このあいだ話してから、何をしていました? 相変わらず兎を切ったり、ものを探究したり? あの会話は、何度も思い返しましたよ――何度も。」

質問への答えを求めているようには見えなかった。

「何度も」と、少々重々しく繰り返した。

長い気まずい間に、アン・ヴェロニカは言った。「秋の花がきれいね。」

「庭の奥のミカエルマス・デイジー[訳注:秋咲きのアスターの一種。九月二十九日の聖ミカエル祭のころ咲く]を、ぜひ見にいらしてください」とマニング氏は言った。「夢のようですよ。」

こうしてアン・ヴェロニカは、芝地の隅よりもさらに遠く、さらに目立つ孤立へ連れ出されていった。客たちはこぞって加担し、ちらちらと二人を見ていた。「ちくしょう!」とアン・ヴェロニカは胸の中で言い、闘いに備えて気を奮い立たせた。

マニング氏は美を愛していると語り、彼女からも同様の告白を引き出した。それから、自分の美への愛を詳しく述べた。自分にとって美は人生を正当化するものであり、美しくない善行も、まったく悪い美も、想像できないというのだった。アン・ヴェロニカは、歴史上、たいそう美しくて、しかもかなり悪い人もいたのではないかと、おずおず意見を出した。だがマニング氏は、悪かったとき本当に美しかったのか、美しかったとき本当に悪かったのか、と問い返した。本当に美しい人の前では、ほとんど奴隷のような気持ちになるのも恥じない、と彼が語るころには、アン・ヴェロニカの注意は少しさまよい始めていた。やがてミカエルマス・デイジーに着いた。確かに見事に、ふんだんに咲いており、その背後では宿根ヒマワリが燃えていた。

「叫びたくなりますね」とマニング氏は大きく腕を振って言った。

「今年はとてもよく咲いているわ」とアン・ヴェロニカは、論争になる話題を避けた。

「美しいものを見ると」とマニング氏は言った。「叫びたくなるか、泣きたくなるか、どちらかです。」

一呼吸置いて彼女を見つめ、急に打ち明けるような低い声になった。「それとも、祈りたくなる。」

「聖ミカエル祭はいつなの?」とアン・ヴェロニカは、やや唐突に言った。

「さあ、神のみぞ知る!」とマニング氏は言い、付け加えた。「二十九日です。」

「もっと早いのかと思っていたわ」とアン・ヴェロニカは言った。「議会も再開するんじゃなかったかしら?」

彼は手を伸ばして木にもたれ、脚を組んだ。「政治に関心がおありなんですか?」と、ほとんど抗議するように尋ねた。

「ええ、かなり」とアン・ヴェロニカは言った。「何だか――面白いわ。」

「そう思いますか? 私はああいうことへの関心が、薄れる一方です。」

「知りたいの。知らないからかもしれないけれど。知性のある人なら、政治には関心を持つべきだと思うわ。誰にも関わることだもの。」

「どうでしょうね」とマニング氏は、つかみどころのない笑みを浮かべた。

「関わると思う。何といっても、今作られている歴史だもの。」

「一種の歴史ですね」とマニング氏は言い、繰り返した。「一種の歴史だ。でも、このすばらしい花をごらんなさい!」

「でも、政治の問題は大切だと思わない?」

「今日の午後は、そうは思いませんね。それに、あなたにとっても大切だとは思わない。」

アン・ヴェロニカはミカエルマス・デイジーに背を向け、義務を果たしたような顔で家のほうを向いた。

「ここまでいらしたのだから、あのベンチへ行って、もう一本の小道を見てください、ミス・スタンリー。ごく普通の種類の花が、ずっと続いている。これよりもっといい。」

アン・ヴェロニカは、示されたとおりに歩いた。

「私は古風なんです、ミス・スタンリー。女性は政治問題で心を煩わせる必要はないと思います。」

「わたしは投票権が欲しいわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「本当ですか!」とマニング氏は真剣な声で言い、薄紫と紫の並ぶ小道へ手を振った。「そうでなければよかった。」

「なぜ?」

彼女は彼に向き直った。

「そぐわないのです。私の考えるすべてと調和しない。私にとって女性は、もっと穏やかで、美しく、女性らしいものです。政治はあまりにほこりっぽく、卑しく、退屈で、けんか腰だ。女の義務は美しくあること、美しく存在し、美しく振る舞うことだと思うのです。政治は、本質からして醜い。私はね――私は女性崇拝者なのです。崇拝したいと願える女性に出会うずっと前から、女性を崇拝してきました。ずっと昔から。それなのに、委員会だの、選挙演説だの、議事日程だのというものを考えると!」

「どうして美しくある責任を、全部女性に押しつけるのかわからないわ」とアン・ヴェロニカは、突然ミス・ミニヴァーの演説の一節を思い出して言った。

「物事の本性として、女性が担うものだからです。女王であるあなた方が、なぜ玉座を降りなくてはならないのです? あなた方には構わなくても、我々には困る。我々の女性を、聖母を、聖カタリナを、モナ・リザを、女神や天使や妖精の王女を、男のようなものに変えるわけにはいきません。女性であることは、私には神聖なのです。この問題での私の政治は、女性に票を与えることではない。私は社会主義者ですよ、ミス・スタンリー。」

「何ですって?」とアン・ヴェロニカは驚いた。

「ジョン・ラスキン流の社会主義者です。本当ですよ! 私はこの国を共同の君主国にし、すべての娘と女性を女王にしたい。政治や経済や――そんなものには一切触れさせない。そして我々男が働き、忠誠を尽くして仕えるのです。」

「今だって、建前はそんなものだわ」とアン・ヴェロニカは言った。「ただ、義務を怠る男があまりに多いのよ。」

「そうです」とマニング氏は、手の込んだ証明を終えたような顔で言った。「だから現状では、我々は誰もが、すべての女性に騎士道を尽くしながらも、自分だけの、崇拝すべき女王を選ばなくてはならないのです。」

「実際に行われている仕組みから判断するかぎり」とアン・ヴェロニカは、はっきりした、常識的で、他人事のような声で言い、ゆっくりだが断固として芝地へ歩き始めた。「うまくいっていないわ。」

「誰もが試してみる必要があります」とマニング氏は言い、人目のない隅に、ほかに園芸上の見どころがないか、慌てて見回した。だが、引き返すのを救ってくれるものはなかった。

「実験される材料の側でなければ、結構な話ね」とアン・ヴェロニカは言っていた。

「女性は――実際、女性には、自分で思っているよりずっと大きな力があります。感化する者、霊感を与える者として。」

アン・ヴェロニカは、それには何も答えなかった。

「投票権が欲しいとおっしゃいましたね」とマニング氏は不意に言った。

「持つべきだと思うの。」

「私は二票持っています」とマニング氏は言った。「オックスフォード大学に一票、ケンジントンに一票です」[訳注:当時の英国には、大学卒業資格や不動産などに基づく複数投票権があった。]

追いつくと、少しぎこちなく続けた。「それをあなたに差し上げて、あなたの投票者にならせてください。」

一瞬の間があり、それからアン・ヴェロニカは、誤解することにした。

「自分自身の票が欲しいの」と言った。「どうして人を通してもらわなくちゃならないのかわからないわ。ご親切には感謝するけれど。それに、ずいぶん良心的でない話ね。投票したことはあるの、マニングさん? 切符売り場みたいなところがあるんでしょう。それから投票箱が――」顔に、知的な難問と取り組む表情が浮かんだ。「投票箱って、正確にはどんなものなの?」と、それがひどく大切であるかのように尋ねた。

マニング氏はしばらく考え深げに彼女を眺め、口髭をなでた。「投票箱というのはね」と言った。「大体のところ、ただの箱ですよ。」

かなり長く間を置き、ため息とともに続けた。「投票用紙を渡されて――」

二人は、人目にさらされる芝地へ出た。

「ええ、ええ」とアン・ヴェロニカは説明に相づちを打ちながら、芝地の向こうでレディ・パルスワーシーが叔母と話しているのを見た。二人とも、話しながら、彼女とマニング氏をあからさまに見つめていた。

第三章

危機の日の朝

第一節

二日後、危機の日が来た。ファデン舞踏会の日だった。何がなくても危機にはなっただろうが、朝食の卓上にマニング氏からの手紙があり、叔母が食事のあいだじゅう、明るく気の利いた無関心をそこへ集中させていたことが、アン・ヴェロニカの心をさらに複雑にした。彼女は、どんな反対を押し切ってでも舞踏会へ行くという、曲げようのない決意だけを胸に階下へ来た。マニング氏の筆跡を知らなかったので、封を開けて数行読んでから、初めてその趣旨がわかった。それからしばらく、ファデンの件をすっかり忘れた。見事に平静を装いながら、頬を赤くして朝食を終えた。

大学はまだ新学期の授業が落ち着いて始まっていなかったので、トレッドゴールドへ行く必要はなかった。家で読書をすることになっていた。朝食後、彼女は菜園へぶらぶら出て、使われていない温室の棚に居場所を定めた。家の窓から見えず、誰かが不意に現れる心配もないという二重の利点があった。そこでマニング氏の手紙を読み直した。

マニング氏の字は、明瞭そうに見えて、読みやすくはなかった。大きく、やや丸く、文字の区別が曖昧で、大文字に対しては、今日の自由主義者が意見に対して取るような態度を取っていた。つまり、結局みな同じことだという扱いである。大人の筆跡というより、年月に磨かれて滑らかになった少年の字だった。それが七枚の便箋を埋め、それぞれ片面だけに書かれていた。

「親愛なるミス・スタンリーへ」と始まっていた。「手紙で煩わせることを、どうかお許しください。レディ・パルスワーシーの家での会話について、ずいぶん考えました。そして次にお会いするまで待てないほど、あなたにお伝えしたいことがあると感じたのです。ああした社交の場の会話のいちばん困るところは、始まりかけるとすぐ途切れてしまうことです。あの午後は、言おうと思っていたこと、頭の中を駆け巡っていたことを、何一つ――文字どおり何一つ――言えなかった気がして、帰宅しました。ぜひあなたと話したかったことばかりだったので、腹立たしく、失望し、いくらか気が晴れたのは、詩を数篇書いてからでした。その詩はあなたに着想を得たものだと言ったら、ひどくお嫌でしょうか。詩人としての自由を振るうのをお許しください。一節をお見せします。韻律が不規則なのは意図的です。あなたを、いわば別格に置きたいからです。あなたを語るときには、調べも気分も、すっかり変えたいのです。

     「『淑女たちと、わが淑女の歌

     「『聖らかな白、百合なるメアリー、
     マーガレットは、甘くはにかむ菫。
     ネリーは緑に露を宿す、蕾の妖精、
     グウェンドレンの目には、忘れな草が息づく。
     アナベルは闇に輝く星、
     ロザマンドは女王の薔薇、深紅の薔薇。
     けれどわが愛する人は、四月の陽ざし、
     輝き、喜ばせ、温めて――去ってゆく。』

「未熟なのは認めます。けれど、この詩に私の秘密を語らせてください。下手な詩はすべて――もともとはラングの警句だったと思いますが――感情の高ぶりの中で書かれるものです。

「親愛なるミス・スタンリー、先日の午後、仕事や政治や、そのようなことを話していたあいだ、私の心はずっと、たまらなくそれに抗っていました。あなたが票を持つべきかを論じているその場で、前にお会いしたときは、医師として、あるいは今では女性にも何人もいる官吏として、あなたが成功できる見込みについて話したのを思い出していました。そしてそのあいだじゅう、心の中で声が叫んでいたのです。『ここに、お前の生涯の女王がいる』と。これまでにないほど強く、あなたを抱き上げ、自分のものにし、連れ去って、人生のあらゆる緊張と騒乱から隔てておきたいと願いました。身を盾にし、守り、導き、働き、見張り、世の中と闘うことが男の分担であるという信念は、何をもってしても変えられません。私はあなたの騎士、召使い、保護者、あなたの――その言葉を書く勇気もほとんどありませんが――夫になりたいのです。だから、嘆願する者として申し出ます。私は三十五歳で、世の中を渡り歩き、人生の味を知ってきました。初めに上級文官職へ入るためには苦しい闘いをしました――四十七人中三番でした――それ以来、社会への奉仕の範囲を広げながら、ほとんど毎年昇進してきました。あなたに会うまで、愛せると感じた人には一度も会ったことがありません。しかしあなたは、私自身の性質の中に、ほとんど思いもよらなかった深みを見いだしてくれました。若いころの数度の情熱の噴出を除けば――温かくロマンチックな気質には自然なことで、害のある後遺症はなく、より高い真理に照らせば、誰も正当に石を投げられぬはずの、私自身は少しも恥じていない噴出ですが――私は清らかで、何のしがらみもない男として、あなたの前に立ちます。愛しています。公職の給料のほかに、いくらかの私有財産があり、叔母からの相続の見込みもあります。ですから、広く豊かな洗練のある暮らし、旅、本、議論、そして私の文学の仕事を通じて知り合った、賢く輝かしく思慮深い人々との気楽な交際を、お約束できます。モーニングサイド・パークで一人の私しかごらんになっていないあなたには、想像もつかない人々です。私は詩人としてばかりでなく、批評家としても、ある程度の地位を持っていますし、当代でもひときわ華やかな談話晩餐クラブの一つに属しています。そこでは成功した自由人たち、政治家、実業家、画家、彫刻家、教養ある貴族たちが、気楽で実に愉快に交わっています。そこが私の本当の世界です。あなたはそこに華を添えるばかりか、きっと楽しんでくださると確信しています。

「この手紙を書くのは、とても難しいことです。お伝えしたいことがあまりに多く、しかもそれぞれがまったく違う次元にあるため、どうしても混乱し、不調和になります。手紙全体を貫くべき感情の糸を、本当にお渡しできているのか、疑わしくなります。というのも、まるで応募書類か推薦状か、そのようなものに読めることは認めざるをえませんが、実際には恐れおののき、胸を沈ませながら書いているのです。心には、大事に育て、積み重ねてきた考えや情景が満ちています。並んで旅をする夢、楽しいレストランで静かに二人で昼食を取る夢、月の光や音楽や、そうした人生の一面の夢。女王のように装ったあなたが、華やかな人々の中で輝く姿――私のものとして。古風な庭、私たちの庭で、あなたが花を眺める姿――サリーにはすばらしい土地が手に入りますし、小型の自動車も十分に買えます。さきほども引用したとおり、下手な詩はすべて感情の高ぶりの中で書かれると言いますが、下手な求婚にも、それは確かに当てはまるでしょう。何も言うことのないときだけ、たやすく詩が書けるのだと、以前からしばしば感じてきました。ブラウニングを見ればわかります。それに、日記を確かめると、あなたを思い続けて、もう十六か月近くになるのです。そのあいだに複雑に積もった願いを、どうして一通の短い手紙へ収められるでしょう。サービトンでの、あの楽しい集まり、競漕してもう一艘を負かしたとき以来です。あなたが舵を取り、私が整調を漕ぎました。文章そのものがつまずき、崩れてしまいます。でも、ばかげていても構いません。私は意志の強い男で、これまで欲しいと思ったものは手に入れてきました。けれど、人生であなたほど欲しいと願ったものは、何一つありません。同じことではないのです。愛しているからこそ怖い。失敗を考えるだけで痛むのです。これほど愛していなければ、性格の力だけであなたを勝ち取れると思います。私は生来、人を支配する型だと言われますから。人生での成功の大半は、一種の向こう見ずな活力で得たものでした。

「さて、言うべきことは言いました。つまずきながら、下手に、飾りもなく。けれど手紙を破るのにも疲れ、言いたいことをこれ以上うまく言える見込みもありません。別のことなら、雄弁な手紙はいくらでも書けるでしょう。ただ、別のことを書く気がないのです。先日の午後にはできなかった、いちばん大切な問いを、ここでさせてください。結婚してくださいますか、アン・ヴェロニカ? 

「心からの真情を込めて、

「ヒューバート・マニング。」

アン・ヴェロニカは、真剣な、注意深い目で、この手紙を最後まで読んだ。

読むにつれて興味は増し、ある種の嫌悪は消えた。二度微笑んだが、意地の悪い笑みではなかった。それから戻って、特定の箇所を探すうち、便箋の順を乱した。最後には考え込んだ。

「妙なものね」と言った。「返事を書かなくちゃならないんでしょうね。聞かされていたものとは、ずいぶん違うわ。」

温室のガラス越しに、叔母が木苺の茎のあいだから、何も気づかぬような穏やかな顔で近づいてくるのが見えた。

「そうはいかないわ!」とアン・ヴェロニカは言い、きびきびと、用事のある人の足取りで温室を出て、家へ向かった。

「長く歩いてくるわ、叔母さん」と言った。

「一人で、あなた?」

「ええ、叔母さん。考えることがたくさんあるの。」

アン・ヴェロニカが家へ向かうのを見て、ミス・スタンリーは考えた。姪はひどく冷たく、落ち着きすぎ、自信に満ちすぎている。この人生の段階では、もっと柔らかく、優しくなり、胸の内を打ち明けるべきなのに。自分の年齢と立場にふさわしい感情のありようを、まるで知らないようだった。ミス・スタンリーは考えながら庭を歩いた。やがてアン・ヴェロニカが玄関の扉をばたんと閉める音が、家にも庭にも響いた。

「どういうことかしら!」とミス・スタンリーは言った。

そびえ立つタチアオイの列を、そこに説明でもあるかのように、長いあいだ眺めた。それから家へ入り、階上へ上がり、踊り場でためらい、とうとう少し息を弾ませながら、たいそう威厳ある態度で扉を開け、アン・ヴェロニカの部屋へ入った。整頓された、機能的な部屋だった。書き物机は窓からの光を実用本位に考えて置かれ、本棚の上には豚の頭蓋骨、密封瓶に入った解剖済みの蛙、光沢のある黒表紙のノートの山があった。隅にはホッケーのスティックが二本とテニスラケットが一本。壁には複製画で、アン・ヴェロニカが自分の美術上の好みを示していた。だがミス・スタンリーは、そんなものには目もくれなかった。まっすぐ衣装戸棚へ行き、開けた。アン・ヴェロニカのもっと普通の服のあいだに、赤い帆布の貧弱なドレスが掛かっていた。安っぽくけばけばしい組紐で飾られ、短かった――膝の下までは、とても届きそうになかった。同じ鉤には、明らかにそれと組になった黒いビロードのズアーブ風上着[訳注:北アフリカ系の兵士の軍服に由来する、丈の短い前開きの上着]があった。そして、その次は! 二枚目のスカートとも考えられる衣類だった。

ミス・スタンリーはためらい、それから衣装を構成するものを一つ、また一つと鉤から外し、調べた。

三つ目は、震える手で腰帯をつかんだ。持ち上げると、下の部分が二つのだぶだぶした深紅の塊に分かれた。

「ズボン!」と、彼女はささやいた。

椅子にまで訴えるかのように、目が部屋じゅうをさまよった。

書き物机の下に押し込まれた、黄色と金色の、ひどくけばけばしいトルコ風のスリッパが目に入った。ズボンを手にしたまま近づき、かがんで調べた。どうやら、アン・ヴェロニカのいちばんよい舞踏用の靴に金紙を糊で貼りつけて、台無しにしながら巧みに変装させたものだった。

それから、またズボンに戻った。

「どうやって兄さんに言えばいいの?」とミス・スタンリーはささやいた。

第二節

アン・ヴェロニカは、軽いが実用的な杖を持っていた。楽な速足でアヴェニューを下り、モーニングサイド・パークの労働者地区を抜け、野原を横切ると、カディントンと丘陵へ通じる、枝の覆いかぶさった美しい小道に入った。そこで歩みが緩んだ。杖を脇に挟み、マニングの手紙を読み直した。

「考えなくちゃ」とアン・ヴェロニカは言った。「よりによって今日、こんなものが来なくてもいいのに。」

考え始めるのが難しかった。実際、何を考えなくてはならないのかさえ、少しもはっきりしていなかった。この歩きながらの思索で決着をつけようとしていたのは、事実上、人生の主要な関心事のほとんどだった。第一には自分自身の問題、とりわけマニング氏の手紙への返事だった。だがその判断材料を得るには、論理的で秩序立った頭を持つ彼女は、男女の一般的な関係、結婚の目的と条件、それが人類の幸福に及ぼす影響、人類の目的、そしてもしあるなら万物の目的まで、決めなくてはならないと気づいた……。

「決まっていないことが、恐ろしくたくさんあるわ」とアン・ヴェロニカは言った。しかもファデン舞踏会の件が、不釣り合いな大きさで思考の前景を占め、すべてを反抗の色に染めていた。マニング氏の求婚について考えているつもりが、気づくと舞踏会のことを考えていた。

全体を一つに集めて考えようとする努力は、しばらく、カディントンの村道を通ることや、ゴーグルをかけた人々を満載した自動車、言うことを聞かない馬に乗り、もう一頭を引こうとする馬屋の少年の奮闘などに散らされた。丘へ上る単調な街道で、ようやく問いに戻ると、心の中心にマニング氏の姿があった。大きく、色の濃い男としてそこに立ち、大きな口髭の下から、明瞭な声で、明瞭で平板な文句を、意識して親切に述べていた。求婚したのだ。彼女を所有したいのだ! 愛しているのだ。

アン・ヴェロニカは、その見込みに嫌悪を感じなかった。マニング氏が自分を愛しているということは、血の通わない事実として現れ、想像の震えも、情熱や嫌悪のときめきも起こさなかった。その関係は、抵当契約と同じくらい、血や肉体とは無縁に思えた。互いの権利を生むもの、関係を生むものなのだ。それは、一度の接吻のために男が死に、手と手が触れるだけで人生を焼き尽くす火がつく世界――ロマンスの世界、情熱的に美しいものの世界――とは別の世界だった。

だがそのもう一つの世界は、彼女が断固として締め出してきたにもかかわらず、いつも角から顔を出し、隙間や割れ目からのぞき、彼女が選んだ秩序ある暮らしへ、衣擦れを響かせて侵入してきた。絵の中から輝きかけ、詩や音楽にこだました。夢に入り込み、心の廊下の壁に、途切れ途切れの謎めいた文句を書きつけた。今はそれが、家の外で叫ぶ声のように感じられた。熱い陽光の中で、情熱の真実を叫ぶ声。薄暗い部屋の中で人々が本心を隠して話し、聞こえないふりをしているあいだも、叫び続ける声だった。その声は今、どこか不可思議な仕方で、マニング氏では絶対にだめだという抗議を伝えてきた。背が高く、髪も目も濃く、端正で、親切で、三十五歳で、十分に裕福で、夫として申し分のないすべてを備えているにもかかわらず。だが、あの顔には動きがない、表情がない、人を温めるものが何もない、と声は言い張った。もしアン・ヴェロニカがその歌を言葉にできたなら、「血を燃やす結婚でなければ、しない!」となっただろう。だがこの件についての意識は、言葉を形づくるには、あまりにも曖昧だった。

「わたし、あの人を愛していないのね」とアン・ヴェロニカは、一筋の光を得て言った。「いい人だということが、何の関係になるのかわからない。それで、この件は決まりだわ……。でも、ものすごい騒ぎになるということね。」

街道を離れて丘陵の芝地へ入る前に、しばらく柵の横木に座った。「でも」と言った。「自分が本当は何をしているのか、少しでもわかればいいのに。」

雲雀の歌を聞くあいだ、考えはしばらく溶け合ったままだった。

「結婚して、母親になる」と、雲雀が芝地の巣へ降り、心がまた結晶し始めると、アン・ヴェロニカは言った。「そのほかのすべては、歌なのかもしれない。」

第三節

心はファデン舞踏会へ戻った。

行くつもりだった。行くのだ。絶対に行く。何があっても止められないし、その結果を引き受ける覚悟もあった。父に家を追い出されたらどうする! 構わない。行くのだ。ただ家を出て、行ってしまえばよい……。

自分の衣装をかなり細かく思い描き、大いに満足した。とりわけ、柄に大きなガラスの宝石をはめた、たいそう愉快な小道具の短剣が気に入っていた。それは自室の引き出しに眠っていた。海賊の花嫁になるのだ。「嫉妬で男を刺すなんて!」と思った。「骨と骨のあいだへ、どう差し込むか考えなくちゃ。」

父を思い出し、力を込めて頭から追い払った。

ファデン舞踏会全体の様子を想像しようとした。仮装した人々の集まりなど、生まれて一度も見たことがなかった。そこへまたマニング氏が思い浮かんだ。思いがけずファデンに現れる、背の高い、色の濃い、落ち着き払った姿。来るかもしれない。知的な人々を大勢知っているのだから、その中には美術学校の仲間もいるだろう。何に扮して来るだろう? 

やがて彼女は、マニング氏を人形のように何度も着せ替えていたことに、後ろめたくはっと気づいた。十字軍の騎士にしてみた。似合いはしたが、重々しかった――「あの人には、確かに重いところがあるわ。口髭のせいかしら?」――軽騎兵にすると、ばかげていた。黒いブラウンシュヴァイク兵[訳注:ナポレオン戦争期の黒い軍服を着た兵士]なら、いくらかよかった。アラブの族長にもしてみた。さらに東方の通訳案内人、憲兵にもしてみたが、厳めしく端正で動かぬ横顔には、憲兵がいちばん似合った。揺るぎない正確さと、この上なく立派で明快な心情をもって、人に道を教え、交通を整理し、公共建築への入場を断るだろうと思えた。衣装ごとに、ふさわしい求婚の断り方まで考えていた。「ああ、もう!」と、自分のしていることに気づいて言い、柵から芝へ軽く飛び降り、丘の頂へ歩き続けた。

「わたしは絶対に結婚しない」とアン・ヴェロニカは断固として言った。「そういう人間じゃないのよ。だからこそ、今、自分の道を選ぶことが大切なの。」

第四節

アン・ヴェロニカの結婚観は、限られていて、体系立っていなかった。教師たちは、それが途方もなく重大であり、絶対に考えてはならないという消せない確信を、彼女の心へ刻み込もうと、最善を尽くしてきた。結婚が女の人生に極めて大きな意味を持つという最初の気づきは、アリスの結婚と、二番目の姉グウェンの駆け落ちによって訪れた。

この激変が起きたのは、アン・ヴェロニカが十二歳ほどのときだった。二人の姉のうち下の姉とも八歳離れていた。越えようのないその隔たりには、騒々しい二人の兄が、混沌として住みついていた。姉たちは、アン・ヴェロニカには心の届かない大人の世界を動き回り、好奇心の対象としても、大半は遠い存在だった。靴やテニスラケットをいじっては叱られた。寝る前に、白や桃色や琥珀色の、かなり華やかな服を着て母と出かける支度をした姉たちを見る特別な機会があると、ひそかに憧れた。アリスは少し告げ口屋だと思っていた。兄たちも同意見だった。グウェンは食卓で物を取るのが少し素早すぎた。二人の恋愛はまったく目にせず、アリスの結婚式には、礼儀正しく好奇心を抑えながら寄宿学校から帰ってきた。

その重大な儀式の印象は豊かで混沌としていた。そこへ、介添えの小姓を務めた、黒い別珍とレースの襟を着た、太った巻き毛の従兄への、ごく一時の片思いが絡み合った。彼女はしつこくあとをついて回り、活発で騎士道のかけらもないもみ合いの末――その間、彼はつねり、「やめろよ」と言った――温室の裏の木苺のあいだで、キスすることに成功した。その後、やはり別珍姿が妙だった兄のロディは、この関係を知ったというより勘づいて、その美少年の頭を殴った。

家から嫁入りが出るというのは、胸躍るが、ひどく秩序を乱すものだった。何もかも、人の頭をおかしくし、猫を惨めにするために仕組まれたようだった。家具はすべて動かされ、食事の時間もめちゃくちゃになり、アン・ヴェロニカを含め、皆が明るい新しい衣装で現れた。彼女はクリーム色に茶色の帯、短いドレスで髪を下ろさねばならず、グウェンはクリーム色に茶色の帯、長いスカートで髪を上げた。母もクリーム色と茶色だったが、もっと複雑に仕立ててあり、いつになくきびきびして、熱に浮かされたようだった。

アリスの「品々」をめぐる、膨大な試着や直しや騒ぎに、アン・ヴェロニカは大いに感心した。アリスは屋根裏から地下室まで、丸ごと衣替えをするかのようだった。寸法を合わせた散歩着と散歩靴、うっとりするほどの花嫁衣装、強欲な者の夢さえ超える靴下その他。さらに、場違いで目を引く品々が、絶えず、ますます多く、家へ流れ込んだ。たとえば――

本物のレースの寝台掛け。

金めっきの旅行時計。

装飾用のピューター皿。

サラダ鉢(銀飾り付き)と取り分け用具。

マジェット編『英国詩人集』(全十二巻)、紫のモロッコ革装。

等々、等々。

この新奇なもののざわめきのあいだを、心配そうで、気を取られ、ほとんど沈んでさえ見える人物が出入りした。ラルフ博士だった。以前はアヴェニューのスティッケル博士と共同開業していたが、今はワンブルスミスで自分の医院を繁盛させていた。頬髭を剃り、フランネル姿でやってきたが、アン・ヴェロニカが麻疹になったときや魚の骨をのみ込んだときに診たのと、紛れもなく同じ人だった。ただ役割は変わり、この奇妙な劇の花婿を演じていた。アリスはラルフ夫人になるのだ。申し訳なさそうに入ってきて、以前の「さて、具合はいかがかな?」という調子はすっかり消えていた。一度など、ほとんどこっそりと、アン・ヴェロニカに尋ねた。

「アリスはどうしている、ヴィー?」

そしてついに当日、いつもの医師としての姿が変容したように現れた。アン・ヴェロニカが見たこともないほど美しい薄灰色のズボンに、つばの反りが実によく似合う、新しい光沢のあるシルクハットをかぶっていた……。

部屋の配置がすべて変わり、皆がふだんと違う服を着て、日常の習慣がことごとく廃止され、片づけられたばかりではなかった。人々の気性や感情まで、奇妙に乱れ、位置を変えたようだった。父は明らかに怒りっぽく、いつも以上に岩石学の道具の中へ隠れたがった――書斎は片づけのため追い立てられていた。食卓では、陰気だが決然と肉を切り分けた。当日には、ラッパのような大声で親しげに振る舞ったかと思うと、用心深く考え込んだ。グウェンとアリスは途方もなく仲がよく、それが父には気に障るらしかった。スタンリー夫人は終始謎めいていて、夫とアリスに不安そうな目を注いでいた。

お仕着せの御者を乗せた馬車、白いリボンをつけた鞭、他人を先に乗せようとせわしく騒ぐ人々、そして教会――そんな混乱した印象があった。人々はいつもと違う席に座り、式の行われる場所と壁とのあいだには、祈祷用の膝当てだけが置かれた、広い空白があった。

花嫁衣装で不思議に変貌したアリスについて、アン・ヴェロニカには断片的な印象がいくつも残った。姉は、それを着たために、これまで見たこともないほど沈んでいるようだった。花嫁介添人と小姓たちは通路で少しもつれ、アリスの白い背中、なだらかな肩、ヴェールをかぶった頭が祭壇へ遠ざかるのが見えた。なぜだかわからないが、その後ろ姿を見ると、アリスがかわいそうになった。オレンジの花の匂いも、たいそう鮮やかに覚えていた。アリスはうなだれ、気力もなく、返答をぼそぼそとつぶやき、ラルフ博士と向かい合っていた。二人のあいだには、開いた本を持つエドワード・ブリブル牧師が立っていた。ラルフ博士は大きく、親切そうに見えた。アリスの返答を、病状を聞き、全体として順調に回復していると思っている医師のように聞いていた。

そのあと母とアリスは長くキスし、互いにしがみついた。ラルフ博士は思いやり深い顔でそばに立った。博士と父は、男らしく握手した。

アン・ヴェロニカは、ブリブル氏の式文の読み方にかなり興味を引かれた――言葉を浮き立たせる声の持ち主だった――そのことについて考えがいっぱいになっているところへ、とうとうオルガンが激しく鳴り響いた。内陣でどれほどすすり泣きがあろうとも、あの立派な管の楽器は、メンデルスゾーン流に、これ以上ないほど嬉しがっているのだと、はっきりわかった。「パン、パン、パラパン、パン、パン、パラ……」

結婚披露の朝食は、アン・ヴェロニカにとって、現実離れした人々が現実のものを食べる見世物だった。その部分はたいそう気に入ったが、嫌だと言ったのに、不注意にもマヨネーズを盛られるまでは、の話だった。ロディがそれを喜んだので変な顔をして返していたところを、尊敬している叔父に見つかった。

こうした膨大な印象から、そのときのアン・ヴェロニカは何一つ結論を出せなかった。ただそこにある――事実! 生来記憶のよい頭に、リスが木の実を蓄えるようにしまい込み、あとで消化することにした。その場でいくらか明瞭に浮かんだことは、ただ一つだった。独身の男に溺れるところを救われ、そのため式が避けられなくなった場合か、下着がまったくなくなって、嫁入り支度を手に入れるしかなくなった場合――そんな窮状なら嫁入り支度は確かに「すばらしい」だろう――を除けば、結婚という経験は、懸命に避けるべきだということだった。

帰り道、彼女は母に、どうして母もグウェンもアリスも泣いたのかと尋ねた。

「しっ!」と母は言い、それから付け加えた。「自然な気持ちなのよ、あなた。」

「でもアリスは、ラルフ博士と結婚したかったんじゃないの?」

「まあ、静かに、ヴィー!」と母は、広告看板ほど明白なはぐらかし方をした。「アリスはラルフ博士と、きっと本当に幸せになるわ。」

だがアン・ヴェロニカには、とてもそう確信できなかった。ワンブルスミスへ行き、似合いのティーガウンを着て、ひどく遠い、家庭的で、威厳ある人となり、ラルフ博士の家を取り仕切っている姉を見るまでは。博士はお茶に帰ってきて、アリスに腕を回してキスした。アリスは博士を「スクィグルズ」と呼び、満ち足りた所有者の顔で、しばらくその腕の中にいた。姉が泣いたことを、アン・ヴェロニカは知っていた。半開きの扉から、もめ事や騒ぎがぼんやり伝わってきたこともある。泣きながら話すアリスの、痛々しい声を聞いた。結婚は痛むのかもしれない。だが今はすべて終わり、アリスはうまくやっていた。アン・ヴェロニカは、歯に詰め物をしてもらうことを思い出した。

その後アリスはますます遠くなり、しばらくして具合が悪くなった。それから赤ん坊を産み、本当に大人である人と同じくらい、いやそれ以上に年を取り、ひどく退屈な人になった。やがて夫とヨークシャーの医院へ移り、さらに四人の赤ん坊を産んだが、どの子も写真写りがよくなかった。こうして姉は、アン・ヴェロニカの共感の届く範囲から、すっかり外へ出ていった。

第五節

グウェンの件は、アン・ヴェロニカがマーティコム・オン・シーの学校にいるあいだ、高等女学校へ移る一学期前に起こった。彼女には、最後まではっきりしなかった。

母から一週間、手紙が来なかった。それから、いつもと違う調子で書いてきた。「あなた」と手紙にはあった。「姉さんのグウェンがお父さんをひどく怒らせたことを、知らせなくてはなりません。これからもずっと姉さんを愛していてほしいけれど、お父さんを怒らせ、許しを得ずに結婚したことは、覚えておいてほしいのです。お父さんはとても怒っていて、自分の前では名前も口にさせません。お父さんが認められない人と結婚して、遠くへ行ってしまいました……」

次の休暇には、アン・ヴェロニカの母は病気になっていた。彼女が帰宅すると、病室にグウェンがいた。以前の散歩着の一つを着て、見慣れない髪型をし、結婚指輪をはめ、泣いていたような顔をしていた。

「こんにちは、グウェン!」とアン・ヴェロニカは、皆を気楽にさせようとして言った。「結婚しちゃったの? ……幸運なご主人は、何ていうの?」

グウェンは「フォーテスキュー」と認めた。

「写真か何か、ある?」と、母にキスしてからアン・ヴェロニカは言った。

グウェンが尋ねると、スタンリー夫人が教え、鏡の下の宝石用の引き出しという隠し場所から、写真を取り出した。髭をきれいに剃った顔に、古典彫刻めいた大きな鼻があり、髪は額から大きく波打って立ち上がり、顎と首は、男として好ましい程度を超えて量があった。

「見たところ、悪くないわ」とアン・ヴェロニカは、首を右へ左へかしげて眺め、愛想よくしようとして言った。「何がいけないの?」

「この子も知っておくべきじゃない?」とグウェンは母に言い、会話の調子を変えようとした。

「いい、ヴィー」とスタンリー夫人は言った。「フォーテスキューさんは俳優なの。お父さんは、その職業をよく思っていないのよ。」

「へえ!」とアン・ヴェロニカは言った。「俳優って、ナイトにもなるんじゃないの?」

「ハルもいつかなるかもしれないわ」とグウェンは言った。「でも、長い道のりよ。」

「じゃあ、お姉さんも女優になるの?」とアン・ヴェロニカは言った。

「続けるかどうか、わからないわ」とグウェンは言った。その声には、新しい、気だるい職業人らしさが忍び込んだ。「夫婦が一緒に働くと、ほかの女優たちはあまりいい顔をしないの。それにハルは、わたしが離れて舞台に立つのを嫌がると思う。」

アン・ヴェロニカは姉を新たな敬意で見た。だが家族の習慣は強い。「あまりできないんじゃないかしら」と言った。

のちにグウェンの問題は、病床のスタンリー夫人にあまりに重くのしかかったので、夫は応接間でフォーテスキュー氏に会うことを承知し、実際に、まったく望みのなさそうな様子で握手し、すべてよいほうへ運ぶよう願うと言った。

許しと和解は、冷たく形式的なものだった。そのあと父は陰気に書斎へ去り、フォーテスキュー氏は、柔らかな、機嫌を取るような足取りで庭をぶらぶらした。古典彫刻めいた鼻を上げ、両手を背に組み、立ち止まっては、壁沿いの果樹を長く熱心に眺めた。

アン・ヴェロニカは食堂の窓から見ていた。しばらく娘らしくためらったあと、フォーテスキュー氏とは逆回りに庭へ出て、無邪気に驚いた顔で出くわした。

「こんにちは!」とアン・ヴェロニカは腰に手を当て、気軽に、息を弾ませて言った。「あなたがフォーテスキューさん?」

「さよう。君がアン・ヴェロニカ?」

「もちろん! ねえ――グウェンと結婚したの?」

「そうだよ。」

「どうして?」

フォーテスキュー氏は眉を上げ、軽喜劇の顔を作った。「好きになったからだろうね、アン・ヴェロニカ。」

「変なの」とアン・ヴェロニカは言った。「じゃあ、これから養わなくちゃいけないの?」

「力の及ぶかぎりね」とフォーテスキュー氏はお辞儀した。

「力はたくさんあるの?」とアン・ヴェロニカは尋ねた。

フォーテスキュー氏は、本当に困ったことを隠すため、困った演技をしようとした。アン・ヴェロニカはそのまま、芝居のこと、姉も演じるのか、そのために十分美しいのか、衣装は誰が作るのか、といった質問を次々に浴びせた。

実のところフォーテスキュー氏には、姉を養う力はあまりなかった。母の死からしばらくして、アン・ヴェロニカは、父の書斎から出てきたグウェンに、階段で不意に会った。ほこりっぽい喪服は衝撃的なほどみすぼらしく、姉は泣いて、恨めしげだった。その後グウェンは、モーニングサイド・パークの世界から遠ざかった。父と叔母のもとへ届く金の無心の手紙や、困窮を訴える便りも、アン・ヴェロニカには見せられなかった。ただ、何か恐ろしいことになっているという曖昧な気配、何気ない評言の漏れ、「あのならず者」への父の怒りの閃きだけが、耳に入った。

第六節

これが、結婚という問題についての、アン・ヴェロニカの主な判例だった。はっきり見た本当の結婚は、この二つだけだった。あとは既婚女性の振る舞いの観察と、驚くほど多様な読書から、結婚生活の考えを得ていた。モーニングサイド・パークの既婚女性は、若者の暮らしに比べ、縛られ、退屈で、融通が利かないように見えた。結局、既婚者をみな、羽を失った昆虫のように考えるようになり、姉たちは、孵ったばかりで、ほとんど一瞬も羽を持つ暇のなかった生き物のように思えた。マニング氏の慈悲深い影の下、家に閉じ込められた自分のぼんやりした姿が浮かんだ。ひょっとしたら――「スクィグルズ」にならって――彼を「マングルズ」と呼ぶようになるのかもしれない! 

「誰とも結婚できないと思うわ」と彼女は言い、突然、別の考えの組へ落ち込み、しばらく当惑した。人生からロマンスを追放しなくてはならないのだろうか? ……。

ロマンスと別れるのはつらかった。だが大学での勉強を続けたいという渇望を、その日ほど強く覚えたことはなかった。自分の意志で自由に動き、他人に邪魔されずに生きたいという願いも、かつてないほど鋭かった。どんな代価を払っても! 兄たちは事実上それを持っていた。少なくとも、彼女が並外れた力を振るわないかぎり望めそうもないほど、はるかに多く持っていた。自由と自己成長の美しい遠景と彼女とのあいだを、マニング氏、叔母と父、近所の人々、習慣、伝統、さまざまな力が動き回っていた。その朝の彼女には、誰もが網を手にし、彼女の動きが少しでも本当に自由になった瞬間、かぶせようと待ち構えているように見えた。

目から何かが落ちたような気がした。初めて自分自身を発見したようだった。夢遊病者が突然、危険と障害と混乱のただ中、重大な危機の瀬戸際にいる自分に気づくように。

娘の人生は、幸福で、無頓着で、何も考えないものに見えた。けれど実際には、他人に導かれ、支配され、気づきもしない仕切りや隠し事のあいだを進んでいくのだった。

それはそれで、よくできていた。ところが突然、現実が押し寄せ、「大人になること」がやってくる。真剣になれ、この上なく真剣になれという、慌ただしい、否応のない呼び声。ラルフたち、マニングたち、フォーテスキューたちが、まだ生々しい未経験へ、まぶしさに目をしばたたく新参者の無知へ、降りかかる。目が十分に開く前に、何が起きたか知る前に、新たな導きと支配、新たな義務と責任と制限が、古いものに取って代わってしまう。「一人の人間でいたいの」とアン・ヴェロニカは丘陵と開けた空に向かって言った。「ほかに何が起こるにしても、わたしはそうはならない。」

正午を少し過ぎ、馬道と野原のあいだの門の上に腰を下ろし、チョーキングからウォルダーズハムまでの広い田園を一望するころには、アン・ヴェロニカは三つのことを、はっきり決めていた。第一に、結婚するつもりはまったくなく、とりわけマニング氏とは結婚しない。第二に、何らかの手段で、トレッドゴールドではなくインペリアル・カレッジで勉強を続ける。第三に、ただちに行う決定的な行動として、自分の立場を正確に示す象徴として、自由で成人した者の自主性の宣言として、その夜、ファデン舞踏会へ行く。

だが、父がどう出るかには、まだ向き合わなくてはならなかった。それまで、その肝心な問題へ考えを進めることが、ひどく難しかった。父との関係全体が、頑として曖昧なままだった。翌朝モーニングサイド・パークへ戻ったら、何が起こるのだろう? 

家から追い出すことはできまい。だが何ができるのか、何をしそうなのか、想像できなかった。暴力は怖くなかった。怖いのは、何か卑劣なこと、二次的な力の行使だった。小遣いをすべて止め、家で無力な恨みを抱いて暮らすか、ただちに自分で生計を立てるか、二つに一つを迫ったらどうする……。小遣いを止める可能性は、とても高く思えた。

娘に何ができるのか? 

このあたりで、近づいてきた一人の騎手と馬が、アン・ヴェロニカの思索を遮り、別の方向へ向けた。鉄灰色の髪をした世慣れたラメージ氏が、山高帽と硬い灰色の服を身につけ、黒い馬にまたがって現れた。彼女を見ると手綱を引き、挨拶して、少し出張りすぎた目で眺めた。彼女も興味と問いを込めた目で見返した。

「私の景色を取られましたね」と、少し考えてから言った。「いつもここで降りて、しばらくその横木にもたれるんです。今日も、よろしいかな?」

「あなたの門なのね」と彼女は愛想よく言った。「先に見つけたのは、あなたですもの。わたしが座っていてよいかどうかは、あなたがお決めになることだわ。」

彼は馬から降りた。「シーザーを紹介しましょう」と言った。彼女はシーザーの首をなで、鼻先が何て柔らかいのかと言い、馬の歯の醜さをひそかに嘆いた。ラメージは向こう側の門柱に馬をつないだ。シーザーは大きく鼻を鳴らし、生垣を調べ始めた。

ラメージはアン・ヴェロニカのそばで門にもたれ、しばらく沈黙した。

眼下に広がる丘と谷、林と村、秋の燃える色へ温まりつつある広い眺めについて、ありきたりの感想をいくつか述べた。

「人生のように広い」とラメージ氏は言い、景色を眺めながら、立派な乗馬靴を履いた片足を、いちばん下の横木に載せた。

第七節

「それで、お嬢さん、ここで何をしているのです?」と顔を見上げて言った。「家からこんなに遠くまで、一人で歩いて。」

「長く歩くのが好きなの」とアン・ヴェロニカは見下ろして言った。

「一人で?」

「そこが大事なのよ。いろいろ考えるの。」

「問題を?」

「ときには、かなり難しい問題を。」

「それができる時代に生きているのは、幸運ですよ。たとえばお母さんには、できなかった。考え事は家でしなくてはならなかった――監視のもとでね。」

彼女は考え深げに見下ろした。彼は、その若々しく自由な姿への賞賛を、顔に表した。

「やっぱり、変わったのかしら?」と彼女は言った。

「こんな転換期は、かつてありません。」

何へ転換するのか、と彼女は思った。ラメージ氏にもわからなかった。「我には、その変化だけで足れり、ですな」と、警句らしい効果を存分に出して言った。

「白状しますが」と言った。「新しい女、新しい娘には、深く興味をそそられます。私は女性に関心を持つ人間でね、ほかの何よりも関心がある。隠しませんよ。それに、この変化、態度の変化です! 昔の、しがみついて頼る性質が、すっかり投げ捨てられたのは驚くべきことだ。昔のあの――触れられると蝸牛のように縮こまる、あの手つきもね。二十年前に生きていたら、あなたは『お嬢様』と呼ばれ、知らないこと、聞いたことがないこと、決して理解しないことが、人生の第一の務めだったでしょう。」

「今でも十分にあるわ」とアン・ヴェロニカは微笑んだ。「わからないことなら。」

「まったくです。しかしあなたの役目は、心の中ではよくわかり、何も悪くないと思っていることにまで、たしなめる口調で『何ですって?』と言って回ることだったはずです。あの恐るべき『お嬢様』! 姿を消しましたな。紛失か、盗難か、迷子か、お嬢様は行方不明! ……二度と見つからないことを祈りますよ。」

彼はこの解放を喜んだ。「あの子羊がいたころは、気骨のある男はみな、危険な狼と見なされたものです。見えない鎖と、見えない目隠しをつけていた。今では、こうしてあなたと私が門のところでおしゃべりできる。『これを邪に思う者に恥あれ』[訳注:英国ガーター勲章の標語]です。この変化は、男に、これまでなかったよいものを一つ与えました」と言った。「若い女性の友人です。男が持てる最も美しい友人であるばかりでなく、最もよい友人も、若い女性なのではないかと、思い始めています。」

一息置き、鋭く彼女を見てから続けた。

「本当に聡明な娘とおしゃべりするほうが、どんな男と話すよりいい。」

「昔より自由になったのは、確かなのかしら?」とアン・ヴェロニカは、話を一般論にとどめた。

「それは疑いありません! 八〇年代の娘たちが垣根を破り、自転車で漕ぎ出して以来――私の若いころは、その始まりにまで遡りますが――束縛は勝利を重ねながら緩んできたのです。」

「緩んだのかもしれない。でも、自由は増えたのかしら?」

「というと?」

「つなぐ紐が長くなっただけで、やっぱり縛られているということよ。女は、それほど自由になっていないわ――本当のところは。」

ラメージ氏は異を唱えた。

「出歩くことはできるわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「ええ。」

「でも、何もしないという条件付きなの。」

「何をするんです?」

「あら! ――何でもよ。」

彼はかすかな笑みを浮かべ、問いかける顔をした。

「結局は、自分で暮らしを立てることになると思うの」とアン・ヴェロニカは少し頬を染めた。「息子みたいに家を出て、自分の収入を得られるようになるまでは、娘は紐につながれているのよ。長い紐かもしれない。いろいろな人を絡め取れるくらい長いと言ってもいい。でも紐はあるの! お金を出す人が引けば、家へ戻らなくちゃならない。そういう意味よ。」

ラメージ氏は、その論の強さを認めた。紐という比喩には、少し感心した。実はヘティ・ウィジェットから借りたものだった。「あなたは、自立したくはないのですか?」と、唐突に尋ねた。「本当に自立するという意味です。一人でね。思っているほど楽しいものではありませんよ。」

「誰だって自立したいわ」とアン・ヴェロニカは言った。「誰だって。男でも女でも。」

「あなたも?」

「もちろん!」

「なぜでしょうね?」

「なぜも何もないわ。ただ、自分は――自分のものだって感じたいの。」

「そんな人間はいませんよ」とラメージは言い、しばらく黙った。

「でも、男の子は――男の子は世の中へ出て、やがて自分の足で立つわ。自分の服を買い、付き合う相手を選び、生き方を自分で作る。」

「そうしたいのですか?」

「そのとおりよ。」

「男の子になりたい?」

「どうかしら! どっちにしても、無理な話ね。」

ラメージは考えた。「やってみては?」

「でも、かなりもめるでしょうね。」

「わかります――」とラメージは同情を込めた。

「それに」とアン・ヴェロニカは、その側面を払いのけて言った。「何ができるかしら? 男の子なら商売や専門職へ漕ぎ出せる。でも――ちょうど考えていたことの一つなのよ。もし――もし娘が、自分で人生を始めたい、自分のための人生を始めたいとしたら――」彼の目をまっすぐ見た。「何をすればいいの?」

「仮に、あなたが――」

「ええ、仮にわたしが――」

彼は助言を求められていると感じた。少し個人的で親密になった。「何ができるでしょうね?」と言った。「あなたなら、いろいろできると思いますが……。

「何をすべきか?」

彼は彼女のために、世間の知識を取り出し始めた。途切れ途切れに、ほのめかしを交え、世渡りの心得という、濃く鼻につく風味を漂わせながら。

彼女の見込みについては、楽観的だった。アン・ヴェロニカは芝に目を落とし、考えながら聞き、ときどき質問したり、顔を上げて一点を論じたりした。そのあいだ、話しながら彼は顔を吟味し、無造作で優雅な姿勢に目を走らせ、彼女についてしきりに考えた。心の中で、すばらしい娘だと評した。家を離れたがっている、それも待ちきれないほどなのは明らかだった。なぜか? 頭の表側では、薄給の教師という救いのない惨めさに陥らぬよう忠告し、進取の気性ある女性には、男性と同じく、実業の世界にこそ最もよい機会があると説きながら、頭の奥の部屋では、その「なぜ」に取り組んでいた。

世慣れた男として、最初に思いついたのは恋人だった。秘密の、禁じられた、あるいは結ばれようのない恋人が、この落ち着かなさを説明するのではないか。だがそれなら、こうしたことは自分でなく恋人に聞くだろうと、その考えを退けた。では問題は落ち着かなさ、それだけか。家が退屈なのだ。スタンリー氏の娘が退屈し、束縛を感じるのは、よくわかる。だがそれだけで十分だろうか? もっと生々しい何かがあるのではという、ぼんやりした形のない疑いが、頭をさまよった。この若い女性は、経験を待ち焦がれているのか? 冒険心があるのか? 世慣れた男として、娘らしい平静を仮面以上のものとして受け取るのは、ふさわしくないと思った。その裏には、眠っていても、必ず温かな生命がある。現実の特定の恋人でなくとも、まだ姿を取らず、本人にも気づかれていない恋人なのかもしれない……。

人生で何より関心があるのは女性だと言ったとき、真実からのずれはわずかだった。ただ、彼の心を占めていたのは、個々の女性というより〈女〉だった。考え方はラテン的だった。十三歳で恋をし、今でも恋に落ちる力はある――それを誇りにしていた。病身の妻とその財産は、人生をつなぎ止める細い糸にすぎなかった。その恒久的な関係を芯に、別の女たちとの経験が、玉を連ねるように、互いに絡み合っていた。心を乱し、夢中にさせ、興味を引き、記憶に残る情事だった。一つ一つが違い、それぞれ固有の質、固有の新鮮さ、固有の美しさがあった。この最も大きな関心事、人格と喜ばせる可能性についてのすばらしい探究、興味から始まり、最高の、最も情熱的な親密さへと高まる複雑で魅惑的な遠征を無視して、男たちがどうして生きられるのか、彼にはわからなかった。存在のほかのすべては、この追求に従属していた。そのために生き、そのために働き、そのために体を鍛えていた。

だからこの娘と仕事や自由について話しているあいだも、少し出張った目は、門の上で手足と体が作る優雅な均衡、顎と首の美しい線を観察していた。真剣で美しい顔、温かく澄んだ肌は、モーニングサイド・パークを行き来するうちに、すでに好奇心をそそっていた。そして今、突然すぐそばにいて、自由に親密に話している。彼女は打ち明けたがる気分で、彼は長年積み上げた技量を使い、それを生かした。

彼女は、その関心と共感を嬉しく思い、少し得意にもなった。自分を説明したくなり、正しく見てもらいたくなった。彼が自分のために頭を働かせてくれているのは明らかで、その関心に十分応えたいと思った。

おそらく彼女は、不当に制限されている立派な人間として、自分をいくらか意識的に見せた。父の理不尽さにも、軽く触れた。

「もっと多くの娘が」とラメージは言った。「あなたのように考えて、世の中へ踏み出そうとしないのが、不思議ですよ。」

それから、思いを巡らせた。「あなたは、そうするでしょうか?」

「一つ言わせてください」と彼は言った。「もしそうすることになって、助言でも、調査でも、紹介でも、何か私にできることがあれば――いいですか、私は女性が無能だなどとは思いません。ただ、女性の未経験というものは認めています。女性全体として、少し訓練が足りないのです――世事についてね。相談してもらえたら――少し強く勧めるようなら許してください――友情の証しと思いたい。あなたを助けることほど、人生で愉快なことは思いつきません。助けるだけの甲斐があるとわかるからです。あなたには何か、意志の気配とでもいうのか、人に感じさせるものがある――幸運がついていて、成功するのだろうと……」

話しながら彼が彼女を見守る一方で、彼女も答え、聞きながら、その背後で彼を観察し、考えていた。生き生きとした熱心な態度が好きだった。

彼の頭は、驚くほど中身が豊かなようだった。細かな現実についての知識は、彼女自身の頭が最も手薄なところを、ちょうど埋めてくれた。すべての言葉を、一つの好ましい性質が貫いていた。物事は成し遂げられる、世の中に背中を押されるまで動かずにいる必要はない、と感じている男の性質だった。父やマニング氏や、ほかに知っている「定まった」地位の男たちに比べると、自分自身を提示するラメージには、自由、力、意図的で持続する冒険の、すばらしい気配があった……。

とりわけ友情についての考えに、彼女は心を引かれた。こんなふうに男と話すのは、本当に愉快だった。自分の中の女を認め、子ども扱いしない男と。もしかしたら娘にとっても、彼の説の裏返しが成り立つのではないか。年上の男、「ばかげたこと」の範囲の外にいる男こそ、出会いうる中で最も面白い友人なのではないか、と考えかけた。もっとも、その但し書きでは、彼の見方を単に裏返す範囲を、少し越えていたかもしれない……。

二人は驚くほど気が合った。一時間近く話し、最後には、街道と馬道の分かれ道まで一緒に歩いた。そこで彼は、友情と助力をほとんど熱烈なほど言い表したあと、少し不器用に馬へ乗り、穏やかな速さで去っていった。いちばんよく見える姿を取り、乗馬用の脚絆で脚線を見せ、微笑んで挨拶した。一方アン・ヴェロニカは北へ向かい、ミクルチェシルへ着いた。そこで小さな茶と菓子の店に入り、こういう場合には彼女の性にありがちな、栄養の足りない食べ物を買い、ゆっくり、ぼんやり食べた。

第四章

危機

第一節

ミス・スタンリーを最後に見たとき、彼女はアン・ヴェロニカの仮装衣装を手にし、目を、偽トルコ風のスリッパに向けていた。

スタンリー氏が五時四十五分に帰宅すると――いつもより十五分早い汽車だった――妹は玄関ホールで、声をひそめるような顔で迎えた。「帰ってくれて、本当によかったわ、ピーター」と言った。「あの子、行くつもりなのよ。」

「行く!」と彼は言った。「どこへ?」

「あの舞踏会へ。」

「何の舞踏会だ?」

問いは修辞だった。わかっていた。

「今、二階で着替えていると思うの。」

「なら、脱げと言ってこい、まったく!」

その日はシティで何もかもが腹立たしく、彼は最初から怒っていた。

ミス・スタンリーは、その提案をしばらく考えた。

「聞かないと思うわ」と言った。

「聞かせるんだ」とスタンリー氏は言い、書斎へ入った。妹が続いた。「今は出られまい。夕食まで待たねばならん」と、落ち着かなく言った。

「アヴェニューのウィジェット家で何か食べて、みんなと一緒にロンドンへ行くのよ。

「そう言ったのか?」

「ええ。」

「いつ?」

「お茶のとき。」

「だが、なぜその場で、きっぱり何もかも禁じなかったんだ? よくもそんなことを言えたものだ!」

「反抗よ。座ったまま、それが自分の予定だと言ったの。あんなに自信たっぷりなあの子は、見たことがないわ。」

「お前は何と言った?」

「『まあ、ヴェロニカ! よくそんなことを考えられるわね』と言ったわ。」

「それで?」

「お茶をもう二杯飲んで、ケーキを食べて、散歩の話をしたわ。」

「いつか誰かに出くわすぞ――あんなふうに歩き回っていれば。」

「誰かに会ったとは言わなかったわ。」

「だが、あの舞踏会について、それ以上何も言わなかったのか?」

「話を避けようとしているとわかってからは、言えることは全部言ったわ。『散歩の話をして、舞踏会のことはもうわたしに話したつもりになっても、だめですよ。話してなんかいないのだから。お父さんは行くことを禁じたのです!』と言ったの。」

「それで?」

「『叔母さんやお父さんに嫌な思いをさせるのは嫌いだけれど、あの舞踏会へ行くのが、自分の義務だと感じるの』と言ったわ。」

「義務だと感じるだと!」

「『結構です』とわたしは言ったわ。『それなら、もう一切、手を引きます。親に背いた責任は、自分で取りなさい』。」

「それは、あからさまな反乱じゃないか!」とスタンリー氏は、火の入っていないガス暖炉に背を向け、炉前の敷物に立って言った。「すぐに――すぐに、そう言ってやるべきだった。娘に、父親より先に尽くす義務などあるものか? 父に従う、それが第一の掟に決まっている。その前に何を置けるというんだ?」

声が高くなり始めた。「これでは、私が何も言わなかったようではないか。行くことを承知したようではないか。これが、あの忌々しいロンドンの大学で習うことなんだろう。こんなくだらん、ろくでもないたわごとを――」

「ああ! 静かに、ピーター!」とミス・スタンリーが叫んだ。

彼はぴたりと止まった。静けさの中で、階上の踊り場の扉が開き、閉まる音が聞こえた。それから、かすかな衣擦れとともに、軽い足音が、どこか落ち着き払って階段を下りてきた。

「あの子に言いなさい」とスタンリー氏は、命令するような身振りで言った。「ここへ来るように。」

第二節

ミス・スタンリーが書斎から出てきて、階段を下りてくるアン・ヴェロニカをじっと見た。

娘は興奮に頬を染め、目を輝かせ、ひと戦いする覚悟を固めていた。叔母は、こんなに生き生きと美しい姪を見たことがなかった。海賊の花嫁にふさわしい灰緑色の長靴下とトルコ風の上履き、絹のだぶだぶしたズボンの裾を除けば、仮装衣装は、大きな黒絹のフード付きオペラ・マントに隠れていた。フードの下では、いつも言うことをきかない髪が赤い絹でまとめられているのがわかり、耳には、何かの仕掛けで留めたらしい長い真鍮の透かし細工の耳飾りが下がっていた。まさか耳に穴をあけたのではあるまい――そんな恐ろしいことは考えたくもなかった。

「では、行ってきます、叔母さま」とアン・ヴェロニカは言った。

「お父さまが書斎にいらして、お話があるそうよ。」

アン・ヴェロニカはためらってから、開いた戸口に立ち、厳しい顔の父を見た。わざと明るく何でもないことのように話したが、その口調はいかにも不自然だった。「出かける前にご挨拶できてよかったわ、お父さま。ウィジェット家の皆さんと、あの舞踏会に行ってきます。」

「いいか、アン・ヴェロニカ」とスタンリー氏は言った。「ちょっと待ちなさい。あの舞踏会には行かせん!」

アン・ヴェロニカは愛想のよさを引っ込め、もっと威厳のある調子を試みた。

「そのことなら、もうお話ししたはずです、お父さま。」

「あの舞踏会には行かせん! そんな格好でこの家から出ることは許さん!」

アン・ヴェロニカは、相手がどんな男でもそうするように、男から当然払われるべき敬意を求め、いっそう真剣に父に向き合おうとした。「でも」と、ごく穏やかに言った。「わたしは行くの。逆らうようで申し訳ないけれど、行きます。できれば――」言いかけて、まずい切り出し方をしたと気づいた。「こんなふうに言い争わずにすめばよかったのに。」

唐突に口をつぐみ、玄関のほうへ向き直った。たちまち父が脇に来た。「どうやら、わたしの言うことが聞こえなかったようだな、ヴィー」と、怒りを極力抑えた声で言った。「わたしは、行っては――」ここで怒鳴った。「ならんと言ったんだ!」

彼女は姫君のように振る舞おうと必死に努め、かえって度を越した。つんと頭を振り、もう言うことはないとばかりに戸口へ進んだ。父が行く手を遮り、しばらく二人は取っ手に手をかけたまま争った。同じ怒りが二人の顔を赤くした。「放して!」彼女は息を詰まらせながら言った。怒りが燃え上がった。

「ヴェロニカ!」とミス・スタンリーが戒めるように叫んだ。そして、「ピーター!」

一瞬、二人は見境もなく取っ組み合いそうになった。この父娘の間に暴力が割り込んだことなど、遠い昔、何のいたずらだったかも忘れたが、母が後ろで抗議するのをよそに、蹴り、わめく彼女を父が子供部屋へ運んでいって以来、一度もなかった。こんな形で向き合っている自分たちに、二人とも恐怖に近いものを覚えた。

扉には掛け金と、内側に鍵のついた錠があり、夜にはさらに鎖と二本の閂かんぬきをかけることになっていた。互いに体を押しつけることだけは注意深く避けながら、アン・ヴェロニカと父は、一方は開けようとし、他方は閉じたままにしようと、滑稽なほど必死の争いを始めた。彼女が鍵をつかむと、父はその手を握った。回そうとする指が鍵の握りと歯の間に乱暴に挟まれ、痛みが走った。父の握力に手首をねじられ、彼女は悲鳴を上げた。

激しい恥辱と自己嫌悪が、彼女を襲った。二人の愛情が瓦解し、これほど大きく、これほど品位のない破局を迎えてしまったのだと、心が愕然と目覚めた。

彼女は急に争いをやめ、身を引き、向き直ると階段を駆け上がった。

泣いているとも笑っているともつかない声を立てながら走った。自室に飛び込み、追いすがる暴力を恐れるかのように扉をたたきつけ、鍵をかけた。

「ああ、神さま!」と叫んだ。「ああ、神さま!」そしてオペラ・マントを脱ぎ捨て、しばらく部屋を歩き回った。感情の瀬戸際に立つ、海賊の花嫁だった。「どうしてちゃんと話をしてくれないの」と何度も何度も言った。「どうしてこんなことをするの?」

第三節

やがて彼女は、こう言うようになった。「まだ負けたわけじゃないわ。今夜は絶対に行く。」

扉のところまで行ってから、窓へ向き直った。窓を開け、身を乗り出した。思春期の長い五年間、一度もしなかったことだった。二階に張り出した浴室の鉛張りの屋根へ這い出した。昔はロディと一緒に、そこから雨樋を伝って下りたものだった。

だが、短いスカートの十六歳の娘にできることが、仮装衣装にオペラ・マントをまとった二十一歳の若い女性にできるとは限らない。そのことを、誰の助けも借りず十分に悟りかけたちょうどそのとき、三軒先の庭の向こうに住む薬品卸商プラグマー氏が目に入った。夕食をおいしく食べようと芝を刈っていた氏は、芝刈り機のことなど忘れたようにその傍らに立ち、すっかり心を奪われた様子で彼女を凝視していた。

落ち着いて行儀よく見えるよう窓から戻るのは、きわめて難しかった。ようやく無事に部屋へ入ると、握り拳を振り回し、音のしない怒りの踊りを踊った。

プラグマー氏はおそらくラメージ氏の知人で、今の出来事を話すかもしれないと思い至ると、あらためて悔しさがこみ上げ、「ああ!」と叫び、新たないっそう狂おしい拍子で、踊りの続きを何歩か踏んだ。

第四節

その晩八時、ミス・スタンリーがアン・ヴェロニカの寝室の扉をたたいた。

「ヴィー、夕食を持ってきたわよ」と言った。

アン・ヴェロニカは薄暗い部屋のベッドに横たわり、天井を見つめていた。返事をする前に考えた。ひどく空腹だった。お茶の時間にはほとんど何も口にせず、昼食も食べないほうがましというほどだった。

起き上がり、扉の鍵を開けた。

叔母は死刑にも戦争にも、産業制度にも浮浪者収容施設にも、罪人への鞭打ちにもコンゴ自由国[訳注:当時、強制労働などの残虐行為で批判されていた植民地]にも反対しなかった。どれも想像力を本当に捉えるものではなかったからだ。だが、人が食事をせず、おいしく食べられないことには反対だった。そんなことは嫌だったし、考えるだけで耐えられなかった。心の状態を判断する叔母独特の物差しは、それが健やかで穏やかな消化を妨げるかどうかだった。ひどく心を乱した者は二、三口を無理に飲み下し、悲嘆が極まれば一口も手をつけられない。だから、その晩の無言の夕食の間じゅう、二階にいるアン・ヴェロニカを思うと、叔母はひどくつらかった。食事が終わるや台所に行き、盆を整えることに専念した。半ば冷えた料理をただ載せただけの盆ではない。どんな者にも食欲を起こさせるよう、特別に用意した「おいしそうな」盆だった。それを手に、今、部屋へ入ってきた。

アン・ヴェロニカは、人の経験のうちでも最も当惑させられる事実に直面した。完全に間違っていると信じている人間が見せる、思いやりである。両手で盆を受け取り、息を詰まらせ、そのまま泣き出した。

叔母は不幸にも、それを反省の涙だと早合点した。

「ねえ、あなた」と切り出し、愛情をこめてアン・ヴェロニカの肩に手を置いた。「どんなにお父さまを悲しませているか、どうかわかってちょうだい。」

アン・ヴェロニカは、その手から逃れるように身を振った。盆の胡椒入れが倒れ、胡椒がふわりと舞い上がると、たちまち二人とも猛烈にくしゃみをしたくなった。

「叔母さまにはわからないのね」と、頬を涙にぬらし、眉を寄せて答えた。「わたしがどんなに恥ずかしい、ああ! ――屈辱を受けたか――ハックション!」

化粧台に、盆をがたんと置いた。

「でも、よく考えて! お父さまなのよ。ハックシュン!」

「だからって理由にはならないわ」とアン・ヴェロニカはハンカチ越しに言い、急に口をつぐんだ。

姪と叔母はしばらくハンカチ越しに、涙のにじんだ敵対的な目を見交わした。どちらも感情が深く揺さぶられすぎて、自分たちの姿の滑稽さには気づけなかった。

「わたしはね」とミス・スタンリーは威厳をこめて言い、顔の筋肉を内戦状態にしたまま戸口へ向かった。「もう少し、落ち着いた気持ちに」と息を切らした……。

アン・ヴェロニカは薄暮の部屋に立ち、ハンカチを固く丸めて握りながら、叔母の背後で閉まった扉を見つめていた。魂は破局の思いに満ちていた。大人として、独立した一個の人間として、尊厳と自由を求めて初めて戦った。その自分を、世界はこう扱ったのだ。屈服するでもなく、怒り狂って押し潰すでもなく。品位のない小競り合いと、下卑た喜劇と、耐えがたい嘲笑のにやつきで、彼女を押し戻したのだった。

「ちくしょう!」とアン・ヴェロニカは、生まれて初めて言った。「でも、やってみせる! きっと!」

第五章

ロンドンへの逃走

第一節

アン・ヴェロニカは、その夜、一睡もしなかったように思った。ともかく、熱に浮かされたように、途方もない量の感情と思考をくぐり抜けた。

いったい、どうするつもりなのか。

一つの考えが彼女を支配していた。家を出なければならない。今すぐ自分の意志を通さなければ、自分は死んでしまう。「わかったわ」と彼女は言うはずだった。「それなら、出ていくしかないのね。」

とどまることは、すべてを認めることだと感じた。そして、出ていくのは明日でなければならなかった。明日でなければならないことは明白だった。一日延ばせば二日延ばし、二日延ばせば一週間延ばす。一週間たてば、何もかもが永遠の服従へと収まってしまう。「出ていく」と夜に誓った。「でなければ死ぬわ!」

計画を立て、手段と資産を計算した。手持ちの資産も準備全般も、計画とはいささか釣り合いを欠いていたかもしれない。金時計があった。母の形見の、たいそう上等な金時計だった。真珠の首飾りもかなりよいものだった。控えめな指輪がいくつか、銀の腕輪、それに類するさほど価値のない小物が少々、衣服と本の小遣いの残りが三ポンド十三シリング、それに売り物になるよい本が数冊。この装備で、世間に出て独立した暮らしを構えようというのだった。

それから仕事を見つけるのだ。

長く、気持ちの揺れ動く夜の大半、仕事は見つかるとかなりの自信を持っていた。知っている娘たちの多くに比べれば、自分は丈夫で、頭がよく、有能だとわかっていた。どう探せばよいのかははっきりしなかったが、見つけられる気がした。それから父に手紙を書き、自分が何をしたかを知らせ、二人の関係を新しい土台に据え直す。

そういう構想で、大筋ではもっともらしく、実現できそうに思えた。だが、比較的自信の持てる大きな見通しの合間には、心をくじく疑念の隙間があった。世界が不吉で威嚇的な顔を彼女に向け、逆らえるものなら逆らってみろと挑み、屈辱と恥にまみれた敗北を用意しているように思えた。「かまうものですか」と暗闇に言った。「戦うわ。」

細かな行動計画を立てようとした。はっきり思い浮かぶ困難は、モーニングサイド・パークをどう抜け出すかであって、旅の先で待つ困難ではなかった。そちらはあまりに経験の外にあったため、「大丈夫」と自信ありげに自分に言い聞かせれば、ほぼ視界から追い払うことができた。それでも、本当は大丈夫ではないと知っていた。ときには、角を曲がったところで何かが待ち構えているような恐ろしい不安に取りつかれた。「何か仕事を得た」自分を想像し、机に向かって書き物をしている姿や、仕事を終えて、気持ちよく整えた自由で独立した小さな住まいに帰る姿を思い描こうとした。しばらくは、その住まいに家具を揃えた。だが、家具を置いてもなお、それはひどく漠然としていた。起こりうるよいことも、悪いことも! 

起こりうる悪いこと! 「行くわ」と、これで百回目のように言った。「行く。何が起きたってかまわない。」

まるで眠ってなどいなかったように、うたた寝から目覚めた。起きる時間だった。

ベッドの縁に腰掛け、自分の部屋を、黒い表紙の本の列や豚の頭骨を見回した。「これも持っていかなくちゃ」と、自分自身の信じられない気持ちを乗り越えるために言った。「荷物をどうやって家から出そう……」

コーヒーの道具の向こうにいる、少しよそよそしく、少し機嫌を取るような叔母の姿を見ると、ほとんど破滅にも近い冒険に踏み出す気がした。この朝食の部屋には、もう二度と戻らないかもしれない。二度と! いつか、それもごく近いうちに、この部屋を惜しむ日が来るかもしれない。少し脂の固まりかけたベーコンの残りを取り、荷物を家から運び出す問題へ戻った。テディ・ウィジェットに、だめなら姉妹のどちらかに、助力を頼むことにした。

第二節

ウィジェット家の若者たちは、けだるげに昨夜を振り返っていた。皆、自分たちの言葉でいうところの「ちょっと腐りかけ」だった。

アン・ヴェロニカが約束を果たさなかったのは、本人の言う「閉じ込められた」ためだと聞くと、一同たちまち勢いづいた。

「なんてこった!」とテディは、これまで以上に重々しく言った。

「でも、どうするつもり?」とヘティが尋ねた。

「どうすればいいというの?」とアン・ヴェロニカは言った。「あなたなら我慢する? わたし、家を出るわ。」

「家を出る?」とヘティが叫んだ。

「ロンドンへ行くの」とアン・ヴェロニカは言った。

共感と称賛を期待していたのに、テディを除くウィジェット家の全員が、そろってうろたえた。「でも、どうやって?」とコンスタンスが尋ねた。「誰のところに泊まるの?」

「一人で行くのよ。部屋を借りるの!」

「まあ!」とコンスタンスは言った。「でも、その部屋代は誰が払うの?」

「お金ならあるわ」とアン・ヴェロニカは言った。「ここでの、こんな――息の詰まる暮らしより、何だってましよ。」

ヘティとコンスタンスが明らかに反対意見をまとめかけているのを見て、すぐさま助けを求める話へ飛び込んだ。「荷造りするものが、おもちゃみたいな旅行鞄しかないの。何か貸してもらえない?」

「あなたって、ほんとにたいした人ね!」とコンスタンスは言った。思いとどまらせようという気持ちから手助けしようという気持ちへ移るには、少し時間がかかった。それでも、できるかぎりのことはしてくれた。巻き込み式の旅行袋と、「共同トランク」と呼んでいる大きな形の定まらない鞄を貸すことになった。テディは、彼女のためなら地の果てまで行き、そこまでずっと荷物を持ってやると宣言した。

ヘティは窓の外を見ていた。朝食後の煙草はいつも窓辺で吸った。モーニングサイド・パーク社交界の進歩的でない人々に見せるためだった。反対を口にしないよう努めていた彼女は、ミス・スタンリーが商店街のほうへ歩いていくのを見つけた。

「どうしてもやるのなら」とヘティは言った。「今がそのときよ。」

アン・ヴェロニカは旅行袋を持って、すぐ荷造りに戻った。はしたなく急がず、不当な扱いを受けた者が正しいことをしているという威厳を保ちながら、軽快な小走りで帰ろうとした。テディは庭の裏へ回り、塀越しに鞄を落とした。何もかも胸が躍り、面白かった。荷造りが終わる前に叔母が帰ってきた。アン・ヴェロニカは、二階に詰め終えた鞄と旅行袋があり、ベッドの垂れ布だけでは不意に入ってくる者から十分隠せていないことを気にしながら昼食を取った。食後、頬を紅潮させ、心も軽くウィジェット家へ行き、最後の打ち合わせをした。そして叔母が、いつもの消化のための一時間の昼寝に引き上げると、召使いたちが気を利かせて行動を告げ口する危険を冒し、鞄と旅行袋を庭の門まで運んだ。そこから、奉仕できる喜びに有頂天のテディが駅まで運んでくれた。彼女はもう一度二階へ戻り、念入りに外出の支度をし、いちばん実務的に見える帽子をかぶった。そして抑えがたい感情の波に揺さぶられながら、三時十七分発の上り列車に乗るため、家を出た。

テディは彼女を定期券で乗れる二等車に乗せ、「まったくすばらしい」と言った。「何か要るものがあったり」と彼は言った。「困ったことになったら、電報をくれよ。地の果てからだって戻ってくる。何だってするよ、ヴィー。君のことを考えると、心配でたまらない!」

「テディ、あなたって本当に頼りになる人ね!」

「君のためなら、誰だってそうさ。」

列車が動き始めた。「君はすばらしい!」と、風に髪を乱しながらテディは言った。「幸運を! 幸運を!」

彼女は、カーブで彼の姿が隠れるまで窓から手を振った。

列車の中で一人になると、次に何をするべきかと自問した。立ち向かうと決めた世界の中で、家も、ほかのどんな避難所も失ったのだとは考えまいとした。予想していた以上に自分が小さく、また大胆に思えた。「さて」と、少し沈みかける心を抑えようとして独り言を言った。「下宿屋で部屋を借りるのよ。そちらのほうが安いんだから……。でも今夜はホテルに泊まって、あちこち探したほうがいいかもしれない……」

「きっと大丈夫」と言った。

だが心は沈み続けた。どのホテルへ行けばよいのだろう。辻馬車の御者にホテルへ、どこでもいいからホテルへと言ったら、御者はどうするだろう――何と言うだろう。恐ろしく高くて、自分の求める静かな宿とは似ても似つかないところへ連れていくかもしれない。結局、ホテルに泊まるにしても自分で探すべきで、ひとまず荷物はウォータールー駅で「切符を取って預ける」ことにした。荷物を出札所へ運ぶよう赤帽に言いつけ、少々うろたえたやり取りの末に、手荷物預かり所と言うべきだったと知った。だがそれもすぐに片づき、彼女は独特の高揚を覚えながらロンドンの街へ出た。恐慌と反抗心を含んではいたが、何よりも、果てしなく、かつてない解放感だった。

彼女は深く空気を吸い込んだ――ロンドンの空気を。

第三節

最初に通りかかった何軒かのホテルは、どうしてか自分でもよくわからないまま見送った。主には、ただ入るのが怖かったのかもしれない。そしてゆっくりとウォータールー橋を渡った。午後もたけていたが、歩行者の混雑はさほどでなかった。若く、背筋を伸ばし、落ち着いた顔に決意の光を宿して歩く、清新できちんとした彼女の姿に、乗合馬車や歩道から多くの目が好意をこめて注がれた。服装は、英国の娘が街へ出るときの装いそのもので、媚びもなければ刺々しさもなかった。襟のないブラウスから美しい首がのぞき、目は明るく揺るがず、黒髪は耳の上でゆったりと優美に波打っていた……。

初めのうち、これほど美しい午後はないように思えた。実際、胸をときめかせる興奮が、この日に特別な、極まりきった鮮やかさを添えていたのかもしれない。川、北岸の大きな建物、ウェストミンスター、セント・ポール大聖堂は、ロンドンの柔らかな日差しを浴び、豊かで見事だった。世界でいちばん柔らかく、きめ細かく、深く染み入りながら、いちばん自己主張しない日差しだ。ウェリントン・ストリートから橋へ絶えず流れ出す荷車も荷馬車も辻馬車も、彼女の目には充実して好ましく映った。川面では数多くの艀がまどろんでいた。まったく動かないものもあれば、せわしない曳船の後を、夢見るように進むものもあった。上空では、都会的に上品で、しかも貪欲なロンドンの鴎が輪を描いていた。この時刻、この光の中でここに来るのは初めてで、何もかも初めて見るような気がした。そしてこの広大で味わい深い場所、このロンドンが、今は自分のものだった。格闘し、好きなところへ行き、征服し、生きていく場所なのだ。「よかった」と彼女は自分に言った。「来てよかった。」

エンバンクメントへ通じる小さな脇道に、豪華すぎもせず、うさんくさくもなさそうなホテルを見つけた。思い切ってそこに決め、ハンガーフォード橋を渡ってウォータールー駅へ戻ると、二つの荷物を積んだ辻馬車で、選んだ避難所へ向かった。部屋をあてがわれるまで、ほんの一分ほどのためらいがあった。

受付の若い女が、尋ねてまいりますと言った。アン・ヴェロニカはカウンターの病院募金箱に書かれた呼びかけを読むふりをしていたが、背後から値踏みされている不快な感じがした。奥の事務室から、フロックコートを着た頬ひげのある小男が出てきて、同じように目を光らせた緑の制服のポーターたちに交じり、彼女と鞄を見ていたのだ。だが審査は無事に済み、ほどなく四十七号室で帽子を直しながら、荷物が届くのを待っていた。

「今のところは順調ね」と独り言を言った……。

第四節

しかしやがて、背に汚れよけの布を掛けた、ただ一つの赤い絹張りの椅子に座り、その整然として、どこか空疎で、人間味のない部屋で旅行袋と鞄を眺めていると――空の洋服箪笥、砂漠のような化粧台、絵のない壁、型どおりの家具――不意に空白が胸を襲った。まるで自分など取るに足りず、持ち物ともども、この無個性な片隅へ押しやられたかのようだった……。

もう一度ロンドンの午後へ出て、エアレイテッド・ブレッドの店かどこかで何か食べ、できれば安い部屋も見つけようと決めた。もちろん、それこそがすべきことだった。安い部屋を見つけ、仕事を見つけなければ! 

この四十七号室は、そこへ行く途中の列車の客室のようなものにすぎない。

どうすれば仕事が得られるのだろう。

ストランドを歩き、トラファルガー広場を横切り、ヘイマーケットからピカデリーへ、さらに品格のある広場や宮殿めいた裏道を抜けて、オックスフォード・ストリートへ向かった。心は二つに分かれていた。一方では職を得ることについてあれこれ考え、他方ではロンドンへの鋭い感動が、そよ風のように吹き寄せてきた。愉快なのは、ロンドンでは生まれて初めて、どこか決まった場所へ行こうとしていないことだった。生まれて初めて、ロンドンそのものを味わっているように思えた。

人はどうやって仕事を得るのか、考えてみた。どこかの店や事務所へ入り、自分に何ができるか話せばいいのだろうか。コックスパー・ストリートの船会社の窓辺や、アーミー・アンド・ネイヴィー百貨店で足をためらわせた。だが、おそらくそういうことには決まった慣例の時刻があり、試みる前にそれを確かめたほうがよい、と判断した。それに、今すぐ試みたいわけでもなかった。

彼女は職や仕事について、楽しい夢想に浸った。通り過ぎる無数の建物の正面の一つ一つの奥には、何か一つ、あるいはいくつもの職業があるはずだった。女性の仕事や現代女性の生き方についての考えは、主に『ウォレン夫人の職業』のヴィヴィー・ウォレンの姿に基づいていた。ある月曜の午後、ヘティ・ウィジェットとこっそり、舞台協会の公演を天井桟敷から見たことがあった。大半は理解できないか、あるいはそれ以上知りたいと思わなくなるような形でしか理解できなかった。だが、冷徹で有能で、成功し、人を威圧し、フランク・ガードナーというまさしくテディそっくりの男を顎で使うヴィヴィアンの姿には惹かれた。彼女は、ほぼヴィヴィーと同じ立場にいる自分を思い描いた――何かを取り仕切っている自分を。

ヴィヴィー・ウォレンから彼女の思いをそらしたのは、ピカデリーでの中年紳士の奇妙な振る舞いだった。バーリントン・アーケードのあたりで、無限の彼方から突然現れたかのように、彼女に目を据え、歩道を横切って近づいてきた。年頃は、父と大差ないように見えた。シルクハットを少し傾け、引き締めて収めた体にモーニングコートのボタンを留めていた。白い襟飾りが装いを仕上げ、控えめに趣味のよいネクタイを引き立てていた。顔は少し赤く、小さな褐色の目は輝いていた。縁石のところで立ち止まり、彼女に向き合わず、通りを横断するつもりのような格好で、不意に肩越しに声をかけた。

「どちらへお出かけかな?」妙に猫なで声だが、ひどく明瞭な声だった。アン・ヴェロニカは、愚かしい愛想笑いと飢えた眼差しを一瞬驚いて見つめ、身をよけて足を速めた。だが心は乱され、満足に満ちた鏡のような水面は、容易には元に戻らなかった。

変なおじさん! 

見て見ぬふりをする術は、育ちのよい娘に欠かせないたしなみの一つである。入念に教え込まれるうち、しまいには自分の考えや知識さえ無視できるようになる。アン・ヴェロニカは、あの奇妙な老紳士は何のつもりで声をかけたのだろうと自問しながら、同時に、その声かけの意味を知ってもいた。少なくとも大筋では、知っていたのだ。トレッドゴールド女子大学へ日々通う道すがら、娘なら何も知らないはずとされる人生の側面を、彼女は幾度となく垣間見て、見ないことにしてきた。それらは自分の立場や世界観にきわめて深く関わるのに、世間の慣習では言いようもなく遠いものとされていた。知的な探究心は人並み外れていたが、そうしたことを目をそらさず考えたことは、まだ一度もなかった。横目で眺めただけで、それについては世の誰とも意見を交わさなかった。

今はもう、夢見ながら街を楽しんではいなかった。穏やかな満足の仮面の裏で、動揺し、不本意ながら周囲を警戒していた。

自由に、気兼ねなく歩くあの楽しい感覚は消えていた。

ピカデリーの坂の底近くまで来ると、向こうから一人の女が歩いてきた。背が高く、一目には隅々まで美しく、立派に見えた。大きな帆船のように、ひらひらと揺れながら自信たっぷりに進んでくる。だが近づくにつれ、顔の白粉が見え、開けっぴろげな顔の穏やかな表情の奥に、荒々しい目的がのぞいた。その華やかさには、ある種のまやかしが露呈していた。アン・ヴェロニカにはぴったりの言葉が思い出せなかった。半ばしか理解していないまま、心の奥に潜み隠れている言葉――「娼婦めいた」。

その女の少し後ろ、少し脇を、身なりのよい男が歩いていた。目には欲望と値踏みする色があった。二人は不可解な形でつながっている、女は男がそこにいると知っている――そう言い張る何かがあった。

自由に、束縛されず出歩くという自分の主張にも反論の余地があるのだと、これが二度目の警告だった。結局、娘が世間を一人で歩けば誰にも咎められずにすむわけではない、これまでも自由に一人で歩けたことはない、悪は外を歩き、危険と、危険以上に苛立たしい小さな侮辱が潜んでいる――それは本当なのだ。

オックスフォード・ストリートへ向かう静かな通りや広場で、自分がつけられているのではないかという不快な考えが、初めて頭に浮かんだ。道の反対側を歩きながら、こちらを見ている男に気づいた。

「もう、いや!」と悪態をついた。「いやったら!」そして、そんなはずはないと決めつけ、もう右も左も見ないことにした。

サーカスを過ぎ、アン・ヴェロニカはお茶を飲もうとブリティッシュ・ティー・テーブル・カンパニーの店に入った。お茶が来るのを待っているうちに、またあの男が目に入った。運悪く行き先を見つけ直されたのか、メイフェアからずっとつけられていたのか。今度は意図を見誤りようがなかった。男は明らかに彼女を探しながら店の奥へ進み、向かい側の鏡のそばに陣取った。鏡越しに、絶えず彼女を眺められる席だった。

アン・ヴェロニカの、平然と無関心を装った顔の下では、怒りが沸き返っていた。猛烈に腹が立った。静かによそよそしく窓とオックスフォード・ストリートの往来を見つめながら、心の中では男を蹴り殺すのに忙しかった。やはりつけてきたのだ! 何のために? グローヴナー・スクエアより向こうから、ずっとつけてきたに違いない。

男は背が高く金髪で、少し飛び出した青みがかった目をしていた。長く白い手を、見せびらかすように動かした。シルクハットを脱ぎ、手つかずの茶碗越しにアン・ヴェロニカを見ていた。欲深げに眺め、目を合わせようとしていた。一度、目が合ったと思い込んだとき、取り入るように微笑んだ。静かにしていたかと思うと、短く素早い動きをし、小さな口ひげをなでては、気取った咳払いをした。

「こんな人間と同じ世界にいなくちゃならないなんて!」とアン・ヴェロニカは思い、ブリティッシュ・ティー・テーブル・カンパニーが客のために値段をつけて並べた品書きを読むしかなかった。

その金髪の頭の中に、情欲や欲望についてどんなぼんやりした安っぽい考えが、恋物語から生まれたどんな情事や冒険の夢が詰まっていたのかは、神のみぞ知る。だが、やがてアン・ヴェロニカが薄暗くなりかけた通りへ出ると、それらは、こそこそと執拗につきまとう追跡を始めるには十分だった。愚かで、腹立たしく、恥知らずな追跡だった。

どうすればよいのか、まるでわからなかった。警官に話しかけたら何が起こるのかも知らなかった。男を告発し、翌日、警察裁判所へ出向かなければならなくなるかもしれない。

自分に腹が立った。こんな執拗で卑怯な侵害に、逃げ込まされてたまるものか。無視すればいい。無視できるはずだ。彼女は急に立ち止まり、花屋の窓をのぞいた。男は通り過ぎ、のろのろ戻ってきて、隣に立ち、無言で顔をのぞき込んだ。

午後はすでに夕暮れに移っていた。店々は色とりどりの巨大な灯籠のように明かりをともしていき、街灯も闇から浮かび上がっていた。そして彼女は道に迷っていた。方向感覚を失い、見知らぬ通りにいた。通りから通りへ歩き続け、ロンドンの輝きはすっかり消えた。果てしない都会の、不吉で、威圧的で、怪物じみた非人間性を前にして、今や一つの醜悪な事実がすべてを占めていた。追跡――望みもしない、執拗な男に追われているということだけが。

アン・ヴェロニカは、再び世界に向かって罵りたくなった。

振り返って男に話しかけようかと思う瞬間もあった。だが、愚鈍であると同時に打ち負かしようのない何かが男の顔にあって、どこまでも押しつけがましく迫り、言葉を交わせば大きな前進だと考えるだろうとわかった。薄暮の中で男は、対決して恥じ入らせることのできる一個人ではなくなっていた。もっと普遍的な何か、這い寄り、忍び寄り、彼女を放っておかない何ものかになっていた……。

やがて緊張が耐えがたくなり、通りすがりの誰かに声をかけて助けを求めかけたとき、追跡者は消えた。しばらくは、いなくなったことが信じられなかった。だが、いなくなったのだ。夜が男をのみ込んだ。しかし彼女への仕打ちは、もう十分に果たされていた。勇気は失われ、その晩のロンドンに、彼女の自由はもうなかった。千もの職場から湧き出して帰路を急ぐ勤め人の流れに、喜んで身を混ぜ、その何かに追われるような、脇目も振らぬ足取りをまねた。上下に揺れる白い帽子と灰色の上着について歩き、トッテナム・コート・ロードがユーストン・ロードと交わる角まで来ると、バスの行先表示と車掌の呼び声から、どうにか道を見当づけた。そして、追われるふりをしているだけではなかった。本当に追われている気がした。人につけられるのが怖く、通り過ぎる暗い開いた戸口が怖く、まばゆい明かりも怖かった。一人でいるのが怖く、しかも何を恐れているのか、自分でもわからなかった。

ホテルに戻ったのは七時過ぎだった。飛び出した青い目の男とは、これで永遠に縁が切れたと思った。だがその夜、男は夢の中まで追ってきた。つけ回し、見つめ、欲しがり、卑屈に愛想を浮かべながら、それでも容赦なく、こそこそとにじり寄ってきた。ついに、息の詰まるような悪夢の接近に目を覚まし、ホテルの聞き慣れない物音に耳を澄ませ、恐怖と戦慄のうちに眠れず横たわった。

その夜、翌朝には家へ帰ろうと、ほとんど決めかけた。だが朝は再び勇気を運び、その最初の恐怖の兆しは、心からすっかり消え去った。

第五節

彼女はイースト・ストランド郵便局から、父に次のような電報を送っていた。

     |   わたしは   |    何も     |   問題なく   |   元気で   |   無事です    |
     |――――-|―――――-|―――――|―――――|――――-|
     |   どうぞ   |   ご心配   |   なく   | ヴェロニカ |         |
     ――――――――――――――――――――――――――-

その後、夕食に単品のカツレツを食べ、マニング氏の求婚への返事を書き始めた。だが、それはとても難しかった。

「マニングさま」と書き出した。そこまでは順調で、その次は「お手紙にどうお答えしたらよいか、とても迷っています」と続けるのが、ごく自然に思えた。

ところが、その後は考えも言葉も出てこず、その日の出来事を思い返していた。翌朝は、書き物室に山ほどある新聞の求人広告に応募することに決めた。そして談話室で『スケッチ』の古い号を三十分ほど読んでから、床についた。

翌朝、いざ広告に返事を書こうとすると、思っていたより難しいことがわかった。第一に、適当な求人が予想ほど多くなかった。なんとなくヴィヴィー・ウォレンになった気分で新聞架の脇に腰を下ろし、『モーニング・ポスト』『スタンダード』『テレグラフ』、続いて半ペニーの新聞にも目を通した。『モーニング・ポスト』では住み込み家庭教師や幼児の家庭教師が盛んに求められていたが、それ以外の望みはなかった。その朝の『デイリー・テレグラフ』は、スカートの縫製工だけを欲しがっているようだった。書き物机へ行き、便箋にいくつか覚え書きをしたところで、返事を送ってもらえる住所が、まだないことを思い出した。

この件は明日に回し、午前中はマニング氏への返事を片づけることにした。かなりの枚数の草稿を破り捨てた末、ようやく次の文章にたどり着いた。

「マニングさま――お手紙にどうお答えしたらよいか、とても迷っています。まず、わたしのような者をこれほど高く評価し、真剣に考えてくださったことを、大変な光栄に思っていること、そして二つ目に、あのお手紙をお書きにならなければよかったのにと願っていることを申し上げても、お気を悪くなさらないでください。」

先へ進む前に、しばらくその一文を眺めた。「どうして」と彼女は言った。「この人には、こんな文章を書いてしまうのかしら。もうこれで出すしかないわ」と決めた。「書き直しすぎたもの。」

自然な話し言葉にしようと必死に努めながら、続きを書いた。

「というのも、わたしたちはとてもよいお友達だったと、わたしは思っていたからです。今となっては、以前の親しい関係へ戻るのは難しいかもしれません。でも、少しでも可能なら、そうなってほしいのです。率直に申し上げれば、わたしは結婚するには若すぎ、ものを知らなすぎると思っています。近ごろこうしたことを考えているのですが、女の子にとって結婚は、人生でこの上なく大きなことだと思うのです。大切なことの一つなのではなく、それこそが何より大切なことなのです。わたしよりずっと多く人生の現実を知らないうちに、どうしてそれを引き受けられるでしょう。ですから、どうか、できることなら、あのお手紙を書いたことはお忘れになり、この返事をお許しください。わたしを男だと思って、結婚とはまったく関係のない人間として見ていただきたいのです。

「本当に、そうしていただければと願っています。わたしは男のお友達を大切に思っているからです。あなたとお友達でいられなくなるなら、とても悲しく思います。女の子にとって、自分より少し年上の男性ほどよい友達はいないと思うのです。

「もう、わたしが家を出たことをお聞きになったかもしれません。きっと、わたしのしたことには大いに反対なさるでしょうね――どうでしょう? 父が認めない舞踏会に行こうとして閉じ込められたので、子供じみた腹立ちを起こしただけだと、お考えになるかもしれません。でも、本当はそれだけではないのです。モーニングサイド・パークにいると、自分の成長が今にも止まってしまうような、生きる光から閉め出されて、植物学でいう黄化[訳注:光の不足で植物が色を失い、弱々しく育つこと]を起こしているような気がします。わたしは、言われるままに、つまり糸を引かれるままに動く、人形のようでした。自分自身の一個の人間になり、自分の糸は自分で引きたいのです。そのために苦労や困難があるほうが、人に世話をされるよりずっといい。自分自身でありたいのです。こんな激しい気持ちが、男の人に本当にわかるでしょうか。本当に激しい気持ちなのです。だから、わたしはもう、あなたがモーニングサイド・パークでご存じだった娘ではありません。仕事と自由と自己の成長を求める一人の若者なのです。いちばん初めにお話ししたとき、なりたいと言った、まさにその人間です。

「どうか事情をおわかりくださり、わたしに腹を立てたり、わたしのしたことでひどく驚き、悲しまれたりしないよう願っています。

「心をこめて

「アン・ヴェロニカ・スタンリー。」

第六節

午後には部屋探しを再開した。新しさに酔う気分は、もっと実務的な気持ちに変わっていた。ストランドから北へ足を向け、奇妙で薄汚れた一帯へ入り込んだ。

探し始めたころの彼女の目に映るほど、人生が不気味なものだとは、それまで想像もしていなかった。またしても、考えないようしつけられ、おそらく本能的にも考えたくない人生の一要素を前にしていた。どれほど心で抵抗しても、それは、清らかで勇敢な娘がモーニングサイド・パークから、独房を出るように自由で広々とした世界へ踏み出すという、それまでの思い描き方のすべてと衝突した。一、二人の女主人は、自分の品行方正を意識したような態度で断ったが、彼女にはその意味がよくわからなかった。「女の方には、お貸ししません。」

セオボルズ・ロードを経て、ティッチフィールド・ストリート付近へ斜めに流れていった。見た部屋は、呆れるほど汚いか、理由もわからず高いか、あるいはその両方だった。中には、生まれてこのかた見たどんなものより下品で不快に思える版画が飾られていた。アン・ヴェロニカは美しいものを愛し、とりわけ衣に覆われない人体の美しさも愛した。だが、それらの絵は、ただ女の体の丸みを粗野に強調するだけだった。窓は幾重もの布で薄暗く、床は寄せ集めの絨毯で覆われ、暖炉棚の陶器の置物は、まるで別種の趣味に属していた。最初のやり取りが済むと、部屋を貸す女たちの何人かは、あなたでは困ると言い、事実上追い払った。それも奇妙に思えた。

多くの家には、弱々しく、ありふれ、埃にまみれた悪事のような、不可解な汚れが漂っていた。部屋の相談をする女たちは、愛想のよさを仮面のようにかぶり、その奥から硬く挑むような目でのぞいていた。やがて、目が悪く手の震える老婆が、アン・ヴェロニカを「かわいいお嬢さん」と呼び、意味の取りにくい俗語まじりのことを言った。言葉そのものよりも、その含みが彼女の理解に届いた。

しばらくは、もう部屋を見なかった。荒涼として掃除の行き届かない通りを、人生の汚れた裏側を歩いた。戸惑い、心を乱され、それまでの鈍さを恥じていた。

自分のカーストを汚す場所へ入ったり、禁じられた物に触れたりしたヒンドゥー教徒のような気持ちだった。通りですれ違う人々を、不安を募らせながら眺めた。一、二度、だらしなく着飾った娘が、こうした場所からリージェント・ストリートへ向かうのに出会った。少なくともその娘たちは生計の道を見つけ、その点では自分より経済的に優位にあるのだとは思い至らなかった。教育や気質の偶然の違いを除けば、自分と同じ魂を持っているのだとも思わなかった。

しばらくアン・ヴェロニカは、薄汚れた通りの質を測りながら歩き続けた。ようやくユーストン・ロードの少し北で、道徳上の暗雲が晴れ、空気が変わったように感じられた。窓には清潔なブラインド、戸口にはきれいな上がり段が現れ、明るく澄んだ窓に整えて置かれた、次の文字を記す札も、違った誘いかけ方をしていた。

     ―――――――――――――
     |        貸間あり        |
     ―――――――――――――

ついにハムステッド・ロード近くの通りで、格別に広々として整頓された部屋と、それを案内する親切そうな顔の背の高い女に出会った。「学生さんかしら?」と女が尋ねた。「トレッドゴールド女子大学です」とアン・ヴェロニカは答えた。家を出て仕事を探していると言わなければ、説明の手間が省けると思った。部屋は大柄の緑の壁紙張りで、悪く言っても少し薄汚れている程度だった。肘掛け椅子とほかの椅子の座面には、珍しいほど明るい大柄の更紗が張られ、窓のカーテンも同じ布だった。丸テーブルには、ありきたりな「タペストリー」の掛け布ではなく、壁紙とまずまず調和する無地の緑の布が掛かっていた。暖炉脇のくぼみには扉のない本棚があった。床は地味な厚手の敷物で、ひどく擦り切れてはおらず、隅のベッドには白い掛け布がかかっていた。壁には聖句もがらくたもなく、ただ心を奮い立たせる『ベルシャザルの饗宴』[訳注:旧約聖書にある、王の宴席に滅亡を告げる文字が現れる場面]の絵があった。ヴィクトリア朝初期風の鋼版画で、黒の表現には満足できるものがあった。そして案内した女は、物わかりのよい目と、よく訓練された使用人の静かな物腰をした、背の高い人だった。

アン・ヴェロニカはホテルから辻馬車で荷物を運んだ。ホテルのポーターに六ペンスの心付けを渡し、御者には十八ペンス払いすぎた。本や持ち物をいくらか出して、少しは自分の家らしくすると、暖炉の前の、けっして座り心地の悪くない肘掛け椅子に腰を下ろした。夕食には紅茶とゆで卵、桃の缶詰を頼んでいた。気の利く女主人とは、食べ物などの手配全般についても相談していた。「さて」とアン・ヴェロニカは、これまでにない所有の実感で自室を見渡しながら言った。「次は何をするの?」

その晩は父への手紙を書き――これは少し難しかった――それからウィジェット家へも書いた。こちらはもっと楽だった。そうするうちに、ずいぶん勇気が湧いた。自分を弁護し、自信と安定のある調子を保つ必要が、危険の可能性に満ちた巨大で薄汚れた世界に、無防備でさらされている感じを大いに追い払ってくれた。宛名を書き、しばらく手紙について考え、それから外へ持ち出して投函した。その後、父への手紙を取り戻して読み直し、思っているとおりの内容なら書き直したくなった。

明日には父が住所を知る。そのことを思うと恐怖が走ったが、なぜか、はるか遠くかすかなところに、喜びもあった。

「かわいそうなお父さん」と言った。「ひどい騒ぎになるでしょうね。でも、いつかは起こることだったんだわ……。どんな形にせよ。何て言うかしら?」

第六章

説得

第一節

翌朝は穏やかに明けた。アン・ヴェロニカは自分の部屋、まさしく自分自身の部屋に座り、卵とマーマレードを食べながら、『デイリー・テレグラフ』の広告を読んでいた。そこへ説得が始まった。先触れは電報で、先頭に立つのは叔母だった。電報を受け取り、来客に会う場所が寝室兼居間しかないと気づいた彼女は、女主人を探し、大急ぎで一階の客間を使わせてもらう交渉をした。幸い、そこは空いていた。大切な面会があると説明し、来客をきちんと通してほしいと頼んだ。十時半ごろ、叔母は黒い服に、いつになく厚い水玉模様のヴェールをつけて到着した。陰謀家が覆面を取るようにヴェールを上げると、泣いて赤くなった顔が現れた。しばらく黙っていた。

「ねえ、あなた」と、ようやく息を整えて言った。「今すぐ家へ帰らなくてはいけません。」

アン・ヴェロニカは、ごく静かに扉を閉め、そのまま立っていた。

「お父さまは、これで死んでしまいそうだったのよ……。グウェンのことがあったあとに!」

「電報を送りました。」

「あんなにあなたを大切にしていらっしゃるのに。あんなに大切にしてくださったのに。」

「無事だと電報でお知らせしました。」

「無事ですって! こんなことが進んでいるなんて、夢にも思わなかったわ。何も知らなかった!」

叔母は急に腰を下ろし、力なく両手首を卓上に投げ出した。「ああ、ヴェロニカ!」と言った。「家を捨てるなんて!」

叔母は泣いていた。そして今も泣いていた。アン・ヴェロニカは、その感情の激しさに圧倒された。

「どうしてこんなことをしたの?」と叔母は迫った。「どうしてわたしたちに打ち明けられなかったの?」

「何をですか?」とアン・ヴェロニカは言った。

「あなたのしたことよ。」

「でも、わたしが何をしたというの?」

「駆け落ちよ! こんなふうに出ていって。何も知らなかったわ。あんなにあなたを誇りに思い、期待していたのに。あなたがこの上なく幸せな娘でないなんて、思いもしなかった。できることは何でもしたのに! お父さまは夜通し起きていらしたのよ。最後にわたしが説き伏せて、やっと床につかれたの。外套を着て、追いかけて捜しに行くとおっしゃったわ――ロンドンへ。グウェンのときと同じだと、すっかり思い込んだの。でもグウェンは針山の上に手紙を残したわ。あなたはそれさえしなかった、ヴィー。それさえも。」

「電報を送りました、叔母さま」とアン・ヴェロニカは言った。

「刃物で刺されたようだったわ。十二語さえ書かなかったのね[訳注:当時の電報は十二語まで基本料金だった]。」

「無事だと書きました。」

「グウェンは幸せだと書いたわ。電報が届くまで、お父さまはあなたがいなくなったことさえご存じなかったの。夕食に遅いので不機嫌になりかけて――いつもの調子は知っているでしょう――そのとき届いたの。何気なく開けて、中身を見るなり食卓をたたいて、スープの匙が飛び、テーブルクロスにしぶきが散ったわ。『なんてことだ!』とおっしゃった。『追いかけて、あの男を殺してやる。追いかけて、あの男を殺してやる』って。一瞬、グウェンからの電報かと思ったわ。」

「でも、お父さまは何を想像したの?」

「想像なさるに決まっているでしょう! 誰だってそうよ! 『どうしたの、ピーター?』と聞いたの。お父さまは電報をくしゃくしゃに握って立っていらした。とても恐ろしい言葉をお使いになったわ! それから、『アン・ヴェロニカが姉のところへ行ったんだ!』と。『行った?』とわたしが言うと、『行ったんだ! 読んでみろ』と電報を投げつけて、スープ鉢に入ってしまったの。お玉で取り出そうとすると悪態をついて、内容を教えてくださった。それからまた椅子に座り、小説を書く連中は吊るしてやるべきだとおっしゃったわ。その場ですぐ飛び出してあなたを追ってくるのを、止めるだけで精いっぱいだった。わたしが娘だったころ以来、お父さまがあれほど取り乱したのは見たことがないわ。『ああ、小さなヴィー!』と叫ばれたの。『小さなヴィー!』と。それから両手で顔を覆い、長いことじっと座って、また怒り出されたの。」

叔母が話す間、アン・ヴェロニカは立ったままだった。

「叔母さま」と尋ねた。「お父さまは、わたしが誰か男の人と――逃げたと思ったの?」

「ほかに何が考えられるの? あなたが一人で出ていくほど無分別だなんて、誰が想像します?」

「あの――前の晩にあんなことがあったのに?」

「まあ、どうして昔のことを持ち出すの? 今朝のお父さまを見せてあげたかったわ。お気の毒に、顔は真っ白で、髭剃りの傷だらけ! 始発列車で捜しに来るおつもりだったけれど、『手紙を待ちましょう』と言ったら、案の定、あなたのがあったの。手が震えて、封筒を開けるのもやっと。それから手紙をわたしに投げて、『行って連れ戻してくれ』とおっしゃった。『思っていたようなことじゃない。あの子の悪ふざけにすぎん』って。そして険しい顔で何も言わずシティーへ出かけてしまったの。皿にはベーコンを残したまま――大きな一切れに、ほとんど手をつけずに。朝食もなし、夕食もなし、スープもほとんど一口だけ――昨日のお茶以来よ。」

叔母は言葉を切った。叔母と姪は無言で見つめ合った。

「今すぐ、お父さまのところへ帰らなくては」とミス・スタンリーは言った。

アン・ヴェロニカは、葡萄酒色のテーブルクロスに置いた自分の指を見下ろした。叔母の話は、支配的で、高圧的で、大げさで、感傷的で、騒々しく、筋道のない父の姿を、あまりに鮮やかに呼び起こした。どうして自分なりに育つままにしておいてくれないのだろう。帰るという考えだけで、誇りが反発した。

「それは、できないと思います」と言った。顔を上げ、少し息を弾ませながら続けた。「ごめんなさい、叔母さま。でも、できないと思うの。」

第二節

そこで初めて、本当の説得が始まった。

このとき叔母は、最初から最後まで、およそ二時間にわたって説き続けた。「でも、あなた」と切り出した。「そんなことは不可能よ! まったく問題になりません。できるはずがないの。」

長々と弁舌を迷走させながらも、その一点からは離れなかった。アン・ヴェロニカが決意を曲げないことは、ゆっくりとしか理解できなかった。「どうやって暮らすの?」と訴えた。「世間が何と言うか考えてごらんなさい!」

それが繰り返しの句になった。「レディ・パルスワーシーが何とおっしゃるか考えてごらんなさい! あの方が――」誰それが――「何とおっしゃるか! 皆さんに何と言えばいいの? 

「それに、お父さまには何と申し上げるの?」

初め、アン・ヴェロニカ自身も、家へ帰ることを拒むとはっきり決めていたわけではなかった。自由を広げ、その範囲を明確にしてもらったうえで降伏する、という夢も抱いていた。だが叔母が家出のあれこれの側面を持ち出し、筋も通らず辻褄も合わないまま、差し迫った事情から別の事情へと渡り歩き、約束と見方と感情を混ぜ合わせるにつれ、帰ったところで状況はほとんど、あるいはまったく変わらないと、娘にはますますはっきりしてきた。「それに、マニングさんはどうお思いになるでしょう?」と叔母は言った。

「誰が何を思ってもかまわないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「いったいどうしてしまったのか、わからないわ」と叔母は言った。「何が欲しいのか、見当もつかない。お馬鹿な子!」

アン・ヴェロニカは黙って受け流した。自分でも何が欲しいのかわかっていないという認識が、ぼんやりと、しかし心を乱すほどに頭の奥にあった。それでも、馬鹿な娘と呼ばれるのは不当だとわかっていた。

「マニングさんは好きではないの?」と叔母は言った。

「わたしがロンドンへ来たことと、あの方に何の関係があるの?」

「あの方は――あなたの踏む地面まで拝みたいほどなのよ。あなたにはもったいないけれど、それほど大切に思っていらっしゃるの。少なくとも一昨日まではそうだったわ。それなのに、このありさま!」

叔母は言葉を強める身振りで、手袋をした指をいっぱいに広げた。「わたしには何もかも気違い沙汰としか思えない――気違い沙汰よ! ただ、お父さまが――言いつけに背くのを許さなかったというだけで!」

第三節

午後にはスタンリー氏自らが、説得の役目を引き継いだ。父の考える説得は、いささか手荒く、力ずくだった。葡萄酒色のテーブルクロスを挟み、ガス灯のシャンデリアの下、帽子と傘が議会の職杖のように二人の間に置かれ、父娘は激しい口論に至った。彼女は静かに威厳を保つつもりでいたが、父は初めから怒りをくすぶらせ、反乱はもう終わり、娘は従順に帰宅するものと決めつけて話し始めた。それだけでも、生身の人間には耐えがたかった。強く言い聞かせ、昨夜の苦しみの仕返しもしたいという思いから、父はたちまち粗暴になった。彼女がそれまで見たこともないほど粗暴になった。

「ずいぶん心配をかけてくれたな、お嬢さん」と、入ってくるなり言った。「これで満足だろう。」

彼女は怖かった。父の怒りはいつも怖かった。その恐怖を隠そうと決心したため、女王のような威厳を、その場でも自分でばかげていると感じるほど誇張した。やむをえず取った行動で父を苦しめていなければよいのですが、と言うと、馬鹿なことを言うな、と返された。父が自分をどうにもならない立場に追い込んだのだと主張して面目を保とうとしたが、父は「くだらん! くだらん! わたしの立場なら、どんな父親でも同じことをする!」と怒鳴った。

そして続けた。「さて、ちょっとした冒険もしてみたことだし、もう十分だろう。二階へ行って荷物をまとめなさい。その間に二輪馬車をつかまえてくる。」

それに対して可能な返事は、一つしかないように思えた。「家には帰りません。」

「帰らないだと!」

「ええ!」

一個の人間であろうと決意したにもかかわらず、アン・ヴェロニカは自分自身が恐ろしくなって泣き始めた。父と話すときは、どうやらいつも泣く運命らしかった。だが父はいつも、思いがけず決定的なことを言ったりしたりせざるをえないように追い込むのだ。涙を弱さの印と取られるのが怖くて、言った。「帰りません。飢え死にしたほうがましです!」

しばらく、その宣言をめぐって会話が宙に止まった。やがてスタンリー氏は、事務弁護士というより法廷弁護士のように両手を卓上に置き、眼鏡越しに、隠しもしない敵意をこめて険しく娘を見た。「では、差し支えなければ伺おう。何をするつもりなんだ? ――どうやって暮らすつもりだ?」

「暮らしていきます」とアン・ヴェロニカは泣きじゃくった。「そのことは心配しなくていいの! 何とかして生きていきます。」

「だが、心配なんだ」とスタンリー氏は言った。「心配なんだよ。娘がロンドンを駆け回り、端仕事を探して恥をさらすのを、わたしが何とも思わんとでもいうのか?」

「端仕事なんかしません」と、アン・ヴェロニカは目を拭きながら言った。

そこから二人は、互いをすっかり苦々しくさせる争いへ進んだ。スタンリー氏は権威を振りかざし、帰宅を命じた。もちろん彼女は帰らないと言った。すると、逆らうなと、ひどく厳粛に警告し、さらにもう一度命じた。それでも従わないなら「二度と家の敷居をまたぐな」と言い、実際、恐ろしいほど罵倒した。その脅しにアン・ヴェロニカはあまりにも怯えたため、泣きながら激しく、二度と帰るものかと宣言した。しばらく二人は同時に、ひどく取り乱してしゃべった。父は自分が何を言っているかわかっているのかと尋ね、さらに明確に、帰宅するまでは自分の金に一ペニーたりとも触れさせない、一ペニーもだ、と言った。アン・ヴェロニカは、かまわないと答えた。

すると突然、スタンリー氏は調子を変えた。「かわいそうな子だ!」と言った。「こんな振る舞いが、どれほど愚かなことかわからんのか? 考えてみなさい! お前が捨てる愛情を考えてみなさい! 第二の母である叔母さんのことを。実の母さんが生きていたら、どう思う!」

父は深く心を動かされ、言葉を切った。

「本当のお母さんが生きていたら」とアン・ヴェロニカはすすり泣いた。「わかってくれるわ。」

話はますますまとまりを失い、消耗させるものになった。アン・ヴェロニカは自分が無力で、品位もなく、嫌悪すべき人間に思えた。固まっていく父への反感に必死にしがみつき、口論し、言い争い、言い返す言葉を考えていた。まるで兄弟相手のように。恐ろしいことだったが、ほかに何ができるだろう。彼女は自分の人生を生きようとしており、父は軽蔑と侮辱でそれを妨げようとしていた。今や、それ以外に言われることは、すべてその一面か、そこから目をそらすためのものとしか思えなかった。

後で振り返ると、どうしてこれほど崩れてしまったのか、不思議でならなかった。初めは、条件次第では家へ帰るつもりが十分にあったのだ。父を待つ間、現在と将来の関係を、これ以上ないほど明晰かつ完全だと思える形で整理していた。話し合えると期待していた。それなのに訪れたのは、この嵐、この怒号、この涙、脅しと筋違いの訴えが入り乱れる混乱だった。父が矛盾した理不尽なことをあれこれ言っただけではない。理解できない感染でも起きたように、彼女自身も同じ調子で答えてしまった。父は、家出こそが問題のすべてで、すべてはそこにかかっており、ほかの選択肢は服従だけだと決めつけた。彼女もその前提に乗せられ、反抗が神聖な原則に思えるまでになった。そのうえ、ひどく残酷で容赦なく、ときおり恐ろしい光をちらつかせて、事件には男がいると疑っていることを見せた……。誰か男が! 

そして最後に残ったのは、戸口に立つ父の姿だった。片手に帽子、もう片手に傘を持ち、その傘を彼女へ振り向けて言葉を強めながら、最後の機会を与えていた。

「わかったな」と言っていた。「わかったんだな?」

「わかりました」とアン・ヴェロニカは言った。涙にぬれ、同じ激情に顔を赤くしながらも、自分でも驚くほど対等に父に立ち向かっていた。「わかりました。」

しゃくり上げるのを抑えた。「一ペニーも――たった一ペニーもいただかず――二度と家の敷居をまたがない!」

第四節

翌日、叔母はまた来て説得を続けた。アン・ヴェロニカのように娘が家を出るなど「前代未聞」だと言っていたところへ、父が到着し、人のよさそうな女主人に案内されて入ってきた。

父は新たな方針を決めていた。帽子と傘を置き、両手を腰に当て、きっぱりとアン・ヴェロニカを見た。

「さて」と静かに言った。「こんな馬鹿なまねは、もう終わりにしよう。」

アン・ヴェロニカが返事をしかけると、父はいっそう致命的な静けさで続けた。「お前と言い争うために来たんじゃない。この茶番はもうやめだ。家へ帰りなさい。」

「ご説明したと思いますけれど――」

「どうやら聞こえなかったようだな」と父は言った。「家へ帰れと言ったんだ。」

「ご説明したと思いますけれど――」

「帰りなさい!」

アン・ヴェロニカは肩をすくめた。

「よろしい」と父は言った。

「これで話は終わりだな」と姉妹のほうを向いて言った。

「これ以上、こちらから頼み込むことはない。あとは神の御心のまま、身をもって分別を学ぶがいい。」

「でも、ピーター!」とミス・スタンリーは言った。

「いや」と兄弟は断定した。「親がいつまでも子供を説き伏せ続けるものじゃない。」

ミス・スタンリーは立ち上がり、アン・ヴェロニカをじっと見た。娘は両手を背に回して立っていた。不機嫌で、決然として、知性を感じさせ、黒髪の一房が片目にかかっていた。顔立ちはいつも以上に繊細に見え、同時に、これまでになく頑固な子供に見えた。

「この子には、わかっていないのよ。」

「わかっている。」

「どうしてこんなに何もかもに反抗するのか、想像もつかないわ」とミス・スタンリーは姪に言った。

「話して何になる?」と兄弟は言った。「好きな道を行かせるほかない。今どき、子供は父親のものではないんだ。それが事実だ。父親に背くよう心を変えられてしまう……。くだらん小説と有害なごろつきどもに。子供自身の愚かさからさえ、守ってやれん。」

その言葉とともに、父と娘の間に巨大な深淵が開いたようだった。

「どうして」とアン・ヴェロニカは息を詰まらせて言った。「親と子が……友達になってはいけないの?」

「友達だと!」と父は言った。「不服従から悪魔のもとへ落ちていくのを見ていながらか! 行こう、モリー。この子には好きな道を行かせるしかない。わたしは親の権威を使おうとした。だがこの子は逆らう。これ以上何を言うことがある? 逆らうんだ!」

奇妙なことだった。アン・ヴェロニカは突然、途方もない哀切を感じた。父との間に開いた底なしの裂け目を渡る、何かの訴え、何かの言葉を形にして口にできるなら、何でも差し出したかった。だが、少しでも真実で、心に届きそうな言葉は、何一つ見つからなかった。

「お父さま」と叫んだ。「わたしは生きなくちゃならないの!」

父は意味を取り違えた。「それは」と、扉の取っ手に手を置き、厳しく言った。「モーニングサイド・パークで暮らすのでなければ、自分で何とかすることだ。」

ミス・スタンリーが振り返った。「ヴィー」と言った。「帰っていらっしゃい。手遅れにならないうちに。」

「行こう、モリー」とスタンリー氏が戸口で言った。

「ヴィー!」とミス・スタンリーは言った。「お父さまのおっしゃることが聞こえるでしょう!」

ミス・スタンリーは感情を抑えようとしていた。姪に向かって奇妙な動きをしかけ、それから突然、ひきつるように、何かふくらんだものを卓上に置き、兄弟についていこうと身を翻した。アン・ヴェロニカは、置かれたときにじゃらりと音を立てた濃緑色の物を、しばらく驚いて見つめた。財布だった。一歩進んだ。「叔母さま!」と言った。「いただけ――」

そのとき、叔母の青い目に必死の懇願を見て、立ち止まった。扉がかちりと閉まった。

間があって、それから玄関の扉がばたんと閉じた……。

アン・ヴェロニカは、世界に一人で向き合っているのだと悟った。そして今度の別れには、圧倒的な決定性があった。むき出しの恐怖に駆られて後を追い、降参したい衝動に、抗わなければならなかった。

「ああ、何てこと」と、ようやく言った。「今度こそ、本当にやってしまった!」

「さて!」

上品なモロッコ革の財布を取り上げ、開け、中身を調べた。

一ポンド金貨が三枚、六シリング四ペンス、切手が二枚、小さな鍵、それに叔母の、モーニングサイド・パーク行き往復切符の復路分が入っていた。

第五節

その面会の後、アン・ヴェロニカは、正式に家との縁が切れたと思った。ほかの何も決め手にならなかったとしても、財布がそれを決定づけた。

それでも説得の残り火は続いた。自動車の仕事をしている兄ロディが説得に来た。姉アリスから手紙が届いた。そしてマニング氏も訪ねてきた。

姉のアリスは、遠いヨークシャーで信仰心を育てたらしく、アン・ヴェロニカには意味をなさない訴えをした。「男でも女でもない、あの性を失った知識人たち」の仲間にならないよう戒めた。

アン・ヴェロニカは、その言い回しを考えた。「あの人の受け売りね」と、きわめて普通の英語で言った。「かわいそうなアリス!」

兄ロディは来るなり茶を要求し、言い分を述べてみろと言った。「親父には、ちょっとひどくないか?」とロディは言った。自動車工場で、ぶっきらぼうで率直な物言いを身につけていた。

「煙草、いいか?」とロディは言った。「何を企んでるのか、よくわからんよ、ヴィー。でもまあ、何か狙いはあるんだろうな。

「妙な一家だよ、おれたちは!」とロディは言った。「アリス――アリスはすっかりおかしくなって、子供だらけ。グウェン――この間会ったが、白粉がますます厚くなってた。ジムはマハトマだの神智学だの高等思想だの、くだらんものに首まで浸かってる――アリスよりひどい手紙を書いてくる。それで今度はお前が戦争を始めた。正気で残ってるのは、おれだけじゃないか。ご立派な父上だって、あんなに体面を気にしてるくせに、お前たちと同じくらい狂ってる。堅実なところなんか一つもない。これっぽっちも。」

「堅実?」

「これっぽっちもさ! 初めから利回り八パーセントを追いかけてるんだ。八パーセントだぞ! おれに言わせれば、そのうち大転びする。一度や二度、危ないところまでいってるしな。それで神経がぼろぼろなんだ。おれたちも皆、結局は人間なんだろうが、神聖な家族制度とやらはどうなる? おれたちを一まとめにしてさ! なあ? ……おれはお前にかなり賛成なんだ、ヴィー、本当は。ただ、どうやってやり抜くのかわからん。家は檻みたいなものかもしれんが、それでも家だ。親父が破産するまで、しがみつく権利がある――実際のところな。娘が自分で食っていくのは、ひどく厳しいぞ。まあ、おれの問題じゃないが。」

しばらく質問をし、彼女の意見を聞いた。

「おれがお前なら、この遊びはさっさとやめるね、ヴィー」と言った。「おれは五つ年上だし、男だから、知恵はずっとある。お前の狙ってることは危険すぎる。とんでもなく難しいことだ。独り立ちするのは立派だが、あまりにもきつい。意見を聞かれりゃ、そう答える。女にできる仕事で、骨の髄まで搾られないものなんかない。父上と折り合いをつけて、帰らざるをえなくなる前に帰れ。それがおれの忠告だ。今、頭を下げなきゃ、後でもっとつらい思いをするかもしれん。おれには一セントも援助できんぞ。今どきは、後ろ盾のない男だって十分つらい。女ならなおさらだ。世の中はあるがままに受け入れなきゃならん。女が搾られずにできる唯一の商売は、男を捕まえて、代わりにやらせることさ。怒ったって仕方ないぞ、ヴィー。おれが決めたんじゃない。摂理だ。世の中はそうなってる。それが世界の仕組みなんだ。虫垂炎みたいなものさ。見栄えはよくないが、そういう造りなんだ。くだらんのは確かだが、変えられん。帰って父上の金で暮らし、できるだけ早く別の男に養ってもらえ。情緒はないが、常識ってものだ。こんな『自立する女』気取り[訳注:自由恋愛を扱った小説『行動した女』をもじった表現]は、何の役にも立たん。結局、摂理の爺さん――神さまのことだが――は、男がどうにかお前たちを養うように仕組んでくださった。その方針で宇宙をお造りになった。手に入るものを受け取るしかないんだよ。」

それが兄ロディの真髄だった。

彼は一時間近く、この主題の変奏を奏でた。

「帰れよ」と別れ際に言った。「家へ帰れ。自由だの何だの、立派なもんだよ、ヴィー。でも、うまくはいかん。女が一人で世間に出るには、世界はまだ準備ができてない。それがありのままの事実だ。赤ん坊と女は、誰かにつかまっていなきゃ沈む――少なくとも、あと数世代はな。家へ帰って一世紀待て、ヴィー。それからまたやってみろ。そのころなら少しは望みがあるかもしれん。今は影ほどの望みもない――まっとうにやるつもりならな。」

第六節

まるで違う言葉遣いをしながら、マニング氏が兄ロディの見方をそっくり支持したことに、アン・ヴェロニカは驚いた。氏は、ただお訪ねしただけですと言い、大きな声で大げさに詫び、親切と善意を輝かせながら現れた。住所は明らかにミス・スタンリーから聞いたのだった。人のよさそうな女主人は名を聞き取れず、立派な黒い口ひげのある、背の高い男前の紳士だと言った。アン・ヴェロニカは接待の費用にため息をつき、大急ぎで茶を一人分追加し、一階の客間に火を入れてもらう相談をして、念入りに身なりを整えた。ガス灯のシャンデリアの下の小部屋では、彼の長身と前かがみの姿勢は、確かにひどく効果的だった。薄暗い光の中では、軍人らしく、感傷的で、学究的にも見えた。ウィーダの描く近衛士官を、ホールデーン氏とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスが改訂し、ケルト派風に仕上げたようだった[訳注:軍人の恋愛小説、軍制改革・社会科学、ケルト文芸の感傷性を重ねた風刺]。

「押しかけるなんて、許されませんね、ミス・スタンリー」と、手を高く上げる独特の流行の握手をしながら言った。「でも、友達ならいいとおっしゃったでしょう。」

「あなたがここにいらっしゃるなんて、痛ましい」と、窓の外に黄色く立ちこめたその年最初の霧を示しながら言った。「でも、叔母さまから何があったか少し伺いました。実に、あなたのすばらしい誇りらしい行動です。まったく!」

彼は肘掛け椅子に座って茶を飲み、彼女がわざわざ買いに行かせた菓子をいくつも食べながら、語り、意見を述べた。くぼんだ目で彼女をひどく真剣に見つめ、その間も口ひげに屑がつかないよう、注意を怠らなかった。アン・ヴェロニカは暖炉の火に照らされて茶盆のそばに座り、本人はまったく無意識ながら、熟練した女主人の風情だった。

「でも、これは結局どうなるのでしょう?」とマニング氏は言った。

「もちろん、お父さまには」と続けた。「あなたがどれほどすばらしいか、わかっていただかなくては! あの方は理解していない。お会いしましたが、少しも理解していない。あの手紙をいただくまでは、僕もわかっていませんでした。あなたのために、なれるかぎりの何にでもなりたいと思わせられます。こんなひどく薄汚れた部屋では、あなたはまるで亡命の姫君だ!」

「お給料を稼ぐとなると、姫君どころではないみたいです」とアン・ヴェロニカは言った。「でも正直なところ、できるものなら最後まで戦い抜くつもりです。」

「ああ、何ということだ!」とマニングは舞台の傍白めいて言った。「給料を稼ぐとは!」

「亡命の姫君のようだ!」と、彼女の言葉を押し切って繰り返した。「こんなむさ苦しい場所へいらして――むさ苦しいと言っても、お気を悪くしないで――それがどうでもよいものに見えてくる……。実際、どうでもいいと思います。どんな環境も、あなたに影を落とすことはできない。」

アン・ヴェロニカは少し居心地が悪くなった。「もう少しお茶はいかがですか、マニングさん?」と尋ねた。

「あのですね――」とマニング氏は、問いには答えず茶碗を渡して言った。「あなたが生計を立てるとおっしゃるのを聞くと、大天使が証券取引所へ行くとか、キリストが鳩を売るとか聞いたような気がします……。大胆なことを言ってすみません。つい、そう思ってしまったのです。」

「とても見事なたとえですね」とアン・ヴェロニカは言った。

「お気を悪くなさらないと思っていました。」

「でも、実際の事情に合っているでしょうか。マニングさん、こういうことは感情としては結構ですけれど、現実に合っているでしょうか。女は本当にそんな天使のようなもので、男はそんなに騎士道的なのですか。わたしたちを女王や女神にしようというお気持ちは、男の方々にあるのでしょう。でも実際には――たとえば、朝、仕事へ向かう女の子の列を見てください。背を丸め、安っぽい服を着て、栄養も足りていない! 女王ではないし、誰も女王のようには扱っていません。それから、下宿を貸している女の人たちも……。先週、部屋を探していたんです。会った女の人たちに、神経を参らされました。どんな男の人よりひどかった。どこへ行って戸をたたいても、その向こうにまた恐ろしく薄汚れた女の人がいる――また一人、転落した女王なのでしょうね――前の人よりさらに薄汚れて、汚れが骨の髄まで染み込んでいるようでした。あの気の毒な手!」

「わかります」とマニング氏は、まったくふさわしい感情をこめて言った。

「それに普通の奥さんやお母さんたちのことも考えてください。心配事に縛られ、できることも限られ、大勢の子供を抱えて!」

マニング氏は苦痛の表情を示した。四つ目の菓子の残りで、そうした事実を払いのけるようにした。「今の社会秩序が十分に恐ろしいもので、人生の最良で最美のものを犠牲にしているのは承知しています」と言った。「擁護するつもりはありません。」

「それに、女王という考え方なら」とアン・ヴェロニカは続けた。「男が二千万人に対し、女は二千百五十万人です。わたしたちのふさわしい場所がお社だとしても、再婚する未亡人を数えなくても、百万以上のお社が足りません。しかも女の子より男の子のほうが多く死ぬのですから、大人の比率はもっと偏っています。」

「わかっています」とマニング氏は言った。「その恐ろしい統計は知っています。進歩の遅さへのあなたの苛立ちには、ある種の正しさがあるのもわかっています。でも、一つだけ、わからないことを教えてください。一つだけです。自分も戦いと泥の中へ下りて、どう改善できるのですか? 僕が気にしているのは、そこです。」

「あら、改善しようとしているわけではありません」とアン・ヴェロニカは言った。「女はこうあるべきだというあなたの立場に反論して、自分でもはっきりさせたいだけです。この部屋にいて仕事を探しているのは――そう、父に事実上閉じ込められるのなら、ほかにどうしようがあるでしょう?」

「わかります」とマニング氏は言った。「わかりますとも。共感も理解もできないと思わないでください。それでも、こうして薄汚れた霧の都会にいる。ああ、何という荒野でしょう! 誰もが誰かを出し抜こうとし、誰もが他人を顧みない――今日は誰も彼もぶつかってくるような日で――皆が空気に石炭の煙を吐き、混乱をますます深め、自動車バスはがたがた音を立てて悪臭を放ち、トッテナム・コート・ロードでは馬が倒れ、角では老婆がひどく咳き込んでいる――大都会の痛ましい光景ばかりです。そこへあなたは、運を試しに入ってくる。勇敢すぎます、ミス・スタンリー、まったく勇敢すぎる!」

アン・ヴェロニカは考えた。もう二日、仕事を探していた。「そうでしょうか。」

「別に」とマニング氏は言った。「女性の勇気が嫌なのではありません。勇気は愛し、称賛します。美しい娘が、偉大で堂々たる虎に立ち向かう姿ほど、すばらしいものがあるでしょうか。ウーナと獅子[訳注:スペンサー『妖精の女王』で、純真なウーナを獅子が守る挿話]の再現です! でもこれはそういうものではない。ただ、利己的で、汗まみれで、下品な競争が続く、巨大で醜い、果てしない荒野なのです!」

「そこへ、わたしを入れたくないのですね?」

「そのとおりです!」とマニング氏は言った。

「美しい囲いの庭みたいなところにいて――きれいな服を着て、美しい花を摘んでいれば?」

「ああ! そうできるものなら!」

「ほかの娘たちがとぼとぼ仕事へ行き、ほかの女の人たちが下宿を貸している間に。それに現実には、その魔法の囲いの庭も、モーニングサイド・パークの一軒家になってしまって、父は食事のたびにますます不機嫌で高圧的になる――そして全体に、不安定でむなしい気持ちが漂うんです。」

マニング氏は茶碗を手放し、意味ありげにアン・ヴェロニカを見た。「それは」と言った。「僕には不公平です、ミス・スタンリー。僕の囲いの庭は、そんなものよりよいものになります。」

第七章

理想と現実

第一節

それから数週間、アン・ヴェロニカは世間での自分の商品価値を試すことになった。十一月のロンドンは、ひどく暗く、霧深く、脂じみて、実にとっつきにくく、彼女に無関心だった。その街を歩き回り、あまりに軽々しく見込んでいた、ささやかでも自立できる仕事を探した。自分の置かれた現実が次第に明らかになるなか、彼女は真剣で落ち着いた顔をし、身なりを整え、美しく、どんな感情も隠して歩いた。小さな寝室兼居間は巣穴のようで、そこから、煙色の家々、店のまばゆい通り、住宅の暗い通り、橙色に光る窓のある、巨大で鈍色の世界へ出ていった。くすんだ銅色か、泥灰色か、黒い空の下、餌を探しに出る動物のようだった。帰ると、よく考えて丁寧に手紙を書いたり、ミューディーの貸本屋から借りた本を読んだり――半ギニーを投じて会員になっていた――暖炉の前で考え込んだりした。

ゆっくりと、しぶしぶ、ヴィヴィー・ウォレンはいわゆる「理想」なのだと理解し始めた。

そんな娘も、そんな職も存在しなかった。得られそうな仕事は、どれも、自分に向くと漠然と想定した種類ではなかった。持っている資格では、主に二つの就職先が開かれていた。どちらにも魅力はなく、父という人物を通して反抗している男性への従属から、決定的に逃れられる道にも見えなかった。一つは、給料をもらう補助の妻か母のようなものになる道、すなわち家庭教師、補助教員、あるいは高度な教育を授ける保育係だった。もう一つは商売の世界へ入り、たとえば写真館の受付や、衣装店、帽子店で働くことだった。前者はあまりにも家庭的で制限が多く思えたし、後者には経験のなさがひどい不利になった。それに、好きでもなかった。店が嫌いで、そこにいる女たちの顔が嫌いだった。そうした店を支配する、フロックコート姿でにやつく男たちは、それまで相手にしなければならなかった人間のうちで、いちばん我慢がならないと思った。一人など、はっきり「かわい子ちゃん」と呼んだ! 

確かに、少なくとも女性を明確に排除してはいない秘書の口が、二つ見つかった。一つは急進派の国会議員、もう一つはハーレー・ストリートの医師のもとで、どちらも、この上ない丁重さと称賛と恐怖をもって、彼女の申し出を断った。大きなホテルで、話し相手を求める中年女性との奇妙な面接もあった。女は白粉を塗り、宝石に覆われ、香水をぷんぷん匂わせていた。アン・ヴェロニカは話し相手に向かないと思ったようだった。

そして、そうした仕事のほとんどは、恐ろしく薄給だった。かろうじて生きられるだけの賃金で、時間も力もすべて要求した。女性記者や女性作家などの話は聞いていた。だが、会いたいと頼んだ編集者の前へ通されることさえなく、仮に通されたとしても、与えられる仕事をこなせる自信はまるでなかった。ある日、職探しをやめ、ふいにトレッドゴールド女子大学へ行った。席は埋まっておらず、単に欠席と記されているだけだった。その日は亀の見事な解剖に取り組み、慰めを得た。面白く、仕事探しで歩き疲れ、不安にさいなまれる日々からあまりにも解放されたため、まだ実家で暮らしているかのように、丸一週間通い続けた。そこへ三つ目の秘書の口が現れ、また希望を抱いた。トゥイッケナムに住む病身で裕福な紳士の筆記係で、軽い看護の仕事も含まれていた。紳士は、『妖精の女王』が実は、独特で絵画的に用いられた暗号で書かれた分子化学の論文だと証明する、壮大な文学研究に取り組んでいた。

第二節

アン・ヴェロニカが産業の海でこうして水深を測り、ありのままの世界と自分を比べていた一方で、彼女は、あるべき世界に主な関心を寄せるように見える人々の思想や態度も、広く探っていた。初めはミス・ミニヴァーに導かれ、次には自らの自然な好奇心に引かれ、世界の進歩、根本的で大きな変革、現代生活の緊張と混乱を一掃する新時代を夢見る、奇妙な一群の人々の中へ入っていった。

ミス・ミニヴァーは家出を聞き、ウィジェット家から住所を知った。翌晩九時ごろ、興奮に震えながら訪ねてきた。女主人について階段を途中まで上がり、アン・ヴェロニカに呼びかけた。「上がってもいい? わたしよ! ほら――ネティ・ミニヴァー!」

ネティ・ミニヴァーが誰だったか、アン・ヴェロニカがはっきり思い出す前に姿を現した。

目には激しい光があり、まっすぐな髪は独自の思想に従って、抗議運動や参政権運動へ出かけているように跳ね出していた。指は、今すぐアン・ヴェロニカに触れようとでもするかのように、手袋を突き破っていた。「すばらしいわ!」と歓喜の声で言い、両手を一つずつ握って顔をのぞき上げた。「すばらしい! こんなに落ち着いて、決然として、穏やかで! 

「わたしたちが何者かを男たちに示すのは、あなたのような娘なのよ」とミス・ミニヴァーは言った。「精神を折られていない娘たちなの!」

アン・ヴェロニカは、その温かさを少し日光浴のように楽しんだ。

「モーニングサイド・パークで、あなたを見ていたのよ」とミス・ミニヴァーは言った。「今は、すべての女の人を見るようになっているの。あのときは、あなたも大勢の人と同じで、関心がないのかと思った。でも今は、急に大人になったみたい。」

言葉を切り、それからほのめかした。「ひょっとして――そうだったら嬉しいのだけれど――わたしが言ったことが、何かきっかけになったのかしら。」

アン・ヴェロニカの返事は待たなかった。きっと自分の言葉がきっかけに違いないと決めているようだった。「皆、つかむのよ」と言った。「野火のように広がるの。なんて偉大な時代! なんて輝かしい時代! こんな時代は初めてだわ! 何もかも実を結ぶ寸前で、進んで、先へ先へと導かれている! 女たちの蜂起よ! どこでも立ち上がっているの。何があったのか、全部話して。同じ女の姉妹として。」

最後の言葉にアン・ヴェロニカは少し冷めた。それでも、仲間意識と熱意の引力は強かった。あれほどの説得と、ひそかな疑いの数々を経た後で、英雄扱いされるのは心地よかった。

だがミス・ミニヴァーは長くは聞かなかった。自分が話したかったのだ。豚の頭骨を載せた本棚の下、炉前の敷物の角に身を縮めて座り、火とアン・ヴェロニカの顔を交互に見て、思うままに話した。「ランプを消しましょう」と言った。「お話しするには炎のほうがずっといいわ」。アン・ヴェロニカは同意した。「あなたは人生のただ中へ出ていくのね――すべてと向き合って。」

アン・ヴェロニカは頬杖をつき、赤い火に照らされ、ほとんど口をきかずに座っていた。ミス・ミニヴァーは語り続けた。その話の流れと意味が、ゆっくりとアン・ヴェロニカの理解の中で形になった。広大で灰色の鈍い世界――残忍で、迷信深く、混乱し、考え違いをして、人を傷つけ、わけもなく束縛する世界という姿だった。遠い時代や異国では、その悪しき性向は暴政、虐殺、戦争などに現れた。だが現在の英国では、商業主義と競争、シルクハット、郊外の道徳、搾取的労働制度、女性の隷属という形を取っている。そこまでは十分に納得できた。だが、その世界に対抗して、ミス・ミニヴァーは少数ながら精力的な「光の子ら」を配置した。「先頭に立つ人々」「まったくの先頭に立つ人々」と呼ぶ一群で、その人々についてはアン・ヴェロニカの心は、もっと懐疑的になりがちだった。

ミス・ミニヴァーによれば、何もかも「高まって」おり、何もかも「進んで」いた。高等思想、簡素な生活、社会主義、人道主義――本当はすべて同じことだった。そこにいて、すべてに加わり、それを呼吸し、それそのものになるのが好きなのだ。世界の歴史では、これまで長い間隔を置いて、こうした進歩の先駆者が現れ、声を上げ、消えていった。だが今は、すべてが一度に押し寄せていた。彼女は親しみのこもった敬意で、キリスト、仏陀、シェリー、ニーチェ、プラトンの名を挙げた。皆、先駆者だった。それらの名は、夜の星のように、照らされない空虚な黒い空間を周りに広げて、闇の中で輝いていた。だが今は――今は違った。今は夜明けだった。本当の夜明けだった。

「女たちが立ち上がっているの」とミス・ミニヴァーは言った。「女と普通の人々が、皆、前へ進み、皆、目覚めている。」

アン・ヴェロニカは火を見つめながら聞いていた。

「誰もが動き出しているの」とミス・ミニヴァーは言った。「あなたも加わらずにはいられなかった。どうしようもなかったの。何かに引かれたのよ。誰もが何かに引かれる。郊外から、地方の町から――どこからでも。わたしはあらゆる運動を見ているわ。できるかぎり、全部に加わっている。時代の脈を取り続けているの。」

アン・ヴェロニカは何も言わなかった。

「夜明けよ!」とミス・ミニヴァーは言った。眼鏡には火が映り、血のように赤い炎の池になっていた。

「わたしがロンドンへ来たのは」とアン・ヴェロニカは言った。「どちらかといえば、自分自身の問題のためなんです。全部わかっているかどうか。」

「もちろん、わかっていないわ」とミス・ミニヴァーは言った。細い手とさらに細い手首を勝ち誇ったように動かし、アン・ヴェロニカの膝をたたいた。「もちろんよ。それがすばらしいの。でも、わかるわ。きっと。いろいろなところへ連れていかせて――集会とか、大会とか、講演とか。そうすれば見え始めるわ。何もかも開けてくる。わたしは耳まで浸かっているの――使える時間は全部。仕事も何もかも放り出して! 今は一つの学校だけ、よい学校で、週三日教えているの。あとは全部――運動! 今なら一日四ペンスで暮らせるわ。どれほど自由に追いかけられるか、考えてみて! どこへでも連れていかなくちゃ。参政権運動の人たちや、トルストイ主義者や、フェビアン協会へ。」

「フェビアン協会なら聞いたことがあります」とアン・ヴェロニカは言った。

「協会といえば、あそこよ!」とミス・ミニヴァーは言った。「知識人の中心なの。すばらしい集まりもあるわ! あんなに真剣で美しい女の人たち! あんなに知的な額の男の人たち! ……そこで歴史を作っているのだと思うと! 新しい世界の設計図を組み立てているのよ。ほとんど気軽に。ショーに、ウェッブに、作家のウィルキンズ、トゥーマー、タンパニー博士――この上なくすばらしい人々! 議論し、決め、計画する姿を見られるの! 考えてみて――新しい世界を作っているのよ!」

「でも、その人たちが本当に何もかも変えるのでしょうか?」とアン・ヴェロニカは言った。

「ほかに何が起こりうるの?」とミス・ミニヴァーは尋ね、炎に向かって小さく弱々しく手を動かした。「今の流れでは――いったい、ほかに何が起こりうるというの?」

第三節

ミス・ミニヴァーは、熱意に満ちた惜しみない親切で、自分独自の世界へアン・ヴェロニカを招き入れた。批判的であり続けるのは恩知らずに思えるほどだった。実際、ほとんど気づかないうちに、アン・ヴェロニカは「先頭に立つ」人々の独特な外見と物腰に慣れていった。

その知的な姿勢への衝撃は薄れ、わざと理屈を捨てているように見えた、初めの奇妙さも、慣れによって失われた。多くの点で、彼らは実に正しかった。彼女はそのことにしがみつき、同時にどこか滑稽で、しかもその正しさと直接関係する形で滑稽なのだという逆説的な確信を、ますます避けるようになった。

ミス・ミニヴァーの宇宙の中心近くには、グープス夫妻がいた。想像しうるかぎり最も風変わりな小柄な夫婦で、セオボルズ・ロードの上階で果実食主義の生活を送っていた。子供も召使いもなく、簡素な生活を芸術の極致にまで高めていた。アン・ヴェロニカの知ったところでは、グープス氏は数学教師で学校へ出向き、妻は『ニュー・アイディアズ』に、菜食料理、生体解剖、退化、乳汁分泌、虫垂炎、そして高等思想全般について週刊の欄を書き、トッテナム・コート・ロードの果物店の経営も手伝っていた。家具まで不思議と知識人めいていた。グープス氏は家では、茶色のリボンで結んだ、麻袋地のパジャマ型の簡素な服を着ていた。妻は、肩の切り替えに豪華な刺繍のある紫のジバ[訳注:ゆったりした長衣]を着ていた。夫は小柄で色が浅黒く、控えめな男で、張り出した大きな額はいかにも頑固そうだった。妻はたいそう血色がよく快活で、顎がそのまま太くたくましい首へ溶け込むような顔立ちだった。毎週土曜、九時から夜更けまで小さな集まりを開き、ただ話し、ときには朗読し、果実食主義の軽食――ナッツ製のペーストを塗った栗のサンドイッチなど――とレモネード、発酵させない葡萄酒を出した。ミス・ミニヴァーは事前にあれこれ気を揉んだ末、その討論の宴の一つへアン・ヴェロニカを連れていった。

家族に逆らって立っている娘として紹介されたのは、本人の好みからすると少しあからさますぎた。集まっていたのは、皺だらけの肌と低い声を持つ非常に年老いた婦人で、アン・ヴェロニカの不慣れな目には椅子の汚れよけ布と見えるものを頭に載せていた。それに、額が狭く眼鏡をかけた内気な金髪の青年、地味なスカートとブラウス姿の目立たない女が二人、そして、そろって黒服のよく肥えた似た者夫婦、メリルボーン区会のダンスタブル市会議員夫妻だった。人々は、銅の飾りの多い暖炉を囲んで、不完全な半円をなして座っていた。暖炉の上には、木に彫った次の言葉があった。

「今すぐやれ。」

やがて、赤みがかった髪、橙色のネクタイ、毛羽立ったツイードの服を着た、いたずらっぽい青年が加わった。ほかにも人が来たが、細部を思い出そうと努力しても、アン・ヴェロニカの記憶では頑として「その他」のままだった。

会話は活発で、中身の輝きが失せても、形式だけはいつもきらきらしていた。主な話し手たちは、男子生徒の言い方なら、自分にいいところを見せようとしているのではないかと、彼女はときに、疑う以上にはっきり感じた。

菜食料理に用いる、肉の滴り脂の新しい代用品について話した。グープス夫人は、それには心を格別に浄化する働きがあると確信していた。次に無政府主義と社会主義について、前者が後者の正反対なのか、それとも高次の形なのかを論じた。赤毛の青年がヘーゲル哲学への言及を差し挟み、一時、議論を混乱させた。すると、それまで黙っていたダンスタブル市会議員が突然話し始め、脇道へそれて、相当数の同僚議員について個人的な印象を述べた。その後も晩じゅう、ほかの話題に混じって、断続的にそれを続けた。主にグープスへ話しかけ、メリルボーン区会の顔ぶれについて、グープスから長年問い続けられていたのに答えるような調子だった。「もしお尋ねなら」と言うのだった。「ブラインダーズはまっすぐな男だと申し上げます。もちろん、ありふれた人物ですが――」

ダンスタブル夫人が会話に加えるものは、すべてうなずきだった。市会議員が誰かを褒めたりけなしたりするたび、強調の度合いに応じて二度か三度うなずいた。そして、片目はいつもアン・ヴェロニカの服を見ているようだった。グープス夫人は突然、橙色のネクタイのいたずらっぽい青年――『ニュー・アイディアズ』の副編集長らしかった――に、その雑誌に載ったニーチェとトルストイの評論をめぐって挑みかかり、市会議員を少し当惑させた。その評論では、後者の完全な誠実さに疑問が投げかけられていた。皆、トルストイの誠実さをひどく気にしているようだった。

ミス・ミニヴァーは、もし一度でもトルストイの誠実さへの信頼を失ったら、もう何も大して意味を持たなくなる気がすると言い、アン・ヴェロニカにも同じではないかと同意を求めた。グープス氏は、誠実と皮肉を区別すべきであり、皮肉はしばしば、昇華された次元の誠実にほかならないと言った。

ダンスタブル市会議員は、誠実さはしばしば機会の問題だと言い、ごみ焼却委員会でのブラインダーズの逸話を金髪の青年に語って説明した。その間に橙色のネクタイの青年は、人は恋愛において完全に誠実でありうるかと疑問を呈し、議論全体に大胆で官能的な味をつけることに成功した。

ミス・ミニヴァーは、愛以外に真の誠実はないと思い、アン・ヴェロニカに同意を求めた。だが橙色のネクタイの青年は、それぞれとは違う次元でかもしれないが、同時に二人を誠実に愛し、しかも二人とも欺くことは十分に可能だと宣言した。これにはグープス夫人が、ティツィアーノの『聖愛と俗愛』があれほど美しく教えていることを持ち出して反撃し、前者に欺瞞がありえないことを、たいそう雄弁に語った。

それからしばらく愛について論じた。ダンスタブル市会議員は内気な金髪の青年へ向き直り、低いがひどく明瞭な声で、ブラインダーズの愛情が二股に分かれているという根拠のない噂が区会に少々不愉快な事態をもたらした件を、手短に内密に話した。

汚れよけ布を頭に載せた老婦人が、不意にアン・ヴェロニカの腕に触れ、低く茶目っ気のある声で言った。

「また恋のお話。春が来れば、また恋。まあ、若い人たちったら!」

橙色のネクタイの青年は、話題を高い次元へ引き上げようとするグープスのシジフォスさながらの努力[訳注:岩を山頂へ運んでも転げ落ちる労苦を繰り返す、ギリシア神話の人物]にもかかわらず、高度に発達した現代人の愛情がどのように分配されうるかを、執拗に考察した。

汚れよけ布の老婦人は突然、「ああ、若い人たち、若い人たち、あなた方にわかっていればねえ!」と言い、笑ってから、いかにも思いに沈んだ。額が狭く眼鏡をかけた青年は咳払いをし、橙色のネクタイの青年に、プラトニックな愛は可能だと思うかと尋ねた。グープス夫人は、それ以外の愛は信じないと言い、アン・ヴェロニカをちらりと見て、少し唐突に立ち上がり、グープスと内気な青年に軽食を配るよう指図した。

だが橙色のネクタイの青年は席にとどまり、肉体にも、彼のいう「正当な要求」とやらがあるのではないかと論じ続けた。そこから『クロイツェル・ソナタ』と『復活』を経由して、またトルストイへ戻った。

そうして話は続いた。初め少し控えめだったグープスは、やがて橙色のネクタイの青年を抑えるためソクラテス式問答法に訴え、額を相手へ傾け、ついには肉体はただの幻であり、すべては精神と思考の分子にすぎないという答えを、はっきり引き出した。最後には二人の決闘のようになり、ほかの者は皆、座って聞いていた。皆とはいえ、市会議員だけは別だった。彼は、アルミ製品を置いた緑色の食器棚のそばの隅に金髪の青年を捕まえ、ほかの者に背を向けて座り、さらに内密にするため口元を片手で覆って、区会の生来の慎み深さと総じて穏当な性質が、メリルボーンの売春という社会悪と絶えず戦っていることを、打ち明け話の調子でささやいていた。

話は続き、やがて小説家の批評に移り、ウィルキンズの大胆な随筆も相応の注意を集め、それから演劇の未来が論じられた。アン・ヴェロニカは小説家の議論に少し加わり、『エズモンド』を擁護し、『エゴイスト』は難解ではないと主張した。彼女が話すと、ほかの者は皆、口を閉じて聞いた。次にバーナード・ショーは国会議員になるべきかを検討した。そこから菜食主義と禁酒主義へ移り、橙色のネクタイの青年とグープス夫人は、チェスタトンとベロックの誠実さをめぐって大いに争ったが、グープスが再びソクラテス式問答法を始めそうな気配を見せて終わった。

最後に、アン・ヴェロニカとミス・ミニヴァーは暗い階段を下り、霧の立ちこめるロンドンの広場へ出た。ラッセル・スクエア、ウォバーン・スクエア、ゴードン・スクエアを横切り、アン・ヴェロニカの下宿へ斜めに進んだ。果実食主義の軽食のせいで少し空腹だったが、頭は大いに活発だった。歩きながらミス・ミニヴァーは、グープス、バーナード・ショー、トルストイ、タンパニー博士、作家のウィルキンズのうち、今、生きている中で誰が最も強力で完全な頭脳を持つかを論じ始めた。世界じゅうに、ほかに匹敵する頭脳はないと、その点は明確だった。

第四節

ある晩、アン・ヴェロニカはミス・ミニヴァーとエセックス・ホールの二階席の後方へ行き、世界を作り直しつつあるフェビアン協会の巨頭たちを見、話を聞いた。バーナード・ショー、トゥーマー、タンパニー博士、作家のウィルキンズが、壇上に勢揃いしていた。会場は満員で、周囲の人々は、容姿のよい熱心な若者たちと、さまざまなグープス風の人々が、ほぼ半々だった。討論には、個人的で些末な事柄と、疑いなく立派な理想への献身とが、奇妙に混じり合っていた。ほとんどすべての演説には、世界に大きく必要な変化が起こるという共通の含みがあった。努力と犠牲を要するにせよ、必ず勝ち取られる変化だった。その後、キャクストン・ホールで、女性運動の先進派による、はるかに大きく熱気のある集会を見た。そこでも巨大な変化が進んでいるという同じ調子が響いていた。服装改革協会の夜会にも行き、食生活改革展も見た。そこでは間近な変化が、不安になるほど目に見える形になっていた。女性の集会は、社会主義者の集会よりはるかに感情の力に満ちていた。アン・ヴェロニカの知的で批判的な足場はすっかりさらわれ、後で考えると賛同できないことにまで、拍手し、声を上げた。「感じると思っていたわ」と、二人が火照り、興奮して出てきたとき、ミス・ミニヴァーは言った。「何もかも一つにつながっていくことが、見え始めると思っていたの。」

実際、つながり始めていた。彼女がますます敏感になったのは、思想の体系というより、大きく広がる変革への衝動、現実の暮らしへの巨大な不満と批判、再建のために騒然と入り乱れる考えだった。商売の方法、経済発展、所有の規則、子供の地位、すべての人の衣食と教育を作り直そうという考えである。ロンドンの群衆の中を歩く多くの人々が、心も、言葉も、身振りも、着る物さえも、この広範な改造計画の切迫を示していることを、彼女はひどく誇張して意識するようになった。実際、振る舞いも服装も、生粋のロンドン人というより、『顧みれば』や『ユートピアだより』[訳注:ベラミーとウィリアム・モリスによる理想社会を描いた小説]の国から来た外国人のような者もいた。多くは既存の束縛から離れた人々だった。造形芸術に携わる男、若い作家、勤めに出る青年、そして非常に大きな割合を占める娘や女たち――自活する女性や学生の娘たちだった。その層にアン・ヴェロニカは今、首まで浸かっていた。それが彼女自身の層になっていた。

彼らの言うことやすることは、アン・ヴェロニカにとって、まったく新しいわけではなかった。だが今は、本や垣間見る断片としてではなく、集まり、生き、声を持ち、迫ってくるものとして受け取っていた。彼らが行き交うブルームズベリーやメリルボーンの街並みは、灰色の正面壁、頑として体面を保つ窓とブラインド、無意味に繰り返す鉄柵によって、最も頑迷なときの父や、自分が戦っていると感じるすべてのものを、ますます強く連想させた。

ウィジェット家の影響下であれこれ読んで話し合ってきたため、思想や「運動」を受け入れる準備は多少できていた。もっとも、気質としては、受け入れるより反発し批判するほうに傾いていたかもしれない。だがミス・ミニヴァーとウィジェット家の社交上の働きによって交わるようになった人々――テディとヘティはモーニングサイド・パークから来て、ソーホーの十八ペンスの夕食に連れ出し、社会主義者でもある美術学生たちを紹介して、画室でとりとめなく話す一夜への道を開いた――は、一つの含みを空気のようにまとっていた。世界はある愚かで、しかも明白な点で間違っているということだけではない。それには彼女も十分同意できた。さらに、少数の先駆者が先駆者らしく振る舞い、徹底して、区別なく「進歩的」でさえあれば、新しい秩序はおのずと実現するという含みだった。

ひと月に会う十人か十二人のうち九割が、あることを口にするだけでなく、感じ、当然の前提とするとき、それが真実だと信じずにいるのはとても難しい。ほとんど気づかぬうちに、アン・ヴェロニカは新しい姿勢を身につけ始めた。それに伴う絡み合った思想には、なお頭が抵抗していたのに。そしてミス・ミニヴァーが、彼女を動かし始めた。

ミス・ミニヴァーが議論を明瞭に述べたためしがなく、自己矛盾に気づいて困ることもなく、発言の一貫性を、洗濯女が湯気の切れ端を気にするほどにしか重んじない――モーニングサイド・パークで初めて会った際、アン・ヴェロニカを批判的で敵対的にしたその事実こそ、交際を重ねるうち、影響力が増す秘密になった。頭脳は抵抗に疲れる。一度は打ち倒し、暴き、解剖し、葬った同じ言葉、同じ思想が、筋も通らず何度も元気に現れるのに出会えば、同じ処置を繰り返す気力は次第に失せる。これほどしつこく復活を遂げる思想には、何かあるに違いない、と感じてしまう。ミス・ミニヴァーなら「高次の真理」と呼ぶものが、そこに入り込むのだ。

それでも、話し合い、集会、大会、運動、活動を通じて、友人とともに行き、ときには熱心に一緒に拍手しながらも、アン・ヴェロニカの目はますます当惑し、美しい眉はますます寄りがちになった。これらの運動の側にいる――自分と近しいものだと、ときに強く感じる――それなのに、何かがつかめなかった。モーニングサイド・パークは受け身で、欠けていた。こちらは走り回り、活発だったが、やはり欠けていた。何かが足りなかった。「先頭に立つ」人々の多くが、見栄えがせず、色あせ、疲れて見えることは、無関係とは思えなかった。皆が議論下手で、振る舞いは自己中心的、言葉には一貫性がないことも、問題に影響した。運動や協会や集まりや議論の総体が、ただ一つにつながった失敗の光景であり、自分の主張の華やかさで惨めさを覆っているだけではないかと疑う瞬間もあった。たまたま、アン・ヴェロニカの交友圏でウィジェット家から最も遠い端には、モーニングサイド・パークの馬商人の一家がいた。ひどく着飾り、陽気に騒ぐ若い女たちと、派手な胴着と葉巻と吹き出物を好む、馬乗りの兄弟一人という顔ぶれだった。娘たちは驚くような角度で帽子をかぶり、人を仰天させ、悩殺するリボンをつけた。いつでも流行の最前線にいて、話題のことには初めから通じているのが好きだった。そして社会主義者とすべての改革家についての見解を、「本当にぞっとする」「気味が悪い」という言葉で表した。

たしかに、その言葉が、ミス・ミニヴァーの泳ぎ回る運動全般のある性質を伝えていることは否定できなかった。実際、気味が悪かった。だが、それでも――

進歩的思想と進歩的思想家の当惑させられる対照は、ついにアン・ヴェロニカの夜へも入り込み、眠れなくさせた。たとえば社会主義の一般原則は見事に思えたが、その提唱者の誰にも、同じ称賛は向かなかった。男女が対等の市民であるという思想には、さらに心を動かされた。自分をロンドンへ導いた個人の誇り、自由と尊重への願いを、大きく成長する女性の組織が形にし、普遍的な表現を与えていると気づいたのだ。だが、ミス・ミニヴァーが参政権運動の次の手段を論じるのを聞いたり、女たちが閣僚につきまとい、鉄柵に自分を南京錠でつなぎ、集会で立ち上がって甲高く選挙権を要求し、蹴り、叫びながら運び出される記事を読んだりすると、魂が反発した。品位は捨てられなかった。まだ言葉にならない何かが内にあり、自分の信念のこうした実践面のすべてから、彼女を遠ざけた。

「アン・ヴェロニカ、お前が反抗したのは、こんなことのためではない」と、それは言った。「これは、お前にふさわしい目的ではない。」

まるで暗闇に向き合っていて、その中には、まだ思い描きもしない、ひどく美しくすばらしい何かがあるかのようだった。眉間の小さな皺が、いっそう目立つようになった。

第五節

十二月の初め、アン・ヴェロニカは、質入れの手順をひそかに考え始めた。まず真珠の首飾りからにしようと決めた。ひどく不愉快な午後と晩を、金銭事情を考え、行動を計画して過ごした。外は激しい雨で、たいへん愚かなことに、いちばん丈夫なブーツをモーニングサイド・パークの父の家の靴入れに残してきていた。叔母は、新しい暖かな下着、十二足の長靴下、それに去年の冬の上着をこっそり送ってくれたが、あの親切な人もブーツは見落としていた。

こうしたことが、自分の立場をいやというほど明らかにした。ついに、以前からもっともだと思いながら、言葉にできないほどかすかな動機によって、これまで控えていた行動を取ることにした。シティーのラメージを訪ね、助言を求めるのだ。翌朝、とりわけ念入りに、きちんと身支度を整え、郵便局の名簿で住所を調べ、会いに行った。

外の事務室で数分待たなければならなかった。勢いのよい身なりと風貌の青年が三人、隠しきれない好奇心と称賛の目で彼女を見た。やがてラメージが大喜びで現れ、奥の部屋へ案内した。三人の青年は、意味ありげな視線を交わした。

奥の部屋はなかなか優雅で、厚い上等なトルコ絨毯、立派な真鍮の炉囲い、古い上質の書き物机があった。壁にはグルーズによる二人の少女の頭部の版画と、日なたの池で水浴びする少年たちを描いた現代絵画の版画が掛かっていた。

「いや、驚いた!」とラメージは言った。「すばらしい! 君が僕の世界から消えてしまったように感じていたんだ。モーニングサイド・パークを留守にしていたのかい?」

「お邪魔ではありませんか?」

「邪魔だとも。すばらしくね。仕事というものは、こんな中断のためにある。さあ、いちばん大事なお客用の椅子だ。」

アン・ヴェロニカは腰を下ろし、ラメージの熱心な目は、その姿を堪能した。

「君を待っていたんだ」と彼は言った。「白状するよ。」

こんなに目が突き出ていたかしら、と彼女は思った。

「ご相談があるんです」とアン・ヴェロニカは言った。

「何だい?」

「前にお話ししたことを覚えていますか――丘陵地の柵の門で。女の子がどうやって自立できるかというお話を。」

「ああ、覚えているとも。」

「実は、家でちょっとしたことがあって。」

言葉を切った。

「スタンリーさんに何かあったのかい?」

「父と仲違いしたんです。わたしに何をしてよくて、何をしてはいけないかという――問題で。父は――実は――部屋に閉じ込めたんです。事実上。」

一瞬、息が続かなくなった。

「何だって!」とラメージ氏は言った。

「父が認めない美術学生の舞踏会へ行きたかったんです。」

「行って何が悪い?」

「そんなことが続いてはいけないと思って。それで荷物をまとめて、翌日ロンドンへ来ました。」

「友達のところへ?」

「下宿へ――一人で。」

「いや、君はなかなか勇気がある。自分一人でやったのかい?」

アン・ヴェロニカは微笑んだ。「まったく一人で」と言った。

「見事だ!」

彼は背をもたせ、少し首をかしげて彼女を見た。「いやはや!」と言った。「君には、まっすぐなところがある。僕が父親だったら、閉じ込めただろうか。幸い、そうじゃない。それで、すぐに世界と戦い、自分の足場で市民になろうと踏み出したわけだ?」

また身を乗り出し、机の上で両手を組んだ。

「世界はどう迎えた?」と尋ねた。「僕が世界なら、真紅の絨毯を敷いて、欲しいものを言ってもらって、あとは好きなように僕の上を歩いてもらうと思う。だが世界は、そうしなかった。」

「そうとは言えません。」

「大きな、取りつく島のない背中を向けて、別のことを考え続けた。」

「週十五シリングから二十二シリングを提示しました――骨の折れる仕事に。」

「世界は若さと勇気に何を払うべきか、わかっていない。昔からね。」

「ええ」とアン・ヴェロニカは言った。「でも問題は、仕事が欲しいということです。」

「そのとおり! それで僕のところへ来た。見てのとおり、僕は背を向けない。君を見て、頭の先から爪先まで、君のことを考えている。」

「それで、どうすればいいと思われますか?」

「そこだ!」

彼は文鎮を持ち上げ、そっとまた置いた。「どうすればいいのか?」

「いろいろな仕事を探しました。」

「注目すべきなのは、根本的には、君はそれを特にやりたいわけではないということだ。」

「よくわかりません。」

「自由になりたい、それはそうだ。だが自由にしてくれる仕事そのものを、特にやりたいわけじゃない。仕事自体には興味がないということさ。」

「そうだと思います。」

「そこが、僕らの違いの一つだ。男は子供のようなものだ。遊びでも、競技でも、仕事でも、夢中になれる。だから、ときにはかなりうまくやり、成功するんだ。だが女は――たいてい、そんなふうには打ち込まない。実際のところ、自分の仕事ではないのさ。当然、うまくできず、出世もせず、それで世間も金を払わない。あちこちに広がる関心をつかまないんだ。もっと真剣で、人生の中心的な現実に集中し、その――外側の面には、少し焦れったさを感じるからだ。少なくとも、それが、賢い女の独立した職業生活を、賢い男よりずっと難しくするのだと思う。」

「専門を身につけないということですか。」

アン・ヴェロニカは懸命に話についていこうとした。

「すでに専門があるからさ。その専門は人生の中心にあるもの、生命そのもの、生命の温もり、性――そして愛だ。」

深い確信のある様子で、アン・ヴェロニカの顔に目を据えて言った。奥深い個人的な秘密を打ち明けたような顔だった。彼女は、その事実を突きつけられてひるみ、答えかけて思いとどまった。かすかに頬を染めた。

「それは、わたしの質問とは関係ありません」と言った。「本当かもしれませんが、今考えていることとは少し違います。」

「もちろん、違うね」とラメージは、深い物思いから目を覚ます者のように言った。そして、彼女がどんな手を打ち、どんな問い合わせをしたか、実務的に尋ね始めた。以前、丘陵地の柵越しに話したときの、軽やかな楽観は少しもなかった。助けにはなったが、厳しく疑わしげだった。「いいかい」と言った。「僕の目から見れば、君は大人だ。あらゆる女神と同じ年で、今生きているどんな男とも同時代の人間だ。だが、その――経済的な観点からすれば、君はひどく若く、まったく経験がない。」

彼はその考えに戻り、さらに展開した。「君はまだ」と言った。「教育を受ける年齢なんだ。女が相応にこなして生計を立てられる、職業の世界の大半のことから見れば、君は未熟で、教育も半ばだ。たとえば学位を取っていたならね。」

秘書の仕事にも触れたが、それでもタイプと速記が必要だった。今すべきことは給料を稼ぐことではなく、能力を蓄えることなのだと、彼はますますはっきり示した。「つまり」と言った。「この種のことでは、君は手の届かない金鉱のようなものだ。素材はすばらしい。だが売れるように準備されたものがない。それが、商売上の率直な現状だ。」

彼は考えた。それから机を手でたたき、名案を思いついた男の顔で見上げた。「そうだ」と、目を突き出して言った。「今すぐ、何か仕事を得る必要があるかい? 自由でなければならないなら、なぜ賢い方法を取らない? まともな自由に値する人間になるんだ。たとえばインペリアル・カレッジで勉強を続け、学位を取って、自分の価値を高める。あるいは、徹底したタイプ、速記、秘書の専門家になる。」

「でも、それはできません。」

「なぜ?」

「家へ帰れば、父はカレッジに反対しますし、タイプとなると――」

「帰らなければいい。」

「ええ、でもお忘れです。どうやって暮らすんですか?」

「簡単だ。簡単だよ……。借りればいい……。僕から。」

「それはできません」とアン・ヴェロニカは鋭く言った。

「できない理由はないと思うが。」

「無理です。」

「友達同士として。男ならいつもやっている。男と同じようにやっていくと言うなら――」

「いいえ、絶対に考えられません、ラメージさん。」

アン・ヴェロニカの顔は熱くなっていた。

ラメージは、少し締まりのない唇をすぼめ、じっと彼女を見つめたまま肩をすくめた。「まあ、ともかく――君の反対の理由が、僕にはよくわからない。僕の助言はそれだよ。僕はここにいる。君の資金を僕が預かっていると思えばいい。初めは――妙に思えるのかもしれない。人はお金のことを、ひどく遠慮するよう育てられる。まるではしたないことのように――ただの一種の気恥ずかしさなんだ。だが、僕から引き出していい。嫌な仕事か、家へ帰るか、その代わりに僕がいる。」

「ご親切はありがたいのですが――」とアン・ヴェロニカは言いかけた。

「いや、何でもない。友人としての、礼儀正しい提案にすぎない。慈善を申し出ているんじゃない。五パーセントの利息を取るよ。きちんと、公平に。」

アン・ヴェロニカは素早く口を開いたが、何も言わなかった。だが五パーセントという条件で、ラメージの提案は確かによく見えるようになった。

「まあ、とにかく、いつでもそのつもりでいてくれ。」

また文鎮を軽く置き、まったく無関心そうな声で話した。「さて、どうやってモーニングサイド・パークから逃げたのか、聞かせてくれないか。荷物はどうやって家から出した? ある意味では――ちょっと――面白くなかったかい? 僕には、失った若さについての後悔の一つなんだ。いつも、誰とも、どこからも逃げ出したことがない。今となっては――もう年を取りすぎたと思われるだろうな。自分ではそう感じないが……。ずいぶん大事件のただ中にいる気がしなかったかい――列車で――ウォータールー駅へ向かう途中?」

第六節

クリスマス前に、アン・ヴェロニカは再びラメージを訪ね、初めは断った申し出を受け入れた。

多くの小さなことが、その決心を促した。いちばん大きかったのは、金の必要性を切実に感じ始めたことだった。ブーツと外出用のスカートを買わざるをえず、真珠の首飾りを質屋に入れても、失望するほどわずかにしかならなかった。それに、借りたいという気持ちもあった。いろいろな点で、ラメージの言うとおり、まさに賢明な方法に思えた。そこに金はあり、借りることができる。それによって冒険全体を、もっと広く、よい土台に据えられる。実際、反抗から多少なりとも成功を得るには、ほとんど唯一の道に思えた。家族への主張を通すためだけでも、成功したかった。それに結局、なぜラメージから借りてはいけないのか。

彼の言ったことは本当だった。中流階級の人々は、お金についてばかげたほど潔癖だった。どうして、そうでなければならないのか。

彼女とラメージは友達、たいへんよい友達だった。自分が助けられる立場なら助ける。ただ、今は逆だというだけだ。彼が彼女を助けられる立場にいる。何の問題があるのか。

自分のためらいを正面から見据えることはできなかった。そこでラメージのところへ行き、ほとんどすぐに用件を切り出した。

「四十ポンド、お貸しいただけますか?」と言った。

ラメージ氏は表情を抑え、ひどく素早く考えた。

「承知した」と言った。「もちろんだ」。そして小切手帳を引き寄せた。

「どうせなら」と言った。「まとまった額にするのがいちばんだ。

「ただ、小切手では渡さないほうが――いや、そうしよう。線引きなしの小切手にする。そうすれば、すぐ近くの銀行で現金にできる……。全部持ち歩かないほうがいい。郵便局に小さな口座を作り、五ポンドずつ引き出すといい。銀行口座のような紹介人だの何だのは要らない。金も長持ちするし――面倒もない。」

彼は彼女のすぐ近くに立ち上がり、目をのぞき込んだ。ひどく不可解で、つかみどころのない何かを理解しようとしているようだった。「嬉しいよ」と言った。「君が僕を頼ってくれたと思うとね。信頼の証しのようなものだ。前は――冷たくあしらわれた気がした。」

ためらってから、急に話を変えた。「君と話したいことが、いくらでもあるんだ。ちょうど昼食の時間だ。一緒に食べよう。」

アン・ヴェロニカは少し身をかわした。「お時間を取らせたくありません。」

「シティーの店には行かない。男ばかりだし、誰だって噂を立てられる。だが、静かに少し話せる、小さな店を知っている。」

アン・ヴェロニカは、はっきり言えない理由で、一緒に昼食を取りたくなかった。あまりにはっきりしないので、その気持ちを退けた。ラメージはきびきびと気を配りながら彼女と外の事務室を通り、三人の事務員の強い興味を誘った。三人は一つしかない窓を奪い合い、彼女が二輪馬車に乗せられるのを見た。その後の彼らの会話は、この物語の範囲外である。

「リッターズへ!」とラメージは御者に言った。「ディーン・ストリートだ。」

アン・ヴェロニカが二輪馬車に乗ることは珍しく、乗っているだけで一つの出来事であり、気分が浮き立った。大きな車輪の上で高く楽に揺れる感じ、馬の蹄の軽快な音、人であふれる街を通り過ぎることが好きだった。楽しいとラメージに打ち明けた。

リッターズも、たいへん面白く、異国風で、慎み深い店だった。少し入り組んだ小さな部屋に小卓がいくつもあり、赤い電灯の笠と花があった。霧はなかったが曇りの日で、電灯の笠が暖かく光っていた。英語の足りないイタリア人の給仕がラメージの注文を取り、愛情を示すように給仕した。アン・ヴェロニカは、何もかもなかなか愉快だと思った。リッターは多くの同国人よりよい料理を出し、調理もうまかった。ラメージは女性の味覚をよく心得て、ヴェロ・カプリを注文した。その独特な混合酒を一、二口飲んで血が温まると、こうして男と二人きりで昼食を取るのは、まさに叔母が反対することだと感じた。それでも同時に、まったく無邪気で、心地よいことでもあった。

二人は食事を挟んで、気楽に親しく、アン・ヴェロニカのことを話した。彼は本当に機知があり、賢かった。会話には大胆さがあり、許されるぎりぎりのところにとどまっていた。彼女はグープス夫妻やフェビアン協会の人々を説明し、下宿の女主人の様子を描いてみせた。彼は現代の若い女性の展望について、この上なく自由で面白く話した。人生について、ずいぶん多くを知っているようだった。さまざまな可能性を垣間見せ、好奇心を呼び起こした。テディの中身のない気取りとは、見事な対照だった。彼との友情は、持つ価値のあるものに思えた……。

だがその晩、自室で思い返すと、曖昧で解きほぐせない疑いが、その確信を横切って漂った。彼に対して自分はどんな立場なのか、あの顔に抑えられた輝きは何を意味するのか、疑わしくなった。会話で十分に役を果たそうとして、話すべき以上に自由に話し、自分について誤った印象を与えたのではないかと感じた。

第七節

それはクリスマス・イヴの二日前だった。翌朝、父から簡潔な手紙が来た。

「愛する娘へ」とあった。「赦しの季節を目前に、和解を願って最後の手を差し伸べる。本来、こちらから頼む立場ではないが、帰宅してほしい。この屋根は、まだお前に開かれている。帰ってきても責められることはなく、お前が幸せになれるよう、できることはすべてする。

「実際、帰ってくれるよう懇願せずにはいられない。この冒険は、あまりにも長く続きすぎた。叔母さんにもわたしにも、深刻な苦痛になっている。何を動機にこんなことをしているのか、どうやって続けられるのか、何を元手に暮らしているのか、まるで理解できない。ほんの些細な一点――お前の不在を説明するのが、こちらにとってどれほど困ることか――だけでも考えてくれれば、わたしたちにとって何を意味するのか、わかり始めると思う。叔母さんもこの願いに心から賛成していることは、言うまでもない。

「どうか帰ってきなさい。お前に対して、わからず屋でいるつもりはない。

「お前を愛する

「父より。」

アン・ヴェロニカは父の手紙を手に、暖炉のそばに座っていた。「変な手紙を書くのね」と言った。「たいていの人の手紙は変なのかもしれない。屋根が開いている――ノアの方舟みたい。本当に帰ってきてほしいのかしら。不思議だわ。父のことも、どう感じるのか、何を感じるのかも、こんなに知らないなんて。」

「グウェンには、どうしたのかしら。」

思いは姉のことへ流れていった。「グウェンに会いに行くべきね」と言った。「何があったのかしら。」

それから叔母を考えた。「帰りたいわ」と声に出した。「叔母さまを喜ばせるために。本当に優しくしてくれたもの。父があれほどわずかしか渡さないことを思えば。」

だが真実が勝った。「不思議なのは、喜ばせるためには帰らないってことね。あの人なりに、本当に優しいのに。喜ばせたいと思うべきなのに。思わない。どうでもいいの。気にかけようとしても、できない。」

やがて、父の手紙と比べるように、書類を入れた箱からラメージの小切手を取り出した。それまで、まだ現金に換えていなかった。裏書さえしていなかった。

「これを捨てたらどうかしら」と、薄紫の紙片を手に立ったまま言った。「捨てて、降参して、家へ帰ったら! 結局、ロディが正しかったのかもしれない! 

「父は扉を開けたり閉めたりしているけれど、そのうちには――

「今なら、まだ帰れる!」

ラメージの小切手を、真ん中から裂くように持った。「いいえ」と、ついに言った。「わたしは一人の人間よ――臆病な女じゃない。家で何ができるの? 帰るのは、へなへなと崩れること――ただの降伏よ。怖じ気だわ! 最後までやり抜く。」

第八章

生物学

第一節

一月、アン・ヴェロニカは、ユーストン・ロードとグレート・ポートランド・ストリートに挟まれた裏通りの間からそびえる、中央インペリアル・カレッジの生物学実験室の学生になっていた。比較解剖学の上級課程に、たいへん着実に取り組んでいた。前の二か月にわたる、とりとめのない不確実さに代わり、秩序立って展開する一つの主題に心を向けられることに、驚くほど安堵していた。そして二つの事実を、できるかぎり頭の奥へ押し込み、見ないようにした。第一に、この満足のいく活動の避難所を得たのは、ラメージに四十ポンドの借金をしたからであること。第二に、今の立場は必然的に一時的で、先の見通しはまったく不確かであることだった。

生物学実験室には、そこだけの空気があった。

建物の最上階にあり、低い建物の密集を越えて、リージェンツ・パークのほうまで見晴らせた。細長く、明るく、風通しのよい静かな室内に、小机と流しが並び、変性アルコールと、弱められ消毒された有機物の腐敗の匂いがかすかに漂っていた。内側の壁沿いには、ラッセル自身が作製した標本が、見事な秩序で展示されていた。アン・ヴェロニカに最も強い印象を与えたのは、その比類のない的確さだった。これまで知っていたどの場所の空気も、散漫で混乱して見えるほどだった。部屋全体と、その中のすべてが、一つのことを目指していた。動植物の構造の意味を示し、詳しくし、検討し、照らし、ますます明らかにすることだった。床から天井まで、端から端まで、生命の形態の理論を扱っていた。黒板脇の布巾も、水道の蛇口の座金さえも、その仕事の一端を担うためにあった。教会よりも、単純明快に目的へ集中していた。満足の大きな部分は、おそらくそこから来ていた。フェビアン協会の集会の入り乱れた動きと人影、参政権要求を支える不可解な熱狂、一部は自己顕示、一部は巧みな駆け引き、一部は不十分に定式化された目的への支離滅裂な叫びである演説、街路の紙屑が渦に吹かれるような聴衆や支持者の出入り――それらに比べ、この長く静かで整然とした部屋は、雲間に見える星のように輝いた。

来る日も来る日も、講義室で決まった一時間、ラッセルは精緻な力量と忍耐で、難問と示唆、事例と反例を組み合わせ、生命の系統樹を丹念に築いた。それから学生たちは長い実験室へ行き、実習指導員ケイプスのもと、顕微鏡とメス、探針とミクロトーム[訳注:顕微鏡観察用の薄い切片を作る器具]を使い、技能と注意のかぎりを尽くして、ほとんど生きているような組織の中にそれらの事実をたどった。ときおり隣の小さな標本室へ駆け込み、規律正しく並ぶ標本、模型、説明を調べた。机の列の通路の両端には黒板が二枚ずつあり、その前でケイプスが、ラッセルのゆっくりと断定的な発音とは鮮やかに対照をなす、速く、神経の鋭い話し方で、解剖を指示し、調べている構造に光を当てる解説をした。それから実験室を歩き、一人一人の脇へ順に座って作業を確かめ、難点を話し合い、ラッセルの講義から生じた質問に答えた。

アン・ヴェロニカは、ラッセルという偉大な人物、ダーウィン説論争で果たした役割、銀髪のたてがみの下にある、固く結んだ口と黄色みを帯びた獅子のような顔の決然たる印象に心を奪われて、インペリアル・カレッジへ来た。ケイプスは、いわば発見だった。思いがけない付け加えだった。ラッセルは灯台のように燃えたが、ケイプスは素早い閃光で照らし、ラッセルが頑として陰に置く百もの隅へ、たとえ一瞬でも光を投げた。

ケイプスは三十二、三歳で、ひときわ色の白い男だった。赤みの強い金髪で、まつげまで薄い色でなかったのは幸いだった。本人にも、小さいながらけっして侮れない評判があった。黒板の前では、心地よい、ごくわずかに舌足らずな声で、独特の自然さをもって話した。説明は、ときにひどく不器用で、ときに鮮やかだった。解剖は少しぎこちなく、せっかちだったが、全体としては的確だった。図は焦れったいほど直接的に描き、精密さの不足を、要点を捉える力で補った。色チョークが、さまざまな色のロケット花火の群れのように黒板を飛び、次々に図がひらめいて現れた。

その年、上級実験室には、例年になく娘や女性の割合が多かった。おそらく、クラス全体がとりわけ少人数だったためだろう。九人のうち四人が女子学生だった。少人数のおかげで、大人数のクラスではできないほど、気楽に会話を交わしながら作業を進められた。そして四時には皆で茶を飲む習慣が、ミス・ガーヴィスの世話でできていた。背が高く優美で、知的な不得手ぶりが際立ち、女主人としての本能だけは異常なほど発達しているらしい娘だった。

ケイプスも、このお茶に来た。来るのが明らかに好きで、準備室の戸口に現れては、感じのよい照れを見せ、誘いを待ってためらった。

初めからアン・ヴェロニカには、ひときわ興味深い男だった。まず、これまで会った中で最も変化の多い人物に思えた。あるときは才気にあふれて主導権を握り、誰よりもよく話し、ひどく親切でさえなければ横暴になっただろう。またあるときは、ほとんど一言しか返さず、ミス・ガーヴィスの巧みな誘い出しをすべて退けた。明らかに苛立ち、居心地が悪そうで、平然と見せようとしてうまくいかないこともあった。ときには独特の毒のある機知があふれ、あえてその前に出る勇気のあるどんな話題にも、壊滅的な効果を及ぼした。アン・ヴェロニカが知っていた男たちは、もっと一定していた。いつも滑稽なテディ、いつも権威的で感傷的な父、いつもマニングであるマニング。ほかに会った男の大半にも、同じ変わらなさがあると感じていた。グープスは、いつも知識人然として、ゆっくりして、ソクラテス式に違いない。ラメージもそうだった。いつも、あの貪欲そうな気配、知識と探りの気配があり、話には、かなりよいものと、かなりくだらないものが混じるだろう。だがケイプスについては、何も確かに予測できなかった。

五人の男子学生は、雑多な顔ぶれだった。十八歳のひどく色白の若者がいて、ラッセルそっくりに髪を後ろへなでつけ、彼女の近くでは気詰まりになるほど黙りがちだった。だから彼にはいつも親切にするのが、キリスト教徒としての最低限の思いやりだと感じた。紺の服を着た、だらしない二十五歳の青年は、生物学の神殿の正統な神々に、マルクスとベーベルを混ぜていた。背が低く、赤ら顔の決然とした青年は、細菌学への権威ぶった態度を父から受け継いでいた。控えめな物腰で、図を美しく描き、英語は不完全な日本人学生もいた。それに、複雑な眼鏡をかけた、浅黒く洗っていないスコットランド人がいた。彼は毎朝、志願の補助実習指導員のようにやって来て、彼女の作業と彼女自身を間近に見て、解剖を「まあまあ」「実にまあまあ」「普通の女性の水準をはるかに超える」と評した。熱烈な感謝が爆発するのを待つようにしばらくうろつき、何度も感心したように振り返って、面取りされた眼鏡をダイヤモンドのように光らせながら、自分の席へ戻った。

女性たちは男性ほど面白くない、とアン・ヴェロニカは思った。女教師が二人いて、その一人、ミス・クレッグは、ミス・ミニヴァーのいとこでもおかしくないほど、ミニヴァー的な特徴が多かった。自分のことに没頭していて、名を知ることもなかったが、見事に作業する娘もいた。そしてミス・ガーヴィスは、初めはたいそう彼女を惹きつけた――身のこなしが実に美しかった――が、最後には、美しく動くことがその人間のすべてなのだという印象を与えた。

第二節

それから数週間は、アン・ヴェロニカにとって、思考と成長がきわめて活発な時期だった。混沌とした職探しから頭が離れ、首尾一貫した体系的な思想の展開に再び触れるや、それまで数週間の押し寄せる印象が、つながり始めたようだった。中央インペリアル・カレッジの上級課程は、現に生きている関心や当代の論争と密接につながっていた。説明と材料は、ラッセルの二大研究――腕足類と棘皮動物の関係、および各種海洋生物の自由遊泳する幼生形態における、二次的・三次的な哺乳類的、擬似哺乳類的要因――から引かれていた。さらに当時、インペリアル・カレッジとケンブリッジのメンデル派の間では、相互批判の激しい砲火が交わされ、その響きが講義にも届いていた。初めから終わりまで、すべてが第一線のものだった。

だが、その科学の影響は専門分野をはるかに越えて広がった。美しいが高度に専門的で、当然怯えている読者をわずかでも煩わせるつもりのない問題の範囲を越えていた。生物学は、驚くほど多くを消化する科学である。広い射程を持つ暫定的な一般論をいくつも差し出し、次に、それらと無限に多様な現象の集まりを、調和させ、関係づけようとする。卵の発生部位の小さな筋、じれた馬の神経質な動き、計算の得意な少年の手際、魚の感覚、庭の花の根につく菌、潮に濡れた岩のぬめり――そうした無数のものが証拠を示し、光を当てられる。そして触手を伸ばすこうした一般論は、博物学と比較解剖学の事実をすべてまとめるだけでなく、正規の領域のまったく外にある関心の世界へ、さらにさらに手を伸ばし続けるようだった。

ある夜、ミス・ミニヴァーと長く話した後、アン・ヴェロニカには突然、驚くべきこととして、奇怪で新しい一面として、ゆっくり精緻になっていくこの生物学の体系が、自分にとって学問以上の意味を持つのだとわかった。そればかりではなく、それは結局、フェビアン協会の討論、ウェスト・セントラル芸術クラブの話、画室のおしゃべり、簡素な生活を営む家庭での深い底なしの議論、その根底にある同じ問いを、もっと体系的で具体的に調べる方法だった。皆が性質、流れ、あり方、方法、姿に関心を寄せているのは、同じビオス――生命――なのだ。そして彼女も、彼女自身という一個の存在も、この永遠の生命であり、選択と増殖、失敗か生存へ向かう、繰り返しの旅をまた始めているのだった。

だがそれは、自分自身への適用が一瞬ひらめいただけで、この時点では、それ以上追究しなかった。

そして今では、アン・ヴェロニカの夜も忙しくなりつつあった。ミス・ミニヴァーとともに、社会主義運動と女性参政権運動への関心を追った。中央や地方のフェビアン協会のさまざまな集まりへ行き、参政権集会にもいくつも出た。テディ・ウィジェットはそうした集まりの縁に漂い、アン・ヴェロニカに目をしばたたかせ、ときどき無闇に親しげに駆け寄り、集会の後は彼女とミス・ミニヴァーを連れ出して、気の合う多彩な若いフェビアンたちとココアを飲んだ。マニング氏も折に触れて彼女の世界へ大きく姿を現し、役に立たない気遣いに満ち、ほとんどいつも彼女をすばらしい、すばらしいと言い、じっくり話し合えればと願った。彼はアン・ヴェロニカの戦役の補給として、お茶を提供した――かなりの回数のお茶を。たいていはトッテナム・コート・ロードの果物店の上にある気持ちのよい喫茶室へ誘い、自分の見解を論じ、彼女が命じさえすれば千もの献身を捧げるとほのめかした。そして、芸術的な感受性や美的な鑑賞を、句読点を丁寧に打つような文章と、大きく明瞭な声で表した。クリスマスには、柔らかな革で美しく装丁された小型版のメレディス全集を贈った。本人がほのめかしたところでは、作者の選択は自分より彼女の好みに従ったのだった。

会うたび、その態度には、目立って意識的な寛容さがあった。公認されない二人の面会が、礼儀上ひどく不適切だと感じていることだけでなく、自分にはその逸脱は少しも問題でなく、そんな配慮は風に投げ捨てた、そして投げ捨て続けている、ということを伝えた。

そのうえ彼女は、ラメージともほぼ毎週会って話すようになっていた。二人は特別な友達なのだという説を、本人はきわめて真剣に受け止めていた。ラメージは、ソーホー寄りの小さなイタリア料理店や半ばボヘミアン風の店、あるいはピカデリー・サーカス付近のもっとしゃれた豪華な店での夕食に誘った。大抵は断る気になれなかった。実際、断りたくもなかった。正体の曖昧なオードブルを豪勢に並べた始まりから、ひだ付きの紙皿に盛ったわずかなアイスクリームまで、キャンティの瓶とパルメザンの器、多国語の給仕と客を伴う夕食は、とても愉快で華やかだった。そして彼女は本当にラメージを好み、助けと助言を大切にした。自分の関心のあるさまざまな問題に、彼がどれほど違う、特徴的な近づき方をするかを見るのは面白かったし、モーニングサイド・パークの住人の生活に、こんな別の面を発見するのも愉快だった。そこに家を持つ人は皆、父がいつもそうするように、遅くとも七時までには帰るものだと思っていた。ラメージはいつも女か、女の関わることを話し、とりわけアン・ヴェロニカ自身の人生観をよく話題にした。男と女の境遇を絶えず対比し、その中で彼女を、すばらしく新しい出発点として扱った。普通でない関係であるだけに、アン・ヴェロニカはますますそれを好んだ。

夕食の後は散歩をした。たいていはテムズ川のエンバンクメントへ行き、ウォータールー橋の両側に広がる川の二つの曲線を眺めた。それから、たとえばウェストミンスター橋で別れ、彼はウォータールー駅へ向かった。一度、ミュージックホールで評判の新しい踊り子を見ようと提案したが、アン・ヴェロニカは見たいと思わなかった。その代わり、踊りと、それが人間の生で持ちうる意味を話した。アン・ヴェロニカは、健やかな喜びを表す自然な力の解放だと思ったが、ラメージは、人間も踊る鳥や動物も、踊りによって自分の肉体を感じ、意識するようになるのだと考えた。

この交際は、アン・ヴェロニカの心を温め、ラメージへの親しい愛情を育てるために計画されたものだったが、確実に温められたのはラメージのほうで、彼女への関心は絶えず深まった。進展は実に遅いと感じていたが、どうすれば早められるかはわからなかった。彼女の中にある考えを作り、ある好奇心や感情に命を与えなければならない、と感じた。それができるまでは、娘は男の接近に対して、冷たく施錠された存在なのだと、人生のある種の経験が教えていた。この点で、彼女にはまったく不可解であるという魅力があった。一方では率直で単純に考えるらしく、多くの女が避けるか隠すよう教えられた話題も、穏やかに自由に語った。他方では、たいていの娘や女なら思い至りそうな、個人的な意味へのさまざまな当てはめに、気づいていないか、気づいていないように見せていた――そこが謎だった。彼は、自分が気力と品格と経験を持つ男で、彼女が若く美しい女であり、二人の関係にはあらゆる解釈が可能なのだと、気づかせようと常に努めた。そこから、あらゆる関係が可能だという考えへ進んでくれると期待した。彼女は揺るぎなく無感覚に見える態度で応じ、性を意識する若く美しい女としては決して応じなかった。いつも、知性ある女子学生の役割のままだった。

彼女の美しさへの感受性は、会うたびに深まり、鋭くなった。ときおり、その存在全体が、彼の目にはまばゆく輝いた。通りをこちらへ歩いてくる姿が、不意の驚きになった。予想していたものに比べ、あまりにも美しく、微笑み、歓迎し、のびやかで、明るく、生き生きしていた。あるいは、髪の波、額や首の輪郭の小さな線に、何かを見いだし、それがこの上ない発見になった。

彼は彼女のことを、度を越して考え始めた。奥の事務室に座り、彼女との会話を組み立てた。深く切り込み、理解を照らし、ほとんど決定的なところまで達する会話――だが実際に顔を合わせると、少しも役に立たない会話だった。また、ときには夜中に目を覚まし、彼女を考えるようにもなった。

彼女と自分を考えた。もはや初めのような、ついでの冒険という気分ではなかった。そして隣室に横たわる、気難しい病身の妻も思った。その金で彼の事業は生まれ、世間での地位は築かれたのだった。

「欲しいものは、たいてい手に入れてきたんだが」と、夜の静けさの中でラメージは言った。

第三節

しばらくのあいだ、アン・ヴェロニカの家族は、何もかも水に流してやるから帰ってこいと、直接働きかけるのをやめていた。明らかに、彼女の手持ちが尽きるのを待っているのだった。父も叔母も兄たちも何の音沙汰もよこさなかったが、二月の初めのある午後、叔母が訪ねてきた。たしなめたい気持ちと、威厳を保って腹を立てたい気持ちのあいだで揺れながらも、アン・ヴェロニカの身をひどく案じているのは明らかだった。「夜中に夢を見たのよ」と叔母は言った。「あなたが何か、つるつるした斜面のようなところにいて、両手でつかまっているのに滑り落ちていくの。ずるずる、ずるずる滑っているように見えて、顔は真っ白だったわ。本当にありありと、ありありと見えたのよ! 今にも滑って転げ落ちそうになりながら、必死でつかまっていて。それで目が覚めて、横になったままあなたのことを考えていたの。こんなところで毎晩たった一人、世話をしてくれる人もいないんだと思って。いったい何をしているのか、どんな目に遭っているのかしらって。すぐにこう思ったわ。『これは何かの符合か、それともケイパー・ソースのせいね』って。でも、確かにあなただったのよ。とにかく何かしなければと思って、来られるかぎり早く、こうして顔を見にきたの。」

叔母はかなり早口で話していた。「やっぱり言わずにはいられないわ」と、声の調子を変えて言った。「でも、あなたのように庇護者のいない若い娘が、ロンドンで一人暮らしをするなんて、どうしてもよいことだとは思えません。」

「でも、自分のことはちゃんとできます、叔母さま。」

「ここはさぞ居心地が悪いでしょうね。関わりのある者には、みんな居心地の悪いことなのよ。」

口調にはとげがあった。叔母は、あの夢でアン・ヴェロニカに一杯食わされたような気がしていたし、わざわざロンドンまで来たからには、思うことを言ってもよかろうと思ったのだった。

「クリスマスのごちそうもなし」と叔母は言った。「楽しいことなんて何もないでしょう! 何をしているのかさえ、こちらにはわからないのよ。」

「学位を取るための勉強を続けています。」

「それなら家でもできたでしょう?」

「インペリアル・カレッジで勉強しているの。叔母さま、わたしの専攻でちゃんとした学位を取るには、それしか道がないのに、お父さまは聞く耳を持ってくださらない。家にいたら、いつまでも言い争いばかりになるわ。それに、どうして帰れるでしょう――部屋に閉じ込めたり、あんなことをなさるのに。」

「こんなことが続かなければいいのに」と、しばらくしてミス・スタンリーは言った。「あなたとお父さまが、何とか折り合ってくれれば、本当にいいのだけれど。」

アン・ヴェロニカは心から答えた。「わたしもそう思います。」

「何か取り決めはできないかしら。いわば条約のようなものを結べない?」

「お父さまは守らないわ。ある晩ひどく機嫌を悪くなさったら、誰も約束のことなんて言い出せなくなるもの。」

「よくそんなことが言えますね。」

「でも、きっとそうなるわ!」

「それでも、あなたが口にすべきことではありません。」

「だから条約なんて結べないのよ。」

「わたしが条約を結んであげるのではだめ?」

アン・ヴェロニカは考えてみたが、ラメージと半ば内緒の夕食をともにしたり、ミス・ミニヴァーと社会主義を論じながら、夜更けまでロンドンの広場のまわりを歩いたりする余地を残してくれる条約など、どうしても思いつかなかった。今では自由の味を知っていたし、これまでのところ、庇護を必要としたこともない。それでも、条約という考えには確かに一理あった。

「どうやって暮らしを立てているのか、わたしにはさっぱりわからないわ」とミス・スタンリーが言うと、アン・ヴェロニカは急いで答えた。「ほんのわずかで間に合わせているの。」

気持ちはまた条約のことへ戻った。

「それにインペリアル・カレッジでは、お金を納めなくてはならないんじゃないの?」と叔母が言っていた――ありがたくない質問だった。

「多少はかかります。」

「では、どうやって工面したの?」

「困ったわ!」とアン・ヴェロニカは胸のうちで言い、後ろめたそうな顔にならないよう努めた。「お金を借りられたの。」

「お金を借りたですって! でも、誰が貸してくれたの?」

「友人です」とアン・ヴェロニカは言った。

追い詰められていくのを感じた。当然来るはずの次の問いに、もっともらしい答えをしようと大急ぎで頭を探ったが、その問いは来なかった。叔母の話は横道へそれた。「でも、アン・ヴェロニカ、借金を抱えることになるじゃないの!」

アン・ヴェロニカは、途方もない安堵を覚えながら、即座に毅然とした態度へ逃げ込んだ。「叔母さま」と言った。「わたしにも自尊心はありますから、そんなことにはならないと信じていただけると思うのですけれど。」

叔母はその反撃に、とっさに返す言葉が見つからなかった。アン・ヴェロニカはそこへ畳みかけるように、家に置いてきたブーツのことを唐突に尋ねた。

けれども帰りの列車の中で、叔母は筋道を立てて考え直した。

「お金を借りているのなら」とミス・スタンリーは言った。「借金をしているに決まっているじゃないの。まったく、何を言っているのやら……」

第四節

気づかぬほど少しずつ、ケイプスはアン・ヴェロニカの思いの中で重要な存在になっていった。やがて、その存在は一歩ずつ、ついには大股に歩を進めて、ますます彼女の心を占めるようになった。最初は実演授業や生物学の理論に興味を持ち、次にその人柄に惹ひかれ、そしてある意味で、彼の知性に恋をしたのだった。

ある日、実験室でお茶を飲んでいると、女性参政権をめぐる議論が始まった。運動は当時、実力行使に踏み出した初期の段階にあり、女性の中で反対していたのはミス・ガーヴィス一人だった。もっとも、アン・ヴェロニカも熱心な賛成派とはいえなかった。ただ、男性が反対すると、いつも参政権を支持する側へ気持ちが傾いた。攻勢の強い女性たちを最後まで支えてやらなければという、奇妙な仲間意識があったのである。この件に関するケイプスの態度は、腹が立つほど公平だった。ばかげた反対論なら叩きのめすこともできたし、優柔不断でどうしようもないというわけでもない。ただ、気乗りのしない懐疑を示すのだった。ミス・ガーヴィスが、女は人生の争いに身を投じることで、限りなく尊い何かを失うと思うと言うと、ミス・クレッグと最年少の女子学生が激しく攻撃した。議論はあちこちにそれ、合間にバターつきのパンが挟まった。ケイプスはミス・クレッグの肩を持ちかけたが、ミス・ガーヴィスが彼自身の文章を持ち出して、その言葉で彼を追い詰めた。雑誌『ナインティーンス・センチュリー』に最近載った論文で、彼はアトキンソンに従い、原始母権制と、動物界全体における雌の優越的な重要性を唱えるレスター・ウォードの説を、痛烈かつ有効に批判していたのだ。

アン・ヴェロニカは、教師にそうした文筆家の一面があるとは知らなかった。ミス・ガーヴィスに先を越され、少しばかり面白くなかった。その後、問題の論文を探し出してみると、文章も論の運びも実に見事に思えた。ケイプスには、肩肘張らず自然に書く才能と、明快で論理的に考える力が備わっていて、文章に沿ってその思考をたどると、真新しい、よく切れるナイフでものを切っているような感覚を覚えた。もっと読みたくなり、翌水曜には大英博物館へ出かけ、まず半クラウンの雑誌類から随筆を、次にさまざまな科学季刊誌から研究論文を探した。普通の研究論文は、大風呂敷を広げた理論でないかぎり、おがくずのように味気ないものになりがちだが、彼の論文には、一般読者向けの文章を際立たせていたのと同じ、のびやかで確かな明晰さがあり、アン・ヴェロニカは喜んだ。それからまた一般向けの文章に戻り、読み返すうち、機会さえあれば真っ先に、ミス・ガーヴィスにならってこれらを引用してみせようという思いが、心の奥ではっきり固まっていた。

その晩、下宿へ帰ると、半日を費やしたことをやや意外に思いながら振り返り、ケイプスが実際とても興味深い人物だということ、それ以上でも以下でもないのだと結論した。

それからケイプスのことをあれこれ思いふけった。なぜあれほど際立っていて、ほかの男とはあれほど違うのだろう。それが、自分が彼を好きになりかけているからかもしれないなどとは、しばらくのあいだ思いもよらなかった。

第五節

それでも、アン・ヴェロニカは愛について実に多くのことを考えていた。心の中にあった幾重ものためらいや知的な障壁が、脇へ押しやられたり、崩されたりしていた。身のまわりのあらゆる影響が彼女自身の性向と結びつき、家庭やしつけから受け継いだすべての習わしに逆らって、生の事実を臆せず見つめるよう促していた。ラメージは幾度となく巧みにほのめかし、彼女自身の人生の問題は、すべての女性の人生の問題と切り離せないどころか、実はその一つの例にすぎないこと、そして女の人生の問題とは愛なのだということを悟らせていた。

「若い男は、自分をどう世の中に位置づければよいかを考えながら、人生に踏み出す」とラメージは言っていた。「女は、自分をどう捧げればよいかを、本能的に考えながら人生に踏み出す。」

彼女はそれをうまい言葉として心に留めた。その言葉は芽を出し、説明の触手を脳裏に広げていった。生命を、つがいになり、繁殖し、淘汰され、またつがいになり、繁殖するものとして絶えず眺めている生物学の実験室も、その断言を別の言葉で一般化したものにしか見えなかった。そしてミニヴァーの仲間やウィジェットの仲間の話は、いつも荒天の船のように、愛という風下の岸へ吹き寄せられているように思えた。「七年間」とアン・ヴェロニカは言った。「わたしは愛について考えないようにしてきたのね……

「美しいものを、うさんくさそうに見るよう自分をしつけてきたんだわ。」

今では、それを正面から見ることを自分に許した。ひそかに、自分のための自由宣言をした。「こんなのはただのばかげた思い込み、怖くて口もきけないだけなのよ!」と言った。「ヴェールをかぶって生きる奴隷の暮らしだわ。これならモーニングサイド・パークにいたって同じ。愛というものは人生でいちばん大事なこと、女のほかのあらゆる制約を償ってくれる、ただ一つの出来事であり転機なのに、わたしは――女がみんなそうするように――顔を赤らめ、心を動かせなくしたまま、それに襲われるまで縮こまっているなんて! ……

「そんなの、まっぴらだわ。」

だが、それほど自分を解き放っても、愛について自由に語ることはできないのだった。

ラメージはいつもその禁じられた話題のまわりで剣先を交えるように、入り込む隙を探っていた。なぜ自分はその隙を与えないのだろうと、彼女は思った。けれども本能的な何かがそれを妨げ、「ばかな」娘ぶったり、潔癖ぶったりはすまいといくら固く決心していても、彼がこの話題で少しでも大胆になると、彼女の応じ方は厳密に科学的で非個人的なもの、ほとんど昆虫学的といってよいものになった。彼が言葉を発するたびに、それを殺し、ピンで留めて調べるのである。生物学の実験室では、それが彼女たちの無敵の話しぶりだった。けれども自分の精神のそうした禁欲ぶりが、ますます気に入らなくなった。ここには世間を知り尽くした男がいる。友人であり、このうえなく大事な問題に明らかに深い関心を持ち、自分の経験を役立ててくれようとしているのだ! なぜもっと気楽に接してはいけないのだろう。なぜいろいろなことを知ってはいけないのだろう。人間が学ぶのはただでさえ難しいのに、こうして唇と思考に鍵をかけてしまうから、必要以上に何倍も難しくなるのだ、と彼女は結論した。

とうとう一つの方向では、恥じらいの壁を打ち崩すことに成功し、ある夜、ミス・ミニヴァーと愛や愛の実際について語り合った。

ところがミス・ミニヴァーは、ひどく物足りなかった。グープス夫人の言い回しを繰り返すのだ。「進歩的な人々は」と、大いに解明してみせるような顔で言った。「愛を普遍的なものにしようとするのよ。『大いなるもの、小さきもの、そのすべてを最もよく愛する者こそ、最もよく祈る者』[訳注:コールリッジ『老水夫行』の一節]。わたし自身は、出会うものすべてを愛して生きているわ。」

「ええ、でも男の人は」とアン・ヴェロニカは思い切って切り込んだ。「男の人に愛されたいとは思わない?」

二人ともその問いに衝撃を受けて、数秒、黙ったままだった。

ミス・ミニヴァーは眼鏡の上から、ほとんど恨めしげに友を見た。「思いません!」ようやく答えた声は、アン・ヴェロニカに、張りの抜けたテニスラケットを思わせた。

「ああいうことは、もう経験ずみよ」と、ひと呼吸置いて続けた。

ゆっくりした口調だった。「知性に敬意を払える男には、まだ一度も会ったことがないわ。」

アン・ヴェロニカはしばらく考え深そうに相手を見つめ、これは原則の問題として食い下がろうと決めた。

「でも、もし会ったら?」

「想像もつかないわ」とミス・ミニヴァーは言った。「それに考えてもごらんなさい、考えても」――声が低くなった――「あの恐ろしい下品さを!」

「何が下品なの?」とアン・ヴェロニカは言った。

「まあ、ヴィー!」

声がひどく小さくなった。「知らないの?」

「ああ! 知っているわ――」

「それなら――」その顔は珍しく、ほんのり赤くなっていた。

アン・ヴェロニカは友の当惑を無視した。

「その下品さっていうことに、みんな少しごまかしをしていないかしら。わたしたち女はみんな、という意味よ」と言った。ひとまず言いよどんでから、先へ進むことにした。「肉体を醜いものだというふりをする。でも実際には、世界でいちばん美しいものだわ。今のわたしたちを形づくっているあらゆるものについて、考えもしないふりをしている。」

「違うわ」とミス・ミニヴァーは、ほとんど激しく叫んだ。「あなたは間違っている! そんなことを考える人だとは思わなかった。肉体! 肉体ですって! 恐ろしいものよ! わたしたちは魂なの。愛はもっと高い次元に生きている。わたしたちは動物ではないわ。もし愛せる男に出会ったとしても、その人を愛するのは」――また声が落ちた――「プラトニックに、よ。」

眼鏡がきらりと光った。「徹底してプラトニックに」と言った。

「魂と魂で。」

顔を火のほうへ向け、両肘を手で抱え、細い肩をすくめて身を縮めた。「ああ、いや!」と言った。

アン・ヴェロニカはその様子を見ながら、不思議に思った。

「男なんて要らないのよ」とミス・ミニヴァーは言った。「あの冷笑や大笑いをする男たちなんて、要らないわ。空っぽで、愚かで、粗野な獣よ。獣! いまだにわたしたちの間に残っている獣なの! いつか科学が、男なしで済ませる方法を教えてくれるかもしれないわ。大事なのは女だけ。どんな生き物もみな必要としているわけではないのよ――あの雄というものを。雄のいないものだってある。」

「アブラムシね」とアン・ヴェロニカは認めた。「もっとも、あれだって――」

二人は考え込み、会話がしばし途切れた。

アン・ヴェロニカは手の上で顎の位置を変えた。「どちらが正しいのかしら」と言った。「わたしには、そんな嫌悪感は――かけらもないわ。」

「トルストイはこのことを、本当によく書いているわ」と、ミス・ミニヴァーは友の態度を意に介さず言った。「すべて見抜いているの。高次の生と低次の生。男たちはみんな、粗野な考え、粗野な暮らし方、残酷な行いに汚されていると見ているのよ。それもただ――獣性に心を硬くし、怒りのうちに殺された肉の汁や、発酵した飲み物に毒されているからなの。考えてもごらんなさい! 何千何万という、恐ろしい小さな細菌が群がった飲み物なのよ!」

「あれは酵母よ」とアン・ヴェロニカは言った。「植物だわ。」

「同じことよ」とミス・ミニヴァーは言った。「そうして物質のせいで膨れ上がり、炎症を起こし、酔いしれる。繊細で微妙なものは一切見えなくなって、血走った目と膨らませた鼻孔で人生を見るの。身勝手で、不正で、独断的で、獣じみて、欲情に満ちている。」

「でも、食べるもので男の人の心が変わると、本当に思うの?」

「わかっているのよ」とミス・ミニヴァーは言った。「経験があるから信じるの。刺激になるものや興奮させるものを一切断って、真実の、清らかで簡素な生活を送っていると、考えられるの――考えられるのよ――ああ、水晶のように澄みきって。でも肉をひと口でも食べると――何でもそういうものを食べると――鏡がすっかり曇ってしまうの。」

第六節

その後、どこからともなく、生まれたばかりの欲求のように、アン・ヴェロニカの中に、美を目で見、耳で聞きたいという渇望が湧いた。

美意識が熱を帯びたかのようだった。心は自らを振り返り、これまで冷たく、硬かったと責めた。美を探し求め、思いがけない姿や場所に見いだすようになった。それまでは主に絵画やほかの芸術作品の中で、たまたま美に出会い、生活から切り離されたものとして見ていた。今では美の感覚が、周囲の世界の、それまで思いもしなかった無数の側面へ広がっていた。

美についての思いは、頭を離れなくなった。生物学の勉強にも織り込まれた。「適者生存の原理に従うなら、そもそもなぜ、わたしには美を感じる心があるのだろう?」と、ますます強い好奇心をもって自問するようになった。

そのおかげで、生物学のことを考えるべきだと思うときも、美について考え続けることができた。

一方では比較解剖学が、他方では美の感覚が、心の中に二つの価値体系、二つの説明の連なりを生み出し、彼女をひどく悩ませた。どちらがより優れ、より根源的なのか、どちらが他方に価値を与えるのか、決められなかった。生き延びようとするものたちの闘争が、いわば必然的な副産物として、こうした強烈な好みや鑑賞の心を生んだのか。それとも、外から働く神秘的な何か、巨大な力が、利便にさえ逆らい、生存上の価値も、生命のあらゆる明白な分別も顧みず、生命を美へと駆り立てているのか。彼女はその謎を抱えてケイプスのところへ行き、細心に、明瞭に問いを述べた。彼は見事に語り――彼女が難問を持ち込むと、いつもかなりの時間を割いて話してくれた――蝶の翅の模様、極楽鳥やハチドリの羽の、理解しがたいほど凝った華麗さ、虎の縞や豹の斑点について、さまざまな文献を教えた。話は興味深かったが結論は出ず、紹介された原論文も話が散漫で、せいぜい何かを示唆するにとどまった。その後ある午後、彼は彼女の周囲を行きつ戻りつしたあげく、そばに腰を下ろし、美とその謎についてしばらく語った。この問題になると、専門家らしからぬ神秘主義的な一面を見せた。いわば懐疑的な独断論を思考の方法としているラッセルとは対照的だった。話は音楽の美へ流れ、お茶の時間にもその続きを話した。

だが、学生たちがミス・ガーヴィスのティーポットを囲み、お茶を飲んだり煙草を吸ったりしているうちに、会話はケイプスの手を離れた。スコットランド人の学生は、美についての見解は必然的に形而上学上の前提に左右されるとアン・ヴェロニカに説き、ラッセルと同じ髪型の青年は、自分の見識を示したい一心で、日本人学生に、西洋芸術は対称的で東洋芸術は非対称的だとか、高等生物には、内部の不均衡を外側の対称性で覆う傾向があるとか語りだした。アン・ヴェロニカは、ケイプスとの話は別の日に続けようと決めて顔を上げた。すると彼は丸椅子に腰をかけ、両手をポケットへ入れ、首を少し傾けて、考え深そうに彼女を見ていた。不思議な驚きを覚えながら、一瞬、その目を見返した。

彼は目をそらし、物思いから覚めた人のようにミス・ガーヴィスをじっと見、それから立ち上がると、実験室をゆっくり歩いて、自分の隠れ場所である準備室へ向かった。

第七節

そしてある日、ささやかな出来事が起こり、大きな意味を帯びた。

彼女は発生途上のサンショウウオをミクロトーム[訳注:顕微鏡観察用の薄い切片を作る装置]で切った、リボン状に連なる切片を調べていた。彼が、どこまでわかったか見にきた。彼女が立ち上がり、彼は顕微鏡の前に座って、しばらく一枚ずつ切片を詳しく調べていた。見下ろすと、頬に陽光がきらめき、その頬一面に、柔らかな金色の産毛が生えているのが見えた。それを目にした瞬間、彼女の内側で何かが跳ねた。

何かが変わった。

これまでどんな人間に対しても感じたことがないほど、彼の存在を意識した。耳の形、首の筋肉、額から立ち上がる髪の質感、眉の向こうにわずかに見える、まぶたの小さな柔らかい曲線。そうした見慣れたものがすべて、痛いほど美しいものに見えた。それらは本当に、痛いほど美しいのだと悟った。意識は上着の下の肩をたどり、テーブルに軽く置かれた、しなやかで繊細そうな手にまで降りていった。彼は、確かな実体を持ち、強く、限りなく頼もしいものと感じられた。彼の存在への感覚が、全身にあふれた。

彼は立ち上がった。「ここに、かなりいいところがある」と言った。彼女ははっとし、懸命に気持ちを整えて顕微鏡の前へ戻った。彼はそばに立ち、ほとんど覆いかぶさるようにしていた。

その近さに体が震え、触れられるかもしれないという、胸の躍る恐れに満たされているのに気づいた。気を取り直し、接眼レンズに目を当てた。

「指針は見える?」

「見えます」と彼女は言った。

「こうなっているんだ」と言って、彼は丸椅子をそばへ引き寄せ、彼女の肘から四インチしか離れていないところに肘を置いて座り、図を描いた。それから立ち上がり、行ってしまった。

彼が去ると、巨大な空洞が開いたような、途方もなく大きな何かが失われたような感じがした。それが限りない名残惜しさなのか、限りない安堵なのか、わからなかった……

だが今やアン・ヴェロニカは、自分に何が起きたのかを知っていた。

第八節

その夜、服を半ば脱いでベッドに腰かけ、物思いにふけっていると、片方の手でもう一方の腕をなぞり、皮膚の下に柔らかく流れる筋肉をじっと見始めた。皮膚というものの驚くべき美しさ、生きた組織のあらゆる心地よさを思った。腕の外側には、この世でいちばんかすかな産毛を見つけた。「霊妙になったお猿さんね」と言った。腕をまっすぐ前へ伸ばし、手のひらをあちらへ、こちらへと返した。

「なぜ知らないふりをしなくちゃいけないの?」とささやいた。「なぜ知らないふりを? 

「世の中の美しいものが、どれほど包み隠され、覆いをかぶせられているか、考えてごらんなさい。」

鏡台の上の鏡をはにかむようにちらりと見て、それから周囲の家具へ目をやった。まるで家具が、心に顔をのぞかせた考えを見抜きでもするかのように。

「どうなのかしら」と、ようやくアン・ヴェロニカは言った。「わたしは美しいのかしら。いつか光のように、透き通る女神のように輝くことがあるのかしら? ――

「どうなのかしら――

「きっと娘たちも、女たちも、こうなることを祈り、こういう思いに至ったのね――バビロンでも、ニネヴェでも。

「自分というものの事実を、正面から見てはいけない理由なんてあるかしら?」

彼女は立ち上がった。鏡の前で姿勢を取り、真剣に考え、真剣に品定めし、それでいて感嘆する目で、自分の姿を眺めた。「それでも結局、わたしはごく普通の一人にすぎないのね!」

首筋の動脈が脈打つのを見つめ、やがて乳房の下で心臓が打っているところへ、そっと、ほとんどおずおずと手を当てた。

第九節

恋をしているという自覚がアン・ヴェロニカの心を満たし、そこにあるあらゆる思いの色合いを変えた。

絶えずケイプスのことを考えるようになり、今にして思えば、少なくとも何週間かは、知らず知らず彼のことばかり考えていたに違いなかった。心に彼の印象や記憶がどれほど蓄えられているか、仕草や何気ないひと言をどれほど生き生きと覚えているかに驚いた。夢中になる一つのことだけをこうも絶え間なく考え続けるのは、ばかげているし、いけないことだと思い、ほかの問題へ無理にでも心を向けようと懸命に努めた。

けれども、まるで無関係に見えることが、どれほど容易にまたケイプスへ思いを戻してしまうか、不思議なほどだった。そして眠りにつけば、ケイプスはいつも、新鮮で素晴らしい夢の客となった。

しばらくは、ただ愛しているだけで、本当に何もかも満たされるように思えた。ケイプスが自分を愛するなど、想像の届く範囲を越えていた。実際、自分を愛する人として彼を考えたくはなかった。自分の愛する人として彼を思い、そばにいて眺め、彼が自分を意識せず、あちこち動き、何かをし、何かを言うのを見ていたかった。自分もまた、自分自身を忘れたままで。彼が自分を愛していると考えたら、そのすべてが変わってしまう。そうなれば彼はこちらを向き、彼の目に映る自分を考えなければならなくなる。身構えてしまうだろう――自分がどう振る舞うかこそが大事になる。彼は何かを求め、彼女はその求めに応えることを切実に気にかけるだろう。愛することは、それよりもよかった。愛するとは自分を忘れ、ただひたすら、もう一人の人間を喜ぶことだった。ケイプスがそばにいれば、いつまでも愛し続けるだけで満足できると感じた。

翌日大学へ行くと、世界のすべてが、幸福をざっとこねて形や出来事や務めに仕立てたもののようだった。恋をしているおかげで、顕微鏡の作業はかえってよくはかどった。準備室の扉が開き、ケイプスが実験室を歩いてくる音を最初に聞いたときには、びくりとした。だが、ようやく彼がそばへ来たときには落ち着いていた。自分の椅子から少し離して丸椅子を用意した。その日の仕事を見終えると、彼はためらったのち、美についての議論をまた始めた。

「このあいだは」と彼は言った。「美について、少し神秘的に考えすぎたように思う。」

「わたしは神秘的な考え方が好きです」と彼女は言った。

「ここでの僕たちの仕事は、正しい考え方をすることだ。あれから考えていたんだが――美の知覚とは、根本的には、苦痛を伴わない感覚の強さにすぎないんじゃないかという気がする。組織の破壊を伴わない、知覚の強さだ。」

「わたしは神秘的な考え方のほうが好き」とアン・ヴェロニカは言い、考えた。

「美しいものには、強烈でないものもたくさんあります。」

「でも、たとえば繊細さだって、強く知覚されることはある。」

「でも、なぜある顔は美しくて、別の顔はそうではないのでしょう」とアン・ヴェロニカは異を唱えた。「先生の理論なら、陽の光の中で二つの顔を並べれば、どんな顔でも同じように美しくなるはずだわ。まったく同じ強さで受け取られるはずですから。」

彼は同意しなかった。「僕が言っているのは、単なる感覚の強さじゃない。知覚の強さと言ったんだ。調和や釣り合い、リズムを、強く知覚することもある。物理的な事実としては、ごくかすかで小さなものでも、爆弾の起爆装置のように、爆発力を解き放つんだ。外的要因だけでなく、内的要因もある……うまく言えているかどうかわからないが。要するに、美の本質的な要因は知覚の鮮やかさだということだ。もっとも、鮮やかさはささやき声から生まれることだってある。」

「それではまた」とアン・ヴェロニカは言った。「謎に戻ってしまいます。なぜあるものは心の深みを開き、ほかのものは開かないのでしょう?」

「まあ、それも結局は淘汰の結果かもしれない。ある種の昆虫が、黄色ほどずっと明るくはない青い花を好むようにね。」

「それでは夕焼けを説明できません。」

「昆虫が色紙に止まることほど、簡単にはね。でも、澄んで輝く健康な目を好まなければ――これは生物学的に理解できることだ――宝石を好むこともできないかもしれない。一つの好みが、ほかの好みに必然的に伴うこともある。それに、明るい色に輝く澄んだ空は、隠れ場所から出てきて、喜び、生き続けてよいという合図じゃないか。」

「うーん」とアン・ヴェロニカは言い、首を振った。

ケイプスは彼女と目を合わせ、明るくほほえんだ。「ちょっと思いつきを言ってみただけだ」と言った。「僕が言いたいのは、美は何か特別に外から差し込まれたものではないということだ。それが僕の考えだよ。美はただ生命そのもの、純粋な生命、生まれつつある生命、澄んで力強く流れる生命なんだ。」

次の学生のところへ行こうと、彼は立ち上がった。

「病的な美もあります」とアン・ヴェロニカは言った。

「本当にあるのかな!」とケイプスは言い、少し間を置いてから、ラッセルのような髪型をした学生の手元へ身をかがめた。

アン・ヴェロニカは、斜めになったその背をしばらく眺め、それから顕微鏡を手元へ引き寄せた。しばらく、じっと座っていた。難しい曲がり角を越えた気がした。自分に何が起きているのかを知る前と同じように、これからもまた彼と話していけるのだ……

一つだけ、心の中にはっきりした考えがあることに気づいた――研究奨学金を得て、何とかもう一年、この実験室にいよう。

「今なら、何もかもの意味がわかる」とアン・ヴェロニカは自分に言った。そして数日のあいだ、それまで頑固に包み隠されていた宇宙の秘密が、とうとうすっかり明かされたような気が、本当にしていた。

第九章

不協和音

第一節

アン・ヴェロニカが大きな発見をした直後のある午後、実験室に彼女あての電報が届いた。こうあった。

     ―――――――――――――――――――――――――-
     |  退屈で  |  何も     |  することが |  ない   |  今夜   |
     |―――――|―――――-|―――――|――――|――――|
     |  どこかで |  一緒に   |  食事を   |  して   |  話を   |
     |―――――|―――――-|―――――|――――|――――|
     |  しないか |  来て     |  くれれば |  とても |  ありがたい |
     |―――――|―――――-|―――――|――――|――――|
     |          |          |          | ラメージ |        |
     ―――――――――――――――――――――――――-

アン・ヴェロニカは、かなりうれしかった。ラメージには十日か十一日会っておらず、彼と気楽におしゃべりする気は十分にあった。そして今は、自分は恋をしている――恋を! ――あの素晴らしい状態にあるのだという思いで心がいっぱいだったから、彼にそのことを話そうと、ぼんやり考えていたのではないかと、私は本当に思う。いずれにせよ、彼から一ヤードも離れていない自分の頭の中で、この世界を揺るがす秘密が大暴れしているあいだに、彼らしい話を聞くのはよいことだろう――今なら前よりよくわかるかもしれない。

ところがラメージは少し憂鬱そうで、彼女は残念に思った。

「この一週間で七百ポンド以上もうけたよ」と彼は言った。

「それは気分がよさそう」とアン・ヴェロニカは言った。

「少しもよくない」と彼は言った。「ただゲームで点を取っただけさ。」

「でも、その点でいろいろなものが買えるでしょう。」

「欲しいものは買えない。」

彼はワインリストを持つ給仕へ向き直った。「僕を元気にできるものはない」と言った。「シャンパン以外にはね。」

しばし考えた。「これを」と言い、すぐに、「いや! こっちのほうが甘いのか? ではそれで。」

「何もかもうまくいっている」と、両腕を胸の下で組み、やや突き出た目を大きく開いてアン・ヴェロニカを見ながら言った。「なのに幸せじゃない。どうやら恋をしているらしい。」

スープが運ばれてくると、彼は身を引いた。

やがてまた言った。「きっと恋をしているんだろう。」

「それは違うわ」とアン・ヴェロニカは分別ありげに言った。

「どうしてわかる?」

「だって、恋というのは、そう気の滅入るものではないでしょう?」

「君にはわからないさ。」

「理屈なら持っています」とアン・ヴェロニカは輝くように言った。

「ああ、理屈か! 恋をしているというのは事実なんだ。」

「幸せになれるはずです。」

「落ち着かないものなんだ――焦がれるような――何だ、それは?」

給仕が割って入っていた。「パルメザンか――下げてくれ!」

アン・ヴェロニカの顔をちらりと見ると、彼女は実際、格別に輝いているように思えた。なぜ愛が人を幸福にすると考えるのだろうと思いながら、テーブルを飾るサルサパリラの葉とナデシコの話を始めた。彼女のグラスにシャンパンを注いだ。「飲んでくれなければ」と言った。「僕の憂鬱のためにも。」

ウズラを食べているとき、二人はまた愛の話に戻った。「なぜそう思ったんだい」と彼は突然、むさぼるような光を顔に浮かべて言った。「愛は人を幸せにすると?」

「そうに違いないと、わかるのです。」

「だが、どうして?」

少ししつこすぎる、と彼女は思った。「女には、そういうことが本能でわかるのです」と答えた。

「どうかな」と彼は言った。「女には本能でわかるのだろうか。僕は女性の本能というものを疑っている。世間でまかり通っている迷信の一つだよ。男が自分に恋していれば、女にはわかることになっている。君はそう思うかい?」

アン・ヴェロニカは裁判官のような顔で、サラダをつついた。「わかると思います」と結論した。

「ああ!」とラメージは意味ありげに言った。

アン・ヴェロニカが顔を上げると、彼はほとんど悲嘆に暮れたような目でこちらを見ていた。実際、その目に収まりきらないほど多くの思いを押し込もうとしていたのだ。短い沈黙が訪れ、そのあいだアン・ヴェロニカの中を、捉えどころのない疑いや予感がせわしなくよぎった。

「女の本能なんて、いい加減な話なのかもしれません」と彼女は言った。「説明を避けるための言い方なのね。それに、娘と大人の女では違うのかもしれない。わかりません。若い娘には、男の人が自分を好きなのか、そうでないのか、わからないのではないかしら。」

心はケイプスへ飛んだ。考えがひとりでに言葉になった。「わからないわ。自分自身の気持ち次第なのだと思います。とても欲しいものがあると、手に入らないと思いがちなのかもしれません。誰かを好きになったら、きっと自信がなくなるでしょう。そして、とても深く好きになったら、そういうときこそいちばん見えなくなるのね。いちばん見たいと願っているときに。」

自分の言葉からラメージがケイプスの存在を察するかもしれないと怖くなり、急に口をつぐんだ。実際、彼の顔はひどく熱心だった。

「それで?」と彼は言った。

アン・ヴェロニカは赤くなった。「それだけです」と言った。「こういうことは、少し混乱してしまって。」

ラメージは彼女を見つめ、それから、給仕がまた会話に段落をつけに来ると、深く考え込んだ。

「オペラへ行ったことはあるかい、アン・ヴェロニカ?」とラメージは言った。

「一度か二度。」

「今から行こうか?」

「音楽を聞きたい気がします。何をやっているの?」

「『トリスタン』だ。」

「『トリスタンとイゾルデ』は、まだ聞いたことがありません。」

「では決まりだ。行こう。どこかに席はあるだろう。」

「とてもうれしいわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「来てくれる君のほうこそ、ありがたいよ」とラメージは言った。

やがて二人は一緒に二輪辻馬車に乗り込んだ。アン・ヴェロニカは背にもたれ、ひどく贅沢で心地よい気分で、少し伏せたまぶたの下から、往来の明かりや騒ぎ、霧の中のきらめきを眺めていた。そのあいだラメージは、必要以上に近くへ座り、何度も彼女の顔を見ては、何か言いかけて何も言わなかった。コヴェント・ガーデンに着くと、ラメージは上階の小さなボックス席を一つ確保し、二人が入るのと同時に序曲が始まった。

アン・ヴェロニカは上着を脱ぎ、隅の椅子に腰かけ、身を乗り出して、暖かな褐色にかすむ劇場の巨大な空間を見渡した。ラメージは彼女のそばへ椅子を寄せ、舞台に向かって座った。ぼんやりと静まり返った観客の列から、忙しく動く小さなオーケストラへ目を移すうち、音楽がゆっくりと彼女を捉えた。震えるヴァイオリン、規則正しく動く褐色や銀色の楽器、明るく照らされた楽譜、笠のついた明かり。これまでオペラを見たのは、安い席で大勢の人に押し込められ、人の背中や頭や女の帽子の隙間から舞台を眺めたときだけだった。今いる場所には、それとは比べものにならない、広々とした余裕とくつろぎがあった。序曲の最後の数小節に乗って幕が上がり、異国めいた船の船首にいるイゾルデが現れた。若い水夫の声がマストの上から流れ降り、不滅の恋人たちの物語が始まった。彼女は筋を十分には知らず、熱烈な、次第に深まる興味をもって見入った。素晴らしい歌声が、愛の展開を一段階ずつ歌い上げ、船は漕ぎ手の刻む拍子に乗って海を進んだ。恋人たちは激しく自分と相手を悟り、そこへ、不協和な闖入者として、水夫たちの歓声とともにマルケ王が現れ、二人のそばに立った。

幕がゆっくりひだを作りながら下り、音楽が止み、客席の明かりがともった。アン・ヴェロニカは、音と色彩の輝きの中で、意志を超え、人を支配する愛の入り乱れた夢から覚め、ラメージがすぐそばに座って、片手を自分の腰へ軽く置いているのに気づいた。さっと身を動かすと、その手は離れた。

「まったく、アン・ヴェロニカ」と彼は深いため息をついて言った。「胸をかき立てられるね。」

彼女はじっと座ったまま、彼を見た。

「君と僕も、あの媚薬を飲んでいたらよかったのに」と彼は言った。

すぐには返す言葉が見つからず、彼は続けた。「この音楽は愛の糧だ。果てしなく生きたいと思わせる。人生! 人生と愛! いつまでも若く、強く、いつまでも命を捧げ続け――そして見事に死にたいと思わせる。」

「とても美しいわ」とアン・ヴェロニカは低い声で言った。

しばらく二人とも何も言わず、今や互いの存在を鋭く意識していた。アン・ヴェロニカは興奮し、戸惑っていた。ラメージとの関係に、奇妙で心を乱す新しい光が差しかかっている気がした。彼をそんなふうに考えたことは、一度もなかった。不快な衝撃ではなかった。驚き、限りなく興味をそそられた。しかし同時に、これ以上続けさせてはいけなかった。彼はまだ何か言おうとしている――もっと個人的で、もっと親密な何かを。聞きたい気はあったが、同時に、聞いてはならないとはっきり決めていた。何としても、私情の入らない話題へ向けなければ。必死に頭の中を探った。「モチーフというのは、正確にはどんな働きをするものなのですか?」と、手当たり次第に尋ねた。「ワーグナーの音楽をあまり聞かないうちに、学校の嫌いな女の先生から、熱のこもった説明を聞いたことがあるの。何だか継ぎはぎのキルトのように思えたわ。同じ模様の小さな布切れが、何度も出てくるような。」

問いかける顔で口をつぐんだ。

ラメージは長いあいだ黙ったまま、見極めるように彼女を見た。二つの行動のどちらを取るか、迷っているようだった。「音楽の技法はよく知らない」と、ようやく彼女を見たまま言った。「僕には感情の問題なんだ。」

そう言っておきながら、自分の言葉を裏切るように、モチーフの解説を始めた。

二人は暗黙の了解で、間に生まれた意味深いものを無視し、それまでともに立っていた足場が崩れかけていることを無視した……

第二幕の愛の音楽が続くあいだ、マルケ王の狩猟の角笛が夢を破るまで、アン・ヴェロニカの意識は、すぐそばにいる男の存在に満たされていた。男は何か新しいことを言う準備をし、ひょっとすると触れようとし、飢えた見えない触手を彼女のまわりへ伸ばしていた。そうなったら、あるいは別のことが起こったらどうするべきかと考えようとした。心はずっとケイプスでいっぱいで、今もそうだった。途方もなく大きく、あらゆるものを包む、愛しいケイプス。そして理解しがたいことに、ラメージがケイプスと混ざり合った。欲望の翼で自分を包んでいるのは、本当はケイプスなのだと思い込もうとする、奇妙な気持ちになった。信頼していた友人が不義の愛を求めているという事実は、いくら意識しようとしても、心の中では取るに足りないことにとどまった。音楽が心をかき乱し、注意をそらし、酔いに似た感覚と闘わせた。頭がくらくらした。困るのはそれだった。頭がくらくらしていた。音楽は脈打ちながら、王の乱入に先立つ警告へ進んだ。

突然、彼は手首をつかんだ。「愛している、アン・ヴェロニカ。愛している――心も魂も、すべてをかけて。」

彼女は顔を彼に近づけた。彼の顔がすぐそばにある暖かさを感じた。「やめて!」と言い、つかまれた手首を振りほどいた。

「ああ、アン・ヴェロニカ」と、彼はつかみとめようとしながら言った。「ああ! 言ってくれ――今、言ってくれ――僕を愛していると!」

その顔つきは、むさぼるようでいて、どこか人目を盗むようだった。隣のボックスから、仕切りを越えて女の白い腕が、彼から一ヤードもないところにのぞいていたので、彼女はささやいて答えた。

「手を離して! こんなところでは。」

彼は手を離し、切迫と苦悩の響きを背景に、熱のこもった低い声で話した。

「アン・ヴェロニカ」と言った。「これは愛なんだ。君の足の裏まで愛している。息づかいさえ愛している。言わないようにしてきた――ただ友人でいようとした。だが、だめなんだ。君が欲しい。崇拝している。どんなことでもする――君を自分のものにするためなら、何でも差し出す……聞こえるかい? 僕の言うことが聞こえるかい? ……愛なんだ!」

彼は腕をつかんだが、彼女が素早く身を守るように動くと、また放した。長いあいだ、二人とも口をきかなかった。

彼女はボックスの隅の椅子に身を縮め、何を言い、どうすればよいのかわからずにいた――怖く、知りたく、困惑していた。立ち上がって部屋へ帰ると言い張り、彼の迫り方を侮辱だと抗議するのが、自分の務めのように思えた。だが、少しもそうしたくはなかった。そんな大仰な威厳を示すことは、意志の及ぶところではなかった。自分はラメージが好きだし、世話にもなっていると思い出した。それに興味があった――深い興味があった。彼は自分に恋しているのだ! この状況に渦巻く価値のすべてを一度に捉え、その混乱から何かの結論を引き出そうとした。

彼はまた早口の低い声で話し始めたが、彼女にははっきり聞き取れなかった。

「君を愛してきた」と言っていた。「あの門に腰かけて話していたときから、ずっと。いつも愛していた。二人を隔てるものなんて、どうでもいい。世の中にほかに何があろうと、どうでもいい。はかりようもないほど、君が欲しい……」

彼の声は、音楽とトリスタンやマルケ王の歌のあいだで、つながりの悪い電話の声のように浮かんだり沈んだりした。彼女は、懇願するその顔を見つめた。

舞台へ目を向けると、傷ついたトリスタンがクルヴェナールの腕に抱かれ、足元にはイゾルデがいた。そして、男の力と義務の化身、愛と美を債権として持つ男であるマルケ王が、彼を見下ろして立っていた。第二の頂点は、旋律のうねりと煙のような響きの中で終わりつつあった。やがて幕が、何度か小刻みに走るように下り、音楽が終わり、人々が身じろぎして拍手を始め、客席の明かりが戻った。明るさがボックスの暗がりを貫くと、ラメージは切々と流れ出る言葉を急に止め、背にもたれた。それでアン・ヴェロニカも自制心を取り戻すことができた。

もう一度彼へ目を向けると、そこには、つい先ほどまでの友人、楽しく信頼できる話し相手がいた。突然恋人に変わる気になって、興味深いが受け入れられないことをまくし立てている。顔は熱を帯びて赤く、苦しげだった。目が熱烈な問いをこめて彼女の目を捉えた。「答えてくれ」と言った。「何か言ってくれ。」

気の毒に思うことはできると悟った――この状況を、ひどく気の毒に思うことは。もちろん、こんなことは絶対にありえなかった。だが心は乱れていた。不可解なほど乱れていた。実際には彼の金で暮らしているのだと、突然思い出した。身を乗り出して話しかけた。

「ラメージさん」と言った。「お願いですから、そんな話はやめてください。」

彼は何か言いかけて、言わなかった。

「していただきたくないの。これ以上、そんなふうに話しかけないで。聞きたくありません。こんなお話をなさるつもりだと知っていたら、ここへは来ませんでした。」

「だが、どうしようもないじゃないか。どうして黙っていられる?」

「お願いです!」と彼女は言い張った。「今はやめてください。」

「君と話さなければならない。言うべきことは言わなければ!」

「でも今はだめ――ここではだめです。」

「ひとりでに出てきたんだ」と彼は言った。「計画していたわけじゃない――だが、話し始めた以上は――」

彼には説明を求める権利があると痛切に感じたが、それと同じほど、今夜は説明などできないと感じた。考えたかった。

「ラメージさん」と言った。「わたしにはできません――今は。どうか――今はやめてください。でなければ帰ります。」

彼は、彼女の胸のうちの謎を推し量ろうと、じっと見た。

「帰りたいわけではないんだね?」

「ええ。でも帰らなければ――帰るべきだと――」

「このことを話さなければならない。本当に、どうしても。」

「今はだめです。」

「でも愛している。耐えられないほど愛しているんだ。」

「それなら今は話しかけないで。今は話してほしくないの。ふさわしい場所があるでしょう――ここではありません。あなたは誤解なさっている。説明できないけれど――」

二人は見つめ合ったが、互いのことは何も見えていなかった。「許してくれ」と、ようやく彼は言うことにした。声にはわずかに感情の震えがあり、彼女の膝に置かれた手へ、自分の手を重ねた。「僕はこのうえない愚か者だ。こんなふうに不意打ちをするなんて、ばかだった――どうしようもなく愚かで、衝動的だった。僕は――恋に病んだ間抜けで、自分の行動に責任も持てない。許してくれるかい――もう何も言わなければ?」

彼女は困惑した真剣な目で彼を見た。

「そう思ってくれ」と彼は言った。「僕が言ったことは、何も言わなかったことに。そして今夜を楽しみ続けよう。いいだろう? 僕がヒステリーの発作を起こして――もう正気に戻ったのだと思ってくれ。」

「ええ」と彼女は言い、不意に彼へ大きな好意を覚えた。この奇妙に不吉な状況から抜け出す、分別ある方法だと感じた。

彼はまだ彼女を見つめ、問いかけた。

「そして、このことは話し合おう――また別のときに。誰にも邪魔されずに話せる場所で。いいね?」

彼女は考えた。彼には、こんなに自制が利き、慎重で、美しい彼女は見たことがないように思えた。「ええ」と彼女は言った。「そうするのがよいと思います。」

だが今度は、たった今結んだ休戦の性質を、また疑った。

彼は思わず叫びたくなった。「決まった」と奇妙な高揚を見せ、彼女の手を握る力を強めた。「そして今夜は友人同士だね?」

「友人同士です」とアン・ヴェロニカは言い、素早く手を引いた。

「今夜はこれまでどおりの僕たちだ。ただ、僕たちが浸っているこの音楽だけは、神々しいほどだ。僕が君を困らせているあいだ、聞いていたかい? 少なくとも第一幕は聞いたね。第三幕は全部、恋に病んだ音楽だ。死にゆくトリスタンと、その死を完成させに来るイゾルデ。ワーグナーはこれを書いたとき、ちょうど恋をしたばかりだった。あの不思議なピッコロの独奏で始まる。これからは、あれを聞くたびに、今夜のことが一気によみがえってくるだろう。」

明かりが落ち、第三幕への前奏曲が始まった。音楽は、引き離された恋人たち――傷と記憶に隔てられた恋人たち――を幾重にもほのめかしながら高まり、沈んだ。幕がたくし上げられ、傷ついて寝台に横たわるトリスタンと、笛を持ってうずくまる羊飼いが現れた。

第二節

二人は翌晩、話し合いをした。だがそれは、アン・ヴェロニカが予想していたのとはまるで違う形での説明、はるかに驚くべき、はるかに多くを明らかにする説明になった。ラメージは下宿へ迎えに来た。彼女は、忠実な臣下を悲しませなければならないと知っている女王のように、優雅に、親切に彼を迎えた。いつになく柔らかく、優しく接した。彼は新しいシルクハットをかぶっていて、以前のものより少し広いつばが、その顔立ちによく似合い、黒い目の攻撃的なところをいくらか和らげ、重厚で威厳があり、慈悲深い印象を与えた。その態度には、勝利を予感するかすかな気配と、抑えた興奮が見えた。

「個室を使える店へ行こう」と彼は言った。「そうすれば――じっくり話し合える。」

そこで今度は、ジャーメイン・ストリートのロココへ行った。階段を上がった踊り場には、フランスの提督のような頬ひげを生やした、頭の禿げた給仕がいて、その態度は限りなく慎み深かった。二人を待っていたようだった。愛想よく手のひらを差し出すようにして、ガスストーブと、深紅の絹張りのソファと、白い布と温室の花で華やいだ小さなテーブルのある、ごく狭い部屋へ案内した。

「変わった小部屋ですね」とアン・ヴェロニカは言った。やけに目立つソファに、ぼんやりと不安を感じていた。

「いわば、声をひそめずに話せるんだ」とラメージは言った。「ここなら――二人きりだ。」

彼はいつになく考え込んだ様子で、目の前の支度を眺めて立っていたが、やがて気を取り直し、少しぎこちなく彼女の上着を受け取り、給仕へ渡した。給仕は部屋の隅へ掛けた。食事もワインもすでに注文してあったらしく、頬ひげの給仕が合図すると、すぐさま下役の給仕がスープを運び込んだ。

「当たり障りのない話をしよう」と、ラメージは少し落ち着かない様子で言った。「給仕に話を遮られなくなるまでは。そのあとで――二人きりになってから……『トリスタン』はどうだった?」

アン・ヴェロニカは、ほんの一瞬ためらってから答えた。

「驚くほど美しいところが、たくさんありました。」

「そうだろう。しかも、あれを全部、身分も品行も立派な貴婦人との、あんなささやかな恋愛から引き出したんだからね! その話は読んだことがあるかい?」

「ありません。」

「芸術と想像力の奇跡が、あの一件に凝縮されているよ。風変わりで怒りっぽい音楽家が、裕福な後援者の女性に、どうにもならない不幸な恋をする。すると、その頭からこれが生まれるんだ。栄光に満ちた音楽の綴れ織り。分別も世間体も正しさも、すべてを顧みず愛し合う恋人たちに、愛を示す音楽が。」

アン・ヴェロニカは考えた。話を避けているようには見られたくなかったが、奇妙な疑問が次々と頭をよぎっていた。「恋をしている人は、なぜあんなに反抗的で、ほかのことを気にかけなくなるのでしょう?」

「野兎だって勇敢になる。人生でいちばん大事なことだからだろうね。」

彼はそこで言葉を切り、真剣に言った。「人生でいちばん大事なことなんだ。ほかの何もかもが、その前では屈する。何もかもだよ、君、何もかも! ……でも、このバイエルンから来た金髪の青年の用が済むまでは、当たり障りのない話をしていなくてはね……」

ようやく食事が終わり、頬ひげの給仕が勘定書きを差し出し、部屋から退いて、ほとんど見せつけるような慎み深さで扉を閉めた。ラメージは立ち上がり、不意に、何でもないことのように扉の鍵を回した。「これで」と言った。「誰もうっかり入ってはこられない。二人きりだ。好きなことを話し、好きなことができる。僕たち二人で。」

彼は立ち止まり、彼女を見ていた。

アン・ヴェロニカは、まるで気にしていないように振る舞おうとした。鍵を回す音には驚いたが、どう異議を唱えればよいのかわからなかった。知らない作法の支配する世界へ足を踏み入れた気がした。

「これを待っていたんだ」と彼は言い、じっと立ったまま彼女を見つめ続けた。やがて沈黙が重苦しくなった。

「お座りになって」と彼女は言った。「お話しになりたいことを、聞かせていただけませんか?」

声は平板で、かすかだった。不意に怖くなった。怖がるまいと努めた。そもそも、何が起こりうるというのだろう? 

彼はひどく真剣に、食い入るように彼女を見ていた。「アン・ヴェロニカ」と言った。

そして彼女が引き止める言葉をひと言でも口にする前に、彼はそばに来ていた。「やめて!」と彼女は弱々しく言った。彼は身をかがめ、片腕を彼女に回し、空いた手で両手をつかみ、口づけした――ほとんど唇に。彼女が一つの動作を思いつく前に、彼は十のことをやってのけるようだった。飛びかかり、占領してしまうかのように。

アン・ヴェロニカの宇宙は、これまでも望むほど彼女を尊重してはくれなかったが、今や叫び声を上げ、宙返りしてひっくり返った。世界のすべてが変わった。憎しみで人が殺せるなら、ラメージはその一閃で死んでいただろう。「ラメージさん!」と叫び、もがいて立ち上がった。

「愛しい人!」と彼はしっかり腕に抱きしめて言った。「何より大切な人!」

「ラメージさん!」と言いかけたが、彼の口が彼女の口をふさぎ、彼の息が彼女の息に混ざった。四インチの距離で目が合った。彼の目はぎらつき、巨大で、決意に満ちた、とてつもなく恐ろしい怪物のような目だった。

彼女は唇を固く閉じ、顎を引き締め、抵抗を始めた。つかまれた頭をねじって逃れ、互いの胸のあいだに腕を差し込んだ。二人は激しく組み合った。互いを、形を変えて動く力強い肉体として、恐ろしいほど意識した。頬に押し当てられる首の強い筋肉、肩甲骨や腰をつかむ手。「よくもこんなことを!」と彼女は息を切らした。世界が叫び、顔をゆがめて彼女を侮辱していた。「よくも!」

二人とも相手の力に驚いた。おそらく、ラメージの驚きのほうが大きかった。アン・ヴェロニカは熱心なホッケー選手だったし、ハイスクールでは柔術の講習も受けていた。その防御はたちまち、どんな意味でも淑女らしいものではなくなり、力強く、効果的になった。ヘアピンから抜けた黒髪の一房がラメージの目にかかり、続いて、小さいながらも固く握り締めた拳の関節が、顎の骨と耳の下へ、きわめて効果的に、きわめて痛烈に押し込まれた。

「放して!」とアン・ヴェロニカは歯のあいだから言い、力いっぱい苦痛を与えた。彼は鋭い声を上げ、手を放して一歩退いた。

「さあ!」とアン・ヴェロニカは言った。「どういうつもりで、あんなことをしたの?」

第三節

二人は互いをにらみ合った。価値の体系が万華鏡のようにすっかり変わってしまった宇宙の中に、立たされていた。彼女の顔は紅潮し、目は明るく怒りに燃え、息はしゃくり上げるように乱れ、黒髪は幾筋も四方へほどけていた。彼も赤くなり、身なりを乱していた。襟の片側は留めボタンから外れ、顎の角へ手を当てていた。

「このじゃじゃ馬め!」とラメージ氏は、胸に浮かんだ最初の思いを、そのまま口にした。

「あなたに、そんな権利は――」とアン・ヴェロニカは息を切らした。

「いったい、なぜ」と彼は尋ねた。「あんなふうに痛めつけたんだ?」

アン・ヴェロニカは、わざと痛めつけようとしたのではない、と懸命に自分へ言い聞かせた。彼の問いは無視した。

「夢にも思わなかったわ!」と言った。

「では、いったい僕が何をすると思っていたんだ?」と彼は尋ねた。

第四節

意味が、目もくらむほどの勢いで彼女に押し寄せた。今や部屋のこと、給仕のこと、状況のすべてがわかった。わかってしまった。卑しい知識、ひそかな下劣な理解の世界へ、一足飛びに移っていた。この世でいちばんの大ばか者だと、自分に向かって叫びたかった。

「わたしとお話をしたいのだと思っていました」と言った。

「君と愛し合いたかったんだ。

「わかっていただろう」と、彼女が一瞬黙ると付け加えた。

「わたしに恋をしているとおっしゃったから」とアン・ヴェロニカは言った。「説明したかったのです――」

「愛している、君が欲しいと言ったんだ。」

最初の驚きから出た荒々しさは薄れつつあった。「僕は君を愛している。君だって知っている。なのに君は――危うく僕の首を絞め殺すところだった……腺か何かを潰されたんじゃないか。そんな感じがする。」

「ごめんなさい」とアン・ヴェロニカは言った。「でも、ほかにどうすればよかったの?」

数秒、彼女は彼を見て立ち、二人ともすさまじい速さで考えていた。彼女の心のありようは、祖母が見たなら、まったく恥ずべきものと思っただろう。こうした出来事に気を失い、悲鳴を上げかけるべきだった。心が沈んでいくのを隠すためにも、踏みにじられた威厳を表に掲げ続けるべきだった。私も、そう書けたらよかったと思う。だが実際、それは彼女の態度を少しもよく描写していない。彼女は憤る女王だった。確かに、ある程度は恐れ、嫌悪もしていた。けれども激しく興奮してもいた。そしてその内には、何か、卑しい冒険好きの血筋のようなもの、下劣だとしても少なくとも微妙な要素があり、騒乱する心の街路や反逆者で埋まった集会場を駆け巡って、この一件は結局のところ――ほかに言いようがない――とびきり面白い騒ぎではないか、と触れ回っていた。心の底では、ラメージを少しも怖がっていなかった。説明のつかない同情や好意が、ときおり彼へ向かってひらめいた。そして最も奇怪なのは、口づけされるという奇妙な感覚を、ひたすら嫌悪するというより、かなり批判的に非難しながら味わっていたことだった。これまで、誰一人として彼女の唇に口づけしたことはなかった……

こうした曖昧な要素が消え去り、嫌悪が訪れ、この恥ずべき口論と取っ組み合いのすべてに、本当に心底うんざりし、恥ずかしくなったのは、何時間もあとのことだった。

一方の彼は、せっかくの二人きりの時間をこれほど台無しにした、予期しない反応の連続を理解しようとしていた。今夜こそ自分の運命を支配するつもりだったのに、すっかり手を離れてしまった。いわば、第一歩を踏み出した衝撃で、すべてが爆発したのだ。アン・ヴェロニカから、ひどい仕打ちを受けたのだという考えが浮かんできた。

「いいかい」と彼は言った。「君をここへ連れてきたのは、愛し合うためだ。」

「わかりませんでした――あなたのおっしゃる、愛し合うということが。もう帰してください。」

「まだだ」と彼は言った。「本当に愛している。その純然たる小悪魔のようなところがあるから、ますます愛しい……君は、この世で出会った中でいちばん美しく、いちばん欲しくなる存在だ。あれだけの代償を払っても、口づけできてよかった。だが、まったく! 君は激しいな! 髪に短剣を隠し持つ、あのローマの女たちのようだ。」

「わたしは理性的に話し合うために来たのです、ラメージさん。こんなのはひどいわ――」

「その憤慨した口調を続けて、何になるんだ、アン・ヴェロニカ。僕はここにいる! 君を愛する男だ。君への思いに燃えている。君を手に入れるつもりだ! 今さらしかめ面で追い払わないでくれ。ヴィクトリア朝の品行方正さへ戻って、何も知らない、そんなことは考えられない、などというふりはやめるんだ。夢から現実へ踏み出す一歩は、いつか来る。今が君のそのときだ。今の僕ほど君を愛する男は、二度と現れない。夜ごと君の体を、君を夢見てきた。思い描いてきたんだ――」

「ラメージさん、わたしはここへ――あなたがこんなことをなさるとは、一瞬だって――」

「ばかな! そこが君の間違いだ! 君は知性に頼りすぎる。何もかも頭で片づけようとする。口づけを怖がっている。自分の血の熱さを怖がっているんだ。人生のその面が、まだ本当に始まっていないからだよ。」

彼は彼女へ一歩近づいた。

「ラメージさん」と彼女は鋭く言った。「はっきり申し上げなければなりません。おわかりではないようです。わたしはあなたを愛していません。愛していないのです。愛することはできません。ほかに好きな人がいます。不快なのです。あなたに触れられると、嫌でたまらないのです。」

彼は、新たに現れた事実に驚いて見つめた。「ほかに好きな人がいる?」と繰り返した。

「ほかの人を愛しています。あなたを愛するなんて、考えられません。」

すると彼は、驚くべき一つの問いで、男女関係についての自分の考えを丸ごと彼女へ浴びせた。手がほとんど本能的に、具合を確かめるように、また顎の骨へ行った。「それなら、いったいなぜ」と問い詰めた。「僕に夕食やオペラをおごらせた? ――なぜ僕と二人きりの個室へ来たんだ?」

怒りで顔が輝いた。「君はこう言うのか」と言った。「恋人がいると? 僕に囲われていながら! そうだ、囲われていながらだ!」

その人生観を、彼は攻撃の飛び道具のように投げつけた。彼女は打ちのめされた。逃れなければならないと感じたが、もう逃れられなかった。「恋人」という言葉を彼がどう解釈しているかなど、一瞬も考えなかった。

「ラメージさん」と、ただ一つの望みにすがって言った。「この恐ろしい小部屋から出たいのです。何もかも間違いでした。わたしが浅はかで、愚かだったのです。扉の鍵を開けていただけますか?」

「絶対にだめだ!」と彼は言った。「君の恋人など、くそくらえだ! いいか! そいつが君とよろしくやっているあいだ、僕が君を養うとでも本気で思っているのか? とんでもない! こんな図々しい話は聞いたことがない。君が欲しいなら、そいつに手に入れさせればいい。君は僕のものだ。金を出し、助けてきたんだ。どんなことをしてでも君を征服する――そのために君をへし折らなければならなくてもだ。これまで君は、僕の気さくで親切な面しか見ていない。だが今度は、ちくしょう! どうやって止められる? 僕は君に口づけする。」

「させません!」とアン・ヴェロニカは、このうえなく明瞭な決意をこめて言った。

彼は近づこうとしているようだった。彼女は素早く後ずさり、手がテーブルのワイングラスにぶつかった。グラスは床へ落ち、大きな音を立てて砕けた。その瞬間、考えをつかんだ。「あと一歩でも近づいたら」と言った。「このテーブルのグラスを全部、叩き割ります。」

「それなら、断じて」と彼は言った。「君は牢へ入れられるぞ!」

アン・ヴェロニカは一瞬たじろいだ。警官、叱責する判事、満員の法廷、人前での恥が目に浮かんだ。泣く叔母と、顔を真っ白にして打ちのめされた父が見えた。「近づかないで!」と言った。

控えめに扉を叩く音がして、ラメージの顔色が変わった。

「そうね」と彼女は声をひそめて言った。「あなたにはできないのね。」

そして、自分はもう安全だとわかった。

彼は扉へ行った。「何でもない」と、外の問いかけに安心させるように答えた。

アン・ヴェロニカが鏡を見ると、顔を赤くし、髪も姿も乱れた自分がいた。すぐに大急ぎで髪を直し始めた。そのあいだラメージは、聞き取れない問いかけに応じていた。「グラスがテーブルから滑り落ちたんだ」と説明した……「いや、まったく何でもない。いや……何もない……どうぞ……ええ、勘定に入れてくれ……あとで。あとで。」

そのやり取りが終わると、彼はまた彼女へ向き直った。

「帰ります」と彼女は、三本のヘアピンを口にくわえたまま、険しく言った。

隅の掛け釘から帽子を取り、かぶり始めた。彼は、いつ見ても不思議な、ピンで帽子を留める作業を、怒りに満ちた目で見ていた。

「いいか、アン・ヴェロニカ」と言い始めた。「この一件について、はっきり話したい。僕がなぜ君にここへ来てほしかったのか、わからなかったと言うのか?」

「少しもわかりませんでした」とアン・ヴェロニカはきっぱり言った。

「口づけされるとは思わなかった?」

「どうしてわかるのです。男の人が――そんなことができると思うなんて――何もないのに――愛もないのに。」

「愛がないと、僕にどうしてわかる?」

彼女は一瞬、黙らされた。「それに、いったい」と彼は言った。「この世は何でできていると思っているんだ? 僕は何のために君の世話をしてきたと思う? 善行そのものの抽象的な喜びのためか? 君もあの、受け取るばかりで何も与えない、純白の大姉妹団の一人なのか? ありがたく受け取るだけの善良な女! 娘は出会ったどんな男にでも、何も返さず、ただで食わせてもらう権利があると、本気で思っているのか?」

「わたしは」とアン・ヴェロニカは言った。「あなたは友人だと思っていました。」

「友人! 男と娘に、友人になるほどの何の共通点がある? その恋人に聞いてみるがいい! 友人同士だって、片方は与えるばかり、もう片方は受け取るばかりでいいのか? ……そいつは、僕が君を養っていることを知っているのか? ……男の唇は近づけさせないくせに、その手から食べるのはためらわないんだな。」

アン・ヴェロニカは、どうにもならない怒りに刺された。

「ラメージさん」と叫んだ。「あんまりです! あなたは何もわかっていない。あなたは――ひどい人です。この部屋から出していただけますか?」

「だめだ」とラメージは叫んだ。「最後まで聞け! せめてそれくらいの満足はさせてもらう。君たち女は、逃げ口上ばかり巧みな、詐欺師の性だ。寄生虫の本能的な器用さを、残らず備えている。助けてもらうために魅力を振りまく。男を失望させながら、上へ登るんだ。その恋人だって――」

「あの人は何も知らないのです!」とアン・ヴェロニカは叫んだ。

「だが、君は知っている。」

アン・ヴェロニカは悔しくて泣きそうだった。実際、「あのお金は借金だったと、あなたもわたしと同じくらいよくご存じでしょう!」と叫んだとき、一瞬、泣き声が混じった。

「借金だと!」

「あなたご自身が、貸すとおっしゃったのよ!」

「言葉の飾りさ。お互いわかっていた。」

「一ペニー残らずお返しします。」

「額に入れて飾ろう――戻ってきたらな。」

「時給三ペンスのシャツ縫いをしてでも、お返しします。」

「返せやしない。自分では返すつもりだろうがね。それが君の、倫理的な立場をごまかす方法なんだ。女はいつだってそうやって、自分の倫理的な立場をごまかす。君たちはみんな扶養される側だ――みんな。本能的にね。ただ、品行のよい女だけは――逃げる。僕たちから受け取ったものに、率直でまっとうな返礼をすることから逃げる。支払いの段になると、清純だの繊細だの、そんなものを隠れ家にするんだ。」

「ラメージさん」とアン・ヴェロニカは言った。「帰りたいのです――今すぐに!」

第五節

だが、そのときにはまだ帰れなかった。

ラメージの苦々しさは、攻撃性と同じく、突然消えた。「ああ、アン・ヴェロニカ!」と叫んだ。「こんなふうに帰すことはできない! 君にはわかっていない。わかるはずがないんだ!」

彼は、性急さと怒りについて、混乱した説明、不可解で矛盾に満ちた弁解を始めた。アン・ヴェロニカを愛しているのだという。欲しいあまりに我を失い、自分で自分を失敗させ、粗野で、怯えさせるような、分別のないことをしてしまうのだと。悪意ある罵りは消えた。突然、雄弁になり、もっともらしくなった。自分の中に生まれ、取りついて離れない、激しく苦痛に満ちた彼女への欲望を、いくらかは理解させることができた。彼女はいわば出口へ向けて身構え、あらゆる動きを目で追いながら、話を聞いていた。反発しながらも、おぼろげには理解していた。

いずれにせよ彼はその夜、人生には根絶できない不協和があることを、はっきり示した。女が自由に、のびのびと、男と友好的に暮らせる生き方についての夢を、すべて打ち砕いてしまう、耳障りな何か。それは、女の愛は功績によって得られ、勝ち取られ、支配され、強いられるものだと、男たちが熱烈に信じたがる性向だった。

彼は、援助や無私の友情について語ってきたことを、すべて投げ捨てた。それは二人の間で、偽装ですらなかったかのように。最初から互いに承知のうえで、関係にまとわせた仮装にすぎなかったかのように。彼は彼女を獲得しようと乗り出し、彼女はそれを許した。そして、もう一人の恋人のことを思うと――彼は、彼女の愛する人が恋人なのだと確信しており、彼女は、そのもう一人の人、自分の愛する人は、その愛を知ってさえいないのだと、ひと言も説明できなかった――ラメージはまた怒り狂い、突然、嘲りと侮辱に戻った。男は女の愛を得るために尽くし、それを受け取った女は支払わねばならない。それが、彼のあらゆる考えに現れる、単純な掟だった。彼はその乾いた規則を、上品さや繊細さのかすかな霧でさえ覆わず、むき出しにした。

ほかの男を好きな娘を助けるために四十ポンドを出すことなど、彼の目には、まさしく詐欺であり嘲弄だった。だから彼女の拒絶は、彼を逆上させる、言語道断の屈辱となった。しかもその一方で、彼は明らかに、激しく彼女に恋をしていたのである。

しばらくは脅した。「君は人生を丸ごと僕の手に預けたんだ」と言い放った。「裏書きしたあの小切手を考えてみろ。あれがある――君に不利な証拠が。うまく言い抜けてみるがいい。人がどう思うと思う? その恋人はどう思う?」

アン・ヴェロニカはときおり帰してくれと要求し、何をしてでも返済する決意は変わらないと宣言して、扉へ少しずつ動いた。

だがついにこの試練も終わり、ラメージは扉を開けた。彼女は真っ白な顔と大きく見開いた目で、赤い明かりに照らされた小さな踊り場へ出た。いかにも忙しそうに振る舞いながら鋭く観察している三人の給仕の前を通り、厚い絨毯の階段を下り、この男女関係の驚くべき実験室、ホテル・ロココから出た。青と深紅の制服を着た背の高い玄関番を過ぎ、冷たく澄んだ夜へ踏み出した。

第六節

小さな寝室兼居間へ戻り着いたとき、アン・ヴェロニカは、体中の神経が恥と自己嫌悪に震えていた。

帽子と上着をベッドへ放り、暖炉の前に座った。

「さて」と言い、手際よくひと突きして、残っていた石炭の塊を、怒ったように炎を噴く破片へ砕いた。「これからどうすればいいの? 

「窮地に落ちたのね! ――泥沼、のほうがいいわ。そのほうがぴったり。泥沼にはまったのよ――いやな泥沼! 汚らしい泥沼! ああ、底なしの泥沼! 

「聞こえる、アン・ヴェロニカ? ――あなたはいやらしくて、汚らしくて、許しようのない泥沼にはまっているのよ! 

「なんてばかなことをして、何もかもめちゃくちゃにしたんでしょう。

「四十ポンド! 二十ポンドだって持っていないのに!」

立ち上がって足を踏み鳴らしたが、突然階下の下宿人を思い出し、座り直してブーツをむしり取るように脱いだ。

「今どきの若い女でいようとすると、こうなるのね。まったく! 自由というものが、少し疑わしくなってきたわ! 

「ばかな娘ね、アン・ヴェロニカ! 本当にばかな娘! 何て薄汚いこと! 

「こういうことの、何て薄汚いこと! ……あんなふうに、もみくちゃにされて!」

手の甲で、辱められた唇を荒々しくこすり始めた。「ああ、いや!」と言った。

「ジェーン・オースティンの時代の娘たちは、こんな厄介事には巻き込まれなかったわ! 少なくとも――そう思うけれど……中には巻き込まれた人もいて、書かれなかっただけかしら。ジェーン叔母さんにも、黙っていたことはあったでしょうし。とにかく、大部分はこんな目には遭わなかった。きちんと育てられ、静かに背筋を伸ばして座り、運命が差し出す巡り合わせを、淑女らしく受け入れた。それに、礼儀正しさの裏で、男がどんなものか知っていたのね。みんな化けたお化けだと知っていた。わたしは知らなかった! 知らなかったのよ! 結局――」

しばらく心は、たしなみと、それを守るための抑制へ向かった。それだけが望ましいもののようだった。上等な模様入りの薄地木綿と、付き添いに守られた娘たち、繊細な裏の意味と、洗練されたほのめかしの世界が、失われた楽園の輝きを帯びて想像に現れた。実際、多くの女にとって、それは失われた楽園なのだ。

「わたしの行儀が悪いのかしら」と言った。「ちゃんとしつけられていなかったのかしら。もっと静かに、清らかに、威厳を保っていたら、違ったのではない? あの人も、あんなことをする気になったかしら? ……」

人生の中の、いくらか殊勝な数分間、アン・ヴェロニカは自分に心底うんざりしていた。遅まきながら、穏やかに動き、柔らかく曖昧に話したい――つまり、おしとやかでありたいという激しい欲求に、身を絞られた。

恐ろしい細部がよみがえった。

「ほかにもいろいろあるけれど、なぜあの人の首に拳の骨を押し込んだの――わざと痛めつけようとして?」

冗談めかしてみようとした。

「わかっているの、アン・ヴェロニカ。あなた、あの紳士を危うく絞め殺すところだったのよ?」

すると、そのばかな言い方をまた罵った。

「この間抜け、この大ばか者、アン・ヴェロニカ! 下劣な女! 下劣! 下劣! ……どうしてあなたは、清潔に畳まれて、ラヴェンダーの香りに包まれていないの――若い娘なら、みんなそうあるべきなのに? 自分をどうしてしまったの? ……」

火かき棒で暖炉の中をかき回した。

「こんなことを言ったって、あのお金を返す助けには、これっぽっちもならないわ。」

その夜は、アン・ヴェロニカがそれまでに過ごした中で、最も耐えがたい夜だった。寝る前に、いつになく念入りに顔を洗った。今度ばかりは、間違いなく一睡もしなかった。自分の置かれた状況の糸をほどけばほどくほど、自己嫌悪が深まった。ときにはベッドに横になっていることそのものが耐えられず、転がり出て部屋を歩き回り、小声で自分を罵った――たいてい、どこかの家具にぶつかるまで。

それからまた静かな時間が来て、「さあ、よく考えて! 何もかも考え抜くのよ!」と自分に言った。

初めて、世の中における女の立場の実情と向き合ったように思えた――与えられている自由の乏しい実態、世の中に足場を一つ得るためにさえ、ほとんど避けようもなく、特定の男に負わねばならない恩義。自分は独立した個人なのだと、立派にうぬぼれ、父の扶養を振り捨ててきた。そして今、このありさまだ――別の男に頼らずにはいられなかったため、泥沼にはまっている。彼女は考えていた――何を考えていたのか? 女のこうした依存は幻想にすぎず、否定さえすれば消えると。力いっぱい否定してみて、このありさまだ! 

この一般論を考え尽くしたというより、そこからまた、自分自身の解けない問題へ移った。「どうすればいいの?」

何よりまず、四十ポンドをラメージの顔へ投げ返したかった。だが、その半分近くは使ってしまっており、そんな金額をどう補えばよいのか、見当もつかなかった。奇妙で捨て鉢な手段をあれこれ思い浮かべては、激しく苛立ちながら、ことごとく退けた。

枕を叩き、自分を罵る言葉を考え出すことに逃げ込んだ。立ち上がってブラインドを上げ、夜明けの冷たさの中に並ぶ煙突を、しばらく窓から見つめた。それからベッドの縁へ行って座った。家へ帰る以外に、どんな道があるのか。その暗闇には、ほかの道は見えなかった。

家へ帰って負けを認めることは、耐えがたく思えた。モーニングサイド・パークで、何としても面目を保ちたかった。だが長い何時間ものあいだ、無条件降伏以外の何ものにもならない言い方しか、思いつかなかった。

「そんなことなら、コーラスガールになったほうがまし」と言った。

コーラスガールの立場や仕事を、よく知っていたわけではない。だがそれは確かに、最後の捨て鉢な手段という感じがした。そこから、そういう仕事に就くと脅せば、父から譲歩を引き出せるかもしれないという、漠然とした希望が湧いた。だが次の瞬間、何が起きても借金のことは父に話せないのだと、圧倒的な明瞭さで悟った。父が全面的に折れてくれても、その問題は消えない。しかも家へ帰るなら、どうしても返済しなければならないと感じた。あの並木道を行き来するたび、ラメージの姿を見かけ、列車でも会うことになる……

しばらく部屋を歩き回った。

「なぜあのお金を借りてしまったの? 施設にいる、何もわからない娘だって、あれよりましな判断をしたわ! 

「魂の下品さと、頭の無邪気さ――考えられるかぎり最悪の組み合わせ。誰かが偶然ラメージを殺してくれればいいのに! ……

「でもそうなれば、机の中から、裏書きしたあの小切手が見つかる……

「あの人はどうするつもりなのかしら?」

ラメージの敵意がどんな事態を招くか、想像しようとした。あれほど苦々しく荒々しかったのだから、このままにしておくとは信じられなかった。

翌朝、郵便貯金通帳を持って出かけ、全財産を引き出すための払い戻し証書を、電報で請求した。合計二十二ポンドだった。封筒にラメージの宛名を書き、半枚の紙に、「残りも後ほどお返しします」と走り書きした。

午後には金が手に入り、五ポンド紙幣を四枚送れる。残りは当座の必要のために取っておくつもりだった。立ち直りへ向けたこの一歩に少し気が軽くなり、ケイプスのそばで、できることなら厄介な問題のもつれをしばらく忘れようと、インペリアル・カレッジへ向かった。

第七節

しばらくのあいだ、生物学の実験室は癒やす力に満ちていた。眠れなかった夜のせいで気だるかったが、頭が鈍ってはいなかった。一時間ほど、作業は彼女を悩みからすっかり引き離した。

だが、ケイプスが彼女の仕事を見て去っていくと、この暮らしの仕組みは、ほとんど今にも崩壊する運命なのだと思い至った。もうじき勉強も終わり、彼の姿を見ることも二度とないかもしれない。そのあとは、慰めは消えた。

一晩の神経の緊張がこたえ始めた。目の前の作業に集中できず、仕事は進まなかった。眠く、いつになく苛立っていた。グレート・ポートランド・ストリートの乳製品店で昼食を取り、冬の日差しが明るかったので、昼休みの残りをリージェンツ・パークのベンチで過ごした。眠気を含んだ陰鬱な気分に沈み、それを自分の境遇の問題について考えているのだと思っていた。十五、六歳の少女がビラをくれた。上に「女性参政権を」とあるのを見るまでは、宗教のパンフレットだと思っていた。それをきっかけに、気持ちはまた、自分の困難の、より一般的な側面へ戻った。現代社会における女性の立場は耐えがたい、という考えに、これほど同意したくなったことはなかった。

ケイプスはお茶の席で学生たちに加わり、ときおり顔を出す、いたずらっぽい気分を見せた。アン・ヴェロニカが物思いに沈み、目を重たげにしていることには気づかなかった。ミス・クレッグが女性参政権の話を持ち出すと、彼は彼女とミス・ガーヴィスの一騎打ちをあおろうとした。髪を後ろへなでつけた青年と、眼鏡をかけたスコットランド人も、女性の投票権に賛成、反対の両側から加わった。

ケイプスは何度もアン・ヴェロニカに意見を求めた。彼女を議論へ引き込むのが好きだった。彼女も懸命に話そうとした。だが言葉はすらすら出ず、何か言おうとして、少し無理に飛び込んだ。自分でもそう感じた。ケイプスは、容赦のない勢いで切り返した。それは彼女の知性を評価する、彼なりのやり方だった。だがこの午後は、彼女の中の、いつもならない苛立ちを掘り当てた。彼はベルフォート・バックスを読んでいて、その説に改宗したと宣言した。女一般の境遇と男の境遇を比べ、男は忍耐強く自己を犠牲にする殉教者、女は自然に甘やかされた寵児だと描いた。その戯画には、いくらか本気の確信も混じっていた。

しばらく彼とミス・クレッグは、互いに反論し合った。

その問題は、アン・ヴェロニカにとって、もはや茶飲み話ではなく、突然、悲劇的な現実になった。男という性に与えられた自由の中で、朗らかに親しげに、彼はそこに座っている。彼女の愛する男。閉じ込められた女としての可能性を、広い世界へ解き放ってほしいと願う、ただ一人の男。その彼は、目の前で彼女が窒息しかけていることを、まるで気にもしていない。女たちの魂が、その境遇という運命に対して起こす熱烈な反乱を、冗談にしていた。

ミス・ガーヴィスは、その大問題への自分の意見を、毎回の議論で使うのとほとんど同じ言葉で、また繰り返した。

女は人生の闘争や騒乱のために作られたのではない。その居場所は小さな世界、家庭であり、力は投票権ではなく、男への影響力や、子供の心を美しく立派に育てることにある、というのだった。

「女も男の仕事を理解するべきかもしれません」とミス・ガーヴィスは言った。「でも、その中へ交じれば、今行使できている影響力を犠牲にするだけです。」

「その立場には、確かに筋の通ったところがある」とケイプスが口を挟んだ。アン・ヴェロニカの攻撃を予想し、ミス・ガーヴィスを守るようだった。「公正ではないとか、いろいろあるかもしれない。だが、結局それが現実だ。女は男と同じ意味では世の中にいない。奪い合いの中で闘う個人ではない。そうなれるとも思えない。どの家庭も、商売と競争の世界から引っ込んだ小さなくぼみ、壁の龕がんのようなもので、女と未来がそこに身を寄せている。」

「小さな穴よ!」とアン・ヴェロニカは言った。「小さな牢獄!」

「小さな避難所であることも、同じくらい多い。いずれにせよ、それが現実だ。」

「そして男が、穴の入口に主人として立っている。」

「番人としてだ。君は、男を我慢できる程度の主人にするための、膨大なしつけや伝統や本能を忘れている。自然は母親だ。その共感はつねに女性の側にあった。毛を刈られた羊に風を和らげるように、無防備な女に合わせて、男を和らげてきたんだ。」

「先生にも」とアン・ヴェロニカは、突然怒りをこめて言った。「穴の中で暮らすのがどういうことか、わかればいいのに!」

話しながら立ち上がり、カップをミス・ガーヴィスのカップのそばへ置いた。ケイプスだけに話しかけるように言った。

「わたしには耐えられません。」

全員が驚いて彼女を見た。

続けなければならないと感じた。「男の人には、誰にもわからないのです」と言った。「あの穴がどんなものになりうるか。あんなふうに――あんなふうに思い込まされて! 世の中で自分は自由なのだ、女王なのだと信じるように教えられる……そして思い知らされるのです。男は誰も、女を人間同士として公平には扱ってくれないと――誰一人。あなたを欲しがるか、欲しがらないか、それだけ。欲しくなければ、ほかの女を助けて、あなたを不利にする……先生のおっしゃることは、たぶん全部正しくて、必要なことなのでしょう……でも、その幻滅を考えてみてください! 性別を除けば、わたしたちにも男と同じ心があり、男と同じ望みがあります。世の中へ出ていく女だっているのに――」

言葉を切った。口に出した言葉は、何の意味もないように思えた。それなのに、表に出ようともがくものは、あまりに多かった。「女は愚弄されているのです」と言った。「人生をつかもうとするたびに、男が割って入る。」

泣いてしまうかもしれないと、突然恐ろしくなった。立ち上がらなければよかった。どうして立ったのだろうと、取り乱して考えた。誰も口をきかず、彼女はさらにもがくように続けずにはいられなかった。「その愚弄を考えてください!」と言った。「どれほどものも言えず、息もできなくなるか! ある種の自由があるように見えることは、わかっています……ケイプス先生、ペチコートをはいて走ったり跳んだりしたことがおありですか? それなら、その中で生きるのがどういうことか、考えてみてください――魂も、心も、体も! 男の人には、わたしたちの立場をからかうのも楽しいでしょう。」

「からかっていたんじゃない」とケイプスは唐突に言った。

彼女は彼と向き合って立っていた。その声が言葉を断ち切り、急に口をつぐませた。傷つき、神経が張りつめていた。自分の幸福を計り知れないほど左右する力を持つ彼が、何も知らず、三ヤードと離れていないところにいるのは、耐えがたかった。自分の途方もない境遇の混乱に、心が痛んでいた。自分も、暮らしも、彼以外の何もかもが嫌だった。そして、仮面の下に隠した存在のすべてが、彼を求めて叫んでいた。

彼の声で突然黙り、自分が何を言っていたのか、筋を見失った。その間に、ほかの者たちの注意が自分へ集まっていること、涙が目からあふれかけていることに気づいた。感情の嵐が内側から盛り上がってきた。スコットランド人の学生が、途方もなく驚いた顔で見ているのが目に入った。毛深い片手にティーカップを宙に止め、面取りされた眼鏡のレンズには、目の断片がさまざまな大きさに拡大されていた。

廊下へ通じる扉が、抗いがたい誘いを差し出していた――人前で、わけのわからない号泣をする以外の、ただ一つの道だった。

ケイプスは瞬時に意図を悟り、立ち上がって、彼女が逃れられるよう扉を開けた。

第八節

「どうして二度と戻ってくる必要があるの?」と、階段を下りながら自分に言った。

郵便局へ行き、金を引き出してラメージへ送った。それから通りへ出た。確かなことは一つだけだった――まっすぐ下宿へ戻ることはできない。外の空気が欲しかった。そして、動き、変わるものに囲まれて、気を紛らわせたかった。日は少しずつ長くなり、暗くなるまで一時間はあった。公園を横切って動物園へ行き、そこからプリムローズ・ヒルを通ってハムステッド・ヒースへ歩こうと決めた。そこで優しい暗闇の中をさまよおう。そして物事を考え抜こう……

やがて、急いで追ってくる足音に気づいて振り返ると、少し息を切らしたミス・クレッグが来ていた。

アン・ヴェロニカが足を止めると、ミス・クレッグは並んだ。

「あなたも公園を横切るの?」

「いつもは違うけれど、今日はそうしようと思って。歩きたいの。」

「そうでしょうね。ケイプス先生は、本当にいらいらさせると思ったわ。」

「いえ、あのせいではないの。一日中、頭が痛くて。」

「ケイプス先生は、ひどく不公平だったと思う」とミス・クレッグは、小さな平坦な声で続けた。「本当に不公平! あなたがああやって言ってくれて、よかったわ。」

「あのちょっとした議論は、気にしていないの。」

「うまくやり込めたわ。あなたの言ったことは、誰かが言う必要があったのよ。あなたが出ていったあと、先生は立ち上がって準備室へ逃げ込んだわ。そうでなければ、わたしがとどめを刺していたのに。」

アン・ヴェロニカは何も言わず、ミス・クレッグは続けた。「あの人は、よくそうなの――ひどく不公平。人を頭から押さえつけるところがあるわ。自分がされたら嫌でしょうに。人の口から言葉をひったくるのよ。こちらがちゃんと言い終わる前に、言おうとしていることをつかまえてしまう。」

間があった。

「ものすごく頭がいいのでしょうね」とミス・クレッグは言った。

「王立協会のフェローなのよ。まだ三十をいくらも越えていないはずなのに」とミス・クレッグは言った。

「文章もとてもお上手だわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「三十を越えているはずはないわ。結婚したのは、よほど若いころだったのね。」

「結婚?」とアン・ヴェロニカは言った。

「結婚しているのを知らなかったの?」とミス・クレッグは尋ねた。そこで何かに思い当たり、素早く連れの顔を見た。

アン・ヴェロニカは、すぐには答えられなかった。急に顔をそらした。体内の自動人形が、まるで聞き慣れない声で、「サッカーをしているわ」と言った。

「ここまでボールは飛んでこないわよ」とミス・クレッグは言った。

「ケイプス先生が結婚しているとは知らなかったわ」とアン・ヴェロニカは会話に戻った。それまでの気だるさは、すっかり消えていた。

「ええ、しているわ」とミス・クレッグは言った。「みんな知っていると思っていた。」

「いいえ」とアン・ヴェロニカは何気なく言った。「何も聞いたことがないわ。」

「みんな知っていると思っていた。みんな、その話を聞いているのだと。」

「でも、どうして?」

「結婚していて――たしか、奥さんとは別居しているの。何年か前に、裁判か何かがあったのよ。」

「何の裁判?」

「離婚か何か――よく知らないけれど。でも、大学を辞めなければならないところだったと聞いたわ。ラッセル教授がかばってくださらなかったら、辞めさせられていただろうって。」

「離婚したということ?」

「いいえ、でも離婚裁判に巻き込まれたの。詳しいことは忘れたけれど、ひどく不愉快な事件だったのは知っている。芸術家たちのあいだのことよ。」

アン・ヴェロニカはしばらく黙っていた。

「みんな聞いていると思っていたの」とミス・クレッグは言った。「そうでなければ、話さなかったわ。」

「男の人はみんな」とアン・ヴェロニカは、距離を置いた批評の口調で言った。「何かしら、そういうもつれを抱えるのでしょうね。いずれにせよ、わたしたちには関係ないわ。」

歩いていた道から、突然直角に折れた。「わたしはここから、自分のほうの公園の出口へ戻るわ」と言った。

「公園を向こうまで横切るつもりだと思っていた。」

「いいえ」とアン・ヴェロニカは言った。「することがあるの。ちょっと外の空気を吸いたかっただけ。それに、じき門も閉まるでしょう。もう薄暗くなるもの。」

第九節

その夜十時ごろ、暖炉の前に座って思い悩んでいると、封をした書留の封筒が届けられた。

開けて手紙を取り出すと、その中に、その日ラメージへ送った紙幣が折り込まれていた。手紙はこう始まっていた。

「何より愛しい君へ――こんな愚かなことを、君にさせるわけにはいかない――」

彼女は紙幣も手紙も一緒に握り潰し、それから激しい仕草で火の中へ投げ込んだ。次の瞬間、火かき棒をつかみ、必死に掻き出そうとした。だが救えたのは、手紙の隅だけだった。二十ポンドは、むさぼるように燃えた。

数秒のあいだ、火かき棒を手に、炉柵のそばにうずくまっていた。

「まったく!」と、ようやく立ち上がって言った。「これでほとんど、おしまいね、アン・ヴェロニカ!」

第十章

女性参政権運動家たち

第一節

「ここから抜け出す道は、一つしかない」とアン・ヴェロニカは言った。暗闇の中、小さなベッドで起き上がり、爪を噛んでいた。

「相手はモーニングサイド・パークとお父さまだけだと思っていたけれど、物事の仕組み全体なのね――忌々しい、この仕組みのすべて……」

身震いした。眉を寄せ、膝を両手で強く抱えた。心は、今の女の生き方を取り巻く条件への、激しい怒りへ育っていった。

「人生は何でも、巡り合わせ次第なのかもしれない。でも女の人生は、何もかも運任せ。人為的に運任せにされているのよ。自分の男を見つけなさい、それが規則。あとはみんな、ごまかしとお上品さ。人生をつかむ取っ手は、その男なの。気に入れば、生きることを許してくれる……

「変えられないのかしら? 

「女優なら自由なのかしら? ……」

こうした途方もない制限が和らぎ、女が男と平等の市民として、自分の足で立てる、別の社会のあり方を考えようとした。しばらく社会主義者たちの理想や提案、母親への経済的保障という漠然とした示唆、現在の社会秩序へ織り込まれた、特定の個人に対する女の激しい依存を、完全に解きほぐすという考えに思いを巡らせた。心の奥にはいつも、議論と無関係でありながら留保を加える、一人の見物人がいるようで、その存在を無視しようとした。彼を見まい、彼を考えまいとした。心が揺らぐと、一般論を手放さないために、暗闇で独り言をつぶやいた。

「本当のことだわ。棚上げしたって仕方がない。本当なのだから。女が永遠に自由になれず、尊重されることさえないのでなければ、殉教者となる世代が必要なのよ……わたしたちが殉教者になって、なぜいけないの? どうせ大部分の女には、ほかに何もないのだから。自分だけの人生を持ちたがるのは、一種のスト破りだわ……」

反論する相手に答えるように、繰り返した。「一種のスト破り。

「スト破りをする庇護者頼みの性。」

心は別の側面、別の型の女へそれた。

「かわいそうなミニヴァー! あの人は、今のあの人になるしかなかったのね……主張をもつれさせ、たわごとの沼へ引きずり込んでいるからといって、正しいという事実は変わらない。」

真実をたわごとの沼へ引きずり込むという言い方は、ケイプスから聞いて覚えたものだった。彼の言葉だと思い出すと、薄い表面を突き抜けて落ちるようだった。溶岩の固まった皮を踏み抜き、灼熱の深みへ落ちるように。しばらくケイプスへの思いに溺れ、その姿と、自分の人生に彼がいるという考えから逃れられなかった。

グープスやミニヴァー、フェビアン協会の人々や改革者たちが信じる、変革された世界という雲の上の楽園を、夢見るままにした。その世界を横切って、光の文字で「母性への保障」と書かれていた。

何か複雑ではあっても考えられる仕組みによって、女に経済的な保障が与えられ、もはや男に経済的にも社会的にも依存しなくなったとしたら。「自由だったら」と言った。「あの人のところへ行ける……男の目を引こうと、いやらしく周りをうろつくこともなく! ……あの人のところへ行って、愛していると言える。あの人を愛したい。少し愛してもらえれば、それで十分。誰も傷つかない。あの人に何の義務も負わせない。」

声を上げてうめき、額を膝へ伏せた。深くもがいた。彼の足に口づけしたかった。その足も、手と同じように、確かな手触りがするだろう。

すると突然、心が反逆して立ち上がった。「こんな奴隷にはならない」と言った。「こんな奴隷にはならない。」

天井へ拳を振り上げた。「聞こえる!」と言った。「あなたが何者でも、どこにいても! どんな男への思いにも、どんな時代の習慣にも、奴隷にはならない。性の奴隷なんて、くそくらえ! わたしは一人の人間よ! 命を落としたって、これには打ち勝ってみせる!」

周囲の冷たい暗がりをにらんだ。

「マニング」と言い、攻撃せずに辛抱強く待ち続ける姿を思い浮かべた。「違う!」

思いは新しい方向へ向いていた。

「かまわない」と、長い間のあとで言った。「あの人たちが滑稽でも。何かを意味している。女が意味しうるすべてを意味している――服従以外のすべてを。投票権は始まりにすぎない。必要な始まりなの。わたしたちが始めなければ――」

決意が定まった。突然ベッドから出て、シーツを伸ばし、枕を整えて横になると、ほとんどすぐに眠りに落ちた。

第二節

翌朝は、三月初めというより十一月半ばのように、暗く霧が深かった。アン・ヴェロニカはいつもより少し遅く目を覚まし、数分間横になってから、夜中にしたある決心を思い出した。するとすぐベッドを出て、着替えに取りかかった。

インペリアル・カレッジへは出かけなかった。十時まで、ラメージへの手紙を書いてはうまくいかず、書き終えないうちに破った。とうとう諦め、上着を着て、街灯のともる暗がりと、ぬるぬるした通りへ出た。決然と顔を南へ向けた。

オックスフォード・ストリートからホルボーンへ進み、それからチャンスリー・レーンを尋ねた。そこで探し、ようやく見つけた一〇七A番地は、通りの東側に並ぶ、雑多な事務所が積み重なった建物の一つだった。壁に描かれた会社名、個人名、事業名を調べると、女性自由同盟が二階の隣り合う数区画を使っていることがわかった。階段を上がり、すりガラスのはまった四つの扉の前で迷った。どれにも、きちんとした黒文字で「女性自由同盟」とあった。一つを開けると、広く散らかった部屋だった。椅子は昨夜集会でもあったように、少し乱れて並んでいた。壁には新聞の切り抜きを群れのように貼った掲示板、三、四枚の大集会のポスター――その一つには、アン・ヴェロニカもミス・ミニヴァーと出席していた――それに紫の複写用インクで書かれた一連の告知があり、隅には旗が積まれていた。部屋には誰もいなかったが、そこに面した小部屋の一つの半開きの扉越しに、二人のごく若い娘が、散らかったテーブルに向かい、せっせと書き物をしているのが見えた。

彼女はその小部屋へ歩き、扉をもう少し開けた。運動の広報部門が働いているところだった。

「お尋ねしたいのですが」とアン・ヴェロニカは言った。

「隣です」と、眼鏡をかけた十七、八歳の若い人が、苛立たしげに方向を示した。

隣の部屋では、くたびれた帽子の下に疲れた顔をした中年の女が、机で手紙を開封していた。そのそばで、色の浅黒い、身なりの乱れた二十八、九歳の娘が、熱心にタイプライターを叩いていた。疲れた女は、おずおずと入ってきたアン・ヴェロニカを、無言で問いかけるように見上げた。

「この運動について、もっと知りたいのです」とアン・ヴェロニカは言った。

「わたしたちに賛成なの?」と疲れた女は言った。

「まだわかりません」とアン・ヴェロニカは言った。「たぶん賛成だと思います。女性のために、何かしたいのです。でも、何をなさっているのか知りたくて。」

疲れた女は、しばらく動かず座っていた。「あれこれ難癖をつけに来たわけではないでしょうね?」と尋ねた。

「違います」とアン・ヴェロニカは言った。「でも、知りたいのです。」

疲れた女は一瞬きつく目を閉じ、それからアン・ヴェロニカを見た。「何ができるの?」と尋ねた。

「できること、ですか?」

「わたしたちのために行動する用意はある? ビラ配り、手紙書き、集会の妨害、選挙の戸別運動、危険に立ち向かうことは?」

「納得できれば――」

「わたしたちが、あなたを納得させたら?」

「そうしたら、できれば刑務所へ入りたいのです。」

「刑務所へ入るのは、楽しいことではないわよ。」

「わたしには都合がいいのです。」

「入るまでだって、楽ではないわ。」

「それは細かな問題です」とアン・ヴェロニカは言った。

疲れた女は静かに彼女を見た。「何が不満なの?」と言った。

「不満というのではありません。何をなさっているのか知りたいのです。この活動が、本当にどう女性の役に立つとお考えなのか。」

「男女に平等な市民権を与えるために働いているのです」と疲れた女は言った。「女は昔から、今も、男より下のものとして扱われています。それを対等にしたいのです。」

「ええ」とアン・ヴェロニカは言った。「それには賛成です。でも――」

疲れた女は、穏やかな抗議をこめて眉を上げた。

「問題は、もっと複雑なのではありませんか?」とアン・ヴェロニカは言った。

「よければ今日の午後、ミス・キティ・ブレットと話せるわ。約束を取りましょうか?」

ミス・キティ・ブレットは、運動の中でもひときわ目立つ指導者の一人だった。アン・ヴェロニカはその機会に飛びつき、それまでの時間の大部分を大英博物館のアッシリア展示室で過ごした。疲れた女に買わされた女性解放運動の小冊子を読み、考えた。小さな休憩室で菓子パンとココアを取り、それから階上の展示室をさまよった。そこにはポリネシアの偶像や踊りの衣装、ポリネシアの生活の、素朴で慎みのないあらゆる品々がひしめいていた。やがてミイラのあいだの腰かけへ来た。問題を一つの焦点へ集めようとしているのに、頭はいつも以上に散漫で、雰囲気に流されようとした。何を考えさせても、一般論にしてしまうのだった。

「なぜ女は男に依存しなければならないの?」と問うと、その問いはたちまち、「なぜ物事は今のようになっているのか?」という主題の変奏曲になった――「なぜ人間は胎生なのか?」――「なぜ一日に三度も腹がすくのか?」――「なぜ危険に遭うと気絶するのか?」

しばらく立ち、包みを解かれた、社会生活のごく初期にさかのぼるミイラの、干からびた手足と、まだ人間らしい顔を見ていた。ひどく辛抱強そうだと思った。そして少し、自分に満足しているようだった。自分の世界を当然のものとして受け入れ、その前提のもとでうまくやってきた顔だった――子供には年長者に従うことを教え、女の意志は当然のように押しのけられる世界。このものが生き、感じ、苦しんだことがあると考えるのは、不思議だった。かつて、ほかの人間を耐えがたいほど求めたこともあったかもしれない。今は死体そのものの額に、誰かが口づけたかもしれない。落ちくぼんだ頬を愛情ある指でなで、筋張った首を、情熱に生きる手で抱いたかもしれない。だが、それらはすべて忘れられた。「結局」と、それは考えているようだった。「最高の敬意をもって、私に防腐処置を施してくれた――長持ちするよう選ばれた、質のよい香料――最上のものを! 私は、あるがままの世界を受け入れた。物事とは、そういうものなのだ!」

第三節

キティ・ブレットについて、アン・ヴェロニカが最初に抱いた印象は、攻撃的で感じが悪いというものだった。次には、驚くほど人を説得する力があると思った。おそらく二十三歳ほどで、血色がよく健康そうだった。実務的だがいかにも女性らしいブラウスの上には、白く丸みのある首がたっぷりのぞき、短い袖から出たふっくらした前腕も、よく身振りに使われた。形のよい眉の下には、生き生きとした濃い青灰色の目があり、濃褐色の髪は、広く低い額から、簡潔で効果的に後ろへ巻き上げられていた。そして、知的な議論をする能力となると、暴走する蒸気ローラーと大差なかった。彼女は訓練された存在だった――容赦のない母親に、ただ一つの目的のため訓練された存在。

流暢に、熱をこめて話した。アン・ヴェロニカの差し挟む言葉には答えるというより、使い慣れた素早い切り返しで片づけ、それからまた見事に一直線に、自分の運動の正当性を描き出した。当時、政治と言論の世界全体を揺り動かしていた、あの驚くべき女たちの反乱の正当性を。アン・ヴェロニカが定義してほしいと望んでいた命題を、彼女は一種の催眠術のような力で、すべて当然のものとした。

「わたしたちは何を求めているのですか。目標は何なのですか?」とアン・ヴェロニカは尋ねた。

「自由! 市民権! そしてそこへの道――すべてへの道は、投票権です。」

アン・ヴェロニカは、考え方全体の変化について何か言った。

「力がなくて、人の考えをどう変えられるのです?」とキティ・ブレットは言った。

アン・ヴェロニカは、その反撃に即座には応じられなかった。

「何もかも、単なる男女の対立にしたくはありません。」

「女性が公正な扱いを得れば」とキティ・ブレットは言った。「男女の対立はなくなります。まったくなくなります。それまでは、わたしたちは叩き続けるつもりです。」

「女の困難の多くは、経済的なものだと思うのですが。」

「それはあとからついてきます」とキティ・ブレットは言った。「あとからついてきます。」

アン・ヴェロニカがまた話そうとすると、明るく、人に伝わる希望をもって遮った。「すべて、あとからついてきます」と言った。

「ええ」とアン・ヴェロニカは言い、話がどこまで来たのか考えようとした。夜の静けさの中では十分はっきりしていたことを、もう一度はっきりさせようとした。

「何事も」とミス・ブレットは断言した。「ある程度の信念なしには成し遂げられません。投票権を得て、市民と認められてから、ほかのすべてに取りかかればいいのです。」

ミス・ブレットの確信の魅力に包まれていても、アン・ヴェロニカには、結局これはミス・ミニヴァーの福音を、違う響きで唱えているだけのように思えた。そしてその福音と同じく、何かを意味していた。言葉そのものとは違う何か、捉えがたい何か、表面的には言い回しがちぐはぐでも、本質の大部分においては真実である何かを。女たちを押さえつけ、引き留めるものがあった。それが厳密には男の作った法律ではなくても、男の作った法律は、その一面だった。実際、想像しうる広やかな生から、人類全体を引き留めている何かがあった……

「投票権は、すべての象徴です」とミス・ブレットは言った。

突然、個人へ訴える口調になった。

「ああ、どうか、二次的な考慮の迷路に迷い込まないでください」と言った。「女にできること、女がなれるものを、全部わたしに説明させようとしないで。昔の依存の暮らしとは違う、新しい生き方が可能なのです。わたしたちが分裂しさえしなければ。一緒に働きさえすれば。違う階級の女性を共通の目的へ結びつける運動は、これしかありません。これがどれほど女性に魂を与えるか、見ていただけたら。何もかも当然と思い、つまらぬことや虚栄に、すっかり身を任せていた女たちに……」

「何か仕事をください」と、アン・ヴェロニカはとうとう説得を遮った。「お時間を取ってくださって、本当にありがたかったのですが、これ以上座って話し、あなたの時間を使いたくありません。何かをしたいのです。女を囲い込むこのすべてに、自分を叩きつけたい。何かをしなければ――それも早くしなければ――息が詰まってしまいそうです。」

第四節

その夜の仕事が、途方もない茶番の姿を取ったのは、アン・ヴェロニカのせいではなかった。何をするにも、彼女は真剣そのものだった。自分の望むように生きさせず、囲い込み、支配し、指図し、非難する宇宙へ向けた、最後の捨て身の攻撃に思えた。それは、モーニングサイド・パークで父とあの忘れがたい衝突をしたあと、打ち勝つと誓ったのと同じ、無敵の包み込み、鉛のように重い宇宙の圧政だった。

彼女は襲撃の名簿に入れられた――庶民院への襲撃だとだけ告げられ、詳しいことは知らされなかった――そして、ウェストミンスター、デクスター・ストリート十四番地へ一人で行き、道を警官に尋ねてはならないと言われた。行ってみると、そこは家ではなく、目立たない通りにある荷役場だった。大きな門には「ポジャーズ&カルロ、運送・家具引越業」と記してあった。当惑して、人気のない通りに数秒立ち尽くし、ためらっていたが、角の街灯の下に、もう一人、用心深そうな女が現れたので安心した。大きな門の一方に小さな扉があり、そこを叩いた。すぐに、色の薄いまつ毛をした、情熱を抑えているような男が開けた。「さあ、中へ」と、本物の陰謀家のような、息をひそめた声で言い、そっと扉を閉め、指さした。「あちらへ!」

乏しいガス灯の光で見ると、石畳の中庭に、四台の大きな家具運搬車があり、馬がつながれ、車灯がともっていた。いちばん近い車の陰から、眼鏡をかけた細身の青年が現れた。「A、B、C、D、どれですか?」と尋ねた。

「Dと言われました」とアン・ヴェロニカは言った。

「あちらへ」と、手にしたパンフレットで指した。

アン・ヴェロニカは、興奮した女たちの、ざわつく小さな群れの中に入った。ささやき、忍び笑いし、声をひそめて話していた。

光が乏しく、明かりの当たる顔も、ぼんやり不明瞭にしか見えなかった。誰も彼女に話しかけなかった。彼女はその中に立って眺め、奇妙な疎外感を覚えた。斜めから差す赤い光が姿を奇妙にゆがめ、服に妙な縞や斑の影を作っていた。「キティの考えなのよ」と一人が言った。「この車に乗っていくの。」

「キティは素晴らしいわ」と別の一人が言った。

「素晴らしい!」

「ずっと、刑務所で運動に尽くしたかったの」と、ある声が言った。「ずっと。最初から。でも、ようやく今、できるようになったのよ。」

すぐそばの小柄な金髪の女が、突然ヒステリックな笑いに崩れ、その終わりをしゃくり上げて結んだ。

「参政権運動を始める前は」と、固く平板な声が言った。「階段を上るだけで、動悸がして仕方がなかったのよ。」

アン・ヴェロニカからは見えない誰かが、集まった者たちを整列させているらしかった。「乗らなくてはいけないようですね」と、ボンネットをかぶった、感じのよい小柄な老婦人が、少し震える声でアン・ヴェロニカに言った。「あなた、この明かりで見えますか? わたしは乗りたいのですけれど。Cはどれかしら?」

アン・ヴェロニカは、奇妙に心が沈むのを感じながら、車の黒い空洞を見た。扉は開いており、大きな文字の札が、それぞれに割り当てられた班を示していた。老婦人を案内してから、自分はDの車へ向かった。腕に白い腕章をつけた若い女が立ち、車へ乗り込む班員の人数を数えていた。

「屋根を叩く音がしたら」と、命令する口調で言った。「出てください。オールド・パレス・ヤードの大きな入口の向かいに着きます。一般用の入口です。そこへ向かい、できればロビーへ入り、それから議場を目指してください。進みながら、『女性参政権を!』と叫んで。」

学校の先生が子供に言い聞かせるような話し方だった。

「出るとき、あまり固まらないように」と付け加えた。

「いいですか?」と、薄いまつ毛の男が突然、車の入口に現れて尋ねた。一瞬待ち、励ます笑顔を見せたが、薄暗くて役には立たなかった。それから扉を閉め、女たちは暗闇に残された……

車はがくりと動き出し、ごろごろ音を立てて進んだ。

「トロイみたい!」と、うっとりした声が言った。「まるでトロイの木馬だわ!」

第五節

こうしてアン・ヴェロニカは、相変わらず進取の気性に富み、少しばかり疑いを抱きながら、歴史の流れへ身を交え、国の警察裁判所の記録に、その洗礼名を記した。

ただし、遅まきながら父への配慮から、姓は他人のものを書いた。

いつの日か、文学の報酬が必要な骨の折れる調査を可能にするとき、この女たちの闘争にも、そのカーライル[訳注:『フランス革命史』で知られる歴史家・評論家]が現れるだろう。そしてミス・ブレットと仲間たちが、西洋世界全体をしつこくせき立て、女性の地位を論じさせるに至った、あの驚くべき一連の功績の詳細が、このうえなく愉快で驚嘆すべき描写の材料になるだろう。今のところ世界はその作家を待ち、好奇心を満たす手段は、混乱した新聞記事の記録しかない。彼が現れたら、この家具運搬車の襲撃にも、ふさわしい扱いを与えてくれるはずだ。帝国議会の周囲の整然とした夕景を、確かな細部で描くだろう。冷たく湿った夕闇を通り、ニュー・パレス・ヤードへ出入りする辻馬車、自動車タクシー、箱馬車。大建築の入口に増員されながらも、心配も疑念も抱かず立つ警官たち。四角い輪郭と区画された壁面を持つヴィクトリア朝ゴシックが、灯火のまぶしさから夜の濁りへそびえ立つ。頭上ではビッグ・ベンが、侵しがたい灯台のように輝く。そしてウェストミンスターの日常の往来、橋を行き来する辻馬車、荷車、明るい乗合馬車。寺院とアビンドン・ストリートの周囲には、外郭の警戒線と警官隊が配置され、その注意はすべて西へ、ウェストミンスターのキャクストン・ホールへ向けられていた。そこでは女たちが、怒った蜂の巣のようにざわめいていた。警官の分隊は、その騒乱の中心の玄関にまで達していた。そして、その防備のすべてを通り抜け、オールド・パレス・ヤードへ、防衛陣地のまさに急所へ、疑われることのない運搬車が、のろのろと入り込んだ。

女たちの参政権運動家が何をするか見ようと、気の進まない晩にもかかわらず出てきた、少数の物好きな見物人のそばを通り過ぎた。そして、誰にも止められず、目指す入口から三十ヤード以内に停まった。

そこで、中身を吐き出した。

もし私が物語画の画家なら、構図と遠近法と空気感の技を尽くして、帝国の荘厳な中枢を描くだろう。灰色で、威厳があり、巨大で、どんな言葉でも言い尽くせぬほど由緒正しい姿に描くだろう。そのうえで、鮮やかな黒で、ごく小さく、あの勇ましくも不敵な運搬車を描き加える。高みの足元にうずくまり、不穏な小さな黒いものを、ばらばらと素早く吐き出す車を――宇宙に戦いを挑む、決然たる女たちの小さな姿を。

アン・ヴェロニカは、その最前列にいた。

一瞬にして、何かを待つウェストミンスターの静けさは終わった。警官の笛の音に、議長席の議長さえ顔色を変えた。議場の勇敢な議員たちは、にやにやしながら席を立ち、ロビーへ向かった。ほかの者は帽子を鼻まで引き下げ、席に縮こまり、世はすべて事もなしというふりをした。オールド・パレス・ヤードでは、誰もが走った。見に行くためか、身を隠すために走った。閣僚二人までも、作り笑いを浮かべて逃げ出した。車の扉が開き、外の空気へ出た瞬間、アン・ヴェロニカの疑念と沈んだ気分は、このうえない高揚に変わった。普通の女らしい娘なら、恥と恐怖に打ちのめされていたはずの危機を、これまでも切り抜けさせてきた、あの冒険好きな気質が、再び優勢になった。目の前に大きなゴシック式の入口があった。あそこを通らなければならない。

ボンネットの小柄な老婦人が、信じられない速さで走り抜けた。それ以外は相変わらず、抜かりなく品よく見えた。走りながら、庭からアヒルを追い出すときのような、妙に威嚇的な声を出していた――「ブルルルルルー!」――そして黒い手袋の手を振り回していた。警官たちが、遮ろうと両側から迫った。老婦人は弾丸のように、その先頭の警官の胸へぶつかり、どんと音を立てた。そのあいだにアン・ヴェロニカはすり抜け、階段を上っていた。

そのとき、何とも恐ろしいことに、後ろから腰を抱えられ、地面から持ち上げられた。

興奮の中へ、新しいものが流れ込んだ。激しい嫌悪と恐怖だった。両足を浮かされ、なすすべもなく抱えられる感覚ほど、不快なものを経験したことはなかった。思わず悲鳴を上げた――生まれて初めての悲鳴だった――そして、怯えた動物のように、つかまえている男たちに身をよじり、抵抗した。

一件は一跳びに、愉快な騒ぎから、暴力と嫌悪の悪夢へ変わった。髪がほどけ、帽子が片目へかぶさり、直そうにも腕が自由にならなかった。この男たちが下ろしてくれなければ窒息すると思ったが、しばらくは下ろしてくれなかった。やがて、言いようのない安堵とともに、足が舗道についた。二人の警官が、逆らいようのない熟練したやり方で手首をつかみ、彼女を押し進めていた。手を振りほどこうと身をよじり、息を切らして激しく、「ちくしょう! ――ちくしょう!」と言っていた。右側の父親めいた警官は、あからさまに不快そうだった。

やがて二人は腕を放し、追い払おうとした。

「さあ、お帰り、お嬢さん」と父親めいた警官は言った。「あんたの来るところじゃない。」

よく訓練された平たい手で、脂じみた舗道を十二ヤードほど押していった。どうにも逆らえそうになかった。前方には空いた場所が広がり、こちらへ走ってくる人々が点々と見え、その下には柵と彫像があった。冒険がこう終わることを、ほとんど受け入れかけた。だが「家へ」という言葉で、また向き直った。

「家へは帰りません」と言った。「帰らない!」そして父親めいた警官の手をかわし、大きな入口へ向かって、その脇を押し通ろうとした。「落ち着きなさい!」と彼は叫んだ。

小柄な老婦人の激しい抵抗が、注意をそらした。超人的な力を授かったようだった。彼女と格闘する三人の警官の塊が、アン・ヴェロニカを押さえる二人のほうへよろめき、気を取らせた。「逮捕してもらいます! 家へは帰りません!」と老婦人は何度も叫んでいた。下ろすと飛びかかり、ヘルメットを一つ叩き落とした。

「連れていくしかないぞ!」と馬上の警部が叫ぶと、彼女も同じように叫んだ。「連れていくしかないんですよ!」

警官たちはつかまえ、持ち上げた。彼女は悲鳴を上げた。それを見て、アン・ヴェロニカは激しく興奮した。「卑怯者!」と言った。「下ろしなさい!」そして引き止める手を振りほどき、老婦人を抱える警官の、大きな赤い耳と青い肩を、拳で叩いた。

こうしてアン・ヴェロニカも逮捕された。

そのあと、通りを強引に引き立てられ、警察署へ連れていかれるという、忌まわしい経験が待っていた。どんな想像をしていたにせよ、現実の前では消えた。やがて、ざわつき揺れ動く群衆の中を進んでいた。街灯の光の下、顔という顔が、容赦なくにやつき、見つめてきた。「やれ、お嬢ちゃん!」と一人が叫んだ。「蹴っ飛ばしちまえ!」もっとも実際には、今やキリスト教徒らしくおとなしく歩き、ただ押し立てる警官の手だけを嫌がっていた。群衆の中では、何人かが喧嘩をしているようだった。侮辱の叫びがさまざまに増えたが、大部分は何と言っているのかわからなかった。「赤ん坊は誰が見んだい?」というのが、その夜の気の利いた思いつきの一つで、何度も聞こえた。眼鏡をかけた痩せた青年が、しばらく後を追い、「勇気を! 勇気を!」と叫び続けた。

誰かが泥の塊を投げつけ、その一部が襟の中へ入った。計り知れない嫌悪に襲われた。泥まみれになり、取り返しがつかないほど辱められた気がした。

顔を隠すこともできなかった。意志の力だけでこの光景を終わらせ、どこでもいいから自分をここから消そうとした。かつて感じのよかった小柄な老婦人も、警察署へ運ばれているのが、恐ろしくも目に入った。まだ弱々しく抵抗し、ひどく泥だらけで、灰色がかった髪の一房が首へ垂れ、顔は怯えて白く、それでも勝ち誇っていた。ボンネットは落ちて、踏まれ、側溝へ入った。小柄なロンドン下町の男が拾い、彼女に近づいてかぶせ直そうと、滑稽な試みを繰り返した。

「逮捕しなければいけません!」と老婦人は息を切らして言った。もう実現していることを、狂ったように言い張っていた。「逮捕してもらいます!」

ようやく着いた警察署は、アン・ヴェロニカには、名状しがたい屈辱からの避難所に思えた。名前を言うのをためらったが、促されて、とうとう、アン・ヴェロニカ・スミス、チャンスリー・レーン一〇七A番地、と答えた……

男たちと世の中が、自分をこんなふうに扱えるのかという憤りが、その夜を持ちこたえさせた。逮捕された女たちは、パントン・ストリート警察署の廊下へ追い込まれた。そこに面した留置房は、不潔すぎて人を入れられず、大部分の女は立ったまま夜を過ごした。翌朝、気の利いた支援者が熱いコーヒーと菓子を差し入れてくれた。そうでなければ、一日中何も食べられなかっただろう。治安判事の前へ出る一連の出来事は、避けられないことへの服従で切り抜けた。

判事はおそらく、疲れ果てた勇敢な被告人たちに対する、社会の態度を表そうと懸命だったのだろう。だがアン・ヴェロニカには、ただ無礼で不公平に思えた。どうやら正規の有給治安判事ではなく、裁判権に異議を唱えられたことで、機嫌を損ねていたらしい。正当でないと見られるのを、腹立たしく思っていた。自分こそ、慎重な配慮から差し挟まれた、人間の英知なのだと思っていた……「この愚かな女どもめ」と、審理のあいだ何度も繰り返し、両手でせわしなく吸い取り紙をつまんだ。「愚かな連中だ! ああ! 恥を知れ!」

法廷は人でいっぱいだった。大部分は被告人たちの支持者や崇拝者で、色の薄いまつ毛の男が、ひときわ目立って活発に、あちらにもこちらにも姿を見せていた。

アン・ヴェロニカの出廷は短く、際立ったところもなかった。自分のために言うことは何もなかった。被告席へ案内され、親切な警部に促されるままにした。法廷の人々、書類の散らかった黒いテーブルに座る書記たち、自分の潔白を意識した顔で、こわばって立つ警官たち、すぐ背後でざわめく傍聴人の頭と肩が目に入った。高い台の後ろの椅子から、判事代理が眼鏡越しに意地悪く見下ろしていた。記者席には、赤毛で口元の締まらない、不愉快な青年がいて、彼女をスケッチしているのは、あまりにも明らかだった。

証人の宣誓には興味を覚えた。聖書に口づけするのが、とりわけ奇妙に思えた。そのあと警官たちは、短く途切れる調子と型どおりの言葉で証言した。

「証人に何か質問はありますか?」と親切な警部が尋ねた。

アン・ヴェロニカの心の奥に巣くう、下世話な小悪魔たちは、さまざまなふざけた質問を勧めた。たとえば、その文章の調子をどこで身につけたのか、などと。彼女は自制し、おとなしく「ありません」と答えた。

「さて、アン・ヴェロニカ・スミス」と、すべてを聞き終えた判事は言った。「おまえは見た目もよく、丈夫で、まともな娘だ。おまえたち愚かな若い女が、そのあり余る元気を、もっとましなことに使えないのは残念だな。二十二歳! こんな騒ぎに巻き込まれるのを許すとは、親はいったい何を考えているのか、想像もつかん。」

アン・ヴェロニカの心には、混乱した、口には出せない返事が満ちた。

「おまえたちは言いくるめられて、こんなけしからん行動に加わる――多くは、それがどういうことか、まるでわかっていないに違いない。尋ねたところで、『参政権』という言葉の語源さえ答えられまい。そうだ! 語源さえな! だが流行になったからには、自分も加わらねば気が済まんのだ。」

記者席の男たちは眉を上げ、かすかに笑い、背にもたれて、彼女が叱責をどう受けるか眺めた。禿げた小さな地の精のような男が、苦しげに大あくびをした。これはもう、すべて書き留めてあった。同じ内容を聞くのは、これで十四度目だった。正規の判事なら、何もかもまるで違うやり方をしただろう。

やがて被告席を出ると、四十ポンドの保証人一名を立てて、今後の善行を誓約するか――それが何を意味するにせよ――一か月の禁錮か、という選択が待っていた。

「第二級」と誰かが言ったが、第一級も第二級も彼女には同じだった。刑務所へ行くことを選んだ。

ついに、窓もなく息苦しい護送車で、長いあいだごろごろ揺られた末、キャノンゲート刑務所へ着いた――ホロウェイ刑務所は、すでに定員を満たしていた。キャノンゲートへ行くのは、運が悪かった。

刑務所はひどいところだった。広さもないのに寒々としていて、かすかな、息の詰まる臭いが漂っていた。独房を割り当てられるまで、不潔な女泥棒二人と、陰気で反抗的な空気の中、二時間も待たされた。その荒涼さは、警察の留置房の不潔さと同じく、思いがけない発見だった。刑務所は白いタイル張りで、石灰の匂いがし、衛生上は非の打ちどころがない場所だと思っていた。ところが、衛生状態は浮浪者の安宿と同程度らしかった。すでに使われた、濁った湯で体を洗われた。自分で洗うことは許されず、特権を持つような態度の囚人が洗った。キャノンゲートでは、その手順への良心的な異議申し立ては認められないと知った。髪も洗われた。それから、粗いサージの汚れた服と帽子を着せられ、自分の衣服は取り上げられた。服が前の着用者から、洗わずに回されてきたのは、あまりにも明らかだった。渡された下着さえ不潔に見えた。顕微鏡の下で見た下等な生物の恐ろしい記憶が頭を這い回り、想像のかゆみに身震いした。ベッドの縁に座った――その日は入所者が殺到し、看守の女は忙しすぎて、ベッドを下ろしていることに気づかなかった――衣服に触れる肌が震えた。最初はただ質素に見えた設備を見回したが、時がたつにつれ、その不十分さがますます明らかになった。冷たい、途方もなく長い数時間、参政権運動の渦が個人的な問題をのみ込んで以来、起こったこと、したことのすべてを、深く考えた……

麻痺したような状態から、ごくゆっくり抜け出すにつれ、個人的な事情と問題が、再び心を占領した。すっかり沈めてしまったつもりだったのに。

第十一章

獄中の思い

第一節

刑務所の最初の夜は、どうしても眠れなかった。ベッドは経験したことがないほど硬く、寝具は粗くて足りず、独房は寒いのに息苦しかった。扉の小さなのぞき窓と、絶えず見張られている感覚が気になった。何度も目を開け、そこを見た。体も心も疲れ果てていたが、どちらも休まらなかった。一定の間隔で顔に光が当たり、体のない目がこちらを見ていると気づいた。夜が更けるにつれ、それは苦痛になった……

ケイプスが心へ戻ってきた。熱に浮かされた夢と軽い譫妄せんもうのあいだの状態に彼が現れ、彼女は声を出して話しかけていた。一晩中、まったくありえない、巨大な記念碑のようなケイプスが向かいにいて、彼女は男と女について議論した。彼は警官の制服を着て、まったく無表情な姿で浮かんだ。何か狂った理屈から、自分の主張を韻文で述べなければならないと思い込んでいた。「わたしたちは音楽で、あなたたちは楽器なの」と言った。「わたしたちは詩で、あなたたちは散文。

     「男は理屈、女は韻
     いつでも得する男の身。」

この二行詩は、どこからともなく心に飛び込み、すぐに同じような二行詩を際限なく生んだ。彼女は作っては、ケイプスへ語りかけた。痛む頭を、苦しげに次々とあふれていった。

     「男は蹴っても裾は裂けない
     いつでもどこでも男は損ない。

     「男の服には罠などない
     いつでもどこでも男は損ない。
     帽子は崩れも派手にもならない
     そろってシルクハットでかまわない
     いつでもどこでも男は損ない。

     「男の腰など問題じゃない
     いつでもどこでも男は損ない。

     「男は髪などなくても困らない
     いつでもどこでも男は損ない。

     「男をじろじろ見る雄はいない
     いつでもどこでも男は損ない。

     「子供を産むのは女しかいない――

「ああ、ちくしょう!」と叫んだ。望みもしない頭に、百一番目ほどの二行詩が浮かんだときだった。

しばらく、あの強制的な入浴と、皮膚病のことを心配した。

それから、身につけてしまった悪態の癖について、熱に浮かされたように悔やんだ。

     「男は煙草も悪態もかまわない
     いつでもどこでも男は損ない。」

うつ伏せに転がり、頭の中の韻律を遮ろうと、両耳に指を突っ込んだ。長いあいだじっとしていると、思考はもう少し耐えられる速さへ戻った。低い声で、理性的に認める調子で、ケイプスに話しかけていた。

「結局、おしとやかにという考えにも、一理あるのね」と認めた。「女は優しく従順で、徳と、悪い強制への抵抗においてだけ強くあるべきなのね。あなた――ここでなら、そう呼んでもいいでしょう――わたしにもわかるわ。ヴィクトリア朝の人たちは、少しやりすぎたと思うけれど。あの人たちの考える娘の無垢は、ただの空白の白――光らない、のっぺりした白だった。でも、無垢というものがあることに変わりはない。わたしは読み、考え、推し量り、見てきた――そのあげく、わたしの無垢は――汚れてしまった。

「汚れてしまった! ……

「ねえ、わかるでしょう、どうしても切実に求めてしまうものがあるの――何なのかしら? きれいでいたいのよ。あなたも、わたしにきれいでいてほしいでしょう。そう思うはずだわ、もしわたしのことを少しでも考えるなら……

「わたしのことを、少しは考えてくれるのかしら……

「わたしは、よい女ではないの。悪い女だという意味ではないわ――よい女のあり方をしていないという意味。頭がこんがらがって、あなた、自分でも何を言っているのか、よくわからない。女のよい見本ではないということよ。男のようなところがあるの。女には――ちゃんとした女には――物事が起こる。そして上手に受け止めさえすればいい。白いままでいればいいの。でも、わたしはいつも、何かを起こそうとしている。それで、自分を汚してしまう……

「洗えば落ちる汚れなのよ、あなた。でも、汚れは汚れ。

「清らかで、攻撃せず、正し、看護し、仕え、崇められ、裏切られる女――男たちの殉教の女王、白い母……そんなことは、宗教に支えられなければできない。そしてわたしには、宗教がないの――そういう種類の宗教は――これっぽっちも。

「わたしは優しくない。淑女でも、決してない。

「粗野ではないわ――違う! でも心の純潔がない――本当の心の純潔が。よい女の心の門には、炎の剣を持つ天使がいて、堕落した考えを締め出している……

「よい女なんて、本当にいるのかしら。

「悪態をつかなければいいのに。でも、ついてしまう。最初は冗談だった……それが、ひそかな、自分だけの無作法になった。今では、言うこと、することのすべてに、煙草の灰のように積もっている……

「『やれ、お嬢ちゃん』とあの人たちは言った。『蹴っ飛ばせ!』

「あの警官に悪態をついて――不快にさせた。不快に! 

     「男にならば警官も赤くはならぬ
     男は何でも得をする……

「ちくしょう! 物が見えてきた。夜明けが忍び込んでいるのね。

     「また青い一日が明けてきた
     哀れな女にゃ要りません、お持ち帰りを。

「ああ、眠り! 眠り! 眠り! 眠り!」

第二節

「さて」とアン・ヴェロニカは、三十分の運動を終え、昼間の居場所である、背もたれのない座り心地の悪い木の腰かけに座って言った。「こんなふうに迷い込んだままでいても、仕方がない。ひと月、考えるほかにすることはないのだから。考えればいい。きっと、考え抜けるはず。

「どう問いを立てればいいかしら。わたしは何者? 自分をどうしなければならないの? ……

「本当に物事を考え抜いた人は、どれくらいいるのかしら? 

「みんな、ただ言い回しにつかまり、気分に従っているだけ? 

「昔の人はそうではなかった。正しいことと間違ったことがわかっていた。明確な宗教の信仰があって、すべてを説明し、すべてに規則を与えてくれるように見えた。わたしたちにはない。少なくとも、わたしにはない。ないものを、あるふりをしても仕方がない……神は信じていると思う……神について、本当に考えたことはない――みんなそうなのね……わたしの信条は、たぶんこう。『進化の過程の基底である全能の父なる神を、かなりおぼろげに信じます。そして、何の根拠も与えない曖昧な感傷のうちに、その御子イエス・キリストを信じます』……

「信じていないのに、信じるふりをしても、何の役にも立たないわ、アン・ヴェロニカ……

「信仰を求めて祈るといっても――わたしのような人間にとっては、こんな独り言が、いちばん祈りに近いのね。今、求めているじゃない――はっきり求めているじゃない? ……

「みんな、いろいろな考えを混ぜて飲んで、知性の二日酔いになっているのよ――誰も彼も……

「動機の混乱――それがわたしなのね! ……

「ケイプス先生を求める、このばかげた渇望がある――アメリカなら『ケイプス渇望症』とでも呼ぶでしょうね。なぜこんなにあの人が欲しいの? なぜ求め、考え、離れられないの? 

「それが、わたしの全部ではない。

「あなたがいちばん愛しているのは、アン・ヴェロニカ、あなた自身よ――そこをしっかりつかみなさい! 救わなければならない魂は、アン・ヴェロニカの魂なのよ……」

独房の床に膝をつき、両手を組み、長いあいだ黙っていた。

「ああ、神さま!」と、ようやく言った。「祈り方を教えてもらっていたら、どんなによかったでしょう!」

第三節

教誨師が来ると知らされたとき、こうした微妙で難しい問題を相談しようかと思った。だが、キャノンゲートの作法を計算に入れていなかった。姿を見せると、言われていたとおり立ち上がった。彼は慣例に従って、彼女の腰かけに座り、彼女を驚かせた。帽子もかぶったままだった。奇跡の時代も、キリストが罪人に礼儀正しく接した時代も、永久に終わったことを示すために。彼女には、その顔が、厳しく引き締めた表情を、ひどく努力して保っているだけなのがわかった。気が立ち、耳が赤かった。きっと、近くの独房で何か言い争いをしてきたのだろう。座るなり、彼は彼女を分類した。

「また一人」と言った。「世の中で自分の居場所を、創造主よりよく知っていると思っている若い女だね。何か私に尋ねたいことは?」

アン・ヴェロニカは、急いで気持ちを切り替えた。背筋が硬くなった。誇りの奥底から、現代の地区慈善訪問員めいた、感じの悪い詮索の口調を取り出した。「あなたは特別な種類の聖職者なのですか」と、ひと呼吸置き、鼻先から見下ろすように言った。「それとも大学へ行かれるのですか?」

「ほう!」と彼は、深い意味をこめて言った。

口に出せない返事を抱えて、しばらく荒い息をつき、それから侮蔑の身振りとともに立ち上がり、独房を出ていった。

こうしてアン・ヴェロニカは、自分の精神状態について、確かに必要だった専門家の助言を得られなかった。

第四節

一日か二日たつと、もう少し落ち着いて考えるようになった。参政権運動への激しい反動の時期に入っていた。それを大いに促したのが、アン・ヴェロニカのような気質の人間が、ときおり抱く理不尽な嫌悪の一つ――隣の独房の娘への嫌悪だった。大柄で、打たれ強そうな娘で、ばかな笑顔と、それ以上にばかげた真剣な表情をし、喉にかかる低いアルトの声を持っていた。騒々しく、陽気で、熱心で、髪はいつもひどい格好だった。礼拝堂では、肺をいっぱいに使って歌い上げ、アン・ヴェロニカはすっかり歌う気を失った。運動場では、足をだらしなく広げて、のそのそ歩いた。「がさつないたずら娘」としか言いようがない、とアン・ヴェロニカは決めた。いつも規則を破り、こそこそ話し、合図を送っていた。ときには、参政権運動を欠陥のある、満たされないものにするすべてを、彼女が体現しているように思えた。

その娘はいつも、小さな規律違反を始めた。最大の手柄は、昼食前の遠吠えだった。動物園の肉食獣が餌の時間に立てる声を真似したもので、囚人から囚人へ広がり、やがて全体が、吠え声、甲高い鳴き声、咆哮、ペリカンのくちばしを鳴らす音、猫のようなわめき声で満ち、その合間にヒステリックな笑いの悲鳴が入った。その人で埋まった孤独の中にいる多くの者には、驚くほどの解放となった。賛美歌を歌うより、もっとよかった。だが、アン・ヴェロニカは腹が立った。

「ばかばかしい!」と、その大騒ぎを聞いて言った。とりわけ、隣の喉にかかるアルト声の若い女に向けて。「我慢できないばかたち! ……」

この時期が過ぎるには数日かかり、いくらかの傷跡と、決心らしいものを残した。「暴力ではだめだわ」とアン・ヴェロニカは言った。「暴力になれば、女が負ける……

「でも、主張のほかの部分は、全部正しい……ええ。」

長い孤独な日々が過ぎるにつれ、心の中に、いくつもの明確な態度や結論を見いだした。

その一つは、女を、男に敵意を持つ女と持たない女に分けることだった。「ここでわたしが場違いなのは」と言った。「本当は、男が好きだからなのね。話ができる。敵だと思ったことがない。女という階級の意識が、わたしにはない。ケイプス先生のような男から守ってもらうための法律や自由なんて、欲しくない。心の底では、あの人がくれるものなら何でも受け取ると、わかっている……

「女は男と、ちゃんと結ばれたいのよ。自分より上等な人間である男と。世の中の何よりも、それを求め、必要としている。正しくないかもしれない、公平でないかもしれない。でも、物事はそうなっている。法律でも習慣でも、男の暴力でも、それを決めたのではない。ただ、そういうものなのよ。女は自由でいたい――法律のうえでも経済的にも自由でいたい。ふさわしくない男に従わずに済むように。でも、ふさわしい男の奴隷にならずに済むように、世の中を変えられるのは、世界を作った神さまだけ。

「その、ふさわしい男が手に入らなかったら? 

「わたしたちは、こんなにも好みを選び抜くようになってしまった!」

拳の関節を額へ押しつけてこすった。「ああ、でも人生は難しい!」とうめいた。「一か所のもつれをほどくと、別のところに結び目ができる……何かが変わる前に、本当に変わる前に、わたしは死んでいる――死んで――死んですっかり終わっている――二百年も! ……」

第五節

ある午後、何もかも静まり返っているとき、看守の女は、彼女が突然、ぎょっとするほど大きな声で、紛れもない激しい感情をこめて叫ぶのを聞いた。「いったいどうして、あの二十ポンドを燃やしてしまったの!」

第六節

彼女は昼食を前に座り、眺めていた。肉は質が悪く、盛りつけも不快だった。

「誰かが食費を少し抜いているんでしょうね」と言った……

「悪い庶民と、それを縛っておく美しい秩序の機械について、何てばかげた考えを持っていたんでしょう。ところが実際には、こんな場所があって、病気がうつりそうなものだらけ! 

「もちろん、これこそ人生の本当の肌合いなのね。わたしたち、上品で安全な人間が忘れているもの。根底では何もかもまっすぐで気高いと思っているけれど、そうではない。周りの味方に逆らって世の中へ出れば、すべてが楽で素晴らしくなると思っている。でも、モーニングサイド・パーク程度の文明でさえ、かろうじて保たれているのだとは、気づかない。気分を害してはいけない警官たちによって。

「ここは、無邪気な娘が歩き回ってよい世界ではない。汚れと皮膚病と寄生虫の世界。法律が愚かな豚になり、警察署が汚い巣穴になる世界。助けてくれる人、守ってくれる人が必要なのね――それに、きれいな水も。

「わたしは分別がついてきたのかしら。それとも、飼いならされているのかしら? 

「ただ、人生は多面的で、複雑で、わかりにくいと発見しているだけ。喉元をつかめばいいのだと思っていた。

「人生には、喉なんてないのに!」

第七節

ある日、自己犠牲という考えが浮かび、彼女自身の思うところでは、道徳上の重要な発見をいくつかした。

それは、再発見でありながら、驚くほど新鮮なものとして訪れた。「これまでわたしは、何だったの?」と自問し、答えた。「むき出しの利己心、アン・ヴェロニカという人間の粗野な自己主張だけ。宗教も規律も権威への敬意も、身を覆う慎ましい布切れ一枚ほどさえなかった!」

ようやく行動の試金石を見つけた気がした。これまでの行動や計画のすべてで、本当には自分以外の誰のことも考えていなかったと気づいた。ケイプスさえ、彼女にとっては熱烈な恋をかき立てる刺激物にすぎなかった。足元で想像の放縦を楽しむための、ただの偶像だった。美しい人生、自由で束縛のない人生、自己の成長を手に入れようとし、自分にも他人にも、どんな代償がかかるか数えなかった。

「お父さまを傷つけた」と言った。「叔母さまを傷つけた。かわいそうなテディを傷つけ、冷たくあしらった。誰一人、幸せにしていない。今の境遇は、だいたい自分にふさわしいのね……

「束縛を蹴って自由になれば、人を傷つける――それだけの理由でも、従わなければならないのね……

「慣らされた人たち! 世の中は、身勝手な子供と、慣らされた人たちだけなのかしら。

「あなたの小さな誇りの旗も、ほかの人たちと一緒に下ろさなければならないのよ、アン・ヴェロニカ……

「妥協――そして親切。

「妥協と親切。

「世の中が足元へひれ伏すべきだなんて、あなたは何者なの? 

「まともな市民にならなければいけないのよ、アン・ヴェロニカ。ほかの人たちと一緒に、半分のパンでよしとしなさい。自分のものではない男――自分に関心さえない男へ、爪を立ててすがりついてはいけない。それだけは、はっきりしている。

「まともで、理にかなった道を取らなければ。神さまが周りへ置いた人たちに、自分を合わせなければならない。ほかの人はみんな、そうしている。」

ますますその線に沿って考えるようになった。ケイプスの友人になれない理由はない。少なくとも彼は彼女に好意を持ち、一緒にいることをいつも喜んでいた。節度と品位を保った友人になれない理由はなかった。結局、人生とはそういうものだった。何一つ、ただでは与えられないし、店先にあるものをすべて買えるほど裕福な者もいない。誰もが世の中と取引をしなければならない。

ケイプスの友人であることは、とてもよいことだろう。

生物学を続けられるかもしれない。ひょっとすると、彼と同じ問題の研究さえできるかもしれない……

自分の孫娘が、彼の孫息子と結婚するかもしれない……

独立を求めた無鉄砲な突撃のあいだ、自分は誰のためにも何もせず、大勢の人が自分のために何かをしてくれたことが、明らかになった。叔母と、テーブルに落とされた財布を思った。手間ばかりかかり、報われなかった数々の親切を思った。ウィジェット家の助け、テディの憧れを思った。新しく芽生えた慈しみをもって、父を、マニングの良心的な無私の心を、ミス・ミニヴァーの献身を思った。

「それなのに、わたしは誇り、誇り、誇りばかり! 

「わたしは放蕩娘なのね。立ちて父のもとに行き、父に言わん――

「誇りと自己主張は罪なのかしら? 天に対して罪を犯し――ええ、わたしは天に対して、そしてあなたの前に罪を犯しました……[訳注:聖書の「放蕩息子」のたとえを踏まえた独白]

「かわいそうなお父さま! 肥えた子牛に、いくら使ってくださるかしら? ……

「包まれた暮らしの規律! 最後にはそこへたどり着くのね。ジェーン・オースティンや、更紗のカバーや、慎みや、上品さや、そういうものが、わかり始めた。貪欲な指には手袋をはめる。背筋を伸ばして座ることを覚える……

「そして、どうにかして」と、長い間のあとで付け加えた。「ラメージさんへ、四十ポンドを返さなければ。」

第十二章

アン・ヴェロニカ、身辺を整える

第一節

アン・ヴェロニカは、よい決意を実行しようと懸命に努めた。父への手紙は、書く前に長く慎重に考え、出す前にも、真剣に、じっくりと考え直した。

「親愛なるお父さま」と書いた。「この刑務所へ送られて以来、あらゆることを一生懸命考えています。こうした経験のすべてから、人生と現実について多くを学びました。無知なわたしが思っていた以上に、人生には妥協が必要なのだとわかりました。その問題を扱ったモーリー卿の本を手に入れようとしているのですが、刑務所の図書室にはないようですし、教誨師は、あまり好ましくない著者だと考えているようです。」

ここで、話が本題からそれかけていることに気づいた。

「出所したら読まなければと思います。でも、今の世の中では、娘は必然的に父親に依存するものであり、その立場にあるかぎり、父の理想と調和して暮らす義務があるのだと、はっきりわかりました。」

「少し堅苦しいわね」とアン・ヴェロニカは言い、急に調子を変えた。結びの段落は、全体として、おそらく堅苦しさが足りないくらいだった。

「本当に、お父さま、ご機嫌を損ねるようなことばかりして、ごめんなさい。家へ帰って、もっとよい娘になるよう努力してもよろしいでしょうか。

「アン・ヴェロニカ。」

第二節

叔母はキャノンゲートの外へ迎えに来た。そして、何が正式な手続きで、何がわが国の司法への反抗的な当てこすりにすぎないのか、少し混乱しているうちに、ヴィンディケーター菜食レストランへの凱旋行進に巻き込まれてしまった。集合場所の外にいた、身なりの悪い小さな群衆から、名指し同然の歓呼まで受けた。彼らは、聞こえよがしにこう評した。「とにかく、いいおばあさんだよ。あの人が投票したって、悪いこたあないさ。」

我に返ったときには、もう少しで菜食の食卓につくところだった。何か鋭い本能に従い、暗い色のヴェールをかぶって刑務所へ来たのだが、アン・ヴェロニカに口づけするため上げたまま、二度と下ろさなかった。彼女のために卵が用意され、傷つけられた良家の婦人にふさわしい威厳をもって、その後の感激と雄弁の時間を耐え抜いた。叔母とアン・ヴェロニカが思い描いていた、静かな再会と帰宅は、この災難ですっかり狂ってしまった。十分な説明もできず、アン・ヴェロニカの下宿で用事を済ませて家へ着いたのは、午後の早い時間だった。二人とも気持ちが離れ、沈み込み、頭痛を抱え、不屈のキティ・ブレットのラッパのような声が、まだ耳に響いていた。

「恐ろしい女たちね、あなた!」とミス・スタンリーは言った。「中には、なかなかきれいで、身なりもよい人がいたのに。あんなことをする必要はないでしょう。あそこへ行ったことは、お父さまには絶対に知られてはだめよ。どうして、あの乗合馬車にわたしを乗せたの?」

「乗らなければいけないと思ったの」とアン・ヴェロニカは言った。彼女もまた、その場の世話役たちに少し押し切られていた。「とても疲れたわ。」

「できるだけ早く、客間でお茶をいただきましょう――わたしも身につけたものを脱ぐわ。このボンネットは、もう二度と好きになれない気がする。バターを塗ったトーストもいただきましょう。かわいそうに、頬がすっかりこけてしまって……」

第三節

その晩、父の書斎に入ったアン・ヴェロニカは、一瞬、この半年に起こったことは何もかも夢だったのではないかという気がした。灰色に広がるロンドンも、店の灯に照らされ、脂ぎって光る街路も、ひどく遠いものになっていた。生物学の実験室、そこでの勉強や心の動き、集会や議論、ラメージと乗った二輪馬車――みな、読み終えて閉じた本の中の出来事のようだった。書斎はまったく変わっていないように見えた。笠の少し欠けたあのランプ、あのガス暖炉、肘掛け椅子の脇には、同じ桃色の紐で結んだ同じ青や白の書類の束まであるようだった。そして父も同じだった。ほとんど以前と同じ姿勢で腰を下ろしており、彼女も、ファデン舞踏会には行かせないと言い渡されたときと同じように立っていた。食堂での、やや大仰な礼儀正しさは双方から消えていた。公平な目で眺める者がいたなら、その二つの顔に、よく似た頑固な我意の線を見つけただろう。ある種の硬さ――父の場合は鋭く、娘の場合は柔らかく丸みを帯びてはいるが、それでも硬さに違いはない。それが、どんな譲歩も取引にし、どんな慈愛も値引きにしてしまうのだった。

「それで、いろいろ考えたというんだね?」父は彼女の手紙の文句を引き、斜めになった眼鏡の上から娘を見て切り出した。「まったく、こういう面倒が始まる前に考えてくれていればよかったんだがね。」

どこまでも道理をわきまえた態度を忘れまい、とアン・ヴェロニカは思った。

「人は生きて、学ぶものだから」と、父の口調をなかなか巧みにまねて答えた。

「ちゃんと学びさえすればね」とスタンリー氏は言った。

会話が途切れた。

「お父さん、インペリアル・カレッジで勉強を続けるのは、かまわないでしょう?」

「それで余計なことをせずに済むなら」と、かすかに皮肉な笑みを浮かべて父は言った。

「今学期の終わりまで、授業料は払ってあるの。」

父は火を見つめたまま、正式な申し立てでも聞いたように二度うなずいた。

「勉強は続けていい」と父は言った。「ただし、家庭との調和を乱さないかぎりだ。ラッセルの研究は、その多くが誤った、不健全な方向に進んでいると私は確信している。だが――自分で学ぶことだ。おまえはもう成人なんだからな。成人なんだから。」

「理学士の試験には、あの勉強がほとんど欠かせないの。」

「嘆かわしいことだが、そうなんだろう。」

ここまで意見が一致したのは驚くべきことだったが、帰宅を迎えるやり取りとしてはいささか温かみに欠けていた。だがアン・ヴェロニカには、まだ肝心の話が残っていた。しばらく沈黙が続いた。「見解も研究も未熟な時代だ」とスタンリー氏は言った。「だが、このメンデル派の連中はラッセル君を悩ませることになりそうだ。大いに悩ませるだろう。あの標本の中には――実にうまく選び、実にうまく仕立ててあるものがある。」

「お父さん」とアン・ヴェロニカは言った。「今度のこと――家を離れていたことで――お金がかかったの。」

「いずれわかるだろうとは思っていた。」

「実は、少し借金ができてしまったの。」

「なんだって!」

父の顔つきが変わり、彼女の心は沈んだ。

「だって、下宿代とか、いろいろ! それに大学の授業料も払ったし。」

「ああ。だが、どうして借金など――誰がおまえに掛けで貸したんだ?」

「あのね」とアン・ヴェロニカは言った。「ホロウェイ刑務所にいるあいだも、下宿のおかみさんは部屋を取っておいてくれたし、大学の費用もずいぶんかさんだの。」

早口になった。父の問いは、これまでの人生で答えねばならなかったどの問いよりも厄介だった。

「部屋のことはモリーとおまえで片をつけたんだろう。おまえには金があったと言っていたぞ。」

「借りたの」とアン・ヴェロニカは何気ない調子で言ったが、心は絶望に凍りついていた。

「だが、誰がおまえに金を貸したというんだ?」

「真珠の首飾りを質に入れたの。三ポンドになったわ。時計でも三ポンド。」

「六ポンドか。ふむ。質札はあるね? いや、だが――借りたと言っただろう?」

「それも借りたの」とアン・ヴェロニカは言った。

「誰から?」

一瞬、父と目が合い、勇気がくじけた。真実など言えるはずがなかった。口にするのもはばかられることだった。ラメージの名を出せば、父は発作でも起こすかもしれない――何が起こるかわからない。彼女は嘘をついた。「ウィジェット家から。」

「やれやれ!」と父は言った。「まったく、ヴィー、おまえはうちの内輪もめをずいぶん広く触れ回ったらしいな!」

「あの人たちは――もちろん知っていたわ。舞踏会のことがあったから。」

「いくら借りている?」

あの隣人たちに四十ポンドは、どう考えても貸せる額ではない。そのことも、ここでためらってはいけないことも、彼女にはわかっていた。「八ポンド」と思い切って言い、愚かにもこう付け足した。「十五ポンドあれば、全部きれいになるわ。」

彼女は自分をののしる、淑女らしからぬ言葉を小声でつぶやき、ひそかに足し算を始めた。

スタンリー氏は、この機会を教訓に役立てようと決めた。しばらく考え込むそぶりを見せた。「よし」と、やがてゆっくり言った。「私が払おう。払ってやろう。だが、ヴィー、どうかこれで――こういう冒険は終わりにしてもらいたい。今度こそ身にしみてわかっただろう。世の中というものが――どういうものか、悟っただろう。人は、誰だって、この世で好き勝手にできるわけじゃない。どこへ行っても制約がある。」

「わかっているわ」とアン・ヴェロニカは言った(十五ポンド!)。「それは身にしみたの。これからは――できるかぎりのことをするつもりよ」(十五ポンド。四十から十五を引けば二十五)

父はためらった。彼女にも、もう何を言えばいいのかわからなかった。

「さあ」と、ようやく言葉を絞り出した。「新しい暮らしの始まりね!」

「新しい暮らしの始まりだ」と父も繰り返して立ち上がった。父と娘は、互いにかなり心もとない思いを抱きながら、用心深く見つめ合った。父は娘のほうへ身じろぎし、そこでこの書斎で最後に交わした会話を思い出した。彼女もその意図とためらいを見て、一瞬ためらったが、それから父に歩み寄り、上着の襟をつかんで頬に口づけした。

「ああ、ヴィー」と父は言った。「それでこそだ!」そして、いささか不器用に口づけを返した。

「これからは分別をつけような。」

彼女は父から身を離し、深刻な、物思いに沈んだ顔で部屋を出た。(十五ポンド! 四十ポンドも要るというのに!)

第四節

長く、疲れ、心の高ぶる一日のあとで、アン・ヴェロニカが途切れ途切れの苦しい眠りしか得られなかったのは、あるいは当然の成り行きだったのかもしれない。その夜、キャノンゲートで固めた高潔で克己的な決意は、初めて、どぎついほどの狼狽の光の中にさらされた。父の魂の独特な頑なさは、今や、彼女の計画を支えていた勘定からまるごと抜け落ちていたものとして立ち現れた。とりわけ、ラメージに返す四十ポンドを借りるのがこれほど難しいとは思っていなかった。不意をつかれ、疲れた頭は役に立たなかった。もらえるのは十五ポンド、それだけだ。今さらそれ以上を期待するのは、庭に金鉱が見つかるのを期待するようなものだった。機会は失われた。十五ポンドを、いや二十ポンドに満たない額をラメージに返すなど不可能だ――絶対に不可能だ。そのことが急に、まぶしいほどはっきりした。嫌悪と恐怖に胸を刺されながら、彼女はそれを悟った。

すでに二十ポンドを一度送ってある。その金をラメージが送り返してきたとき、なぜ即座にもう一度突き返さなかったのか、その理由を説明する手紙さえ出していなかった。すぐに手紙を書き、何が起こったかを正確に伝えるべきだった。今になって十五ポンドを送れば、そのあいだに五ポンド札を一枚使ったと思われずには済まない。だめだ! それはできない。二十ポンドにできるまで、十五ポンドは手元に置いておくしかない。誕生日になれば、そうできるかもしれない――八月になれば。

寝返りを打つと、半ば記憶、半ば夢のラメージの幻に追い立てられた。彼は醜く怪物じみた姿になり、返済を迫り、脅し、襲いかかってきた。

「性なんて、何から何まで忌々しい!」とアン・ヴェロニカは言った。「どうしてシダみたいに、性のない胞子で殖えられないのかしら。互いを縛り、互いを責め立て、友情まで毒され、その下に埋もれてしまう! ……あの四十ポンドは返さなくちゃ。絶対に。」

しばらくは、ケイプスさえ慰めにならなかった。明日は会える。だが、自分で招いたこの惨めな気分の中では、きっと背を向けられ、まるで相手にしてもらえないに違いないと思えた。たとえそうでなくても、会って何になるのだろう? 

「あの人が女の人だったらよかったのに」と彼女は言った。「そうすれば友達になれるのに。友達になってほしい。話をして、一緒にあちこちへ行きたい。ただ一緒に歩いていたい。」

しばらく枕に鼻を押しつけて黙っていたが、やがて思いはそこへ行き着いた。「取り繕って何になるの? 

「あの人を愛している」と、薄暗い部屋に浮かぶ物の形に向かって声に出し、もう一度繰り返した。そして、あの生物学者に、悲劇的な忠犬さながらの献身を捧げる自分を思い描いた。その芝居の都合上、相手は彼女の行いをまったく知らず、まるで無関心なままだった。

ついには、その想像の繰り返しから何か鎮静剤めいたものが生まれた。午前三時の感傷にしか絞り出せないような、か細い涙でまつげを濡らしながら、彼女は眠りに落ちた。

第五節

胸の内だけの算段があって、彼女は正午過ぎまでインペリアル・カレッジへ行かなかった。実験室は望みどおり無人だった。奥の窓の下にある、以前から使っていた実験台へ行くと、きれいに掃除され、いっぱいに満たされた試薬瓶が整えてあった。何もかもきちんとしている。明らかに、彼女のために片づけ、取っておいてくれたのだ。持参したスケッチ帳と器具を置き、丸椅子を引き出して腰を下ろした。そのとき背後で準備室の扉が開いた。開く音は聞こえたが、何気なく振り返れそうになかったので、聞こえないふりをした。やがてケイプスの足音が近づいてきた。彼女は力を振り絞って振り向いた。

「今朝来ると思っていた」と彼は言った。「見たよ――きのう、足かせを外してもらえたんだね。」

「今日の午後に来ただけでも、ずいぶん殊勝だと思うわ。」

「もう来ないんじゃないかと心配し始めていたんだ。」

「心配?」

「ああ。戻ってきてくれてうれしいよ。いろいろな意味で。」

彼の話しぶりは少し落ち着かなかった。「何より、僕はよくわかっていなかった――君が参政権の問題に、それほど強い関心を持っているとはね。君の気分を害したことが、ずっと気になっていて――」

「いつ、わたしの気分を害したの?」

「君のことが頭から離れなかった。失礼で、馬鹿なことをした。参政権の話をしていたとき――僕は少し茶化しただろう。」

「失礼ではなかったわ。」

「君があの参政権運動に、そんなに熱心だとは知らなかった。」

「わたしもよ。まさか、ずっと気にしていたの?」

「かなりね。どうも君を傷つけた気がして。」

「傷つけられてなんかいない。わたしが――自分で自分を傷つけただけ。」

「いや、僕が言いたいのは――」

「馬鹿な真似をしたの。それだけよ。神経がぼろぼろで、悩み事もあって。人間はヒステリーを起こす動物ね、ケイプスさん。頭を冷やすために、自分を閉じ込めてもらったの。本能みたいなものね。犬が草を食べるような。もう大丈夫よ。」

「君の神経がむき出しだったからといって、僕がそこに触れていい理由にはならない。気づくべきだった――」

「そんなこと、どうだっていいわ――あなたが、その――わたしの振る舞いを恨んでいないなら。」

「僕が恨む?」

「わたしはただ、馬鹿なことをしたのが悔やまれただけ。」

「じゃあ、これで仲直りというわけだね」と、ケイプスはほっとした声で言い、実験台の端にくつろいだ姿勢で腰をかけた。「でも参政権運動に熱心だったわけじゃないなら、いったいどうして刑務所へ?」

アン・ヴェロニカは考えた。「そういう段階だったのね。」

彼は微笑んだ。「生活史の新しい一段階というわけか」と言った。「今では誰もが通るらしい。女に成長してゆく者はみんな。」

「ミス・ガーヴィスは?」

「彼女も近づいている」とケイプスは言った。「それに君たちは、僕らをみんな変えつつあるんだよ。僕も揺さぶられた。運動は成功している。」

問いかける彼女の目を受け止め、彼は繰り返した。「ああ、成功しているんだ。男はとかく――女を少し軽く見すぎる。ときどき釘を刺してもらわないとね……君はそれをした。」

「じゃあ、刑務所にいた時間も、まるきり無駄ではなかったのね?」

「心を動かされたのは、刑務所のことじゃない。ここで君が言ったことがよかったんだ。あのとき突然、君がわかった気がした――知性のある人間としてね。こんな言い方も、そこに含まれる意味も、許してもらえるなら。男がふつう女に取る態度には、何か――子犬じみたところがある。そのことが良心に引っかかっていたんだ……君たちの中のある種の人を本気にしないからといって、僕らばかりが悪いとは思わない。つまり、女性の中のある種の人のことだけれど。でも僕らは君たちと話すとき、どうやら癖で、少しにやついてしまう。にやついて、少し――こそこそするんだ。」

彼は言葉を切り、真剣に彼女を見つめた。「少なくとも君には、そんな扱いを受けるいわれはない。」

二人の会話は、向こうの扉にミス・クレッグが現れたことで、不意に終わった。アン・ヴェロニカを見たミス・クレッグは、一瞬うっとりしたように立ち止まり、それから両手を広げて進み寄った。「ヴェロニーク!」と尻上がりの声を上げた。これまでミス・スタンリーとしか呼んだことがなかったのに、今は彼女をつかまえ、抱き締め、深い感動をこめて口づけした。「あんなことをするつもりだったなんて――ひと言も教えてくれなかったのね! 少し痩せたけど、それ以外は――これまででいちばん素敵に見えるわ。ものすごく恐ろしかった? 治安判事裁判所に入ろうとしたんだけど、すごい人だかりで、いくら押してもだめだったの……

「学期が終わったら、すぐ刑務所へ行くつもりよ」とミス・クレッグは言った。「暴れ馬だって――ロンドンじゅうの騎馬警官を集めたって――わたしを止められやしないわ。」

第六節

その午後ずっと、ケイプスはアン・ヴェロニカの世界を驚くほど明るく照らした。親しみ深く、彼女への関心が手に取るようにわかり、自分のもとへ戻ってきたことを喜んでくれた。実験室でのお茶は、女性参政権運動家の歓迎会のようになった。ミス・ガーヴィスは中立の姿勢を取りながらも、アン・ヴェロニカの行動を見て、ほとんど賛成に傾いたと打ち明けた。スコットランド人は、女性に固有の領分があるにせよ、それはともかく広がりつつある領分であり、今すぐ参政権を認めるべきかどうかには疑問があっても、進化論を信じる者なら、女性への投票権を「最終的には」論理上否定できない、という結論に達した。自分の反対は便宜上のもので、絶対的な反対ではないというのだった。ラッセルに似た髪形の青年は咳払いをし、あまり脈絡もなく、一般傍聴席で騒動を起こしたトマス・ベイヤード・シモンズの知り合いを知っていると言った。皆が女権拡張にはともかく、明らかにアン・ヴェロニカには好意的だと見て、ケイプスはあえてひねくれた役を引き受け、スコットランド人の考え――女性もまだ、より高等なものへ進化する見込みがあるという考え――をもとに、ひとしきり思索を広げた。

彼はいつにもましておどけ、機転が利いた。そのあいだずっとアン・ヴェロニカには、こんなに愉快でいてくれるのは自分が戻ってきたからではないかという、うれしい可能性が感じられた。真顔で信じてよいことではなく、半ばひそかに胸で味わうだけのことだったが。帰途の世界は、昨夜の灰色ぶりに劣らぬほど、ばら色に輝いていた。

だがモーニングサイド・パーク駅で列車を降りたとき、彼女はぎょっとした。二十ヤード先のホームに、つやのある帽子と広い背中、見まがいようのない尊大な歩き方が見えた。ラメージだった。とっさに灯火室の陰へ潜り込み、靴紐にひどく手こずっているふりをして、彼が駅を出るまで待った。それからゆっくり、細心の注意を払いながらあとを追い、並木通りと野道の分岐まで来て、ようやく逃げ切れた。ラメージは並木通りを上ってゆき、彼女は胸をどきどきさせ、未解決の問題が残っているという不快な思いを抱えて、小道を急いだ。

「あのことは、まだ続いているんだわ」と自分に言った。「何もかも続いている。忌々しい! 立派な決心をしたからって、自分で動かし始めたことは変わらないのね。」

すると前方に、晴れやかに彼女を迎えようとするマニングの姿が見えた。解けない難問から気をそらしてくれる、ありがたい出現だった。その姿に彼女が微笑むと、彼の輝きはさらに増した。

「釈放の時間には間に合わなかった」と彼は言った。「でもヴィンディケーター・レストランにはいたんだ。君が僕に気づかなかったのはわかっている。下の階で一般の人たちに交じっていたからね。でも君の姿は、しっかり見ておいたよ。」

「もちろん、もう賛成派になったんでしょう?」

「運動に参加しているあの素晴らしい女性たちは、みな投票権を持つべきだという意見にはね。もちろんだとも! 誰だってそう思うさ。」

彼は彼女の上に高々とそびえ、父親めいた微笑みで見下ろした。

「すべての女性が、本人の望むと望まないとにかかわらず、投票権を持つべきだという意見に、よ。」

彼は首を振り、笑みで目元と黒い口ひげの下の口元に皺を寄せた。並んで歩きながら、二人は言い争いを始めた。不愉快な気がかりを追い払ってくれるおかげで、その応酬はアン・ヴェロニカにはますます楽しかった。晴れやかさを取り戻すと、マニングがたいそう好きなのだと思えた。ケイプスが世界にまき散らした光は、恋敵をさえ美しく見せていた。

第七節

どんな道筋をたどってマニングとの婚約を決めたのか、アン・ヴェロニカには最後までよくわからなかった。さまざまな動機が胸の内で争っていた。自分がケイプスを激しく愛していると知っていたことも、その中で決して小さな理由ではなかった。ときには、彼も自分に強い関心を持ち始めているのではないかと、目がくらむような予感に襲われた。自分がどんな崖の縁に立っているのか、ますますよくわかってきた。ある心の状態になれば、恐ろしいほどたやすく飛び込んでしまうこと、そのように身を任せるのが、どれほど全面的に間違っていて無謀かということが。「あの人に知られてはだめ」と、彼女は自分にささやいた。「絶対に知られてはだめ。でないと――そうしたら、友達でいることもできなくなる。」

アン・ヴェロニカの胸の内で起こっていたことは、そんな単純な説明で尽くせるものではなかった。だが、それが彼女を支配する決意の形であり、日の当たる場所へ出すことを自分に許した唯一の形だった。それ以外のものは、陰や深みに潜んでいた。夢想の折に光の中へ出てきても、すぐに圧倒され、押し戻されて隠れてしまった。自分の生きる社会秩序をあざ笑うその夢の姿を、彼女は決して正面から見ようとしなかった。耳元の柔らかなささやきに耳を傾けているとも認めなかった。だがマニングは、避難所として、身の安全を守る場所として、ますますはっきり浮かび上がってきた。感情と欲望の、自己欺瞞に満ちたもつれから、いくつかの単純な目的が姿を現した。毎日ケイプスに会うことは、日々を明るい出来事で満たす一方、決めた道を進む妨げになっていた。彼女は一週間、実験室から姿を消した。妙に心を引かれる日々の続く一週間だった……

インペリアル・カレッジへ戻ってきたとき、その左手の薬指には、濃紺のサファイアをはめた、見事な古い指輪が輝いていた。かつてマニングの大叔母のものだった指輪だ。

その指輪が彼女の心を大きく占めていることは、明らかだった。しきりに作業の手を止めては眺め、ケイプスがそばへ来ると、初めは手を膝に隠し、やがてぎこちなく彼の目の前へ置いた。だが男は指輪に気づかないことが多い。彼もそのようだった。

午後になって、彼女は胸に浮かんだ疑いをよく考え、もっとはっきりした手段に訴えることにした。「これは普通のサファイアなのかしら?」と尋ねた。彼が手元へ身をかがめると、指輪を抜いて渡し、調べてもらった。

「とてもいいものだ」と彼は言った。「普通のものより少し色が濃いね。ただ、宝石については盛大に無知なんだ。古い指輪なの?」そう尋ねながら返した。

「そうらしいわ。婚約指輪なの……」

彼女はそれを指にはめ、努めて何でもないことのような声で付け加えた。「先週もらったの。」

「ああ」と、彼は表情のない声で言い、彼女の顔を見ていた。

「ええ。先週。」

彼女はちらりと彼を見た。その一瞬、突然、光が差すようにわかった。この指の指輪は、人生最大の過ちなのだ。はっきりとそう思えたが、やがてその思いは、避けようのない必然という感じに薄れていった。

「妙だな」と、少し間を置いて、彼は意外な言葉を漏らした。

二人のあいだに短い沈黙が落ちた。さまざまな思いの詰まった沈黙だった。

彼女は身じろぎもせず座っていた。彼の目はしばらくその飾りに留まり、それからゆっくり、手首へ、前腕の柔らかな線へと移った。

「お祝いを言うべきなんだろうね」と彼は言った。目が合った。彼の目には困惑と好奇心があった。「実は――どうしてかわからないが――驚いているんだ。どういうわけか、君にそういう考えを結びつけたことがなかった。君は完結して見えたんだ――それがなくても。」

「そうだったの?」

「なぜかわからない。でもこれはまるで――四角く、まとまりきっていると思った家の周りを歩いていたら、裏に思いがけない長い棟が突き出していたような感じだ。」

彼女が顔を上げると、彼はじっとこちらを見ていた。幾秒か、膨大な思考を巡らせながら、二人は間にある指輪を見つめ、何も言わなかった。やがてケイプスは顕微鏡と、その脇の、まだ封入していない切片を載せた小さな皿に目を移した。「あのカルミン染色はうまくいっている?」と、無理に関心を示して尋ねた。

「前よりは」と、アン・ヴェロニカは不自然にきびきびと答えた。「でも、まだ核小体が染まらないの。」

第十三章

サファイアの指輪

第一節

しばらくのあいだ、サファイアをはめたその指輪は、結局のところ、アン・ヴェロニカの難題をうまく解いてくれたかに見えた。曇った金属に強い酸をかけたようなものだった。近ごろケイプスとの交際に広がっていた、気詰まりという曇りが再び消えた。二人は公然と友情を宣言し、その関係へ踏み出した。友情そのものについて話し合いさえした。ある土曜日、愛嬌のある愉快な鳥、オオハシのくちばしについて、形態学上興味深い点を自分たちの目で確かめようと、一緒に動物園へ行った。そして午後の残りを歩き回りながら、友情という主題と、単なる情熱だけのあらゆる関係に対する知的な交わりの優越を、一般論として詳しく論じた。この話題になるとケイプスは重々しく律儀だったが、彼女には、それこそ彼のあるべき姿に思えた。また、彼女は知らなかったが、彼はかなり不誠実でもあった。「僕らはまだ友情の時代の夜明けにいるだけだ」と彼は言った。「その時代には、関心が情熱に取って代わるんだろう。これまでは、人から何かを得るには、愛するか憎むかしなければならなかった――憎むのも、それなりに一種の愛だけれどね。これからは、ますます人に関心を持ち、好奇心を抱き、そして――ごく穏やかに、試してみるようになるんだ。」

話しながら考えを練り上げているようだった。二人は新しい類人猿舎でチンパンジーを眺め、その目の優しい人間らしさ――「人間よりずっと人間らしい」――に感心した。それから隣の区画で、アジルテナガザルが見事な跳躍や空中宙返りをするのを見た。

「あれをいちばん楽しんでいるのは、どっちだろう」とケイプスは言った。「あの猿か、僕らか?」

「あの子は、ひどく夢中になっているみたい――」

「あの猿はやって、忘れる。僕らは覚えている。あの楽しげな跳躍は、僕の記憶の織物に編み込まれ、いつまでも残る。ただ生きることは、素材にすぎない。」

「生きているって、とても素敵だわ。」

「生きるだけより、生を知るほうがいい。」

「両方できるわ」とアン・ヴェロニカは言った。

その午後の彼女は、まるで批判する気にならなかった。「イボイノシシを見に行こう」と彼が言えば、これほど次々にいい考えの浮かぶ人はいないと思った。動物たちに好かれるお守りは、パンではなく砂糖だと説明してくれれば、その実地の博識に驚嘆した。

最後に、リージェンツ・パークへ出る出口で、二人はミス・クレッグと鉢合わせした。そのときのミス・クレッグの表情を見て、アン・ヴェロニカは、いつかマニングを大学へ連れてこようと思いついた。ただ、どういうわけか、その実行には二週間かかった。

第二節

ようやくそれを実行すると、ケイプスの想像の中で、サファイアの指輪は別の性質を帯びた。もはや自由と、遠くにいるまったく抽象的な人物の象徴ではなくなった。突然、実に不快なことに、目に見え、手で触れられる、大きく重々しい肉体のしるしに変わったのだった。

午後の実習が終わりかけたころ、マニングが現れた。そのとき生物学者は、スコットランド人がハイラックスとアフリカゾウの幼獣の頭骨を形而上学的に扱ったために生じた、いくつかの難問を解いていた。相手が見落としていた、部分的に消えかかった縫合線をたどって疑問を解消していたところへ、廊下の扉が開き、彼の宇宙にマニングが入ってきた。

実験室の端から見るマニングは、まことに美男で、体つきの整った紳士だった。その彼が婚約者へ熱心に歩み寄るのを見て、ミス・クレッグは、アン・ヴェロニカについて長らく温めていた恋物語を、もっと普通で単純なものに置き換えた。片方の灰色の手袋をはめた手には、ステッキと喪章を巻いたシルクハットを持っていた。フロックコートもズボンも申し分ない。端正な顔、黒い口ひげ、張り出した額には、熱心な心遣いが表れていた。

「君を」と、白い手を差し出して彼は言った。「お茶に連れ出したくてね。」

「片づけをしていたところなの」とアン・ヴェロニカは明るく言った。

「恐ろしい科学の道具を全部?」と彼は微笑んだ。その微笑みは、ミス・クレッグには並外れて優しく見えた。

「恐ろしい科学の道具を全部」とアン・ヴェロニカは言った。

彼は一歩下がり、所有者めいた微笑みを浮かべ、部屋の実務的な設備を見回した。低い天井のせいで、彼の背は異様に高く見えた。アン・ヴェロニカはメスを拭き、薄紫色の染液にモルモットの胚の薄片が浮かぶ時計皿にカードをかぶせ、顕微鏡を分解した。

「生物学がもっとわかればいいのに」とマニングは言った。

「用意できたわ」とアン・ヴェロニカは言い、顕微鏡の箱をぱちりと閉めて、一瞬だけ実験室の奥へ目をやった。「ここでは気取らないのよ。帽子も廊下の釘に掛けてあるだけ。」

彼女が先に扉へ向かうと、マニングはその後ろから回り込み、扉を開けてやった。ケイプスが一瞬顔を上げると、マニングは彼女を両腕で取り囲んでいるように見え、その彼女の様子には、静かな同意しかなかった。

スコットランド人の疑問を片づけると、ケイプスは準備室へ戻った。開いた窓の敷居に座り、腕を組んで、無数の瓦屋根と煙突の向こう、青く何もない空を、長いことまっすぐ見つめた。独り言の多い人ではなかった。その午後、どう見ても満足にはほど遠かった宇宙について、初めに声に出すことを自分に許した意見は、短く、宛先もまるで定まらない「くそっ!」のひと言だけだった。

その言葉には何か満足を与える力があったらしく、彼は繰り返した。それから立ち上がり、また繰り返した。「なんて馬鹿だったんだ、僕は!」と叫んだ。今度は言葉が出てきた。その文句に悪態を添えてみた。「間抜け!」と、ますます熱を帯びて続けた。「頭の腐った道徳かぶれの間抜け! 何だってしておくべきだった。

「どんなことだって! 

「何のための男だ? 

「友情だと!」

彼は拳を固め、窓を突き破ってやろうかと考えているようだった。その誘惑に背を向けた。すると突然、机の上にあった新しい標本瓶をつかんだ。一週間近くの仕事が詰まった瓶で、実に見事に解剖して広げたカタツムリの標本が入っていた。それを部屋の向こうへ投げつけた。瓶は本棚の下のセメントの床で、大きな音を立てて砕けた。続いて、急ぐでもためらうでもなく、試薬棚の上を腕でひと払いし、瓶を床の破片の中へ叩き落とした。砕ける音が重なり、ひとつの大きな響きになった。「ふむ」と、いくらか穏やかな顔で残骸を見ながら彼は言った。「馬鹿げてる!」少しして付け加えた。「人はほとんどわかっていないんだな――いつだって。」

彼は両手をポケットに入れ、口笛を吹くように唇をすぼめ、外側の準備室の戸口へ行って立った。いつもの赤ら顔がほんのわずか濃くなったほかは、金髪の落ち着きそのものに見えた。

「ゲレット」と彼は呼んだ。「ちょっと来て、散らかったものを片づけてくれないか。いくつか物を壊してしまってね。」

第三節

自分を立て直そうとするアン・ヴェロニカの計画には、重大な欠陥が一つあった。ラメージだった。彼の存在、貸した金、彼女との関わり、あの恐ろしい晩――それらが、面倒や暴露につながりかねない、漠然として心をかき乱す可能性となって、彼女の上にのしかかっていた。この不安から解放される道は返済以外になく、その返済は不可能に思えた。二十五ポンドを工面するなど、到底彼女の力ではできなかった。誕生日まで四か月あり、そのときでさえ、せいぜい五ポンドもらえる程度だろう。

そのことが昼も夜も心に刺さっていた。夜中に目を覚ましては、苦々しい叫びを繰り返した。「ああ、どうしてあのお札を燃やしてしまったの?」

父の屋根の下へ戻ってから、すでに二度も並木通りでラメージに会っていたことが、事態をいっそう不快にした。彼は仰々しいほど丁重に挨拶し、その見開いた目には、読み取れない意味が満ちていた。

いずれは事の一部始終をマニングに話さねば、義理が立たないと思った。実際、彼の助けを借りて片をつけるか、さもなければ永久に片づかないか、どちらかに思えた。そしてマニングがそばにいないときには、話はずいぶん簡単に思えた。明快で誠実な説明をいくつも組み立てることができた。だが切り出そうとすると、思っていたよりはるかに難しかった。

建物の大階段を下りながら、彼女が頭の中で話の糸口を探していると、彼はその簡素な服装を褒め、婚約できた自分の幸運を語り始めた。

「君がこうして隣にいるとね」と彼は言った。「不可能なことなんて何もない気がする。サービトンでのあの日、僕は自分に言ったんだ。『人生にはいいものがいろいろある。だが最上のものはたった一つ。あのオールを漕いでいる、髪を乱した娘だ。あの子を僕の聖杯にしよう。そしていつか、神のお許しがあれば、妻になってもらおう』とね。」

そう言いながら、彼はひたと前方を見つめていた。その声には深い感情が満ちていた。

「聖杯!」とアン・ヴェロニカは言い、それから続けた。「ああ、そうね――もちろん! でも、聖なるものにはほど遠いと思うわ。」

「まったく聖なる存在だよ、アン・ヴェロニカ。ああ、君には想像もつかないんだろうね。僕にとって君がどんな存在で、どれほど大切か! すべての女性には、何か神秘的で素晴らしいものがあるんだろう。」

「すべての人間に、神秘的で素晴らしいものはあるわ。男の人がそれを女の人に預けておかなければならないとは思わないけど。」

「男はそうするものさ」とマニングは言った。「少なくとも、本当の男なら。そして僕には、宝の蔵はたった一つしかない。まったく! 考えると跳び上がって叫びたくなるよ!」

「あの手押し車の人が驚くわ。」

「そうしないでいる自分に驚くよ」とマニングは、ひどく自分に酔った声で言った。

「思うんだけど」とアン・ヴェロニカは切り出した。「あなたはわかっていないんじゃ――」

彼はまるで耳を貸さなかった。片腕を振り、独特の響きのある声で語った。「巨人になった気分だ! これからは偉大なことができると思う。ああ、神々よ! 力強く、輝かしい詩がほとばしり出たら、どんな気持ちだろう――雄大な詩句が! 雄大な詩句が! もし書けるとしたら、アン・ヴェロニカ、それは君のおかげだ。すべて君のおかげだ。僕の本を君に捧げよう。みんな君の足元に置こう。」

彼は晴れやかな顔を彼女に向けた。

「わかっていないと思うの」とアン・ヴェロニカはもう一度切り出した。「わたしは、かなり欠陥のある人間なのよ。」

「わかりたくないね」とマニングは言った。「太陽にも黒点があるという。だが僕にはない。僕を温め、照らし、世界を花で満たしてくれる。僕には何の関わりもないものを見るために、どうして煤を塗ったガラス越しにのぞかなければならないんだい?」

彼は連れの顔を、喜びに満ちた笑みで見つめた。

「わたしには悪いところがあるの。」

彼は謎めいた微笑みを浮かべ、ゆっくり首を振った。

「でも、それを告白したいのかもしれないわ。」

「なら、罪を赦そう。」

「赦してほしいんじゃない。わたしという人間を、あなたに見えるようにしたいの。」

「君自身に君を見せてやれたらいいのに。欠点なんて信じない。輪郭を楽しげに和らげるものにすぎない――完璧より美しいんだ。古い大理石の瑕のようにね。君が欠点を語るなら、僕は君の素晴らしさを語ろう。」

「それでも、話しておきたいことがあるの。」

「ありがたいことに、僕らにはこれから、十万日もの語り合う日々がある。そう思うと――」

「でも、今話したいことなの!」

「その思いを短い詩にしたんだ。聞いてくれないか。まだ題はない。『婚礼歌』でいいかな。

     「ダリエンに立ちし人のごとく[訳注:キーツの詩に描かれた、ダリエンの高みから太平洋を望む探検者の姿を踏まえる]
     われは未知の海を望む
     わが女王とわが前に
     一万の日、一万の夜。

「それでも僕は、まだ六十五歳ほどにしかならない! 

     「夕日の果てまで広がる
     時のきらめく荒野
     まだその波を鋤く船底もなく
     浜辺を軋らす竜骨もない。

     「われらはその輝きを帆走しよう
     日から日へと、二人で
     幸せの島から島へ
     神の恵む日和を幾年も。」

「ええ」と、その未来の船旅の連れは言った。「とてもきれいね。」

そこで言葉が止まった。言えなかったことが胸に満ちていた。きれいだって! 一万の日、一万の夜! 

「欠点を話してくれていいよ」とマニングは言った。「君にとって大切なら、大切なことだ。」

「正確には欠点じゃないの」とアン・ヴェロニカは言った。「わたしを悩ませていることなの。」

一万! そう言われると、ずいぶん違って感じられた。

「それなら、ぜひ!」とマニングは言った。

なかなか切り出せなかった。彼がまた話し始めたので、ほっとした。「どんな悩みからも逃れられる、君の避難の町になりたいんだ。君と、この世のあらゆる暴力や卑劣さのあいだに立ちたい。ここには群衆の騒ぎもなく、悪い風も吹かない、そう感じられる場所を作ってあげたい。」

「それは結構だけれど」とアン・ヴェロニカは言ったが、耳には入らなかった。

「それが、君についての僕の夢なんだ」とマニングは熱を帯びて言った。「君の人生にふさわしい台座を作るためだけに、僕の人生を鍛えた黄金にしたい。君は奥の神殿にいる。その場所を美しい垂れ幕で飾り、詩で楽しくしたい。すばらしく貴重な品で満たしたい。そうすれば、僕の口づけから身を引かせる、その乙女らしい警戒心も、少しずつ消えてゆくだろう……言葉が少し熱を帯びるのを許してほしい! 今日の公園は緑と灰色だが、僕は桃色と黄金に燃えている……こういうことは、言葉にしにくいね。」

第四節

二人はリージェンツ・パークの休憩館の前の小さな卓で、紅茶と、苺にクリームを添えた皿を前に座っていた。告白はまだできていなかった。マニングは卓へ身を乗り出し、結婚生活がいかに輝かしいものになるかを、とりとめもなく語っていた。アン・ヴェロニカは背を引き、話を聞いていない姿勢で、遠くのクリケットの試合へ目をやり、困惑した頭を忙しく働かせていた。マニングと婚約したときの事情を思い出し、この関係が奇妙な変化を遂げていることを理解しようとしていた。

婚約に至った細部は、記憶にはっきり残っていた。あの重大な話をするなら、家の窓から見える庭のベンチで、と彼女は用心していた。二人はテニスをしており、明白な彼の意図が彼女にのしかかっていた。

「少し座ろう」と彼は言った。いささか凝った言葉で申し込んだ。彼女はラケットの結び目をいじりながら最後まで聞き、それから抑えた低い声で話した。

「婚約してほしいということなのね、マニングさん。」

「僕の人生を、すべて君の足元に捧げたい。」

「マニングさん、わたし、あなたを愛してはいないと思うの……はっきり申し上げたいの。あなたに情熱と呼べるものは、何も、何ひとつ感じていない。確かなの。何ひとつ。」

彼はしばらく黙っていた。

「まだ眠っているだけかもしれない」と言った。「どうしてわかるんだい?」

「わたしは――たぶん、かなり冷たい人間なのだと思う。」

彼女は口をつぐんだ。彼は注意深く耳を傾けたままだった。

「あなたは、とても親切にしてくださったわ。」

「君のためなら命も捧げる。」

彼女の心は彼へと温かく開いた。その親切と献身に包まれれば、人生は本当に素晴らしいものになるかもしれないと思えた。いつも礼儀正しく、助けになってくれる人として彼を思い描いた。保護と奉仕という理想を実現し、騎士らしく彼女が自分の人生を自由に生きることを許し、応えてくれない彼女の存在の一つ一つを、限りない寛大さで喜んでくれる人として。彼女は指先でガットを弾いた。

「あまりに不公平な気がするわ」と言った。「それだけのものをいただいて、こちらからはほんの少ししか返せないなんて。」

「僕には、それがすべてなんだ。それに僕らは、同じ値打ちかどうかを量る商人じゃない。」

「ねえ、マニングさん、わたし、本当は結婚したいわけじゃないの。」

「ああ。」

「それでは、あまりにも――ふさわしくない気がして」彼女は言葉を選んだ。「あなたのくださる高潔な愛に――」

うまく言い表せず、口をつぐんだ。

「だが、それを判断するのは僕だ」とマニングは言った。

「待っていてくださる?」

マニングはしばらく黙った。「わが姫のお望みのままに。」

「しばらく勉強を続けさせてくださる?」

「辛抱せよとの仰せなら。」

「思うんだけれど、マニングさん……わからないわ。とても難しいの。あなたの愛を思うと――愛を返さなければいけないのに。」

「僕を好きではある?」

「ええ。それに、感謝しているわ……」

しばらく沈黙が続き、マニングはラケットで芝を軽く叩いた。「君は造られたものの中で、最も完全で、最も輝かしい存在だ――優しく、率直で、知的で、勇敢で、美しい。僕は君の従者だ。待つ覚悟はできている。君の心が向くまで待とう。それを勝ち取るために、一生を捧げてもいい。ただ君の従者の服を着せてほしい。努力することだけを許してほしい。君はしばらく考えたい、しばらく自由でいたいんだね。いかにも君らしい。ディアナ――パラス・アテナ! [訳注:いずれも処女性を保つ女神](パラス・アテナのほうがいい。)君はすべてのほっそりした女神たちだ。わかっている。僕のほうだけでも婚約させてくれ。それだけが願いだ。」

彼女は彼を見た。うつむいた横顔は、端正で力強かった。感謝が胸いっぱいにふくらんだ。

「あなたは、わたしにはよすぎる人だわ」と小声で言った。

「では、君は――承知してくれるんだね?」

長い間。

「不公平だわ……」

「でも、承知してくれる?」

「ええ。」

彼は幾秒か、身じろぎもせずにいた。

「ここに座っていたら」と、突然彼女の前で立ち上がって言った。「叫んでしまいそうだ。歩こう。タン、タン、タララ、タン、タン、タン、タタン――メンデルスゾーンのあの曲だ! 人間一人を完全に幸福にしたことで、君が少しでも満足してくれるなら――」

彼が両手を差し出し、彼女も立った。

強く、しっかり引き寄せられた。すると突然、あれだけの窓の前で、彼は彼女を両腕に包んで抱き締め、抵抗しない顔に口づけした。

「やめて!」とアン・ヴェロニカはかすかにもがいて叫んだ。彼は放した。

「許してほしい」と彼は言った。「歌いだしそうな気分なんだ。」

自分のしてしまったことに、彼女は一瞬、純然たる恐慌を覚えた。「マニングさん」と言った。「しばらくは――誰にも言わないでくださる? これを――二人だけの秘密にしてくださる? まだ迷いがあるの――叔母にも、どうか言わないで。」

「君の望むとおりに」と彼は言った。「でも態度に出たらどうしよう! そればかりは抑えられないよ。秘密というのも、少しのあいだだけだね?」

「少しのあいだだけ」と彼女は言った。「ええ……」

だが指輪と、叔母の勝ち誇った目と、父の態度ににじむ賛意、そして公正で偏りのない声でマニングを褒めたがるという父の新しい傾向が、その秘密の約束には早々に、きわめて明瞭な制限をつけてしまった。

第五節

初め、マニングとの関係はアン・ヴェロニカには心を打つ、美しいものに思えた。彼を立派だと思い、少し気の毒にも思い、心から感謝していた。宮廷風の物腰に漂う、かすかな、名づけがたい滑稽さにもかかわらず、いつか愛せるようになるかもしれないとさえ思った。もちろん、ケイプスを愛するようには決して愛さないだろう。だが愛にも程度や性質の違いがある。マニングに捧げるのは、はるかに穏やかな愛になる。ずっと穏やかな――貞淑だが気の進まない、恩を施すような妻の、慎み深く喜びのない愛だ。彼との婚約、そしていずれの結婚は、賢者の生き方を特徴づける、まさにその妥協にほかならないと、彼女はすっかり信じていた。それは、覆いにくるまれた世界の、ほとんど最良の姿だろう。その上に人生を築く自分が見えた。抑制され、優しく、美しく、少し哀れで、どこまでも品位のある人生。厳しい自己規律と抑圧、広大な心の留保からなる人生……

だが、もちろんラメージの件は片づける必要があった。それが計画の傷だった。あの四十ポンドについて説明し、返さなくてはならなかった……

そして、いつのまにか、女王の座は低くなっていた。自分を、幸運に甘やかされた女王、善良な男の愛に戴かれた冠だと信じていたころ(そしてひそかに、しかし高潔に、別の誰かを崇拝していたころ)から、実は恋人の空想をまとわせる人形にすぎないと悟るまで、その気持ちがどのように変わったのか、彼女にはたどれなかった。彼は、彼女の存在の現実、感じることや望むこと、胸を動かすかもしれない情熱や夢に、子供が人形の中のおが屑に払うほどの関心しか持っていなかった。彼女は、彼の気まぐれに選ばれ、受け身の役を演じる女優だった……

それは、アン・ヴェロニカの人生で、最も多くを教えた幻滅の一つだった。

けれど、それ以上のものを得る女性が、どれほどいるのだろう? 

この午後、自分を縛り、汚しているラメージとの込み入った関係を、どうしても説明したいと思ったとき、マニングとの関係に潜むこのよそよそしさが、痛烈に感じられた。これまでは、人生はすべて妥協だという考えや、人生に多くを要求しないようにしようという新しい努力が、その感覚を和らげていた。だが、ラメージとの出来事を起こったとおりに語るのは、水彩画の上にタールで人影を描き込むようなものだと気づいた。調子が違う。音色が違う。そもそもなぜあの金を借りたのか、自分でももう不思議になり始めていることを、どう彼に話せばよいのか? 要するに、餌に飛びついたのだ。飛びついた! そう自分に言い聞かせるにつれ、彼の物思いめいた、自己満足の断片的なおしゃべりに、ますます注意を払わなくなった。胸の内では、物語めいた調子で話せないかと、気乗りのしないまま急いで考えを巡らせた。ラメージは真っ黒な悪人、自分は真っ白な、途方もなく潔白な乙女として……そんな話でさえ、マニングは聞くだろうか。聞くことを拒み、告解もさせずに罪を赦してしまうだろう。

そのとき、驚くべき見落としとして、はっと気づいた。ラメージのことはマニングには決して話せない――絶対に。

話すという考えは捨てた。だが、それでも四十ポンドは残る! ……

思考はさらに一般へと広がった。自分とマニングのあいだは、いつでもこうなのだろう。前方に見える人生から、好意的な幻想はすべて剥がれていた。覆いにくるまれた人生の覆いは、永久に取り去られてしまった。ぼんやりとした美辞麗句の庭で、気のない受け答えが果てしなく続き、危機に際しても芝居をし、互いを顧みないことを互いに要求して年月を過ごすのだ。

けれど、男からそれ以上のものを得られる女がいるのだろうか? どんな女も、男には自分を隠さざるをえないのかもしれない! ……

ケイプスを思った。思わずにはいられなかった。きっとケイプスは違う。ケイプスは相手を見て、その向こうを見ない。相手に語りかけ、目に見える具体的な事実として扱う。ケイプスは彼女を見てくれ、気持ちを汲んでくれ、愛してはいなくても、とても大切に思ってくれる。少なくとも、感傷で飾り立てたりはしない。それに動物園での散歩以来、彼の思いは本当にただの好意なのかと、彼女は疑っていた。その疑いを裏づける、ほとんど捉えようのない小さなことが起こっていた。態度のどこかが言葉を裏切っていた。朝、彼女が入っていくと、姿を探し――すぐにそばへ来てくれるのではないか? 最後に見た彼を思った。実験室の向こうから、自分が帰るのを見ていた彼を。なぜ顔を上げたのだろう――まさにあんなふうに? ……

長く雲に遮られていた日差しが再び射し込むように、ケイプスへの思いが彼女の全身を満たした。大切なものを見つけ直したように、ケイプスを愛しているという事実が胸に戻った。ケイプス以外の誰かと結婚するなど不可能だとわかった。彼と結婚できないなら、誰とも結婚しない。マニングとのこの偽りは終わらせよう。始めるべきではなかった。欺きだった。哀れな欺きだった。そして、いつかケイプスが自分を求め――友情についての考えを改めようと思ってくれたら……

自分自身に対してさえ目を向けようとしない、ぼんやりした可能性が、心の薄暗い奥で身振りしていた。

彼女は突然、捨て身の決意へ飛び込み、一瞬でそれを新しい自分にしてしまった。人生の計画も、あらゆる慎重さも、投げ捨てた。もちろん、そうして悪い理由がある? とにかく正直になろう! 

彼女はマニングに目を向けた。

今、彼は卓から身を引き、片腕を緑の椅子の背に掛け、もう片方を小さな卓に置いていた。濃い口ひげの下で微笑み、少し首を傾けて彼女を見ていた。

「それで、告白しなければならない恐ろしいことというのは、何だったの?」と言っていた。その静かで優しい微笑みには、告白するほどのことなどあるはずがないという、揺るぎない安心が表れていた。アン・ヴェロニカは紅茶茶碗と苺とクリームの残りを押しやり、卓に両肘をついた。「マニングさん」と言った。「本当に告白することがあるの。」

「名前で呼んでほしいな」と彼は言った。

彼女はその言葉を受け止め、それから重要でないものとして脇へ置いた。

声と態度の何かが、いつにない深刻さを彼に伝えた。彼は初めて、彼女が何を告白しようとしているのか、いぶかしんだようだった。微笑みが消えた。

「わたしたちの婚約は続けられないと思うの」と彼女は飛び込んだ。氷のような水へ飛び込んだときと、まったく同じ息の詰まる感じがした。

「でも、どうして」と、彼は驚愕して身を起こした。「続けられないって?」

「あなたが話しているあいだ、考えていたの。わたし――わかっていなかったのよ。」

彼女は自分の爪をじっと見た。「うまく言うのは難しいけれど、あなたには本当に正直でいたいの。結婚を約束したときには、できると思っていた。そういう形も可能だと思っていたの。本当に、やっていけると思った。あなたの騎士のような心を立派だと思った。感謝していた。」

彼女は口をつぐんだ。

「続けて」と彼は言った。

彼女は肘を少し彼に近づけ、いっそう声を低くした。「あなたを愛してはいないと言ったでしょう。」

「わかっている」と、マニングは重々しくうなずいた。「率直で勇敢だった。」

「でも、まだあるの。」

また言葉を切った。

「わたし――ごめんなさい――説明しなかった。こういうことは難しくて。説明しなければいけないのだと、はっきりわかっていなかったの……ほかに愛している人がいるの。」

二人は三、四秒見つめ合った。それからマニングは、撃たれた男のように椅子へどさりともたれ、顎を落とした。長い沈黙が二人のあいだに続いた。

「なんということだ!」と、やがて激しい感情をこめて彼は言った。そしてまた、「なんということだ!」

言ってしまうと、彼女の心は澄み、落ち着いていた。強い魂が苦悶するときの、この決まり文句を、彼女は自分でも驚くほど冷ややかで批判的な気持ちで聞いていた。その叫びの奥には、彼だけの何ものもないのだと、ぼんやり気づいた。無数のマニングたちが、同じように平板に捉えた状況で、同じように大仰な「なんということだ!」を発してきたのだ。それを思うと、後悔は大いに和らいだ。彼は額を手で支え、壮大な悲劇をその姿勢で表した。

「だが、なぜ」と、苦痛を抑える者のあえぐ声で言い、苦しげに皺を寄せた眉の下から彼女を見た。「なぜ、もっと早く言ってくれなかった?」

「わからなかったの――自分を抑えられるかもしれないと思って。」

「それが、できないのか?」

「自分を抑えるべきではないと思うの。」

「それなのに僕は、夢を見て、考えて――」

「本当に申し訳なく思っているわ……」

「だが――こんな青天の霹靂! なんということだ! アン・ヴェロニカ、君にはわかっていない。これは――これは一つの世界を粉々にするんだ!」

彼女は気の毒に思おうとしたが、彼の途方もない自己中心性が、強く、はっきり感じられた。

彼は激しく迫るように続けた。

「なぜ僕に君を愛させた? なぜ楽園の門から中をのぞかせた? ああ、なんということだ! まだ少しも実感できない。まだ言葉だけのことに思える。夢の中の幻みたいだ。聞き違いだと言ってくれ。君の冗談なんだろう。」

彼は声をひどく低く豊かに響かせ、彼女の顔をのぞき込んだ。

彼女は指をきつく絡ませた。「冗談ではないわ」と言った。「自分が卑劣で、恥ずかしい……初めから考えるべきではなかった。あなたとのことを、という意味よ……」

彼は、途方もない荒廃を顔に表し、椅子へ身を投げ出した。「なんということだ!」と、また言った……

二人は、給仕の女が帳面と鉛筆を手に、勘定をしようとそばに立っていることに気づいた。「勘定はいい」とマニングは悲劇的に言って立ち上がり、四シリング貨をその手に押し込み、驚く女に広い背を向けた。「せめて公園を横切って歩こう」とアン・ヴェロニカに言った。「今のところ、僕の頭ではどうしても受け止められない……だから――勘定はいいんだ。取っておいてくれ! 取っておいて!」

第六節

その午後、二人は長い距離を歩いた。公園を西へ横切り、それから引き返して王立植物園の周囲の道を一周し、さらに南のウォータールー駅へ向かった。とぼとぼと歩き、話し、マニングは彼自身の言葉でいえば「全体をつかもう」と苦闘した。

長く、とりとめなく、愚かで、恥ずかしく、それでいて避けられない会話だった。アン・ヴェロニカは心の底からすまなく思っていた。同時に、自分の決断と、自分の過ちに終止符を打ったことに、激しく歓喜してもいた。これをくぐり抜け、できるだけマニングを慰め、その傷に不器用ながらも貼れるだけの絆創膏を貼れば、とにかく自由になれる――自分の運命を試す自由が得られる。彼女はいくらか異議を述べ、求婚を受けた理由について少し弁解し、つたない説明もしたが、彼は耳を貸さず、気にも留めなかった。そこで彼女は、自分の役目はマニングに話させ、彼自身に関わることについては、好きなように状況を解釈させておくことなのだと悟った。できるかぎりそうした。だが、見知らぬ恋敵については、彼はひどく知りたがった。

彼女は難題の核心を話させられた。

「誰かは言えないわ」とアン・ヴェロニカは言った。「でも結婚している人なの……いいえ! わたしを思っているかどうかさえ知らない。そのことを詮索しても仕方がないわ。ただ、あの人が欲しいの。あの人だけが欲しい。ほかの誰でもだめなの。そんなことを議論しても意味がないでしょう。」

「でも、忘れられると思ったんだね。」

「そう思ったんでしょうね。わかっていなかったの。今はわかる。」

「神かけて!」と、マニングはその言葉を最大限に響かせて言った。「運命なんだろう。運命! 君はなんて率直で、素晴らしいんだ! 

「今、落ち着いていられるのはね」と、ほとんど詫びるように言った。「少し呆然としているからなんだ。」

それから尋ねた。「教えてくれ! その男は、まさか君に愛を迫ったのか?」

アン・ヴェロニカに意地の悪い気分が走った。「そうしてくれていたらよかったのに。」

「だが――」

長く脈絡のない会話は、もう彼女の神経に障り始めていた。「この世の何よりも欲しいものがあるなら」と、途方もなく率直に言った。「それが手に入ればいいと思うのは当然でしょう。」

彼は衝撃を受けた。絶望的で身を焦がす恋から彼女を救い出し、勝ち取る機会を待つ献身的な恋人として、彼が築きつつあった自画像を、その言葉は打ち砕いた。

「マニングさん」と彼女は言った。「わたしを理想化しないでと、前にも言ったわ。男の人は、どんな女の人も理想化するべきではないのよ。わたしたちは、それほどのものじゃない。そんな扱いを受けるだけのことを、何もしていない。それに、それはわたしたちを縛るの。わたしたちがどんなことを考えるか、何ができて、何を言えるか、あなたは知らない。姉妹がいないものね。女子寄宿学校で普段どんな話が交わされているか、聞いたことがないでしょう。」

「ああ、でも君は素晴らしく、率直で、恐れを知らない! 僕が大目に見られないとでも? そんな些細なことが何だというんだ? 何でもない! 何でも! 君は自分を汚すことなんかできない。できないんだ! はっきり言おう。君は僕との婚約を破棄してもいい――僕はなお君と婚約しているつもりでいる。変わらず君のものだ。その熱病のような恋は――何かに取りつかれたようなもの、君にかけられた魔法のようなものだ。君自身じゃない――少しも。君に降りかかった出来事なんだ。事故のようなものだ。僕はかまわない。ある意味では、かまわない。何も変わらない……それでも、そいつの喉を締め上げてやりたい! 僕の中の、救いようのない生身の男がそう思うんだ……

「実際につかんでも、手を放すんだろうが。

「ねえ」と彼は続けた。「僕には、これで何かが終わるとは思えない。

「僕はかなりしつこい人間だ。部屋から追い出されても、戸口の敷物の上に寝そべる犬のようなものだよ。恋に浮かれた少年じゃない。大人の男で、自分の意志はわかっている。もちろん、ものすごい打撃だ――でも死にはしない。それに、この状況! ――何という状況だ!」

こうしてマニングは、自己中心的に、脈絡なく、現実離れして語った。アン・ヴェロニカは隣を歩き、自分が彼をいかにひどく扱ったかを考えて心を和らげようとしたが、無駄だった。そのあいだも、足と頭がともに疲れるにつれ、この果てしない一度の散歩を代価に、彼と過ごす――何と言ったか――「一万の日、一万の夜」という未来から逃れられた喜びは、ますます大きくなった。何が起きても、あの可能性に戻る必要はないのだ。

「僕にとっては」とマニングは続けた。「これは最終的な結論じゃない。ある意味では何も変わらない。君のしるしを――盗んだ、許されぬしるしだとしても――これからも兜につけていよう……君を信じ続ける。君を信頼する。」

彼は信頼するという言葉を何度も繰り返したが、その信頼が具体的にどこに関わるのかは、曖昧なままだった。

「待ってくれ」と、沈黙のあと、突然何かを悟ったように叫んだ。「今日の午後、僕と出かけたときには、僕を振るつもりだったのかい?」

アン・ヴェロニカはためらい、はっとして事実に気づいた。「いいえ」と、気が進まないまま答えた。

「よし」とマニングは言った。「では、これを最終的なものとは受け取らない。それだけだ。僕が退屈させたか、何かしたんだろう……君は、その別の男を愛していると思っている! たしかに愛しているんだろう。だが、まだ人生を生きてもいないうちに――」

彼は暗い予言者になった。雄弁な身振りで片手を突き出した。

「必ず僕を愛させてみせる! 彼が薄れ――ただの思い出になるまで……」

ウォータールー駅で彼女を列車に乗せると、帽子を掲げ、背の高い厳粛な姿で立っていた。客車はゆっくり動き出し、やがて彼を隠した。アン・ヴェロニカは座席にもたれ、ほっと息をついた。これからマニングは、好きなだけ彼女を理想化すればよい。彼女はもう、その共犯者ではない。飽きるまで献身的な恋人でいればよい。騎士道の時代とも、その伝統を妥協の人生に合わせて卑しく利用することとも、彼女は永久に縁を切った。また正直な自分に戻ったのだ。

だが、モーニングサイド・パークへ思いを向けると、もつれた人生の糸は、彼のロマンチックな執拗さによって、これからいっそう絡まりそうだとわかった。

第十四章

悔悛する娘の崩壊

第一節

その年、春は五月の初めまで足踏みしていたが、来たと思うと、夏と一緒にどっと押し寄せた。マニングとアン・ヴェロニカのあの会話から二日後、昼休みに実験室へ入ったケイプスは、開いた窓辺に一人で立ち、何かをしているふりさえしていない彼女を見つけた。

彼は両手をズボンのポケットに入れ、全体に沈んだ様子で入ってきた。マニングと自分自身を、ほぼ同じくらい憎んでいる最中だった。彼女を見ると顔が明るくなり、そばへ来た。

「何をしているの?」

「何も」とアン・ヴェロニカは言い、肩越しに窓の外を見つめた。

「僕もだ……気だるい?」

「そうらしいわ。」

「僕は仕事ができない。」

「わたしも」とアン・ヴェロニカは言った。

沈黙。

「春のせいだ」と彼は言った。「暖かくなり、朝が明るくなって、何もかも動き回り、新しいことを始める。仕事が嫌になり、休暇のことを考える。今年は――ひどいんだ。どこかへ行きたい。これほど離れたくなったことはない。」

「どこへ行くの?」

「ああ――アルプス。」

「登山?」

「そう。」

「ずいぶん素敵な休暇ね!」

彼は三、四秒答えなかった。

「ああ」と言った。「どこかへ行きたい。ときどき、何もかも放り出して逃げ出しそうになる……馬鹿げてるね。自制が利かない。」

彼は窓へ行き、ブラインドをいじりながら、家並みの向こうに遠く見えるリージェンツ・パークの梢を眺めた。振り返ると、彼女はじっと立ったまま、こちらを見ていた。

「春のうずきだ」と彼は言った。

「そうだと思うわ。」

彼女は窓の外へ目をやった。遠くの木々は、くっきりした春の緑とアーモンドの花の泡になっていた。無謀な決意を固め、揺らがないうちに、すぐ実行に移した。「婚約を解消したの」と、何でもないことのように言った。心臓が喉元で打っていた。彼がかすかに動くと、彼女は少し息を詰まらせながら続けた。「面倒だし、騒ぎにもなるけれど、でもね――」もう最後まで言うしかなかった。前もって用意した言葉以外、何も思い浮かばなかったからだ。声は弱く平板だった。

「恋をしてしまったの。」

彼はひと言も助け舟を出さなかった。

「わたし――婚約していた人は愛していなかった」と彼女は言った。一瞬目が合ったが、その表情は読み取れなかった。冷たく無関心に見えた。

勇気はくじけ、決意は水になった。彼女は身動きもできず、こわばって立ち尽くした。果てしない時間の深淵のように思えるあいだ、彼を見ることができなかった。ただ、彼のくつろいだ姿が硬くなったのは感じた。

ようやく彼の声が、その緊張を解いた。

「君がいつもの調子じゃないとは思っていた。君が――打ち明けてくれたのはうれしいよ。でも――」それから、信じがたく、明らかにわざと鈍いふりをして、彼女と同じくらい平板な声で尋ねた。「その男は誰?」

降りかかった沈黙と麻痺に、彼女の心は内側で激しくあがいた。優美さも、自信も、動く力さえも、消え去ったようだった。恥の熱が全身を走った。恐ろしい疑いが襲いかかった。彼女は実験台のそばの小さな丸椅子に、ぎこちなく、どうしようもなく腰を下ろし、両手で顔を覆った。

「どういうことか、わからないの?」と言った。

第二節

ケイプスが何か答えるより先に、実験室の端の扉が大きな音を立てて開き、ミス・クレッグが現れた。自分の実験台へ行き、腰を下ろした。扉の音と同時に、アン・ヴェロニカは涙のない顔から手を離し、一動作で雑談の姿勢を取った。気まずい沈黙が、一瞬その場を宙づりにした。

「つまりね」と、アン・ヴェロニカは窓枠を見つめながら言った。「今のところ、わたしの問いはそういう形なの。」

ケイプスには、同じほど素早く立ち直る力がなかった。両手をポケットに入れたまま、ミス・クレッグの背を見て立っていた。顔は白かった。「それは――難しい問題だ。」

音の伝わり方について難解な計算でもして、身動きが取れなくなったようだった。それからひどくぎこちなく丸椅子を取り、アン・ヴェロニカの実験台の端に置いて座った。もう一度ミス・クレッグを見てから、熱心にアン・ヴェロニカの顔を見つめ、早口でひそかに話した。

「前に一度、君の言うようなことかもしれないと、かすかに思ったことはある。でもあの指輪――思いがけない指輪のことで、わからなくなった。あの人が」彼は顎でミス・クレッグの背を示した。「海の底にいてくれればいいのに……このことを君と話したい――早いうちに。世間体にひどく反すると思わないなら、駅まで一緒に歩いてもいいかな。」

「待っているわ」とアン・ヴェロニカは、まだ彼を見ずに言った。「リージェンツ・パークへ行きましょう。いいえ――ウォータールー駅まで一緒に来て。」

「わかった!」と彼は言い、ためらい、それから立ち上がって準備室へ入った。

第三節

しばらく二人は、大学から南へ続く裏通りを黙って歩いた。ケイプスは、限りなく困惑した顔をしていた。

「まずいちばん言いたいのは、ミス・スタンリー」と、やがて切り出した。「ずいぶん突然だということだ。」

「初めて実験室へ来たときから、少しずつこうなっていたの。」

「何が欲しいんだ?」と、彼は率直に尋ねた。

「あなた!」とアン・ヴェロニカは言った。

公衆の中にいること、周りを人が行き交っていることが、二人の感情を抑えていた。それに二人とも、身振りや顔つきを必要とする芝居気は持ち合わせていなかった。

「僕が君をものすごく好きなのは、わかっているだろう?」と彼は続けた。

「動物園で、そう言ってくれたわ。」

筋肉が震えていた。だが、通行人に気づかれるような、心の高ぶりを示すものは、彼女の様子には何もなかった。

「僕は」その語を言うのに苦労しているようだった。「君を愛している。実際にはもう、ほとんどそう言っていた。だが今は、名前をつけて言える。そのことは疑わなくていい。言うのは、それで二人が同じ足場に立てるからだ……」

二人はしばらく、何も言わず歩いた。

「だが、僕のことは知っているんじゃないのか?」と、やがて彼は言った。

「少しは。あまり詳しくは。」

「僕は妻のある男だ。妻は僕と暮らそうとしない。その理由は、たいていの女性がもっともだと思うようなものだ……そうでなければ、とっくに君に愛を告げていた。」

また沈黙が来た。

「かまわないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「だが、そのことを少しでも知っていたなら――」

「知っていた。それでもかまわない。」

「なぜ話したんだ? 僕は――僕らは友達でいようとしているんだと思っていた。」

突然、彼はいらだちを見せた。二人の関係を壊した責任を、彼女に負わせるようだった。「いったい、どうして話したんだ?」と声を上げた。

「どうしようもなかったの。衝動だった。言わずにはいられなかった。」

「でも、これで何もかも変わる。わかっていると思っていた。」

「言わずにはいられなかったの」と彼女は繰り返した。「偽りにはうんざりしたの。かまわないわ! 言ってよかった。言ってよかったのよ。」

「聞いてくれ」とケイプスは言った。「いったい何を望んでいるんだ? 僕らに何ができると思う? 男がどんなものか、人生がどんなものか、知らないのか――僕のところへ来て、こんな話をするなんて!」

「知っているわ――少しは。でもかまわない。少しも恥ずかしくない。あなたのいない人生に、何のよさも見いだせないの。知ってほしかった。そして今、あなたは知っている。柵はもう永久に取り払われたのよ。わたしの目を見て、何とも思っていないとは言えないでしょう。」

「もう言ったよ」と彼は言った。

「それならいいの」とアン・ヴェロニカは、議論を終えるように言った。

二人はしばらく並んで歩いた。

「あの実験室では、こうした情熱を意識しないようになる」とケイプスは切り出した。「男は妙な動物で、君ぐらいの年の娘に、たやすく恋をする癖がある。そうならないよう、自分を訓練しなければならない。僕は君を――学校で勉強しているほかの娘たちと同じように――そういう可能性のまったく外にいるものとして考える習慣をつけてきた。男女共学に忠実であるためだけでも、そうしなければならない。ほかのことを抜きにしても、こうして会うこと自体が、よい規則を破っている。」

「規則は日常のためにあるの」とアン・ヴェロニカは言った。「これは日常じゃない。あらゆる規則を超えたことよ。」

「君にとってはね。」

「あなたにとっては違うの?」

「違う。いや、僕は規則を守る……妙だが、この場合には決まり文句しか出てこない。君は僕を、ひどく例外的な立場に置いたんだ、ミス・スタンリー。」

自分の声の調子に、彼はいらだった。「ああ、くそっ!」と言った。

彼女は答えなかった。彼はしばらく、自分の中でいくつかの問題を論じていた。

「いや!」と、ついに声に出した。

「ごく普通の常識で考えれば」と彼は言った。「僕らが普通の意味で恋人になるのは、どうしても無理なんだ。それは明らかだと思う。実は今日の午後、何ひとつ仕事をしなかった。準備室で煙草を吸いながら、このことを考えていたんだ。普通の意味で恋人にはなれない。でも、深く親しい友人にはなれる。」

「もうそうだわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「君には途方もなく心を引かれている……」

彼は自分の言葉の拙さを感じて黙った。「君の友人でいたい」と言った。「動物園でも言ったし、本気なんだ。友達でいよう――友達でいられるかぎり、近く、親しく。」

アン・ヴェロニカは、青ざめた横顔を向けていた。

「取り繕って何になるの?」と言った。

「取り繕ってはいない。」

「いるわ。愛と友情はまったく別のものよ。わたしがあなたより若いからって……想像力はあるわ……何を話しているかは、わかっている。ケイプスさん、あなたは……わたしが愛の意味を知らないと思うの?」

第四節

ケイプスはしばらく答えなかった。

「頭の中が混乱したものでいっぱいなんだ」と、やがて言った。「考えていた――午後じゅう。いや、それに何週間、何か月もの思いや感情も詰まっている……自分が獣と叔父を混ぜたように思える。いかさまをする後見人の気分だ。どんな規則も僕に不利だ――どうして君にこれを始めさせたんだろう? 言っておけばよかった――」

「止めようがあったとは思えないわ――」

「止められたかもしれない――」

「無理だったわ。」

「それでも、止めるべきだった。

「しかし」と彼は言い、話を横へそらした。「僕の不名誉な過去を知っている?」

「ほとんど知らないわ。関係ない気がするけれど。あるの?」

「あると思う。大いに。」

「どういうふうに?」

「僕らの結婚を妨げる。いろいろなことを――禁じる。」

「愛することは妨げられないわ。」

「残念ながら、それは妨げられない。だが、まったく! 僕らの愛は、ひどく抽象的なものにならざるをえない。」

「奥さんとは別居しているのね?」

「ああ。でも、どういういきさつか知っている?」

「正確には。」

「いったい、どうして――? 男には札を下げておくべきだな。いいかい、僕は妻と別居している。だが妻は離婚してくれないし、するつもりもない。君には僕がどんな窮地にいるかわかっていない。それに、何が別居の原因だったかも知らない。実際、この問題の周りのことを何も知らない。そして僕にも、それを前もってどう伝えられたか、わからない。動物園へ行ったあの日、話したかった。だが、あの指輪を当てにしたんだ。」

「かわいそうな指輪ね」とアン・ヴェロニカは言った。

「そもそも動物園へ行くべきじゃなかったんだろう。誘ったのは僕だった。だが人間は、いろいろなものが入り混じった生き物だから……君と時間を過ごしたかった。どうしても。」

「あなたのことを話して」とアン・ヴェロニカは言った。

「まず、僕は――離婚裁判に出た。僕は――共同被告だった。意味はわかる? [訳注:ここでは、妻の不貞相手として離婚訴訟で訴えられる男性を指す]。」

アン・ヴェロニカはかすかに笑った。「今の女の子は、そういう言葉を知っているのよ。小説も読むし――歴史も――いろいろなものを。わたしが知らないかもしれないと、本気で思ったの?」

「いや。でも、理解はできないんじゃないかと思う。」

「どうしてできないのかわからないわ。」

「名前で知るのと、自分で見て、感じて、その身になるのとは、まったく違う。人生はそこで若さにつけ込むんだ。君にはわからない。」

「そうかもしれない。」

「わからないんだ。そこが難しい。事実を話せば、君は僕を愛しているから、すべてを僕にとって立派で名誉なこととして説明してしまうだろう――高次の道徳とか、そんなものでね……そういうことじゃなかった。」

「わたしはあまり」とアン・ヴェロニカは言った。「高次の道徳だの、高次の真理だの、そういうものは扱わないわ。」

「そうかもしれない。だが君のように若く、清らかな人間は、物事を美化したり――言い抜けたりしがちだ。」

「生物学の訓練を受けているもの。わたしは手ごわい娘よ。」

「ともかく、気持ちのいい、清らかな手ごわさだ。たしかに君は強いと思う。何か――大人びたところがある。今、僕は君がこの世の知恵と慈悲をすべて備えているようなつもりで話している。率直に話そう。ありのままに。それがいちばんだ。そして君は家へ帰って、次に話すまでに考え直せばいい。少なくとも、自分が本当は何をしようとしているのか、はっきりわかっていてほしい。」

「知るのはかまわないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「ひどくロマンチックでない話だ。」

「それでも、話して。」

「僕はかなり若くして結婚した」とケイプスは言った。「僕には――自分をわかってもらうために言うが――激しい獣のようなところがある。結婚した相手は――今でも、世界で最も美しい人の一人だと思っている女性だった。僕より一年ほど年上で、その、ひどく穏やかで、誇り高く、威厳のある気質だ。会えば、君もきっと僕と同じくらい立派な人だと思うだろう。僕の知るかぎり、本当に卑しいことは一度もしたことがない――一度も。出会ったのは、二人ともとても若いころだった。今の君ぐらいだ。僕は彼女を愛し、愛を求めたが、彼女はまったく同じ仕方では僕を愛し返していなかったのだと思う。」

彼はしばらく黙った。アン・ヴェロニカも何も言わなかった。

「こういうことは、起こらないことになっている。小説では抜かしてあるんだ――こういう不一致は。若い者は、ぶつかるまで見向きもしない。妻にはわからない。今でもわからない。僕を軽蔑しているだろう……結婚して、しばらくは幸せだった。彼女は立派で優しかった。僕は崇拝し、自分を抑えた。」

彼は突然言葉を切った。「何を話しているか、わかる? わからないなら、話しても意味がない。」

「わかると思う」とアン・ヴェロニカは頬を染めて言った。「いえ、わかるわ。」

「こうしたことを――この問題を――人間の高い本性に属するものと思う? それとも低い本性に?」

「高いものなど扱わないと言ったでしょう」とアン・ヴェロニカは言った。「低いものだって同じよ。そんな分類はしない。」

少しためらった。「肉体も花も、わたしには同じなの。」

「そこが君のありがたいところだ。さて、しばらくすると、僕の血に熱が生じた。熱以上の立派なものだとか――少しでも美しいものだとは思わないでくれ。違ったんだ。結婚してほどなく――一年にもならないうちに――友人の妻と親しくなった。僕より八つ年上の女性だった……何も立派なことじゃなかった。二人のあいだに始まったのは、みすぼらしく、愚かで、人目を忍ぶ関係だった。盗みのようなものだ。少し音楽をかぶせて飾った……はっきり理解してほしいんだが、僕はその男に、細々といろいろな恩があった。彼に卑劣なことをした……巨大な欲求を満たすためだった。僕らは渇望を抱えた二人だった。泥棒のような気がした。実際、泥棒だった……互いをかなり好きではあった。やがて友人に見つかり、彼は一切容赦しなかった。妻と離婚した。どう思う?」

「続けて」とアン・ヴェロニカは少しかすれた声で言った。「全部聞かせて。」

「妻は驚愕し――この上なく傷ついた。僕を――汚らわしいと思った。誇りのすべてが、僕に怒りを向けた。とりわけ屈辱的なことが一つ明るみに出た――僕にとって屈辱的なことが。共同被告がもう一人いたんだ。裁判まで、その男のことは聞いたこともなかった。なぜそれほど痛切に屈辱だったのかは、わからない。こういうことに理屈はない。ただ、そうだった。」

「かわいそうに」とアン・ヴェロニカは言った。

「妻は、これ以上僕と関わることをきっぱり拒んだ。ほとんど口もきけず、断固として別居を要求した。妻には自分の金があった――僕よりずっと多くね――だからそのことで揉める必要はなかった。今は社会事業に打ち込んでいる。」

「それで――」

「それだけだ。ほとんど全部。だが――待ってくれ、すべて知っておいたほうがいい。情熱が破滅や醜聞を生んだからといって、それで鎮まるわけじゃない。そのままの自分が残る! 同じ中身のままで! 血の中には渇望がある。目を覚ましながら、それを救い導く感情から切り離された渇望が。男は女より、悪いことをする自由がある。ときどき、実にみっともなく、ロマンチックでもない形で――僕は不品行な男なんだ。それが――僕の私生活だ。この数か月前までは。過去にどうだったかではなく、今どういう人間かということだ。今までは、大して気にしてこなかった。僕の名誉は、科学の仕事や公の議論、書いたものの中にあった。そういう男は大勢いる。だが、わかるだろう、僕は汚れている。君が考えているような恋にはね。このことをすべて台なしにしてしまった。自分の時期は過ぎ、機会も失った。傷物なんだ。そして君は炎のように清らかだ。その澄んだ目で、天使のように勇敢に、僕の前へ来る……」

彼は突然黙った。

「それで?」と彼女は言った。

「それだけだ。」

「不思議だわ、あなたが――そんなことで苦しんでいたなんて。思ってもみなかった――何を思っていたのか、自分でもわからない。急に、あなたが人間になった。本当の人になった気がする。」

「だが、これで僕が君にとってどんな立場にあるか、わからないのか? 恋人になれない理由がわからないか――いや、すぐにはわからないだろう。よく考えなくては。すべて君の経験の世界の外にあることだから。」

「何ひとつ変わらないと思うわ。一つだけを除けば。もっとあなたを愛している。ずっと――あなたが欲しかった。でも夢にも、いちばん途方もない夢の中でさえ思わなかった――あなたも、わたしを必要とするかもしれないなんて。」

彼は、内側の何かが声を上げたような、小さな音を喉で立てた。しばらく二人とも、胸がいっぱいで話せなかった。

ウォータールー駅へ上る坂を歩いていた。

「家へ帰って、今のことを全部考えてくれ」と彼は言った。「そして明日話そう。今は、何も、何も言わないでくれ。愛しているかといえば、愛している。本当に、心から。もう隠しても仕方がない。二人を隔てる何もかも、君の年齢まで忘れて、こんなふうに話せたはずがない。君をすっかり愛していなければ。僕が清らかで、自由な男だったら――こういうことを、みんな話さなくてはね。ありがたいことに、機会はたっぷりある! それに僕らは話し合える。ともかく、君が始めてくれた今、これらのことがあっても、世界でいちばんの友達になる妨げはない。考えつくかぎりのことを何でも話せる。そうだろう?」

「何もないわ」とアン・ヴェロニカは、輝く顔で言った。

「これまでは、何か抑えつけるものがあった――偽りが。それがなくなった。」

「なくなったわ。」

「友情と愛は別物だという話も。あの忌々しい婚約も!」

「なくなった!」

二人はホームへ出て、彼女の乗る車室の前に立った。

彼はその手を取り、目を見つめ、心を二つに裂かれながら、無理をした、真実味のない声で言った。

「君が友達でいてくれたら、とてもうれしい」と言った。「愛情深い友達として。君のような友達が得られるなんて、夢にも思わなかった。」

彼女は、どんな取り繕いも及ばない確信に満ちて、彼の悩ましげな目へ微笑み返した。そのことはもう、決まったのではなかったか? 

「君には友達でいてほしいんだ」と彼は、何かに反論するかのように言い張った。

第五節

翌朝、昼休みになると、彼女は実験室で待った。彼が来てくれることは、ほぼ確かだと思えた。

「さて、考えてみた?」と彼は隣に座って言った。

「一晩じゅう、あなたのことを考えていたわ。」

「それで?」

「あんなことは、少しも気にならない。」

彼はしばらく黙っていた。

「君と僕が愛し合っているという事実は、どうしても避けられないようだ」と、ゆっくり言った。「そこまでは、君は僕を手に入れ、僕は君を手に入れた……君は僕を手に入れたんだ。僕は今、目を覚ましたばかりの生き物みたいだ。君に対して目が開いた。いつも君を考えている。君の声や目、歩き方、額の脇から後ろへ流れる髪、その小さな細部や表情が、次々に浮かぶ。僕はずっと君を愛していたんだと思う。ずっと。君を知るより前から。」

彼女は動かずに座り、卓の縁をつかむ手に力をこめた。彼もそれ以上は言わなかった。彼女は激しく震え始めた。

彼は急に立ち上がり、窓へ行った。

「僕らは」と言った。「この上なく親しい友達でいなければならない。」

彼女は立ち上がり、両腕を彼に差し伸べた。「口づけしてほしいの。」

彼は背後の窓台をつかんだ。

「そうしたら」と言った……「いや! それなしでいたい。しばらくは、それなしでいたいんだ。考える時間を君に与えたい。僕は男で――それなりの経験がある。君はほとんど経験のない娘だ。もう一度、その椅子に座って、冷静に話そう。君のような人が――本能で、この状況を――急がせたくない。僕に何を求めているのか、本当にわかっている?」

「あなたを求めている。恋人になってほしい。あなたに自分を捧げたい。あなたのためになれるものには、何にでもなりたい。」

彼女は一瞬言葉を切った。「はっきりしたでしょう?」

「自分以上に君を愛していなければ」とケイプスは言った。「こんなふうに君をかわしたりはしない。

「君は考え抜いていないと、僕は確信している」と続けた。「そういう関係が何を意味するか、知らないんだ。僕らは恋をしている。一緒にいることを考えるだけで、頭がくらくらする。だが何ができる? 僕は世間体と、この実験室に縛られている。君は家で暮らしている。それは……ただ、こそこそ会うことになる。」

「どう会うかなんて、かまわないわ。」

「君の人生を損なう。」

「人生にしてくれるのよ。あなたが欲しい。そのことは、はっきりしている。わたしにとって、あなたは世界の誰とも違う。わたしを丸ごと理解して考えてくれる。わたしが理解できて、心を寄せられて――一緒にいて正しくいられる、たった一人の人なの。あなたを理想化しているんじゃない。そう思わないで。あなたが立派だからじゃない。むしろ、わたしがどうしようもなく悪い人間かもしれないから。そしてあなたの中には何か――生きて、理解してくれるものがあるの。会うたびに新しく生まれ、離れると弱ってしまう何かが。わたしは身勝手なのよ。かなり人を見下すところもある。自分のことばかり考えている。あなたは、わたしが本当に、まっすぐに、私心なく考えた、たった一人の人なの。わたしは人生を台なしにしている――あなたが入ってきて、引き受けてくれないかぎり。本当に。あなたの中に――愛してくれるなら――救いがある。救いが。自分が何をしているか、あなたよりよくわかっているわ。考えて――あの婚約のことを!」

二人の会話は、彼のあらゆる言葉を否定する、雄弁な沈黙へと行き着いた。

彼女は彼の前に立ち、かすかに微笑んだ。

「もう、この話は尽くしたと思うわ。」

「そう思う」と彼は厳粛に答えた。そして彼女を腕に抱き、額から髪を撫で上げ、この上なく優しく、その唇に口づけした。

第六節

次の日曜日、二人はリッチモンド・パークで過ごした。夏の長い日差しの下で、途切れることなく一緒にいられる幸福と、自分たちの置かれた立場について存分に話し合うことが、溶け合った。「ここには春と若さの、清らかな新鮮さがすべてある」とケイプスは言った。「まだ産毛のある愛だ。僕らのように、交わしたのは一度の温かな口づけだけという恋人でいることは、日差しの中で輝く露のようだ。今日は何もかも愛しい。君のすべても。でもいちばん愛しいのは、これだ、この――僕らに残っている無垢さだ。

「想像もつかないだろう」と彼は言った。「人目を忍ぶ恋が、どれほど嫌なものになりうるか。」

「これは、忍ぶ恋ではないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「少しも。そういうものにはしない……してはいけないんだ。」

二人は木の下をぶらつき、苔むした土手に腰を下ろし、親しげなベンチでおしゃべりした。昼には「スター・アンド・ガーター」へ戻り、三日月形に曲がる川を望む庭で、午後を語り明かした。話すべき宇宙があった――二つの宇宙が。

「僕らはどうしよう?」とケイプスは、帯のような川の向こうに広がる遠景を見ながら言った。

「あなたの望むとおりにするわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「僕の最初の恋は、失敗ばかりだった」とケイプスは言った。

少し考えてから、続けた。「愛は大切に育てなければならないものだ。ひどく慎重でなければ……美しい植物だが、繊細なんだ……僕は知らなかった。愛が花びらを落とし、卑しく醜くなるのが怖い。どうすれば、この気持ちを全部伝えられるだろう? 君を限りなく愛している。そして怖いんだ……不安なんだよ。宝物を見つけた男のような、喜びに満ちた不安だ。」

「あなたにはわかるのね」とアン・ヴェロニカは言った。「わたしはただ、あなたのところへ来て、この身を委ねただけ。」

「だから、ある意味で僕は潔癖になる。僕には――怖いことがある。熱く荒々しい手で、君を引き裂くようなことはしたくない。」

「あなたの望むとおりに、愛しい人。でも、わたしにはかまわないの。あなたのすることに、間違いはない。何ひとつ。このことは、わたしにははっきりしている。何をしているのか、正確にわかっているわ。あなたに自分を捧げるの。」

「どうか、それを悔いる日が来ませんように!」とケイプスは叫んだ。

彼女は手を彼の手に重ね、握ってもらった。

「いいかい」と彼は言った。「僕らがいつか結婚できるかどうかは、わからない。かなり難しい。考えていたんだ――もう一度妻のところへ行こう。できるかぎりのことをする。だが、ともかく長いあいだ、僕ら恋人は、ただの友達のようにしていなければならない。」

彼は言葉を切った。彼女はゆっくり答えた。「あなたがそう望むなら。」

「それが何だというんだろう?」と彼は言った。

そして彼女が何も答えないので、付け加えた。「僕らが恋人なのだから。」

第七節

あの散歩から一週間もたたないうちに、ケイプスは、いつもの昼休みの会話のためにアン・ヴェロニカの隣へ来て座った。彼女が差し出したアーモンドと干し葡萄をひとつかみ取った――この若い二人は、もう昼食に外へ出る習慣をやめていた――そして、その手をしばらく留めて指先に口づけした。少しのあいだ、何も言わなかった。

「どうしたの?」と彼女は言った。

「ねえ」と彼は、身じろぎもせず言った。「行こう。」

「行くの?」

初めは意味がわからなかった。それから胸がひどく速く打ち始めた。

「これを――このごまかしをやめよう」と彼は説明した。「『肖像画と胸像』みたいだ[訳注:思いを抱きながら行動に移せない男女を描いた、ブラウニングの詩]。もう耐えられない。行こう。ここを離れて、一緒に暮らそう――結婚できるまで。勇気はある?」

「今、ということ?」

「学期が終わったら。それが僕らにとって、ただ一つの潔い道だ。覚悟はある?」

彼女の手が固く握られた。「ええ」と、ほとんど聞こえない声で言った。そして続けた。「もちろん! いつでも。ずっとそれを望んで、そうするつもりだったの。」

彼女は前を見つめ、あふれ出しそうな涙をこらえた。

ケイプスは頑固なほど身を固くし、歯の間から言葉を押し出した。

「やめておくべき理由は、きっと際限なくある」と彼は言った。「際限なく。大多数の人の目には、間違ったことだ。その多くにとって、僕らは永久に汚れた者になる……わかっているね?」

「大多数の人なんて、どうでもいいわ」と彼女は、彼を見ずに言った。

「僕は気になる。社会から孤立し――苦労するということだ。」

「あなたに勇気があるなら、わたしにもある」とアン・ヴェロニカは言った。「生まれてから、これほどはっきりしていたことはないわ。」

彼女は揺るぎない目を上げた。「勇気ですって!」涙はもうあふれていたが、声はしっかりしていた。「わたしにとって、あなたは男ではないの――男性という一つの性に属する人、という意味ではね。世界にほかに同じ種類のものがない、たった一つの存在なの。わたしが生きるのに、ただ必要な人。あなたのような人には、会ったことがない。あなたを得ることが、何より大切なの。ほかの何も、それと釣り合わない。道徳は、それが決まってから始まるものよ。結婚できなくたって、少しもかまわない。何も怖くない――醜聞も、困難も、苦労も……むしろ欲しいくらい。本当に欲しいわ。」

「それは手に入るよ」と彼は言った。「これは飛び込むことだから。」

「怖いの?」

「君のことだけが! 僕の収入の大半はなくなる。信仰のない生物学の実習助手でも、世間体は守らなければならない。それに、君は――学生だった。僕らには――ほとんど金がなくなる。」

「かまわないわ。」

「苦労も危険もある。」

「あなたと一緒なら!」

「君の家族は?」

「問題ではないの。恐ろしいけれど、それが真実よ。これが――このすべてが、あの人たちを押し流してしまう。問題ではないし、わたしはかまわない。」

ケイプスは突然、思慮深く自制する態度を捨てた。「まったく!」と声を弾ませた。「真面目に、冷静に見ようとするんだな。なぜかは、よくわからない。でも、これは大変な愉快事だよ、アン・ヴェロニカ! 人生が、輝かしい冒険になる!」

「ああ!」と彼女は勝ち誇って叫んだ。

「ともかく、生物学はやめなければならない。前からひそかに、物書きになりたいと思っていた。それをやるんだ。できる。」

「もちろん、できるわ。」

「それに、生物学には少し飽き始めていた。一つの研究は、ほかの研究とよく似ている……最近、少し書いているんだ……創作には、ひどく心を引かれる。かなりすらすら出てくる気がする……だが、それやそういう話は、ただの夢だ。当分は記事を書いて、せっせと働かなければ……夢でないのは、これだ。君と僕は、取り繕いを終わらせる――そして行くんだ!」

「行くのね!」とアン・ヴェロニカは両手を握り締めて言った。

「よきときも、悪しきときも。」

「富めるときも、貧しきときも。」

もう続けられなかった。笑いながら泣いていた。「あなたが口づけしたとき、こうなるほかなかったのよ」と涙の中ですすり泣いた。「ずっとそうだった――ただ、あなたの妙な名誉の掟だけが――名誉ですって! 愛を始めたら、最後まで行くしかないのよ。」

第十五章

家での最後の日々

第一節

二人は学期の終わりにスイスへ行くことにした。「何もかも、きちんと片をつけよう」とケイプスは言った……

自尊心のために、そして長い夢想や満たしようのない恋人への憧れから自分を救うために、アン・ヴェロニカは最後の数週間、生物学に懸命に取り組んだ。ケイプスの言ったとおり、彼女は手ごわい若い女性だった。学内試験でよい成績を取り、自分の知的な存在を呑み込もうとする感情の海に溺れまいと、固く決めていた。

それでも、新しい人生の夜明けが近づくにつれ、興奮が高まるのを止められなかった。神経が震え、ひそやかで甘美な高揚が、日常のありふれた事情の上へ彼女を持ち上げた。さまよう心が、ときには驚くほど活発になり、ケイプスに言って聞かせる明るく華やかな言葉を刺繡のように紡いだ。ときには受け身のまま身を委ね、形のない、光に満ちた黄金の喜びに浸った。叔母、父、同級生、友人、隣人――人々がこの輝く秘密の外を動き回っているのを、舞台の役者が脚光の向こうの薄暗い観客を意識するように感じていた。拍手する者も、反対する者も、邪魔する者もいるだろう。だが劇は彼女自身のものだった。何があっても、演じきるつもりだった。

残る日が少なくなるほど、最後の日々だという思いは強くなった。慣れ親しんだ家を歩き回りながら、避けられない終わりが、いっそう明瞭に感じられた。父と叔母には、いつになく思いやり深く、愛情をこめて接し、自分が二人にもたらそうとしている破局を、ますます気にかけるようになった。叔母には、勉強の邪魔をして、家のこまごました用事を言いつける癖があった。以前は腹立たしかったが、今のアン・ヴェロニカは、あらかじめ機嫌を取るような、奇妙に進んだ態度でそれをこなした。ウィジェット家に打ち明けるかどうかも、大いに悩んだ。みないい人たちだった。コンスタンスとは二晩も話し明かしながら、その話題には触れられなかった。ミス・ミニヴァーへの手紙には、それとなくほのめかしたが、相手は気づかなかった。とはいえ、こうした共感者たちとの関係については、あまり頭を悩ませなかった。

ついに、モーニングサイド・パークでの最後から二番目の日が明けた。彼女は早起きし、露に濡れた六月の日差しの中、庭を歩いて幼いころをよみがえらせた。子供時代と家と、自分を形作ったものに別れを告げていた。これから広大で、人のあふれる世界へ出てゆく。今度は帰ってこない。少女時代の終わりにいて、女として最高の経験を迎える前夜にいた。かつて自分だけの小さな花壇だった隅へ行った。忘れな草やキャンディタフトは、とうに雑草に押しのけられ、見る影もなかった。ベルベットを着た少年との最初の恋を隠してくれた木苺の茂みを訪ね、秘密の手紙を読んだ温室を訪ねた。ここは、ロディにいじめられて逃げ込んだ物置の裏。こちらは、茎の下に妖精の国があった宿根草の花壇。家の裏は登山するアルプスで、前の低木の茂みはテライだった[訳注:ヒマラヤ山麓に広がる森林・低湿地帯]。庭の柵をよじ登り、裏の野原へ抜ける足場になった節や折れた板も、まだ見つけられた。そして壁際にはプラムの木々があった。神も、蜂も、父もものともせず、彼女はプラムを盗んだ。一度は悪さが見つかって、もう一度は母が死んだのだと悟って、菜園の向こうの楡の下、刈っていない草にうつ伏せになり、魂を注ぎ出すように泣いたこともあった。

遠い、小さなアン・ヴェロニカ! あの子の心を、もう二度と知ることはできないのだろう。あの子はベルベットの服と金色の巻き毛を持つ、おとぎ話の王子たちを愛した。今の彼女が愛しているのは、頬に金色の小さな光を宿し、心地よい声と、しっかりした美しい手を持つ、ケイプスという本物の男だった。もうすぐ、確かに彼のもとへ行く。その力強い抱擁の腕へ。彼と肩を並べ、新しい世界を歩くのだ。生きることに忙しく、果てしない時間の隔たりに思えるほど長く、子供時代のあの古い空想には思いを向けていなかった。今、突然、それらはひどく遠いながらも再び現実となり、彼女は、すべてを隔てた一年を越えて、別れを告げに来ていた。

朝食ではいつになくよく手伝い、卵も人に譲った。それから父より早い列車に乗るために家を出た。父を喜ばせるためだった。父は彼女と二等車に乗るのを嫌った――実際、決して乗らなかった――だが、娘が下の等級の車両に乗っている同じ列車に乗るのも、体裁が悪いと嫌った。そのため、別の列車で行くのを好んだのだ。そして並木通りで、彼女はラメージに出会った。

妙な短い出会いで、あとには曖昧で疑わしい印象が残った。並木通りの向こう側に、シルクハットをかぶった黒く光る姿がいるのには気づいていた。すると突然、驚いたことに、彼は道を渡ってきて、挨拶し、話しかけた。

「どうしても話がしたい」と彼は言った。「君から離れていられないんだ。」

彼女は何か、意味のない返事をした。彼の容貌の変化に目を引かれた。目は少し血走って見え、顔からは血色のよいみずみずしさがいくらか失われていた。

彼はぎくしゃくした、途切れ途切れの話を始めた。それは駅に着くまで続き、その筋も意味も、彼女にはよくわからなかった。彼女が歩を速めると、彼も速め、少しそむけた耳へ語りかけた。彼女は返事というより、鈍く不十分な言葉をときどき挟んだ。彼は、あるときは憐れみを求めているようであり、あるときは小切手や暴露を持ち出して脅しているようであり、あるときは自分の不屈の意志や、最後には必ず欲しいものを手に入れることを自慢しているようだった。彼女のいない人生は退屈で愚かだと言った。何かしら――何かは聞き取れなかった――そんなものに我慢できるか、と言った。明らかに神経立っていて、ひどく強い印象を与えたがっていた。突き出た目は、相手を支配しようとしていた。彼女にとって、この出来事の最も際立った点は、彼も、彼との軽率な関わりも、もう大して重要ではないと発見したことだった。妥協を捨てたと同時に、その重みは消えていた。彼への借金さえ、今では些事だった。

そうだ、もちろん! すばらしい考えが浮かんだ。どうして今まで思いつかなかったのだろう! 来週、必ず四十ポンド返すつもりだと説明しようとした。そのとおり彼に言った。息を切らせながら繰り返した。

「また送り返してこなかったのは、うれしかったよ」と彼は言った。

古くからの痛みを突かれ、アン・ヴェロニカは、説明できないことを説明しようとして、またもや空しく苦しんだ。「まとめて全部返すつもりだからなの」と言った。

彼はその抗議を無視し、自分の重々しい話を続けた。

「僕らはこうして、同じ郊外に住んでいる」と切り出した。「現代的に――ならなければ。」

その言葉を聞き、彼女の心は跳ねた。その結び目も断ち切られるのだ。現代的ですって! 彼女は打製石器のように原初的になろうとしていた。

第二節

夕方近く、アン・ヴェロニカが夕食の卓に飾る花を摘んでいると、父がひどく落ち着き払ったふうを装い、芝生を横切って歩いてきた。

「ちょっと話しておきたいことがある、ヴィー」とスタンリー氏は言った。

張り詰めていた神経がびくりとし、彼女は立ち止まって父を見た。何が迫っているのだろうと思った。

「今日、ラメージというあの男と話していたな――並木通りで。一緒に駅へ歩いていた。」

そのことだったのか! 

「あちらから来て、話しかけたの。」

「そ――うか。」

スタンリー氏は考えた。「だが、あの男とは話してもらいたくない」と、きっぱり言った。

アン・ヴェロニカは間を置いて答えた。「話さないほうがいいと思うの?」と、たいそう従順に尋ねた。

「そうだ。」

スタンリー氏は咳払いをして、家のほうを向いた。「あの男は――私は好かん。望ましくないと思う――おまえと、ああいう種類の男とのあいだに親しい関係ができてほしくない。」

アン・ヴェロニカは考えた。「一度や二度は――話したことがあるの、お父さん。」

「これ以上はよしなさい。私は――実のところ、あの男が大嫌いだ。」

「あちらから来て、話しかけたら?」

「娘は、その気になれば、いつでも男を遠ざけておけるものだ。そっけなく――あしらえばいい。」

アン・ヴェロニカは矢車菊を一本摘んだ。

「こんなことを言いたくはないが」とスタンリー氏は続けた。「あの男には――ラメージには噂がある。おまえには――想像もつかないようなことの起こりうる世界で暮らしている男だ。妻への扱いも、きわめて感心できない。まったく感心できない。要するに、悪い男だ。放蕩で、身持ちの悪い男だ。」

「もう会わないようにするわ」とアン・ヴェロニカは言った。「お父さんがあの人を嫌っているとは知らなかった。」

「大いにな」とスタンリー氏は言った。「非常に強く。」

会話が途切れた。ラメージとの関係を一部始終話したら、父はどうするだろう、とアン・ヴェロニカは思った。

「ああいう男は、娘を見るだけで汚す。話しかけるだけでだ。」

父は鼻の上の眼鏡を直した。ほかにも、もう一つ言っておきたいことがあった。「友人や知人は、よくよく選ばなければならない」と、話を移すために言った。「知らぬまに影響されるからな。」

声は気楽で、超然とした調子になった。「ヴィー、今はもう、あのウィジェット家とはあまり会わないんだろう?」

「ときどき寄って、コンスタンスと話すわ。」

「そうか?」

「学校では大の仲よしだったの。」

「そうだろうな……だが――どうも私は、あまり好ましいとは――あの人たちには、どこかたがの緩んだところがある、ヴィー。友達の話をしているついでに、私は――私がどう見ているか、おまえも知っておいたほうがいいと思う。」

慎重に穏やかさを保った声だった。「もちろん、ときどき会うのはかまわない。だが違いがある――社会的な空気の違いだ。人はいろいろなことに引きずり込まれる。気づいたときには、厄介なことになっている。おまえにむやみに干渉したいわけではない――だが――あの人たちは芸術家肌なんだ、ヴィー。それがあの家の本質だ。私たちとは違う。」

「そうなんでしょうね」とヴィーは、手の中の花を並べ直して言った。

「女学生同士ならよい友情でも、その先まで続けられるとはかぎらない。それは――社会的な違いなんだ。」

「コンスタンスは、とても好きよ。」

「そうだろう。だが、分別は持たなければ。おまえも認めたように――世の中と折り合いをつけなければならん。おまえにはわからない。ああいう人たちといると、どんなことでも起こりかねない。私たちは、何かが起こってほしくはないんだ。」

アン・ヴェロニカは答えなかった。

自分を正当化したいという曖昧な思いが、父を落ち着かなくさせた。「私は、いささか過剰に――心配しているように見えるかもしれん。おまえの姉のことが忘れられない。あれがあったから、いつも私は――あの子は、あのな、ある連中の中へ引き込まれた――相手を見分けなかった。素人芝居で。」

アン・ヴェロニカは、父の側から見た姉の話をもっと聞きたかったが、父は続けなかった。家庭に影を落とすそのことに、これだけでも触れたのは、彼女が大人になりつつあると認めた大きな証拠だと感じた。彼女は父を見た。少し不安げで、そわそわと立っている。娘への責任を重荷に感じながら、その人生がどういうものか、どうなりそうかにはまるで無関心だった。思いや感情を無視し、人生の重要な事実は何ひとつ知らず、理解できないところはすべて、馬鹿げたことやひねくれで説明し、面倒や望ましくない事態への恐怖だけを気にしていた。「私たちは、何かが起こってほしくはないんだ!」

守り、支配しなければならないと信じ込んでいる女たちが、どうすれば父を満足させられるのか、これほど明瞭に娘に示されたことはなかった。方法は一つしかない。決まった家事以外は何もせず、心安らぐ外観以外の何ものでもないこと。女たちが何かしなくても、父にはシティで目を配り、心配すべきことが十分あった。アン・ヴェロニカを必要としてはいなかった。膝に座るには大きくなりすぎて以来、必要としたことはなかった。今や社会の慣習の縛りだけが、二人を結んでいた。そして「何か」が起こらないほどよいのだ。つまり、彼女が生きないほどよい。こうした理解がアン・ヴェロニカの心へ一気に流れ込み、父への心を硬くした。ゆっくり話した。「しばらくウィジェット家には会わないかもしれないわ、お父さん」と言った。「会わないと思う。」

「ちょっとした喧嘩か?」

「いいえ。でも、会わないと思うの。」

ここで「わたし、出ていくの!」と付け加えたら、どうだろう? 

「そう聞いてうれしいよ」とスタンリー氏は言った。あまりにうれしそうだったので、アン・ヴェロニカは胸を刺された。

「そう言ってくれて、本当にうれしい」と繰り返し、それ以上は尋ねなかった。「分別がついてきたようだな」と言った。「私のことが、前よりわかってきたんだと思う。」

少しためらい、それから家へ歩いていった。彼女の目はその背を追った。肩の曲線も、足の角度さえも、娘が従順らしいことへの安堵を表していた。「ありがたい!」と、その後ろ姿は言っていた。「これで話は済んだ。ヴィーは大丈夫だ。何も起こらなかった!」

娘はもう、二度と面倒を起こす気はないのだと父は結論づけた。これで安心して、また色のついた題名の小説に取りかかれる――ちょうど『青い珊瑚礁』を読み終えたところで、実に美しく優しい作品で、モーニングサイド・パークとはまったく無縁だと思っていた――あるいは、娘のことなど少しも気にせず、ミクロトーム[訳注:顕微鏡観察用の薄い切片を作る装置]を使って静かに作業ができる。

父を待つ、途方もない幻滅! 打ちのめすような幻滅! 彼女は、あとを追って、自分の立場を話し、自分にとって人生とは何なのか、少しでも理解を引き出したいという、ぼんやりした衝動を覚えた。何も疑わず遠ざかるその背に対し、自分は人を欺く卑怯者だと感じた。

「でも、どうしたらいいの?」とアン・ヴェロニカは問うた。

第三節

夕食には、父の好きな黒いドレスを丁寧に着た。真面目で責任感のある娘に見せる服だった。夕食はまったく何事もなく済んだ。父は投資案内書の草稿を注意深く読み、叔母は料理人が休暇を取るあいだのやり繰りについて、計画の断片を口にした。食後、アン・ヴェロニカはミス・スタンリーと客間へ行き、父はパイプを吸い、岩石学に思索を巡らせるため、二階の書斎へ上がった。夜も更けたころ、父の口笛が聞こえた。かわいそうに! 

彼女はひどく落ち着かず、興奮していた。どのみち眠れない夜になるとわかっていながら、コーヒーは断った。父の小説を一冊取り上げ、また置いた。仕事でもしようと、いらいらしながら自室へ上がり、ベッドに座って、今度こそ永久に捨てようとしている部屋を思い、やがて繕う靴下を持って戻った。叔母は灯したばかりのランプの下で、細い挿入レースを使って自分のカフスを作っていた。

アン・ヴェロニカはもう一脚の肘掛け椅子に座り、一分ほど下手な繕い物をした。それから叔母を見て、念入りに整えた髪、尖った鼻、口や顎や頬に刻まれた小さな下向きの線を、不思議そうな目でたどった。

思いが声になった。「叔母さんは、恋をしたことがある?」

叔母は驚いて顔を上げ、それから手を止めて、じっと座っていた。「どうしてそんなことを聞くの、ヴィー?」

「ふと、知りたくなったの。」

叔母は低い声で答えた。「七年、婚約していたのよ。そして、あの方は亡くなったの。」

アン・ヴェロニカは、同情をこめて小さく声を漏らした。

「聖職者でね、教区をもらえたら結婚するはずだったの。ウィルトシャーのエドモンショー家の方。とても古い家柄よ。」

叔母は身じろぎもしなかった。

アン・ヴェロニカは、浮かんだ問いを口にするのをためらった。残酷な問いだと感じた。「待ったことを後悔している、叔母さん?」

叔母が答えるまで、長い間があった。「あの方の俸給では無理だったの」と言い、考えに沈んだようだった。「無謀で、賢明ではなかったでしょうね」と、黙考の末に言った。「あの方の収入では、まったく足りなかったもの。」

アン・ヴェロニカは、穏やかに物思いする灰色の目と、安らかな、いくぶん上品な顔を、鋭い好奇心で見つめた。やがて叔母は深いため息をつき、時計を見た。「そろそろペイシェンスの時間ね」と言った[訳注:一人で遊ぶトランプのソリティア]。立ち上がり、作ったばかりのきちんとしたカフスを裁縫籠へしまい、モロッコ革の箱に入った小さなカードを取りに、ビューローへ向かった。アン・ヴェロニカは跳び上がって、カード卓を出した。「新しいペイシェンスはまだ見ていないわ、叔母さん」と言った。「隣に座ってもいい?」

「とても難しいのよ」と叔母は言った。「切るのを手伝ってくれる?」

アン・ヴェロニカはそうし、勝負を始める八枚ずつの列も、手際よく並べるのを手伝った。それから遊びを眺め、ときどき役に立つ助言をし、ときどき注意を、卓の縁のすぐ下、膝の上で組んだ、なめらかに光る自分の腕へさまよわせた。その夜は体の調子がことのほかよかった。体を感じること自体が深い喜びであり、穏やかな温かさと強さ、弾力のある確かさの実感だった。それからまた、叔母のいくつもの指輪をはめた手が動くカードへ目を戻し、その動きを見守る、少し弱々しく、少しふっくらした顔を見た。

生は、計り知れないほど素晴らしいものだと、アン・ヴェロニカは思った。自分と叔母が、本当に同じ血の生き物で、ほんの一世代ほど隔たるだけの別々の存在であり、ファウヌスやニンフ、アスタルテ、アフロディテ、フレイヤ、そして絡み合う神々のあらゆる美を生み出した、あの広く入り組んだ人間の生の流れの一部なのだということが、信じられないほどだった。あらゆる時代の恋歌が彼女の血の中で歌い、庭から夜咲きアラセイトウの香りが漂い、ランプのそばの閉じた窓枠に打ち当たる蛾が、夕闇の口づけを夢見させた。それなのに叔母は、指輪をした手をときおり唇へ運び、困ったような、心配そうな目をしながら、この温もりと飛び交う欲望の奔流を聞かずに、ペイシェンスをしている――ペイシェンスを。まるでディオニュソス[訳注:酒と生命の陶酔を司るギリシア神話の神]も、あの副牧師と一緒に死んでしまったかのように。天井の向こうのかすかな機械音は、岩石学も活動中であることを告げていた。灰色の、静かな世界! 驚くべき、情熱のない世界! 意味のない日々、「何かが起こってほしくはない」日々が、意味のない日々に続く世界――最後の出来事、究極の、避けがたい、無骨な「不愉快」が起こるまで。

それは、彼女が反抗してきた、覆いにくるまれた人生の最後の晩だった。温かな現実は今、耳の中で鼓動を聞けるほど近かった。遠いロンドンでは、今この瞬間にも、ケイプスが荷造りをし、支度をしている。触れられると人を震える炎に変えてしまう、魔法の男、ケイプスが。何をしているのだろう? 何を考えているのだろう? もう一日もない。二十時間もない。十七時間、十六時間。彼女は白い大理石の炉棚の上で、真鍮の振り子を見せながら柔らかく時を刻む時計をちらりと見て、素早く計算した。正確には、あと十六時間二十分だった。ゆっくりした星々が、二人の出会う瞬間へと巡っていた。柔らかく輝く夏の星々! 雪の山々の上に、霞と温かな闇の谷々の上に輝く星が見えた……月は出ないはずだった。

「どうやら、結局うまく上がれそうよ!」とミス・スタンリーは言った。「エースのおかげで楽になったわ。」

アン・ヴェロニカは夢想からはっと戻り、椅子の上で身を起こして注意を向けた。「ほら、叔母さん」と、しばらくして言った。「その十は、ジャックの上に置けるわ。」

第十六章

山の中で

第一節

翌日、アン・ヴェロニカとケイプスは、生まれたばかりの存在になったように感じた。これまで本当に生きていたことはなく、ただ生をぼんやり予感していただけだったのではないかと思えた。二人はチャリング・クロスからフォークストンへ向かい、ブーローニュ行きの午後の連絡船につながる列車で、向かい合って座っていた。頭上には使い込まれた様子のリュックサックと、真新しい大型旅行鞄、革の手提げ鞄が載っていた。互いの目に跳ねる歓喜を見つけてしまわないよう、平然としたふりで、無理に注意を注いで挿絵入りの新聞を読もうとした。そして窓からケントの景色を、せっせと褒めた。

海峡を渡るあいだ、日が照り、そよ風が海をかすかに波立たせ、銀の鱗のように輝かせた。並んで立つ二人を見た人の中には、その幸福な顔から新婚だと思う者もあり、互いへの気負いのない信頼から、長年連れ添った夫婦だと思う者もあった。

ブーローニュでバーゼル行きの列車に乗り、翌朝はそこの駅の食堂で一緒に朝食を取った。それからインターラーケン急行に乗り、シュピーツ経由でフルティゲンへ向かった。当時、鉄道はフルティゲンまでしかなかった。荷物を郵便でカンデルシュテークへ送り、流れの左側のラバ道を歩いて、断崖の間の不思議な窪地、ブラウゼーへ行った。氷のように冷たい湖の青い深みには、石になりかけた木の枝が沈み、巨大な岩の間を松がよじ登っていた。スイス国旗を掲げた小さな宿が、大岩の下に身を寄せていた。二人はそこでリュックを下ろし、峡谷の真昼の陰と樹脂の香りの中で、昼食を取り、休んだ。その後、神秘的な湖の深みの上を小舟で進み、青緑と緑青の水の底を一緒にのぞき込んだ。そのころには、もう二十年も一緒に暮らしてきたような気がしていた。

忘れがたい一度の修学旅行でパリへ行ったほか、アン・ヴェロニカはまだイングランドを出たことがなかった。だから世界じゅうが変わったように思えた。光そのものまで変わっていた。イングランドの別荘や小家の代わりに山小屋があり、白く輝くイタリア風の家々があった。エメラルドやサファイアの湖、寄り集まる城があり、見たこともないほど大きくうねる丘や山、輝く雪の高地があった。長靴に登山用の鋲を打ってくれたフルティゲンの靴職人の親切な物腰から、道端を彩る見慣れない野の花まで、何もかも新しく明るかった。そしてケイプスは、世界でいちばん気楽で、陽気な道連れに変わっていた。ただ彼が列車で隣にいて、手を貸してくれ、食堂車で向かいに座り、やがて一ヤードも離れていない席で眠るというだけで、彼女の心は歌い出し、同乗者に聞こえるのではないかと恐れた。本当とは思えないほどよすぎた。彼が近くにいるという感覚を、一瞬でも失うのが惜しくて、眠れなかった。似た服を着て、リュックを背負い、仲間として隣を歩くだけで、至福だった。一歩ごとに、もう一度天国の敷居をまたぐようだった。

だが一つの悩みが、その始まりの日の輝く温もりを斜めに貫き、完全さを損なった。父のことだった。

父にひどい仕打ちをした。父も叔母も傷つけた。二人の基準では間違ったことをしたのであり、それが正しかったと納得させることは決してできないだろう。庭の父と、ペイシェンスをする叔母を思った。最後に見たのは――いったい何時代前だったのか? 間には、たった一日しかなかった。不意打ちで殴ったような気がした。二人を思うと胸が痛んだが、泳いでいる幸福の大海からは、何ひとつ減らなかった。ただ、自分のしたことを何とか説明し、真実が与えるはずの痛みを、少しでも和らげられればと思った。事実を知るときの二人の顔、とりわけ叔母の顔が――狼狽し、冷たく、責め、傷ついた顔が――何度も浮かんだ。

「ああ、できたら」と彼女は言った。「こういうことを、みんな同じように考えられたらいいのに。」

ケイプスは、オールから滴る澄んだ水を見ていた。「そうならいいね」と言った。「でも、そうではない。」

「わたしには――これが、考えられるすべてのことの中で、いちばん正しいことに思えるの。誰にでも話したい。誇りたいの。」

「わかるよ。」

「嘘をついたの。一つだけじゃない。きのう、三通手紙を書いて、破った。どう説明しても、わかってもらえる望みがなかった。最後には――作り話をしたの。」

「僕らの関係を、話さなかったのか?」

「結婚したように、ほのめかした。」

「いずればれる。わかるよ。」

「まだ先よ。」

「遅かれ早かれ。」

「たぶん――少しずつ……でも、どうにも書きようがなかったの。父があなたと、あなたの研究を嫌い、信用していないのはわかっている、と書いた。あなたがラッセルの意見に全部賛成していることも――父はラッセルが大嫌いなの――だから世間並みの結婚式は、とてもできないのだと。ほかに何と言えたかしら? 登記所ででも結婚したのだと――思わせておいたの……」

ケイプスはオールを水面にぱたりと落とした。

「とても気になる?」

彼は首を振った。

「だが、人の道に外れたことをしている気分になる」と付け加えた。

「わたしも……」

「永遠の問題だ」と彼は言った。「親と子の。あの人たちは、ああいう見方をせずにはいられない。僕らも同じだ。僕らは向こうが正しいと思わないが、向こうも僕らが正しいとは思わない。行き詰まりだ。ある明確な意味では、僕らが間違っている――どうしようもなく間違っている。だが――結局、誰が傷つくことになるか、というだけなんだ。」

「誰も傷つかずに済めばいいのに」とアン・ヴェロニカは言った。「幸せなときには――あの人たちのことを考えたくないわ。この前、家を出たときは、釘みたいに硬い気持ちだった。でも今度は、何もかも違う。違うの。」

「反抗の本能のようなものがある」とケイプスは言った。「僕らの時代に特有のことではない。そう思う人もいるが、間違っている。思春期に関わることだ。宗教や社会が疑いというものを耳にするずっと前から、娘たちは真夜中の馬車やグレトナ・グリーンに夢中だった[訳注:スコットランドの村。イングランドより緩やかな婚姻法のため、駆け落ち婚の行き先として知られた]。一種の、巣立ちの本能なんだ。」

彼は思考の筋を追った。

「もう一つの本能もある」と続けた。「僕が大きく間違っていなければ、抑え込まれた状態で――子供を追い出す本能だ……どうだろう……ともかく、家族を結びつける本能はない。思春期を過ぎた家族をつなぎ留めるのは、習慣と感傷と物質的な便宜だ。いつでも摩擦や衝突、しぶしぶの譲歩がある。いつでも! 親と成長しかけた子供のあいだに、強い自然な愛情があるとは思わない。僕と父のあいだには、なかったとわかっている。当時は、物事をありのままに見ることを自分に許さなかった。今は見える。僕は父をうんざりさせた。僕は父を憎んだ。人の考えを傷つける話だろう……でも本当だ……父と息子のあいだには、感傷や伝統から来る敬意や畏敬がある。それは知っている。だが、それこそが気楽な友情の育つのを妨げる。父親を崇拝する息子は、普通じゃない――それに、ろくなものにならない。まるでだめだ。父よりよい男にならなければ、世代が続くことに何の意味がある? 生とは反抗だ。そうでなければ、何ものでもない。」

彼はひと漕ぎし、オールの作る渦が広がって消えるのを眺めた。やがてまた考えを続けた。「いつか、慣習や法律に反抗する必要のない日が来るだろうか? この不和がなくなるだろうか? いつか、たぶん――誰にわかる? ――年長者が若者を甘やかしたり妨げたりせず、若者も年長者に逆らう必要がなくなる。事実を事実として見て、理解するようになる。ああ、事実を直視すること! まったく、人が事実を直視したら、どんな世界になるだろう! 理解だ! 理解だ! ほかに救いはない。いつか年長者は、若者を理解するために骨を折るようになり、こんな激しい断絶はなくなるかもしれない。逆らわなければ滅びるしかない障壁もなくなる……今の僕らの選択は、実際それだ。逆らうか――無意味に終わるか……世界もいつか、固定した基準という考えから、教育によって抜け出せるのかもしれない……どうだろう、アン・ヴェロニカ。僕らの番が来たとき、少しは賢くなっているだろうか?」

アン・ヴェロニカは、緑の深みの上を忙しなく泳ぐ水生甲虫を見ていた。「わからないわ。わたしは根っこのところでは雌なの。飾りとしてなら高尚な口調も、星も、思想も好き。でも、欲しいものは欲しいのよ。」

第二節

ケイプスは考えた。

「妙だな――僕らのしていることが間違っていると、僕は少しも疑っていない」と言った。「それでも、良心の痛みなしにやっている。」

「わたしは、こんなに絶対に正しいと感じたことはないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「たしかに君は、根っこのところでは雌だ」と彼は認めた。「僕は君ほど確かではない。僕の場合は、二度見直す……人生は二つのものだ、というのが僕の考えなんだ。二つのものが混ざり、もつれ合っている。人生は道徳だ――人生は冒険だ。従者と主人。冒険が支配し、道徳は――ブラッドショーの時刻表で列車を調べる。道徳は何が正しいかを教え、冒険は人を動かす。道徳に意味があるとすれば、境界を守り、暗黙の義務を尊重し、暗黙の境界を尊重することだ。個性に意味があるとすれば、境界を破ること――冒険だ。

「道徳的に生きて種の一員になるか、不道徳に生きて自分自身になるか? 僕らは不道徳になることにした。立派そうに気取る必要はない。置かれた持ち場を捨て、義務をさぼり、社会に役立つ可能性をすべて壊しかねない危険に身をさらした……わからないな。自分であるために規則を守る。自然に盲目的に支配されないために自然を学ぶ。根本的に不道徳でなければ、道徳にも意味がないのかもしれない。」

彼女は、こうした思索の茂みをたどる彼の顔を見つめた。

「僕らの一件を見てごらん」と、彼は顔を上げて続けた。「どんな力があっても、僕らがかなり不名誉な二人であることを否定させることはできない。君は家を捨て、僕は役立つ教育の仕事を放り出し、君の将来のあらゆる希望を危険にさらす。こうして逃げ出し、実際とは違う身分を装っている。控えめに言っても、いかがわしい。このことに何か高次の真理や立派な原理があるふりをしても、まったく無駄だ。そんなものはない。僕らは初めから、気高い顔をして世間を驚かせ、シェリーを気取ろうとしたわけではない[訳注:詩人シェリーは、婚姻制度に縛られない恋愛を実践した]。君が最初に家を出たとき、隠れた動機が僕だとは思ってもいなかった。僕ではなかったんだ。君は婚姻飛行に出る蟻のように出てきた。僕らがたまたま出会ったのは、偶然にすぎない。何も運命づけられてはいない。ただぶつかり合って、こうして接線の方向へ飛び出した。自分たちのすることに少し驚きながら、原則は全部捨て、途方もなく、まるで理屈もなく、自分たちを誇っている。このすべてから、一種の調和を生み出した……そして、それは素晴らしい!」

「輝かしいわ!」とアン・ヴェロニカは言った。

「誰かが僕らの話のあらましだけを君に聞かせたら――今していることを――君は僕らを好ましく思う?」

「別にかまわないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「でも、別の誰かに相談されたら? 『私の先生は、くたびれた、中年に差しかかった既婚者で、二人は激しく愛し合っています。すべての絆も、義務も、社会に定着したあらゆる禁令も無視し、一緒に新しく人生を始めようと思います』と言われたら? 何と言う?」

「助言を求めるのなら、そんなことをする資格はないと言うわ。疑いがあるだけで、それはやめたほうがいいと。」

「でも、その点はひとまず置いておこう。」

「それでも違うわ。その人は、あなたではないもの。」

「君でもない。それがすべての要点なんだろうね。」

彼は小さな渦を見つめた。「具体的な例さえなければ、規則は正しい。規則は、ゲームの駒や配置のような、確立したもののためにある。男も女も、確立したものではない。みんな実験なんだ。人は一人一人が新しいもので、新しいことをするために存在する。いちばん激しくやりたいことを見つけ、それだと確かめ、全力でやる。生き延びれば、それでよし。死んでも、それでよし。目的は果たされたのだから……さて、これが僕らのすることだ。」

彼はまた、鏡のような水を渦立たせ、底の濃い青の形をくねらせ、震わせた。

「これが、わたしのすることなのね」とアン・ヴェロニカは、物思う目で彼を見ながら、静かに言った。

それから松林の広がりを仰ぎ、その上にそびえる日の当たる断崖と、高い空を見上げ、また彼の顔へ目を戻した。甘美な山の空気を深く吸い込んだ。目は柔らかく、厳粛で、決意のこもった唇には、ごくかすかな微笑みが浮かんでいた。

第三節

その後、二人は宿の上の曲がりくねった道をぶらぶら歩き、互いに愛を語った。旅で気だるくなっており、午後は暖かく、これ以上甘美な空気は吸えそうにもなかった。花や芝、野苺、珍しい蝶、そんな身近な小さなものが、山々より興味深くなっていた。動く手は、いつも触れ合っていた。深い沈黙が二人のあいだに訪れた……

「カンデルシュテークまで行くつもりだったけれど」とケイプスは言った。「ここはいい場所だ。宿には僕ら以外、誰もいない。今夜はここに泊まろう。そうすれば、心ゆくまでぶらついて、おしゃべりできる。」

「賛成」とアン・ヴェロニカは言った。

「何しろ、僕らの新婚旅行なんだから。」

「わたしたちにできる唯一のね」とアン・ヴェロニカは言った。

「ここは、とても美しい。」

「どこだって美しいわ」とアン・ヴェロニカは低い声で言った。

しばらく二人は黙って歩いた。

「不思議だわ」と、やがて彼女は言った。「どうしてあなたを愛しているのかしら――こんなにも……身を持ち崩した女というのが、今はわかる。わたしは身を持ち崩した女なのね。恥ずかしくないの――自分のしていることが。あなたの手に、わたしを委ねたい。ねえ、できるなら、この小さな体をもっと小さく丸めて、あなたの手の中に押し込み、その指を上から握らせたい。きつく。そんなふうに抱いて、持っていてほしいの……すべてを。何もかも。捧げることが、ただうれしい――あなたに捧げることが。こういうことは、誰にも話したことがない。ただ夢に見て――その夢からさえ逃げてきた。唇が封じられていたみたいだった。今、その封を解くの――あなたのために。ただ、できるなら――今日は、千倍も、一万倍も美しくありたかった。」

ケイプスは彼女の手を持ち上げ、口づけした。

「君は千倍も美しい」と彼は言った。「ほかの何がなれるものよりも……君は君だ。世界の美しさが、すべて君にある。美しさというものは、何も意味しない。これまでも、君以外の何ものも意味しなかった。君を告げ、君を約束していたんだ……」

第四節

二人は高い岩の上、巨岩と低い灌木の間にある、芝と苔の浅い巣のような窪みに並んで寝そべっていた。頭上の巨大な断崖の間で、昼の空が夕方へと色を深めるのを眺め、梢の向こうに広がる峡谷を見下ろした。遠くに山小屋らしいものが見え、道が少しのぞくと、しばらくは置いてきた世界の話になった。

ケイプスは、これからの仕事の計画を何気なく話した。「僕らが相手にするのは、たるんだ、意志の弱い世界だ。僕らに憤慨するべきか、許すべきかさえ決められない。遠巻きにして、石を投げようかどうか迷っているだろう――」

「それは、わたしたちが石を投げられるつもりの態度を取るかどうかによるわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「そんな態度は取らない。」

「決してね!」

「そうして僕らが成功すると、じわじわ寄ってくる。できるだけ、見なかったことにしようとする――」

「そうさせてあげればね。かわいそうな世間に。」

「成功すれば、の話だ。失敗したら」とケイプスは言った。「そのときは――」

「失敗なんかしないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

その日のアン・ヴェロニカには、生きることが、実に勇敢で輝かしい事業に思えた。隣にいるケイプスを感じて震え、英雄的な愛に燃えていた。二人でアルプスに手を当て、押せば、押しのけられそうな気さえした。寝そべったまま、小さなシャクナゲの枝をかじった。

「失敗ですって!」と言った。

第五節

やがてアン・ヴェロニカは、彼の立てた旅程を尋ねることを思いついた。彼はジークフリート地図[訳注:当時のスイスの精密な地形図]の分図を折ってポケットに入れていた。インドの神像のようにあぐらをかいて起き上がると、彼女は隣にうつ伏せになり、指し示す指の動きを一つ一つ追った。

「ここが」と彼は言った。「このブラウゼーで、明日まで休む。明日までここで休むんだよね?」

短い沈黙があった。

「とても気持ちのいい場所だわ」とアン・ヴェロニカは、シャクナゲの茎を噛み切りながら言った。その唇には、また、かすかな微笑みの影が戻っていた……

「それから?」とアン・ヴェロニカは尋ねた。

「それからここ、エッシネン湖へ行く。断崖に囲まれた湖で、泊まれる小さな宿がある。湖を見渡せる気持ちのいい卓で、夕食を食べられる。何日か、木々や岩の間で、うんと怠けよう。湖には舟があり、木陰の深みや、手つかずの松林もある。一日か二日たったら、ちょっとした遠足を一つ二つして、君がどれだけ高さに強いか試してみよう――軽い岩登りでも。それから、ちょうどこの峠の山小屋へ上がり、こんなふうに広がるブリュムリスアルプ氷河へ出る。」

その言葉で、彼女は何かの夢から目を覚ました。「氷河?」

「ヴィルデ・フラウの下へ――君にちなんだ名の山だよ[訳注:ドイツ語で「荒々しい女」の意]。」

彼は身をかがめ、彼女の髪に口づけして少し黙り、それから無理に地図へ注意を戻した。「ある日は」と続けた。「朝早く出て、カンデルシュテークへ下り、このつづら折りを上がって、ここ、ここを通り、ダウベン湖を過ぎて、小さな宿へ行こう。まだ混まないだろうから、貸し切りにできるかもしれない。想像できるかぎりいちばん急なつづら折りの縁にあるんだ。何千フィートも続くつづら折りでね。そこで僕と昼食を食べながら、ローヌの谷を越え、青い遠景のさらに向こうに重なる青い遠景を越えて、マッターホルンやモンテ・ローザ、日を浴びた雪山の長い隊列を見る。見たらすぐ、そこへ行きたくなる――美しいものは、そうさせるからね――そして壁を下りる蠅のようにロイカーバートへ下り、ここ、ロイク駅へ行き、列車でローヌの谷を上って、この小さな支谷を通り、シュタルデンへ。そこから涼しい午後に峡谷を登り始める。上にも下にも急流と断崖がある道をね。途中の宿で眠り、翌日はサース・フェーへ行く。魔法のサース、異教の人々のサースだ。サースの周りには、また氷と雪がある。あるときは、周囲の岩や木々の間をぶらつき、サミュエル・バトラーの礼拝堂をのぞく[訳注:作家バトラーが紀行文で紹介した、この地方の礼拝堂を指す]。あるときは、ほかの人たちから離れ、氷河や雪の上へ登る。そして少なくとも一度は、この寂しい谷を上ってマットマルクへ、それからモンテ・モーロへ遠出しよう。そこから見るモンテ・ローザは格別だ。ほとんど、何より素晴らしい。」

「とても美しいの?」

「僕が見たときは、とても美しかった。驚くほどだった。輝く白い衣をまとい、冠を戴いた山の女王だった。峠より何千フィートも高くそびえ、静かで、輝いて、白かった。そして下には、何千フィートも下に、綿のような小さな雲の床があった。やがてその雲が薄れ、急で深い斜面が現れ始めた。草と松を生やして、下へ、下へ、どこまでも。そしてついに、雲の大きな裂け目から、針の頭のように小さく光るむき出しの屋根と、白い絹糸のような道が見えた。イタリアのマクニャーガだ。あの日は晴れるはずだ――君が初めてイタリアを見る日には、晴れなくては……僕らが行くのは、そこまでだ。」

「イタリアへ下りられないの?」

「だめだ」と彼は言った。「今は、そこまでは資金が続かない。遠い青い丘に手を振って、ロンドンへ帰って働かなければ。」

「でも、イタリア――」

「イタリアは、いい子へのご褒美だ」と彼は言い、しばらく彼女の肩に手を置いた。「楽しみに取っておくんだね。」

「ねえ」と彼女は考えた。「あなたって、かなりご主人様ね。」

その考えは彼には新鮮だった。少し自分を省みてから、「もちろん、この遠征の責任者は僕だよ」と言った。

彼女は彼のツイードの袖に頬を滑らせた。「いい袖」と言い、その手まで来ると、口づけした。

「おい!」と彼は声を上げた。「ちょっと待って! 少し行きすぎじゃないか? これは――卑屈だよ――袖なんかをそんなに大事にして。そんなことをしてはいけない。」

「どうして?」

「自由な女性で――対等なんだから。」

「自分の自由な意志でしているの」とアン・ヴェロニカは、もう一度手に口づけして言った。「これからすることに比べたら、何でもないわ。」

「ああ、まあ!」と彼は少し心もとなげに言った。「一つの段階なんだろうね」そして身をかがめ、しばらく彼女の肩に手を置いた。胸は打ち、神経は震えていた。彼女が両手を固く握り、黒髪を顔の周りに乱して、じっと横たわっていると、彼はさらに近づき、そっとそのうなじに口づけした……

第六節

彼の計画したことは、ほとんど実行した。ただ登山は、予定より多くなった。アン・ヴェロニカはなかなかの登り手で、目もくらまず、勇気があり、少し大胆だったが、彼に言われれば喜んで慎重になったからだ。

彼が彼女について最も驚いたことの一つは、無条件に従えることだった。何かをするよう言いつけられるのが、彼女は好きだった。

彼はサース・フェーを囲む山々をかなりよく知っていた。以前、二度来ていた。ばらばらと歩く観光客を離れ、高く寂しい場所へ行き、座ってサンドイッチをかじり、語り合い、少し難しく危険なことを一緒にするのは、すばらしかった。そして二人は、話し合えるのだとわかった。一度として、意味や意図が食い違うことはないようだった。互いに大いに満足し合い、想像というものの実体のなさを差し引くだけでも、相手が予想よりはるかに素晴らしいと感じた。会話は何度も、盗み聞きする者ならうんざりするような、互いの幸運を褒め合う調子へ流れた。

「あなたは――何と言えばいいのか」とアン・ヴェロニカは言った。「素晴らしいわ。」

「君や僕が素晴らしいというんじゃない」とケイプスは言った。「僕らは互いを満たすんだ。なぜかは天だけが知っている。こんなにも完全に! 不思議なほどぴったりだ! 何からできているんだろう? 肌のきめと、心のきめか? 肌の色と声か。僕にも君にも、思い込みはないと思う……もし君のことを何ひとつ知らず、ただ本の装丁に使われた君の肌の切れ端だけに出会ったとしても、アン・ヴェロニカ、僕はそれを身近に置いておいたと思う……君の欠点はみな、君を実在する、確かなものにする、愉快な肉づけなんだ。」

「欠点がいちばんいいところなのよ」とアン・ヴェロニカは言った。「だって、わたしたちのちょっとした悪さまで、同じ方向を向いている。下品なところもね。」

「下品?」とケイプスは言った。「僕らは下品じゃないよ。」

「でも、もしそうだったら?」とアン・ヴェロニカは言った。

「僕は君に、君は僕に、少しも苦労せず話せる」とケイプスは言った。「そこが肝心なんだ。髪の太さほど小さなことから、生と死ほど大きなことまでで成り立っている……いつもこういうものを夢に見ながら、信じてはいなかった。めったにない幸運だ。とてつもなく、ほとんどありえない偶然だ。たいていの人は、僕の知るほかの誰もが、異国人とつがいになったように見える。不慣れな言葉で落ち着かずに話し、相手の知ることを恐れ、相手の絶え間ない見当違いや誤解を恐れている。

「なぜ待たないんだろう?」と彼は付け加えた。

アン・ヴェロニカの直感がひらめいた。

「人は待たないのよ」と言った。

さらに続けた。「わたしも待たなかったでしょうね。しばらくは、へまを重ねたかもしれない。でも、あなたの言うとおり。わたしは、とびきり運がよくて、うまく着地できたの。」

「二人とも、うまく着地したんだ! 僕らはめったにない人間だ! 本物なんだ! 二人のあいだには、妥協も、偽りも、譲歩もない。怖れないし、気も揉まない。互いに気を遣わない。そんな必要がない。君の言う、覆いにくるまれた人生――あの忌々しいぼろ布は燃やした! 踊り出たんだ! 僕らは裸だ!」

「裸ね!」とアン・ヴェロニカは繰り返した。

第七節

その日の登山――ミッタークホルンへ登った――から帰る途中、二人は草の斜面と斜面の間にある、濡れて光る急な岩場を横切らなければならなかった。少し注意が必要な場所だった。岩棚には、気をつけるべきぐらついた破片がいくつかあり、足先と同じくらい手を使う箇所も一つあった。二人はザイルを使った。必要だったわけではない。アン・ヴェロニカの高揚した気分には、ザイルで結ばれることが、心地よい象徴に感じられたのだ。それに、万に一つの事故が起これば、一緒に死ねることは確かだった。ケイプスが先に行き、足場を探し、地層の端が長く踏みにくい段になって落ちているところでは、彼女の足を置いてやった。その区間の半ばほど、何もかも順調に見えたとき、ケイプスはぎょっとした。

「大変!」とアン・ヴェロニカが、異様な激しさで叫んだ。「ああ、どうしよう!」そして動かなくなった。

ケイプスは身を固くし、岩に張りついた。何も起こらなかった。「大丈夫か?」と尋ねた。

「返さなくちゃ。」

「え?」

「忘れていたことがあるの。ああ、もう、忌々しい!」

「え?」

「あの人、そうなると言ったわ。」

「何が?」

「そこがいちばん腹立たしいのよ!」

「何がだ? ……君は本当に口が悪いな!」

「こんなふうに忘れるなんて。」

「何を忘れた?」

「わたしは忘れないと言ったの。何でもすると。シャツを縫うとまで言った。」

「シャツ?」

「一ダースで、一シリングと――いくらかのシャツを。ああ、なんてこと! 踏み倒し! アン・ヴェロニカ、あなたは借金を踏み倒しているのよ!」

沈黙。

「いったい何の話か、教えてくれないか?」とケイプスは言った。

「四十ポンドの話なの。」

ケイプスは辛抱強く待った。

「ああ、ごめんなさい……でも、四十ポンド貸してもらわなければならないの。」

「一種のうわごとだな」とケイプスは言った。「空気が薄いせいか? もっと高さに強いと思っていた。」

「違うの! 下で説明する。大丈夫よ。今は先へ進みましょう。どうしてだか、すっかり見落としていたことなの。本当に大丈夫。もう少し待ってもらえる。ラメージさんから四十ポンド借りたのよ。ありがたいことに、あなたならわかってくれる。だからマニングをやめたの……大丈夫、今行くわ。でも、今度のことで頭からすっかり抜けてしまって……だから、あの人はあんなに腹を立てたのよ。」

「誰が腹を立てた?」

「ラメージさん――四十ポンドのことで。」

彼女は一歩進んだ。「ねえ、あなた」と、ふと思い出したように付け加えた。「本当に、あなたはほかのことを消してしまうのね!」

第八節

翌日、二人はフェー氷河の東側、断崖に張り出した急な雪の斜面の上にある高い岩場で、愛を語り合っていた。そのころにはケイプスの髪は日に焼けてほとんど白くなり、肌は金色を帯びた赤銅色になっていた。二人とも、かつてないほど体の調子がよかった。アン・ヴェロニカがサースの谷へ入ったときに着ていたスカートは、ホテルできちんと荷物にしまわれていた。今は革のベルトに、ゆったりした膝下丈のズボンと巻きゲートルを着けていた。その服装は、どんな女性用の散歩着より、長く美しい手足の線によく似合った。雪の照り返しにも、その肌は驚くほど耐えた。アルプスの日差しで、もともとの温かな色が少し深まっただけだった。青空色のヴェールを脇へ押し、雪眼鏡を外し、手をかざして微笑みながら、テッシュホルンとドームの輝く壮麗さを眺めていた。光る雪庇、青い陰、柔らかく丸みを帯びた巨大な雪の塊、震える光に満ちた深い場所。空は雲一つなく、まばゆい青だった。

ケイプスは座って彼女を見とれ、それからこの日と、幸運と、二人の愛を褒め始めた。

「僕らはこうして」と言った。「ステンドグラスを通る光のように、互いを通して輝いている。この空気を血の中に入れ、この日差しを全身に染み込ませて……人生はこんなにもいい。また、これほどよくなることがあるだろうか?」

アン・ヴェロニカはしっかりした手を伸ばし、彼の腕を握った。「とてもいいわ」と言った。「輝かしいほどに!」

「たとえば今――この長い雪の斜面と、その先の青い深みを見てごらん――氷の中にある、あの丸い色の溜まりが見える? 千フィートか、それ以上も下だ。見えるね? 考えてごらん――十歩だけ行って、横になり、互いに腕を回せばいい。わかる? 僕らは泡の中を――雪の雲の中を滑り落ち――飛翔と夢へ向かう。そうしたら、残りの人生は全部一緒だ、アン・ヴェロニカ。一瞬残らず。そして不運もない。」

「あまり誘惑すると」と、しばらく黙ったあと、彼女は言った。「やってしまうわよ。跳び上がって、あなたに飛びつくだけでいいんだから。わたしは命知らずの若い女よ。そうしたら、落ちながらあなたは説明しようとするでしょうね。それで台なしになる……本気じゃないことは、わかっているのよ。」

「ああ、本気じゃない。でも、言ってみたかった。」

「もちろん! でも、どうして本気じゃないのかしら?」

「たぶん、もう一つのほうがいいからだ。ほかに理由があるかな? もっと複雑だけれど、そのほうがいい。これ、この滑降は、とんでもない卑怯だ。君にも僕にもわかっている。なぜかと理由を探せば、困るかもしれないが。詐欺だよ。人生の報酬だけ受け取って、生きないんだから。それに――僕らは生きるんだ、アン・ヴェロニカ! ああ、これからどんなことをし、どんな人生を送るだろう! 面倒も起こるだろう。君と僕だって、摩擦なしにはいかない。だが、それを乗り越える頭があり、互いに話す舌もある。誤解の上で立ち往生したりはしない。僕らはしない。そして、あの下の古い世界と闘うんだ。あんな馬鹿げた古いホテルや、その他いっさいを押し立てた、あの古い世界と……僕らが生きなければ、世界は、怖がっていると思うだろう……死ぬだって! 僕らは仕事をする。互いの周りで、自分を開いてゆく。そして子供を持つんだ。」

「女の子!」とアン・ヴェロニカは叫んだ。

「男の子!」とケイプスは言った。

「両方!」とアン・ヴェロニカは言った。「たくさん!」

ケイプスはくすくす笑った。「繊細なお嬢さんだな!」

「かまわないでしょう」とアン・ヴェロニカは言った。「あなたの子なんだから。温かくて、柔らかい、小さな奇跡! もちろん、欲しいわ。」

第九節

「これからいろんなことをするんだ」とケイプスは言った。「いろんな時を二人で過ごす。君が話してくれたあの刑務所だって、いつかきっと、きれいにするために何かしよう――人生の裏側に石灰を塗るんだ。君と僕で。雪の張り出した崖の上でも愛し合えるし、石灰乳のバケツを挟んでだって愛し合える。どこででも。どこでだって! 月の光も音楽も――いいものだけど、なくたってかまわない。僕たちが出会ったのは、ツノザメの解剖をしているときだった……。初めて僕のところに来た日を覚えてる? ……本当に覚えてるかい? 腐ったものと安物の変性アルコールの臭い! ……ねえ、僕たちはずいぶんたくさんの時を過ごしたね! 前はよく、二人で過ごした時間や、交わした言葉を一つ一つ思い返したものだ――ロザリオの珠を繰るみたいに。ところが今じゃ珠が樽いっぱいだ――西アフリカ航路の貿易船の船倉みたいにね。片手に余る砂金を握りしめているような気がする。一粒だって失いたくない。それなのに、どうしたって――いくらかは指の間からこぼれてしまう。」

「こぼれたってかまわないわ」とアン・ヴェロニカは言った。「覚えておくことなんて、ちっとも大事じゃない。大事なのはあなた。次の瞬間が来るまでは、今この瞬間よりすばらしいものはないの。私はそう感じるわ。どうして私たちが、ためこんでおく必要があるの? 嵐の中の日本の提灯ちょうちんみたいに、もうじき消えてしまうわけじゃない。道端の花にしがみつかなきゃならないのは、消えてしまうかわいそうな人たちよ。自分でも消えると知っていて、いつまでも続けられないとわかっている人たち。そうやって摘んだ花を、思い出に小さな本に挟んでおくのね。押し花なんて、私たちには似合わないわ。大切なひととき、ですって! 私たちはそのつど新しい相手を好きになるの。私たちにとって、これは幻想じゃない。私たちはただ、お互いを愛している――本当の、その人そのものを――いつだって。」

「本当の、その人そのものを」とケイプスは繰り返し、彼女の小指を取って、その先を噛んだ。

「思い違いなんて、私の知るかぎり一つもないわ」とアン・ヴェロニカは言った。

「僕も一つもないと思う。たとえあったって、ただの包み紙さ――中にはもっといいものが入ってる。君を知りはじめたのは、一昨日か、そのあたりだったような気がするよ。もうすっかり本当の君に出会えたと思っても、さらに本当の君が現れてくる。君って……まったく最高のやつだ!」

第十節

「考えてもみてくれ」と彼は叫んだ。「君は僕より十も年下なんだ! ……それなのに、ときどき僕は、君の足もとにいる小さなものになった気がする――幼くて、愚かで、守られているものに。ねえ、アン・ヴェロニカ、君の出生証明書なんて、あれは全部嘘だ。偽造だよ――しかも、ふざけた偽造だ。君は不死なる者の一人なんだ。不死なんだ! 世界のはじめから君はいた。そしてこの世で愛を知った男はみんな、君の足もとにひれ伏した。君のおかげで僕は――レスター・ウォード[訳注:女性を生命の根本とする女性中心説を唱えたアメリカの社会学者]の信奉者になってしまった! 君は僕の大切な友だちだし、まだほんの小娘でもある。けれど君の胸に頭を預けて、耳のすぐそばで君の心臓が打っているとき、僕にはわかることがあった。君こそが女神なんだと。君の奴隷になりたいと思ったことがあった。君の手にかかって死ぬ喜びのためなら、殺してくれてもいいと願ったことさえあった。君は生命をつかさどる大いなる巫女なんだ……」

「あなたの巫女よ」とアン・ヴェロニカはそっとささやいた。「あなたのところへ来るまで、生きることを何ひとつ知らなかった、愚かな小さな巫女なの。」

第十一節

二人はしばらく言葉も交わさずに座っていた。互いに満たし合う思いが、巨大な光の球となって二人を包んでいた。

「さて」と、やがてケイプスが言った。「下りなくちゃならないね、アン・ヴェロニカ。人生が僕たちを待っている。」

彼は立ち上がり、彼女が腰を上げるのを待った。

「ああ!」とアン・ヴェロニカは叫び、彼を立たせたまま話しつづけた。「つい一年前にもならないのね。私がまだ、腹黒い反逆者の女学生だったなんて。苦しんで、戸惑って、途方に暮れて、この大きな愛の力が自分の中を突き破って出ようとしているんだなんて、わかりもしなかった! あの、名前もつけられなかった不満の数々――どれもみんな、愛が生まれる苦しみにすぎなかったのね。私、私ね、仮面をかぶった世界に生きている気がした。目に包帯を巻かれている気がした。厚い蜘蛛の巣に――くるまれている気がしたの。目が見えなくなって、口の中にまで入りこんできた。それなのに今は――あなた! あなた! いと高きところから曙の光が、私を訪れたの。愛している。愛されている。叫びたい! 歌いたい! うれしいの! あなたが生きているから、私も生きていてうれしい! あなたが男だから、私は女でうれしい! うれしい! うれしい! うれしい! 命とあなたを授けてくださった神様に感謝するわ。あなたの顔に降りそそぐ日の光を、神様に感謝する。あなたが愛してくれる美しさも、欠点も、神様に感謝する。あなたの鼻の、むけかけた皮にさえ感謝する。私たちを私たちにしているもの、その大きなものも、小さなものも、すべてに感謝する。これが私のお礼の祈りよ! ああ、あなた! 今、人生の喜びも涙も、あらゆる感謝も、みんな私の中で一つになっている。生まれたばかりのトンボが朝の光の中で羽を広げたって、私ほどの喜びを感じたことはないはずよ!」

第十七章

距離をおいて

第一節

それからおよそ四年と三か月後――正確には四年と四か月後のことだ――ケイプス夫妻は、住まいのフラットの食堂で、暖炉前の敷物にしている古いペルシャ絨毯の上に並び、四人分の支度が整った、つややかな食卓を眺めていた。巧みに笠をかけた電灯が照らし、あちこちで銀器がきらめき、心を配って控えめに飾られたスイートピーが彩りを添えている。その間、ケイプスはほとんど変わらず、ただ服の仕立てに、以前にはなかった洗練が加わっていた。だがアン・ヴェロニカは背が半インチ近く伸びていた。顔には強さと柔らかさがともに増し、首は引き締まって丸みを帯び、立ち居振る舞いにも、反抗していたころに比べてはっきりと女らしさが備わっていた。今では指先まで、すっかり一人の女だった。少女時代には、四年と三か月前、あの古い庭で別れを告げていたのだ。柔らかなクリーム色の絹でできた、簡素なイブニングドレスを着ていた。襟から胸にかけて施された、色の深い古い刺繍が、穏やかで落ち着いた物腰を引き立てている。あらわにした額から流れる黒髪は、飾りけのない銀色のリボンでまとめてあった。銀の首飾りが、ほの暗い首筋の美しさを際立たせていた。夫妻は二人とも、手際よく食器棚まわりの最後の仕上げをしている給仕女中を意識して、不自然なほどくつろいだ様子を装っていた。

「これならよさそうだ」とケイプスは言った。

「みんなちゃんとできていると思うわ」とアン・ヴェロニカは答えた。有能ではあるが、家事に心を捧げているわけではない女主人の目が、あたりを見渡した。

「お二人とも、お変わりになったかしら」と彼女は口にした。これで三度目だった。

「そればかりは、僕にもどうにもできないな」とケイプスは言った。

彼は濃い青のカーテンが掛かった、広いアーチ形の出入り口を通り、客間にしている部屋へ入った。アン・ヴェロニカは晩餐の支度をもう一度見回してから、衣ずれの音をさせてあとを追った。背の高い真鍮の炉囲いのそばにいる夫の隣へ行き、明るく燃える暖炉の上の飾り棚で、小さな置物を二つ三ついじった。

「私たちが許してもらえるなんて、まだ信じられないわ」と彼女は振り向いて言った。

「僕の物腰が魅力的だったんだろうね。いや、でも、本当に人間味のある人だよ。」

「登記所のことはお話しした?」

「い――や――芝居の話ほど、力を入れては話さなかったね、確かに。」

「声をおかけしたのは――とっさの思いつきだったの?」

「自分でもずうずうしい気がしたよ。だんだんずうずうしくなってきたんだろうな。王立協会には、あれ以来――君に不名誉を着せられて以来、近寄ってもいなかった。今のは何だ?」

二人とも立ったまま耳を澄ました。客が来たのではなく、女中が玄関で動き回っているだけだった。

「すてきな人!」とアン・ヴェロニカはほっとして言い、指で夫の頬をなでた。

ケイプスは、その図々しい指先を噛もうとするように素早く顔を動かしたが、指は持ち主の脇へ逃げていった。

「本当に、あの人の研究に興味があったんだ。顕微鏡の並んだ脇の札に名前があるのを見る前から、もう話していたんだからね。それで、そのまま話をつづけたってわけさ。あの人は――同時代の研究者を、あまり買っていないね。もちろん、僕が誰なのかはまるで気づいていなかった。」

「でも、どうやって打ち明けたの? そこはまだ聞いていないわ。ちょっとした――騒ぎにならなかった?」

「ああ、ええとね。王立協会の夜会は四年ぶりだと言って、メンデル派の最近の研究をいくつか話してもらった。あの人がメンデル派をひいきにするのは、八〇年代や九〇年代の大御所連中がみんな嫌いだからなんだね。それから、確か、科学に対する資金援助は恥ずかしいほど乏しいと言って、僕ももっと実入りのいい仕事に転じざるをえなかったと打ち明けたんだ。『実を申しますと』ってね、『私は新人劇作家のトマス・モアなんです。ひょっとして、お聞き及びかも――?』。すると、知っていたんだよ。」

「名声ね!」

「そうだろ? 『あなたの芝居はまだ拝見しておりませんが、モアさん』とあの人は言った。『今のロンドンでいちばん面白い芝居だそうですね。私の友人のオギルヴィが』――離婚事件をたくさん扱っている、オギルヴィ・アンド・オギルヴィ法律事務所の人だろう、ヴィー? ――『大変に褒めておりましたよ。大変に!』」ケイプスは妻の目をのぞきこんで笑った。

「褒め言葉だけは、あまりにもよく覚えていらっしゃるのね」とアン・ヴェロニカは言った。

「まだ慣れてないものだからさ。だが、そこから先は簡単だった。すかさず、恥も外聞もなく、この芝居は一万ポンドになる見込みだと言ったんだ。それはけしからん、と同意してくれたよ。それから、覚悟をしてもらおうと、いささか物々しい態度になった。」

「どんなふうに? やってみせて。」

「君がそばにいちゃ、物々しくなんてできないよ。それは僕の月の裏側だからね。でも、物々しかったのは確かだ。『私の名はモアではないんです、スタンリーさん』と言った。『あれは私の愛称でして』。」

「それで?」

「確か――そう、さりげなさとひそひそ声をうまく取り混ぜて、こうつづけた。『実は私は、あなたの娘婿のケイプスなんです。いつかぜひ、私どもの家へ夕食にお越しいただけませんか。妻がどんなに喜ぶかしれません』。」

「父は何て?」

「いきなり夕食に招待されて、誰だって何が言える? まず気を取り直そうとするものさ。『妻はいつも、お父様のことを思っています』と僕は言った。」

「それで、おとなしく承知なさったの?」

「ほぼね。ほかにどうしようがある? あれだけ相反する価値観をいっぺんに突きつけられちゃ、とっさに騒ぎ立てるわけにもいかない。こちらは何もかも、ごくごく当たり前のことのような顔をしているんだ。どうしようもないだろう? ちょうどそこへ、天がマンニングツリー先生を遣わしてくれた――マンニングツリーのありがたい横やりのことは、まだ話してなかったね? 真紅の太いリボンを斜めに掛けて、いやになるほどご立派に見えたよ――真紅の太いリボンって何なんだろう? 何かの勲爵士のしるしだろうな。あの人はナイトだからね。『やあ、君』と言って、『近ごろ顔を見なかったね』、それから『ベイトソン一派』が好き勝手をしているとか何とか――あの人は筋金入りの反メンデル派だから。それで僕は間髪を入れず、義父に紹介したんだ。あれは果断な行動だったと思うね。そう、君のお父さんの心を決めたのは、実際にはマンニングツリーだったんだ。あの人が――」

「いらしたわ!」と、ベルの音にアン・ヴェロニカが言った。

第二節

夫妻はこぢんまりした美しい玄関で、心からの喜びをこめて客を迎えた。ミス・スタンリーが黒いマントを脱ぐと、控えめで品のよい茶色の絹の装いが現れ、それからアン・ヴェロニカを温かく抱きしめた。「よく晴れて、ずいぶん冷えること」と彼女は言った。「霧になるんじゃないかと心配していたのよ。」

女中がそばにいることが、ほどよい歯止めになった。アン・ヴェロニカは叔母から父のほうへ移り、両腕を回してその頬に口づけた。「大好きなお父さん!」と言った自分の目から涙がこぼれているのに気づき、驚いた。父の外套を脱がせてやることで、その感情を隠した。「こちらがケイプスさんですのね?」という叔母の声が聞こえた。

四人はやや落ち着かない気分で客間へ移り、声も身振りもどこか上ずった愛想のよさを保ちつづけた。

スタンリー氏は、手を温めたいという気持ちをやけに強く口にした。「この季節にしては、まったく珍しい寒さだね」と言った。ケイプスに導かれて暖炉の前の小さなソファへ腰を下ろしながら、ミス・スタンリーは「何もかも、とてもすてきですこと」とつぶやいた。そのほかにも、安心させようとするような、猫めいた小さな声を洩らした。

「さあ、よく顔を見せておくれ、ヴィー!」とスタンリー氏は急に陽気になって立ち上がり、両手をこすり合わせながら言った。

ドレスがよく似合っていることを承知しているアン・ヴェロニカは、父のまなざしを受けて膝を折り、優雅に一礼した。

幸い、ほかに待つ客はいなかった。食事をできるだけ早く出すよう言いつけておいたことを思い出すと、ずいぶん心強くなった。ケイプスは、不自然なほどにこにこしているミス・スタンリーの隣に立ち、スタンリー氏はくつろいでいるように見せようとするあまり、暖炉前の敷物をすっかり占領していた。

「このフラットは、すぐにおわかりになりましたか?」と、会話の途切れたところでケイプスが言った。「アーチのところの番地が少々見づらいんです。灯りをつけてくれればいいんですが。」

父は、何の不都合もなかったと断言した。

「奥様、お食事の支度が整いました」と、有能な給仕女中がアーチ形の出入り口から告げた。いちばんつらい時間は、それで終わった。

「さあ、お父さん」とアン・ヴェロニカは言い、夫とミス・スタンリーのあとにつづいた。胸がいっぱいになり、父の腕を親しみをこめてぎゅっと握った。

「立派な男だね!」と父は少し見当違いな返事をした。「私にはわかっていなかったんだよ、ヴィー。」

「なんてすてきなお部屋でしょう」とミス・スタンリーは感心した。「本当にすてき! 何もかもきれいで、便利にできているのね。」

食事は、食事としては申し分なかった。黄金色に澄んだ極上のスープから、すばらしい冷菓の栗とクリームにいたるまで、何一つ落ち度がなく、ミス・スタンリーの賛辞もやがて途絶え、満足して黙って味わうようになった。ケイプスとスタンリー氏の間には活発な会話がはじまり、二人の女性は賢明にも、その脇に控えた。白熱するメンデル説の論争にも一、二度近づきかけたが、巧みにかわされ、主な話題は文学と美術、そしてイギリスの演劇検閲だった。スタンリー氏は、自分の言うところの「今どきの小説」の出版にも検閲を広げるべきだと考えているらしかった。良質で健全な物語が、「口の中に嫌な味の残る」「悪徳に満ちた、人を堕落させる代物」に追い払われている、と言うのだった。

読んでいる最中にどんなに引きこまれ、興味をそそられようと、あとに嫌な味を残すような本は、満足のいく本とはいえないと断言した。意味ありげな視線を向けて、本も食事も、済んだあとまで思い出させられるのは好かないのだと言った。ケイプスは、心からという様子で同意した。

「人生だけでも十分に心を乱されるのに、小説までそれに加わることはない」とスタンリー氏は言った。

アン・ヴェロニカはしばらく、塩味のアーモンドに関心を示す叔母に気を取られていた。

「これはとりわけおいしいわ」と叔母は言った。「格別ね。」

再び耳を向けると、男たちはウェスト・エンドの交通の騒音が増すにつれて住宅の資産価値が下がることの是非を論じており、あきれるほど意見が一致していた。これはひどく奇妙な夢の一種にちがいない、という思いが、強い実感を伴って浮かんだ。父は、なぜかわからないが、思っていたよりもみすぼらしく見えた。それなのに、同じくわけもなく、いとおしくも感じられた。あのネクタイを結ぶのには手こずったらしい。一度目に失敗したところで、きれいなものに取り替えればよかったのに。なぜ自分はこんなことに目を留めるのだろう? ケイプスは落ち着き払い、念入りに愛想よく、ごくありふれた人間に見えた。けれど、ときおり見せるちょっとした不器用さや、もてなしに力が入りすぎるあまり、ごくかすかにのぞく品のなさから、緊張していることがわかった。煙草でも吸って、少し神経を鎮められればいいのにと思った。理由のない苛立ちが、突風のように胸を吹き抜けた。まあ、もうキジ料理まで来たのだから、あと少しすれば吸えるだろう。自分はいったい何を期待していたのか。どうも、少し気分を持て余すようになっている。

父も叔母も、ああまで静かに、ひたむきに食事を楽しんでくれなくてもいいのに、と思った。顔を合わせたときには二人とも少し青ざめていた父と夫の頬が、今ではほんのり赤くなっていた。人間がものを食べずにはいられないとは、困ったことだった。

「そうだな」と父が言った。「この二十年間に、多少なりとも評判になった小説なら、少なくとも半分は読んでいるだろう。週に三冊と決めていてね、短いのなら四冊だ。朝、キャノン・ストリートで借り替えて、帰りの列車で読むんだ。」

そういえば、父がよその家で食事をするところを見るのは初めてだったし、対等な立場で批判的に観察するのも初めてだった。父はケイプスに対して、ほとんどへりくだってさえいた。昔は、父がへりくだるところなど一度も見たことがなかった。一度も。晩餐は、予想していたよりはるかに奇妙なものだった。まるで自分が父をはるかに通り越して成長し、もっと年長で、比べものにならないほど広い視野をもつ何者かになってしまったようだった。まるで父は、気づかなかっただけで、昔から平たい一枚の人物像にすぎず、今初めて、その裏側に回ってしまったかのようだった。

ようやく頃合いが来て、叔母に「では、そろそろ?」と言って立ち上がり、アーチ形の出入り口のカーテンを開けておけるようになったときは、心底ほっとした。ケイプスと父も立ち上がり、父は出遅れてカーテンのほうへ手を出しかけた。父というのは、晩餐の席では誰もさほど気に留めない種類の男なのだ、と彼女は気づいた。一方ケイプスは、自分の妻はこの上なく美しい女だと思っていた。食器棚から銀の葉巻・紙巻煙草入れを取り、義父の前に置いた。しばらくは二人とも、煙草を吸う準備に取りかかった。やがてケイプスは暖炉前の敷物へひらりと移って火をかき立て、身を起こして振り向いた。「アン・ヴェロニカは、とても元気そうでしょう?」と、少しぎこちなく言った。

「まったく」とスタンリー氏は言った。「まったくだ」と繰り返し、満足げにクルミを割った。

「暮らしも――いろいろと――これからのあの子のことは、もう――明るい見通しで。」

「君も難しい立場にあったんだね」とスタンリー氏は重々しく言い、言いすぎたかと迷う様子を見せた。黄褐色を帯びたルビー色のポートワインに問題の答えが潜んでいるかのように、じっと眺めた。「終わりよければすべてよし、だ」と言った。「あれこれ口にしないに越したことはない。」

「もちろんです」とケイプスは言い、緊張のあまり、火をつけたばかりの葉巻を暖炉へ放りこんでしまった。「ポートワインをもう少しいかがですか?」

「なかなかしっかりしたワインだ」とスタンリー氏は言い、重々しくうなずいて勧めを受けた。

「アン・ヴェロニカは、これまでになく元気そうに見えます」とケイプスは言った。あらかじめ考えていた段取りがあったので、封じられた話題にしがみついていたのだ。

第三節

ようやく夜の集いも終わり、ケイプス夫妻は下まで降りて、スタンリー氏とその妹がタクシーに乗るのを見送った。歩道に面した玄関の段から、親しみをこめて手を振った。

「いい人たちだ!」と、車が見えなくなるとケイプスは言った。

「ええ、そうね」とアン・ヴェロニカは、少し考えてから答えた。それから、「変わったように思えるわ。」

「寒いから中へ入ろう」とケイプスは言い、妻の腕を取った。

「小さくなったみたいなの。体まで小さくなったように」と彼女は言った。

「君があの人たちを追い越して成長したんだよ……。叔母さんはキジを気に入ってくれたね。」

「何もかも気に入ってくださったわ。アーチの向こうまで聞こえていた? 私たち、料理の話をしていたのよ。」

二人は黙ってエレベーターで上がった。

「不思議ね」と、フラットに入るとアン・ヴェロニカは言った。

「何が不思議なんだい?」

「ああ、何もかも!」

彼女は身震いし、暖炉へ行って火をかき立てた。ケイプスはそのそばの肘掛け椅子に腰を下ろした。

「人生って、なんて奇妙なのかしら」と、膝をついて炎を見つめながら言った。「私たちも――いつかはああなるのかしら。」

彼女は炎に照らされた顔を夫に向けた。「父に話した?」

ケイプスはかすかに微笑んだ。「ああ。」

「どんなふうに?」

「まあ――少し不器用だったけど。」

「でも、どうやって?」

「ポートワインを注いで、それから言ったんだ――ええと――そう、『おじいさんにおなりになるんですよ!』って。」

「ええ。それで喜んだ?」

「落ち着いたものさ! こう言ったよ――話しても気を悪くしない?」

「ちっとも。」

「『かわいそうに、アリスのところには際限なく生まれるよ!』って。」

「アリスの子供たちは違うわ」と、しばらくしてアン・ヴェロニカは言った。「まるで違う。姉は自分の相手を選ばなかったもの……。そう、私も叔母さんに話したわ……。ねえ、あなた。私たち、あの――あのいい人たちには、実際よりずっと豊かな感情があると思いこんでいたんじゃないかしら。」

「叔母さんは何て?」

「キスもしてくださらなかった。こうおっしゃったの」――アン・ヴェロニカはまた身震いした――「『つらい思いをしなければいいけれどね、あなた』――こんなふうに――『それから、何をおいても、髪には気をつけるのよ!』。たぶん――あの様子からすると――いろいろあったことを考えれば、私たち、少しはしたないと思われたんじゃないかしら。でも、役に立つことを言って、思いやりを示して、私たちの低い程度に合わせようとしてくださったのね。」

ケイプスは、笑みのない妻の顔を見つめた。

「君のお父さんは」と彼は言った。「終わりよければすべてよし、過ぎたことは水に流すつもりだとおっしゃった。それから、ある種の父親らしい優しさで、昔のことを話されたよ……」

「私はあんなに、父を思って胸を痛めていたのに!」

「いや、あのときは確かにつらかったんだろう。つらかったにちがいないよ。」

「私たち、あの人たちのために――諦めてしまったかもしれなかったのに!」

「そんなことができたかな。」

「終わりよければすべてよし、ということなのでしょうね。でも今夜は、なんだか――わからないわ。」

「そうなんだろうな。昔の傷が癒えて、僕もうれしい。本当にうれしいよ。でも、もし僕たちがだめになっていたら――!」

二人は黙って見つめ合った。そのときアン・ヴェロニカに、すべてを見抜くひらめきが訪れた。

「私たちは、だめになるような人間じゃないわ」とアン・ヴェロニカは言い、手をかざして、瞳に映る赤い火影を消した。「とっくにわかっていたことよ――私たちは強いもの。私たちは強いのよ!」

それからつづけた。「あれが私の父だなんて! ああ、あなた! あの人は崖みたいに私の上にそびえていた。父のことを思うと、私たちがしてきた何もかもから、危うく身を引きそうになった。あの人こそが社会の秩序で、法であり、知恵だった。それなのに二人でここへ来て、家具を眺めて、上等かどうか品定めする。そして喜びもしない、心も動かされないのよ。ようやく、ようやく私たちが、子供をもとうと思いきれるようになったというのに。」

彼女はまた身をかがめてうずくまり、泣きだした。「ああ、あなた!」と叫ぶと、不意に膝をついたまま夫の腕の中へ身を投げた。

「あの山を覚えてる? 私たちがどんなふうに愛し合ったか、覚えてる? どんなに激しく愛し合ったか! あらゆるものを照らしていた光を、あらゆるものの輝きを、覚えてる? 私は欲張り、欲張りなの! 山々のような子供たちがほしい、空のような人生がほしい。ああ、それから愛――愛が! あんなにすばらしい時を過ごして、自分たちの戦いを戦って、勝った。それなのに、花から花びらが散ってゆくようなの。ああ、私は愛を愛してきたのよ、あなた! 愛を愛して、あなたを愛して、あなたの輝きを愛してきた。なのに、あのすばらしい時は終わって、これからは用心して暮らして、子供を産んで、それから――髪に気をつけなきゃならない――そういうことが済んだら、私はもうおばあさんになっているんだわ。花びらが散ってしまった――あんなに愛した赤い花びらが。私たちは分別で囲まれてしまった――この家具の山と――成功で! とうとう成功したのね! 成功したのよ! でも、山は、あなた! あの山は忘れずにいましょうね、いつまでも。あの輝く雪の斜面、それから、私たち、死ぬことをどんなふうに話したか! 死んでしまったかもしれなかった! 年を取っても、もしかしたらお金持ちになっても、忘れずにいましょう。お互いといる喜び以外、何ひとつ気にならなかったあの時を。お互いのために何もかも賭けたとき、人生をくるんでいたもの、覆っていたものがすっかり剥がれ落ちて、光と炎だけが残ったように見えたときを。むきだしの、何もかもむきだしの! みんな覚えてる? ……絶対に忘れないと言って! こんな日常のことや、二の次のことに、私たちを押し流させないと言って。この花びら! 今夜はずっと泣きたかったの。ここで、あなたの肩で、私の花びらのために泣きたかった。花びら! ……馬鹿な女ね! ……こんなふうに泣きだすことなんて、今までなかったのに……」

「僕の心を流れる血よ!」とケイプスはささやき、妻をしっかりと抱きしめた。「わかってる。わかってるよ。」